「朝ちゃん」
「うるさい」
目付きの悪い男と済まし顔の少女。不釣り合いな二人が街中を歩いていく。
「前みたいには言わないのか?」
「どうせあなたはいくら言っても聞かないのでしょう?」
「まぁ、そうかもしれんが……」
本当にどうしようもない男。
少し前ならこんなやつに話しかけられることすら耐えられなかったはずなのに。
いつのまにかそんなことを気にしてない朝衣がそこにはいた。
「もうどうでもいいわ」
すたすたと歩く斜め後ろを是光がついていく。
「少しは認めてもらえたってことか、朝ちゃん」
「さあ?」
「教えてくれないのかよ」
「わたしは、犬というものは黙ってるほうが賢いと思うわ」
「犬ねぇ、あんまり厳しくしてると、ご主人様から逃げてっちゃうぜ」
朝衣の足が止まる。そのまま振り返ると、是光に問いかける。
「そう。じゃあ、あなたは逃げるのかしら?」
「そりゃ、逃げはしねぇけど……」
困ったように頬をかく是光を、朝衣は満足そうに見つめていた。
簡単に頬をゆるませてしまっている自分に気づいて、慌てて前を向く。
「に、逃げないというのなら、それはしつけとして間違ってないってことよ」
……ふん。
跳ね上がる振動の鼓動を、深呼吸でそっと誤魔化す。頬に熱を感じながらそれを無視して、今度は早足で歩き出す。
「おい」
朝衣の腕が不意に引っ張られた。バランスを崩した体はそのまま是光に背中から抱きとめられる。
「な、なにを」
「ちゃんと信号くらい見ろって」
目の前の信号は、赤になっていて、車はどんどん通過していく。
「……わたし、気が抜けてるわね」
「泣く子も黙る朝の宮にもそんなことあるさ」
是光は朝衣の手のひらをぎゅっと掴んで
「危なっかしいからな」
「ぅ……」
手をしっかりと、繋ぐ。手のひらから伝わる体温。その熱を感じて、脈打つ心臓を抑えて、ただただなんでもないふりをするのが精一杯だった。
是光はそんな朝衣に気づかない。ただただ手を握って隣に立つだけ。
「さぁ、今日はお前の案内なんだろ?どこにでも連れてってくれよ、ご主人様」
からかうように、朝衣をみる是光。
「い、行くわよ!」
その視線から逃げ出して、そっぽを向いたまま繋がった手を引っ張って歩く。
「犬なんて、嫌いなんだから……」
唇から零れた言葉は、周囲の雑音にまぎれて消えた。