「おはようございます」  
「おぅ、おはよう」  
 葵のぎこちない挨拶に、声をつまらせながら是光が返事をする。  
 最近ではよく見かける光景。  
 毎日、というわけではないけれど、葵は是光に合うたびに声をかけていた。  
 
 誕生日の次の日。  
 ヒカルのプレゼントを届けてくれた赤城是光。  
葵はあんな人に今まで会ったことがなかった。  
 男の人に話しかけるのが苦手で、だから、緊張して、うまく声が出せるか不安で、ちょっぴり怖くて。  
 それでも勇気を出して声をかけた。  
 あのときは一歩、たった一歩だけれど、踏み出せた。  
 今は、あの時ほどの緊張はないけどそれでも彼に声をかけるのは胸が張り裂けてしまいそうなくらいどきどきした。そのどきどきをぎゅっと抑えて、あの人の声を聞き、言葉を交わすのは葵にとって嬉しいことだった。  
 もっとも出来るのは、短いあいさつを交わすのが、精一杯なのだけれども。  
  どうしたら、もっとお話ができるようになれるのかな。  
 気づくとそんなことばかり考えている自分に、一人で恥ずかしくなって、小さな頬をさくらんぼのような朱色に染めていた。  
「ちょっと落ち着いたほうがいいです」  
 言い訳をするようにして教室から出て歩く。  
  こういう時はミルクセーキを……。  
「ミルクセーキ……」  
 そして、あのことを思いだして自動販売機の前でうつむく。葵の頭の中でぐるぐるとあの光景が浮かんでは消え、浮かんでは消えていた。  
「なんだか、馬鹿みたいです」  
「誰が馬鹿なんだ」  
「え」  
 ぽつりとこぼれたひとりごとへの唐突な返事。  
 葵が振り向くと、そこには是光がいた。  
「よう」  
「こ、ここ、こんにちわ」  
 自分にかけられた声とその声を発した本人を見て、猛獣に見つかった小動物のように身体が縮こまる。  
 さっきまで想像していた本人が、目の前で自分を見下ろすように立っていて。言葉を、声を、発しようとしてもそれ以上何も出来ず、口を必死にぱくぱくさせてうろたえていた。  
  なんで、どうしてこんなところに赤城くんが……  
「そんなに、怖がらなくてもいいだろう……」  
 是光は、バツが悪そうに頬をかく。普段は鬼のように怖いといわれがちの是光の顔が困り顔へと変わり、葵を一度見た後にそっぽを向いた。  
  ええっ!そうじゃなくて、あの、えっと。  
 慌てて声が出るよりも先に、手が動いた。そのことに自分で驚きながらも目の前の是光の腕を掴む。  
「……ぁ」  
「ん、どうした?」  
「ち、違います。少し驚いてしまっただけですから。赤城くんが怖い人じゃないってちゃんとわかってますから!」  
 是光を見上げ、突然大きな声を出した葵。  
 是光はそのことにびっくりして、目を丸くする。  
 互いを見つめる二人の間に少しだけ嫌な沈黙が流れた。  
「えと、その……」   
 葵がなにか言う前に、是光がその頭をポンと叩き軽く撫でた。  
  え、えぇぇぇ。  
 頭の上に手のひらがのっかっていて、その手が撫でていて。  
 葵がそのことを理解した途端、沸騰してしまいそうなほどの熱を感じた。  
 今、自分の顔は誰が見てもおかしなくらいに紅で染まっている。恥ずかしくて、どこかに隠れてしまいたい。  
 載せられた手のひらの大きさと温もりを感じながら、葵は是光から目を逸した。  
 
「ありがとな。冗談でもそんなふうに行ってくれる奴がいてくれて嬉しいぜ」  
「別に冗談を言ったわけじゃないです……」  
 葵の声が小さくなり、それに気づいた是光が手を慌てて離す。  
「あ、わ、悪いな、こんなことして。なんとなくそんな気になっちまって」  
「大丈夫です……」  
 離れた手に安堵と名残惜しさを感じる。  
 葵の心臓は全力疾走の後みたいに脈打っていた。  
「はは、まぁお詫びといっちゃなんだけど、ミルクセーキくらいおごってやるよ。それとももう何か買ったのか?」  
「いえ、まだなにも」  
「それならちょうどいいな。ちょっと待ってろ」  
 是光の視線が自販機の方に向くと葵は小さく息をついて自分を落ち着かせる。  
 落ち着いて、いつものあいさつのように話しかけようとして、でも話せなかった。  
  何を話したら……わからない。そういえば、赤城くんはいつも、自分から話をしてくれた。  
  ただの挨拶じゃなくて、自分から話すってことがこんなに大変だなんて。  
 考えれば考えるほど、話題が浮かばなくて何も言い出せなくなってしまう。  
 そのまま底なし沼にでも足を踏み入れてしまいそうだった。  
「ひゃっ」  
 頬に熱を感じた。一瞬の出来事で驚いたけれど、何が起きたのかはすぐにわかった。  
 是光が葵の頬に自販機から出てきた缶をすっと差し出していた。  
「お前は、なんていうか、面白いよな」  
「わ、わたしは別におもちゃじゃありません!」  
 いたずらされた頬に、熱を感じながらそっと手のひらでさする。その熱が葵を少しだけ冷静にしてくれた。  
「見てるとかまいたくなるのさ。斉賀の気持ちが少しだけわかるかもな」  
「それって、二人ともわたしをおもちゃみたいにして遊ぶのが楽しいってことですか……?」  
 相手してもらう葵としては複雑な心境で。  
 もっとも自分を見てもらえるのは嬉しいことなのだけれども。  
「心配して、世話を焼きたくなるってことだな」  
「ホントにそういう意味なんですか?」  
 顔がにやけてる是光を怪訝な顔で見つめると  
「そうさ」  
 と、いかにも楽しそうに肯定する。  
 そんな是光を見て、深く考えるのが馬鹿らしくなってしまった。  
「……わたしのなかではそういうことにしておきます」  
「まぁ、なんだ。あんまり抱え込むなってことだよ。見てて不安になるからな」  
「そんなふうに見えますか?」  
「なんか考えすぎてるようにはみえる。たまには、考えずに行動してみるのもいいんじゃないか?って思うだけさ」  
 それを聞いて、葵は初対面の時を思い出した。  
「赤城くんみたいにいきなり部活におしかけて、話を聞けー!ってやったりとかですか?」  
 葵から自然と笑みがこぼれる。  
「それは、またなんつーか……」  
「今思うとかっこよかったです。堂々としてました」  
「ニヤけながら、言われても嬉しくねえよ」  
「まぁちょっとだけ、というかだいぶ不審者ではありましたけど」  
「それはだな……」  
 二人で笑い合う。  
 楽しい。そう簡単なことだった。  
 出会って些細なことをきっかけに笑い合う。  
 それでいいと思った。  
 深く考えすぎて、足を止める必要なんてない。  
 葵は止まっていた足をもう一度動かすことに決めた。  
「赤城くん」  
「ん?」  
「これからは、是光くんって呼んでもいいですか?」  
 また、一歩一歩踏み出せばいい。  
 
 

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