フジワラはカワイイ。  
本当に本当にカワイイ。  
どれくらいカワイイって言うと、この世に存在する全ての女よりもカワイイ。  
 嗚呼、フジワラ。  
オレのヴィーナス。  
愛しい天使。  
運命。  
魂。  
そして罪  
 
 
 
「アキラセンセ、まーだめぐみのコト諦めてないんですかー?」  
 生物準備室で愛しのフジワラのコトを想っていると、増田がひょっこりと表れた。  
ムッ。  
出たな悪魔め。  
コイツに会うと、ろくな目に遭わない。  
 そそのかされた通りにフジワラを盗聴してみれば、松本とのうっふんあっはんラブトークが聞こえてきたり。  
(その後、人生に絶望して自殺を図った)  
「奪ってみれば?」という言葉に従って松本と戦うためにタイにムエタイまで習いに行ったり。  
(タイに着いた1日目にハラを壊して、滞在中ずっと病院のベッドの上で過ごした)  
オレの全てのチカラを尽くして作った『メグミLOVE−2004』を奪ってポチなんて名前でメイドロボットにしたり。  
(あのフジワラがメイドにメイドにメイドに……ぽわーん)  
ホントにホントにホントに怨んでも怨んでも恨み足りない。  
 クッソー。  
(……エコエコアザラク、エコエコザメラク)  
 最近通信販売で買った、黒魔術入門セットに載っていた呪いの呪文を呟きながら、増田を見る。  
 オレの頭の中ではのた打ち回って「柴田先生ごめんなさいスミマセン許してください、フジワラさんが先生のこと好きって言ってました」  
と叫ぶ増田の姿が映し出されたが、現実には何の効果も発見出来なかった。  
 チクショー。  
クーリングオフ、昨日までだったよな。  
「ねーね、センセーってば。ムシは良くないんじゃない?」  
 オレが預金残高を思い浮かべて心の涙を流していることなんて全く構わず、ニヤニヤと人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、再び増田が声を掛けてきた。  
 どうせまたしょーもないコトを言いに来たに違いない。  
 もうダマされないぞ。ぐっと拳を握りしめながら、悪魔のささやきに心を奪われないように決意をする。  
 ホント。コイツに比べれば、ゴンちゃんなんて気持ち悪いだけのちゃぶ台だ。  
あの凶悪なまでの醜貌をガマンすれば、他にはあんまり実害はないし  
(でも、あの勘違いも甚だしすぎるナルシストッぷりは治した方が良いと思う)  
何よりもヤツには無い良心というモノがある。……ような気がする。多分。  
 まぁそれはさておき。  
「何の用だ、増田」  
 よし、かなり冷静な声が出せた。クールな生物教師そのものってところだな。  
心の中で秘かにガッツポーズを決めると、そんなこと知ったこっちゃーないと言わんばかりにヤツがクスクスッと笑った。  
 ……何となくバカにされてるような気がするのは気のせいだ。うん。きっとそうに違いない。  
 
「べっつにー、ただめぐみ……」  
「フジワラがなんだってっっっ?」  
 めぐみ、という単語に今さっきした決心もスッカリ忘れ。オレはパブロフの犬も真っ青な反射能力で、増田が差し出した餌に食らい付いた。  
 だってスキなんだモン。  
「ククッ」  
 してやったり、と言わんばかりの悪質な笑みに、またしてもやられてしまったと後悔するのも時は既に遅く。  
「マジでアキラってからかい甲斐あるよねー。てか、単純? というよりバ……」  
「だから、何しに来たんだよ〜。用がないんなら、早くどっか行けよ〜」  
 嘲るような言葉を遮ると、シッシッ、とオレは犬を追いやるように手を振った。  
 ……泣きそうになんかなって無いぞ。ゼッタイ。  
 だが、そんな仕草を全く意に介さないように、増田はオレに近寄ってくると、こっそりと耳に囁いた。  
「センセー、めぐみのこと、抱きたくない?」  
「なっ、なんだってーーーーー?! そんなハレンチな!   
『イヤン、ダメ先生』  
『めぐみ、一生大事にするよ』  
『先生……』  
『こらこら、もう先生じゃなくってアキラって呼ばなきゃダメだろ?』  
『あっ……あん、アキラっ』  
『キレイだよ、めぐみ……』  
『んっ、アキラ、すごいっ……あん……おっきいぃ。あああッ、めぐみ、壊れちゃうーっ!』  
『愛してるよ、めぐみっ、めぐッ、アアッ』」  
「…………」  
 あまりにステキ……イヤ、いかがわしい言葉に、つい理性を失ってしまったらしい。  
どうやら何かを口走ってしまったらしく……増田のヘンタイでも見るような視線がイタイ。  
「あー、ゴホンっ」  
 何となくきまりが悪くなって、咳払いをする。  
だが、それよりも何よりも……。  
「ねぇねぇ、増キョン、今のどういうイミかなぁ? 先生に教えてくれなーい?」  
 いそいそと揉み手で近づくと、骨張った脇腹をつんつん突っつく。  
増田はもんの凄くイヤそうに身をそらして逃げたが、今はそんなこと構っていられない。   
さらに、ずいっとその体に近寄ると、両手で彼の腕を掴んだ。  
「ねーねー、増キョンってばー」  
 くねくねとカラダを捩ってその体を揺さぶると、待ちかねていた反応がやっと返ってきた。  
「だから、先生がめぐみとエッチ出来るように協力してあげよっかなー、って思ったんだけど……」  
 
「けど、ナニッ? 何が望みんだッッ?」  
 腕を掴んでいた指に力が入る。  
多分、目も血走っているだろう。  
未だかつて無いほどの興奮に、股間のJr.さえもも少し立ち上がってしまっている。  
「イタタ、アキラ、ツメ食い込んでるってば、ツメっ!」  
「そんなことよりっっ! 何をどーすればいいのか早く吐けっ! いや、教えろ。教えて? ご教授クダサイ。お願いオネガイ御願いします!!!」  
 もの凄い勢いで、ガクガクとその体を揺さぶると、  
「わ、わかったから落ち着け、落ち着け」  
 顔面を片手でわしっと握られて、体ごと両腕を引きはがされた。  
だが、それくらいでこの燃え上がるようなパッションに水を掛けることはできない。  
もしフジワラとラブれるんだったら、オレは悪魔に魂を100万回売り渡しても構わない。  
 だって。オレはもうとっくの昔に、フジワラというかわいい小悪魔に、魂を捧げているのだから。  
「ストップってば」  
 今にも再度掴みかかりそうなオレに気がついたのだろう。  
増田は両手を胸の前に挙げると、待てと言うように、こちらに向かって手のひらを見せた。  
 ん? なんだ、あの白いカプセル。  
 疑問が顔に表れたのだろう。  
増田は左手をオレに向かって突き出すと、そのカプセルを持った右手を高く上に持ち上げた。  
「あのね、コレってウチの研究所で秘かに開発してたクスリなんだけど……」  
 どうやらアレが肝心のブツらしい。  
そう推測を付けると、オレはキシャーッという音を立てながら、コブラ拳法の構えで素早く敵に飛びかかった。  
 獰猛な毒蛇の姿そのままに、オレは上下に大きく両手を広げる。  
地面と垂直に曲げた指先は、毒を隠し持った牙の役割を果たし、狙われた獲物はひとたまりもないだ……ろう?  
「ムギュ〜ッ!」  
 ……思ったよりもディフェンスの壁が厚かった。  
 ブロック塀のように頑強に立ちはだかった増田の左手に顔を潰されて、オレは情けなくも少し無様な声を上げた。  
 クソー。  
あともう少しだったのに。  
 オレは物欲しそうに人差し指を噛むと、頭上高く掲げられたカプセルを睨んだ。  
イジイジ。……って、あれ?  
 
「あー、やっぱり気づいちゃった? もしかして、って思ってたんだケド」  
オレはその薬に見覚えがあった。  
一見すると、何の変哲もない白いカプセルに見えるが、その上部1/5程度が青く染まっているのだ。  
 一般的に市販されている品で2色に別れているものは、丁度つなぎ目に当たる真ん中の部分。1/2の辺りで色が変わっている。  
 だが、それより何よりも。  
ヤツはそのカプセルを松本へと買ったココアの中に一粒、入れていたのだ。  
 ほんの一瞬の出来事だったが、オレは確かにその瞬間を見た。  
昼休み。紙コップの自販機の前。  
 さりげなく増田の手の中から落とされるカプセル。  
ミルククラウンではなくココアブラウンの冠が一瞬カップの表面に出来て。  
次の瞬間には何事もなかったかのように全てが元の状態に戻った。  
 
 いま考えるとヤツはそのココアを混ぜたり何かもしていなかったし、すぐ隣にいた松本の様子を見る限り、変な味も香りもしなかったようだ。  
 あのクスリ。無味無臭で溶解度がかなり高いのは間違いないだろう。  
オレの理系の頭脳がそう結果をはじき出す。  
「ウチの研究所ってさぁー、政府関係のちょーっとヤバめな仕事とかも請け負っちゃったりしてるんだよね。まぁそういうのの延長上で出来ちゃったモノなんだけど……」  
「ゴタクはどうでも良いから、さっさとそのクスリの効用を教えろ!」  
と噛みつきたいのは山々だったが、オレはご主人様に忠誠を誓うワン公のようにその長々とした説明が終わるのを待った。  
 でも、オレはやっぱりフジワラに関することに対しては忍耐力が欠けてしまうらしい。  
いつのまにか、そこらの庭に転がっている駄犬のようにうなり声を上げていたようだ。  
「ウーッガウガウガウッ」  
とたん、増田の視線が液体窒素みたいに冷たくなる。  
 氷点下196度の世界ってこんなカンジかなぁー。  
ってマスダぁー。せんせい、凍っちゃうヨー?  
「キューン、キュイーン」  
 冷たい床の上にころりと転がってハラを見せる。  
オレは今、トイ・プードルになった。  
 白いほわほわの毛皮。  
耳を垂らし、つぶらな瞳でご主人様を見上げる。  
オプションの尻尾はもちろん媚びを売るようにパタパタと振って。  
 どうだ、カワイイだろうっ?カワイイと言え!  
「キモッ」  
 増田の上履きが、顔面に迫る。  
ギュムッ。  
……頬を容赦なく踏まれた。イタイ。  
 
 でもいい。  
プライドなんか、フジワラを目にした日に捨てた。  
 オレは彼女をあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるんだ。  
のびやかな肢体も、愛らしい顔も、小悪魔のような笑顔も、性格が悪いところも、奔放な振る舞いだって。  
すべて。すべて。すべて。  
愛してる。欲してる。  
 
だから……。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
≪ENd≫  
 

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