小さいころは、おひめさまになりたかった。  
女の子たるもの一度は夢見たことがあるよね。  
ふわふわしたドレスで、きらきらしたアクセサリーをつけて、  
隣には素敵な王子様。  
そんなことを夢に見ていたころもあった。  
 
大人になってみれば―――といってもまだ高校生だけれど―――、  
現実には自分は「お姫様」なんて言えるような容姿ではないし  
ふわふわしたドレスもきらきらしたアクセサリーも  
現実味のないハナシだと思う。  
演劇部でドレスを着ることもあるけれど、  
ぺたんとした胸と華奢な身体と幼い顔立ちでは  
「お姫様」というより「発表会」という感じだ。  
 
(めぐみみたいにはいかないか)  
 
「将来の夢はお姫サマ!」と豪語する友人は、  
色白で髪はサラサラで容姿抜群スタイル抜群のオヒメサマだ。  
性格は小悪魔通り越して悪魔のようなオヒメサマではあるけれど。  
 
うらやましいなあとは、正直思う。  
思うけれど、あたしは―――  
 
「羽柴くんって、王子様みたいだよねー!」  
「うんうん、白タイツ似合いそうだよね」  
「大っきいほうの羽柴さんね」  
 
(王子様ねえ・・・)  
 
泉水はベッドの中で小さくため息をついた。  
ふと思い出してしまった、先週の掃除の時間何気なく聞こえてきた会話に。  
・・・いつものことだ、こんなの。  
ああいうとき聞こえてくる名前は、絶対に自分ではない「羽柴」だ。  
物心ついたときから、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと  
ずっとずっとずっとずっとずっと。絶対に。  
 
どうしてこんなことを思い出すのだろう。  
風邪をひいて熱が出て、ぼうっとするからだろうか。  
どうせぼうっとするのなら、もっと楽しいことを思い出したい。  
 
 
「でも学園祭のときの泉水ちゃんもかわいかったよね」  
「えみかちゃんの王子様もイケてたけど」  
「泉水ちゃんホントかわいいもんねー超うらやましいってカンジ」  
女の子は残酷だ。  
自分が『ガタイがよくて超うらやましい』って言われたらどう思うんだ。  
褒められたってちっともうれしくない。  
お人形や姫に憧れる男がどこにいるんだ。  
頭と心がずきずきとした。風邪のせいだ、こんなの。  
 
王子様に憧れるわけじゃない。  
別に、馬に乗りたいとも思わないしかぼちゃみたいな短パンも白いタイツも着たくない。  
ただ、女の子はみんな王子様が好きだ。・・・嵐士のような。  
かおりだって本当は―――  
そこまで考えて泉水は首を振った。  
(そんなこと考えるのはやめたんだろ)  
泉水ちゃんが好き。そう言って笑ってくれるかおり。  
かおりの言葉を、否、かおりを信じている。  
だからかおりに関しては嵐士に劣等感を感じるのはやめようと思った。  
泉水『が』好きと言ってくれる彼女に関して嵐士に嫉妬するのは  
嵐士に勝てない俺の八つ当たりだ。分かっている。  
かおりの性格はよく知っている。二心あるような女じゃない。  
俺はかおりが好きで、かおりもそう言ってくれる。だからそれでいいんだ。  
風邪のせいだ。こんなこと考えるのは。  
嵐士なんか、関係ない。  
 
 
 
ちくたくと時計の秒針の音だけが響く静かな部屋で、  
泉水の少し荒い息が響く。  
(熱なんか出たの久しぶりだな…昔はよく嵐士と同時に風邪ひいてたっけ)  
そんなときはあのドアががちゃりと開いて、めぐみが来たものだ。  
嵐士にだけ優しくするから、俺もめぐみには優しくなんてしたことない。  
別に早く治るおまじないのチューなんて、めぐみからもらいたくもなかったけれど。  
 
 
・・・がちゃり。  
そのとき、ドアが開いた。  
 
「泉水ちゃん!」  
「・・・かおり」  
飛び込んできたかおりの顔は、ほんのり赤い。息があがっている。  
「泉水ちゃん、いろいろ、買って、きたよ」  
走ってきたのだろう。手に提げたビニール袋に書かれたコンビニは  
羽柴家から少し離れている。そこから走ってきたのだろうか。  
「ごめんね、遅く、なって。いろいろ…買ってきたから」  
そうして冷えピタやら桃缶やら風邪薬やらなにやら取り出す。  
「おなかすいた?なにか食べられそう?熱は?泉水ちゃん大丈夫?」  
「・・・ありがと」  
身体はともかく胸の中が熱い気がするのは、熱のせいではないだろう。  
・・・嬉しいと、思った。  
大した熱でもないのにコンビニから走ってきてくれて、  
こうして心配そうに顔を覗き込んでくれて、  
本当に、嬉しいと思った。  
 
「桃缶食べる?」  
「ん」  
缶のプルタプを引き、かおりは器用にフォークで黄桃のサイズを変える。  
「はい、あーん」  
シロップを切り泉水の口元に運んだ。  
照れくさかったが、風邪を大義名分にした。  
「・・・うまいな」  
「ほんと?でも確かに風邪のときに食べる桃って美味しいよね」  
「かおりが買ってきてくれたから・・・」  
もごもごと泉水は小声でつぶやいた。  
「え?なに?」  
ぱちぱちとまばたきするかおりがかわいくて。  
 
「・・・かわいいって、言ったの」  
身体を起こして、思わず引き寄せた。  
 
「泉水ちゃん、起きて大丈夫?からだ、熱いよ・・・」  
かおりの小さな身体を抱きしめる。  
そうか、熱いのはかおりじゃなくて俺か。  
そうだよだって・・・こんなにも愛しいのだから。  
「かおり、・・・キスしていい?」  
答を待たずに、答えようとする口を塞いだ。  
「ん・・・っ」  
(やべ、風邪うつしちまう・・・)  
甘い香りは、桃の香りか。それとも。  
(でも・・・)  
頭の芯が、熱い。熱のせいかもしれない。  
「泉水ちゃん・・・」  
間近で聞こえるかおりの声が、理性を奪う。  
引き寄せて引き寄せて、ベッドに引き込んだ  
 
「泉水ちゃん、安静にしてなきゃ風邪、ひどくなっちゃうよ!」  
「薬ちょうだい」  
「くすり・・・?」  
「かおり」  
キスをした。唇を吸い、舌を吸った。甘い甘いかおり。  
「ん・・・ふぅ・・・」  
色気のない少女の色っぽい吐息が耳朶をかすめる。  
小さな頃はもらえなかった早く治るおまじない。  
あんなのどうでもよかったんだ。だって、俺にはかおりがいる。  
 
制服の裾から手を入れると、かおりの身体も熱かった。  
「泉水ちゃん、苦しくないの?大丈夫?風邪ひいてるのにこんな」  
つづきを聞く前に、また口を塞いだ。  
下着のホックを外しやわらかい身体を弄る。片手に収まる小さな胸をやわやわと揉んだ。  
「あ・・・やぁ・・・泉水ちゃ、ん」  
蕩けそうな声で、名前を呼ばないでくれ。  
俺のほうが蕩けてしまうから。  
身体が熱いのも、もう、熱のせいだけじゃない。  
「ごめん、かおり、・・・好き」  
唇に、首筋に、鎖骨に、ひたすら降らせるキスの雨。  
その度に甘い吐息が小さく漏れる。  
「泉水ちゃん、あたし、もう」  
 
しよ―――  
 
静かな部屋で響く、時計の秒針が時を刻む音。それから、二人の吐息。  
ときおり軋むベッド。  
「あ、あぁ・・・はぁん」  
泉水の身体の下で制服を乱したかおりの頬が上気している。  
桃色の頬と潤んだ瞳が熱っぽい。  
(風邪、もううつっちゃったかも・・・ごめん)  
泉水は痺れた頭の奥で思う。風邪をうつしたらどうしよう。  
というかもう遅いのかもしれない。どうしよう。  
でも、身体も心も言うことを聞かない。  
頭の中が熱い。身体が熱い。胸の中が熱い。  
そして、かおりの中も熱い。俺の身体の芯も。熱くて溶けそうに気持ちいい。  
 
「いずみちゃん・・・泉水ちゃんの身体、熱いよ・・・」  
きゅっと目をつぶったかおりがささやく。  
「きもちいい・・・」  
その言葉が、その表情が、その姿が、その存在すべてが、  
泉水の身体と心を刺激する。可愛い。可愛い。好きだ。  
そして同時にほんの少しだけ苦い思いが胸の奥を刺す。  
―――嵐士みたいな王子様にはなれない。  
くそ、なんの呪いだよ。こんなときにまで嵐士かよ。  
王子じゃなくていい。どこの王子にも、かおりは渡さない。  
腰を動かす度に小さく小さくあがる嬌声が、  
泉水の頭の中を白くしていく。何も考えられない。かおり以外。  
「あ・・・あ・・・っ・・・あぁぁっ・・・!」  
泉水のニの腕を握った指先に力が入る。かおりが気持ちいいと思うときの表情としぐさ。  
どこの王子も知らないそれは俺のものだ。  
かおりの指先が泉水の二の腕を締め付ける。  
かおりの身体が泉水の身体を締め付ける。  
かおりの存在が泉水の心を締め付ける。それはとても甘く。  
「・・・く・・・かおり・・・っ」  
かおりの最奥で果てる、その瞬間口付けた唇は桃よりも甘い幸せの味がした。  
 
 
「もー、泉水ちゃん・・・結構元気なんじゃん」  
「だって・・・かおりが・・・」  
やはりもごもごと小声でつぶやく泉水に、香織はちいさく笑う。  
「泉水ちゃんは、やっぱりあたしの・・・」  
 
泉水の白い肌と大きな目と端整な顔立ちは、友達の「お姫様」に似ている。  
お姫様は、あたしとは違って色白で髪はサラサラでスタイル抜群のお姫様だ。  
めぐみのことをうらやましいなあとは、正直思う。  
思うけれど、あたしは―――  
 
お姫様じゃなくていい。  
だって、世界で一番カッコイイ王子様が隣にいてくれるのは、あたしなんだもの。  
 
 
 

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