「こるり…。」
いきなり目の前に出てきた猫を見て、夕雨は、日本に住んでいた時飼っていた猫を思い出した。そして、ある人物のことを。
夕雨は今、オーストラリアに住んでいる。夕雨の父と母が離婚し、母は仕事の都合でオーストラリアにいって、父は既に別の女性と家庭を築いているため、母のもとに行くしかなかった。
そして夕雨の母は、とても現実的な人間なので夕雨のことが焦れったいらしく、いろいろ自分には苦しいことをいってくる。でも、母の言うことも正しいんだと思う。
日本に住んでた頃は、とても消極的で色んなことに逃げていた。
だけど、夕雨が日本を発つとき、夕雨のために、精一杯の気持ちで「行ってこい。」と、いってくれた人の気持ちを無駄にすることはしたくない。だから、異国の地でも、夕雨は頑張っていられる。
まだ、日本を離れて一ヶ月も経ってないが、言葉も違うこの国で頑張っていられるのは、やっぱり彼のおかげだと、夕雨は改めて思う。
そして、この目の前にいる猫が夕雨から離れていくのを見ながら、日本で自分を外へ連れ出してくれた彼を思い出し、夕雨は心の中でつぶやく。
「赤城君…。」
是光は家の中で、しーことこるりが遊んでいるのを見ながら、ある少女を思い出している。こるりは、是光には全然なつかないが、ある少女が大事にしていた猫だ。
彼女のことを思い出すととても切ない気持や、今でも抱く強い想いが胸を締め付ける。あの夢のように綺麗な日々が遠い昔のように感じる。
是光が持って行った、氷砂糖だけでとても幸せそうにしていた彼女。
とても脆く、儚げで、そして、とても綺麗な笑みを見せた彼女。
とても細く滑らかな手をとって、ともに走り出した時、ヒカルに聞いたであろう花々を透き通ったその瞳で見つめた彼女。
清楚なその唇を重ね合ったとき、そっと目を閉じ是光にその身をゆだねた彼女。
別れの時、「太陽に向かって花びらを広げる花になるの。」と、瞳に涙を溜め、明るく笑った彼女。
そんな彼女を外に連れ出した是光は後悔していない。なぜなら、彼女は強くなると決めたのだから。是光に向って「頑張ってみる」と、言っていたのだから。是光はそんな彼女の幸せを願ったのだから。
そして、相変わらずクールなこるりが自分から離れていくのを見ながら、心の中で是光はつぶやく。
「夕雨…。」
是光と夕雨は遠く離れた場所で、それぞれお互いを想いながら声に出して言う。
「どんなところにいてもあなたのことが大好きよ、赤城君。」
「どんなところにいてもお前のことが大好きだぜ、夕雨。」
終了