あたしが信じてるのは、あたしだけ。
あたしが頼りにしてるのも、あたしだけ。他には、なにもない。
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土曜日の昼下がり。
喧騒の街を一人の少女が闊歩していた。
「うっわ今の見た!?ゲロマブ!」
「ねえねえあの子ってモデルとか?藤原景織子に似てない?」
「かっわいーー!!!」
3歩歩けば誰もが振り返る美少女。彼女の名は藤原めぐみ。
着崩した制服からちらちらと見える白い胸元がこのうえなく扇情的で、
すらりと伸びた長い脚は魅惑的で、服の上からでも分かる腰の細いくびれは女子高生のものとは思えないほどで。
そんな自分に向けられる視線を誰よりも感じているのはめぐみ自身だ。
あたしの顔と身体で落とせない男なんていない。
あたしを抱きたくない男なんていない。
実際に身体を許す必要なんてない。
あたしがちょっと屈んでみせれば、腕にちょっと絡み付いてやれば、
男なんて何でも言うことを聞く。ちょろいもんよ。
あたしの顔と身体で落とせない男なんていないの。
でも、顔と身体以外のあたしを見てくれる男だって、いないんだ。
派手で遊び好き、そして男もとっかえひっかえのめぐみの性体験は奥手の友人たちよりははるかに多いだろう。
でも、セックスは好きではなかった。―――好きではない。
気持ちいいなんて思ったことはない。演技ばかりで疲れるだけ。
でも、どんな声を上げれば男は喜ぶのか。
どんな風に腰を使えば男は喜ぶのか。
経験の中でめぐみは冷静に研究し、習得していた。
『めぐみ、気持ちいい』
『ハァ・・・ッ・・・めぐ、イ・・・くっ』
『かわいい・・・めぐみ、かわいい』
バカじゃない?
あんたが気持ちいいのくらい、見れば分かるじゃない。
あたしが可愛いのくらい、見れば分かるじゃない。
バカは嫌いなの。もう、要らない。
そうやって次々捨ててきた。
いくら捨てても、言い寄ってくる男が尽きたりなんてしないの。
あたしの身体で落とせない男はいない、いないけど。
あたしのこと「好き」って言った男はまだ、いない。
ピンポーン。
一軒の家の前でめぐみは立ち止まり、チャイムを押した。
ドアが開き顔を出したのは。
「おうめぐみ、あがれよ」
友人であるえみかの兄、松本政宗。同じ高校の3年生だ。
こうして見ても、モデルの父にも端整な顔の従兄弟にも引けをとらない美形だとめぐみは思う。
自分に言い寄ってきた男の中ではダントツでいい男だ、と思う。
「センパァイ、お邪魔しまぁす」
そしてこの男に言い寄った女の中でダントツにいい女なのは自分なのだろう、とめぐみは知っていた。
政宗のファンをはじめ数多の女に嫌われ恨まれ妬まれても平気だったのは、そんな自負があったから。
あたしに勝てる女なんていない。
不細工の分際で自分をライバル視してくる女に、何度言ってやっただろう。
『政宗センパイが彼氏だと自慢できるしィー、キスとか上手いしィー
でももっといい条件の人いたら乗り換えるけどv』
ああ言ったときの不細工面の歪むことといったら、ない。
政宗センパイだって、あたしのこと好きだなんて言ったことないもの。
だからあたしだって、好きだなんて言わない。
言わなくたっていいの。
自慢できてキスが上手くていい身体しててあたしにつりあってるから付き合ってるだけなんだから。
好きだなんて言わなくったっていいんだ。
あたしに片思いなんてあり得ない。
「センパァイ、なにして遊ぶ?プレステ?あっ、雑誌見るぅ?」
大きな目にたっぷり乗せたマスカラも、頬を桜色に染めるチークも、
つややかな唇を彩るグロスも、両手両足の綺麗に染められた爪も。
学生服にしては随分短いスカートも、胸元から見えるレースのキャミソールも、
華奢な鎖骨にきらきらと輝くネックレスも。
めぐみは自分に手を抜いたりは一切しない。
どこをどう飾れば自分がより美しく映るのか。誰よりもそれを把握しているのは、めぐみ自身だ。
ぱちぱちと上目遣いでまばたきすれば、どんな男だって蕩けそうな顔をする。
―――政宗だって。
「ナニして遊ぶ」
政宗はめぐみの背後にまわる。そしてその細い、けれども細いだけではない四肢を抱きしめた。
その右手はちゃっかりめぐみの右乳を触っている。
「ぁん、センパァイ・・・」
いつものように、甘い声を出してみせる。
そういえば、少女向け雑誌なんかには「気持ちよくなれば自然に声が出る」と書いてあったけれど、
自然に声を出したことなんて、あったかしら。
昔テレビでママが演ってたベッドシーンを参考にしてちょっと練習してみたら、
羞恥心さえ捨ててしまえば簡単に声なんか作れると知った。
そのほうが男が喜ぶから。そのほうが楽だから。
「・・・やぁん、政宗せんぱ・・・あんっ」
慣れた手つきでめぐみの胸を弄る政宗がニヤリと笑う。
「エロい声出すなぁめぐみは」
政宗はベッドに自身の身体をドサリと投げ出した。
「来いよ」
めぐみの腕を引っ張りベッドに引きずり込む。いつのまにかめぐみの身体は政宗の下にある。
相変わらず手馴れた手つきで制服のホックをはずしていく。
その間には舌を絡めたディープキス。空いた片手ではめぐみの乳首をくりくりと弄る。
「ぁんっ・・・はぁん」
湿り気を帯びた吐息が、政宗の耳朶をかすめる。その熱が、情念を誘う。
するすると全ての着衣を剥がれ、剥かれていくめぐみの白い肌がほんのり赤い。
「・・・エロいな」
くちゅ。
粘着質な音が、めぐみの足の間から聞こえた。
「すげーじゃん、ビショビショ」
「あんっ・・・センパイ、やぁっ・・・」
恥ずかしい、という表情をする。してみせる。
乳首や口内を刺激すれば、濡れるのは当たり前なのに。
こんなの、生理現象だもん。
あたしは、あたしを可愛いって思わせるためなら、なんでも出来る。
ふと政宗の身体がいなくなる。
下腹部に柔らかく暖かい風が吹いたと思うと―――
「ひゃぁんっ」
秘所に政宗の舌を感じた。硬くてやわらかくて、熱い。
「エロい味、してんぜ」
政宗はめぐみのクリトリスを舌の腹で圧迫し擦りながら、指を入れてきた。
「あ、あ、ぁんっ、あんっ・・・!」
じゅるっ!蜜を啜る音がする。
「コラめぐみ。あんまりこぼすな。・・・そんなにこぼすなら、栓しなきゃな」
ニヤリと笑った政宗の唇はぬらぬらと濡れていた。
キスしたらあたしの味がするんだろうな。
ぼんやりとめぐみは思った。
「・・・ん」
体液の混じる唾液を互いの舌で絡めあうキスは、ほんの少ししょっぱい。
「めぐみ、入れるぞ」
めぐみの膝を割り、政宗の身体がめぐみの細い身体に覆いかぶさる。
めぐみが知っている範囲で、政宗のモノは大きい。身体に入ってくる瞬間は、いつも背中が粟立つ。
「ぁんっ・・・」
動き始めればどうってことはないけれど、めぐみは相手の男が自身に侵入してくる瞬間が少しだけ好きだった。
『あたしが欲しいんでしょう?』と、少しだけ満足に浸れるから。
「センパァイ・・・あぁん」
「めぐみ、おまえ可愛い」
めぐみは自分を見下ろす政宗の目に自分の姿が映っているのをぼんやりと見た。
可愛いでしょうとも。
肌は白くて肌理細かくて、腰は細いし、鎖骨は華奢だし。
オッパイだって大きいし乳首はピンクだし。
だから、そんなこと見れば分かるじゃない。
あたしが可愛いのなんて、見れば分かるじゃない。
言っておくけど、先輩が気持ちいいのも見れば分かるんだから。
頬が上気、してるもの。
「センパイ、もっとぉ・・・」
甘い声で催促すれば、政宗は満足げに笑う。
「エロいねーめぐみは」
ぎし、ぎし。
パイプベッドが軋む音にかき消された、水気を帯びた粘膜が擦れあう音。
そしてそれに被せるように、めぐみは声をあげる。
「あっあっあっ・・・はぁんっ・・・」
「めぐみ、可愛い・・・めぐみ」
政宗はめぐみの細い首筋に唇を這わせ、吸った。
「んあっ・・・ふ・・・ぁあ」
白い首筋に、桜の花が咲く。ひとつ、ふたつ。みっつ。
「せんぱい、そんなに付けちゃ・・・やぁ・・・」
「だってめぐみはオレのものだ」
オレのモノ。
センパイ、ねえ、
それは、あたしが可愛いから?
ねえ、センパイが大事にしてるバイクに持ってる独占欲と同じ?
可愛くて綺麗だから、誰にも触れてほしくないだけ?
ねえ、それとも、
センパイ、あたしのこと、好き?
「あぁんっ」
不意に、全身を震わせる甘い刺激がめぐみを襲う。
身体を繋げたまま、政宗の右手がめぐみのクリトリスをくにくにと弄っていた。
「あ、や、せんぱ、い・・・あんっ」
「もっと可愛い声聞かせろよ」
腰と右手を器用にも両立させて、政宗は満足げに目を細めて笑っている。
「あ、あぁ・・・はぁんっ」
「めぐみ、すげー可愛い、ホント可愛いなおまえ・・・」
可愛いといわれて嬉しくない女はいないんだって。
でも、あたしは別に嬉しくなんかない。だってそんなこと鏡見れば分かるもの。
あたしがほしいのは、そんなことばじゃないのに。
「せんぱい・・・めぐみ、もう・・・」
膣に力を入れて、収縮させてみる。イク振りくらいサービスするんだから。
「めぐみ・・・っ」
政宗の動きが大きくなる。奥まで突き上げてくる感覚、粘着質の音。終わりは近いかなとめぐみはぼんやりと思う。
めぐみ、 好きだ・・・っ
「―――!!」
政宗のかすれた声を聞いた瞬間、めぐみの身体の最奥で何かが溶けた。
そしてそれは、めぐみの身体を甘く蕩かしていく。
さっきセンパイにアソコ舐められたときより、
舐めながら指入れられたときより、
挿れたときより、挿れながら乳首やクリトリス弄られたときより、
ずっとずっと、気持ちいい。
刺激は少ないはずなのに。どうして?
「ん・・・あ・・・あぁんっ、セ、ンパイ・・・あっあああっ・・・」
きゅう、と政宗の背中に回した手がその広い背を抱きしめる。
「めぐみ、めぐみ・・・っ!可愛い、好きだ、可愛い・・・っ」
ああ。名前を呼ばれることが。
可愛いと言われることが。こんなに。
「センパイ、うれしい・・・」
初めて、セックスの時に嘘じゃない言葉を言った。
無言で笑った政宗はそれに気づいたのか分からないけれど、
めぐみの桃色の唇を塞ぎながら、めぐみの最奥で果てた。
夕日の差し込む部屋で、裸のままシーツに包まってまどろんでいる政宗とめぐみ。
寝息を立てる政宗の髪を華奢な指に絡めながら、めぐみが呟いた。
あたし、ほんとはずっとそれが聞きたかったの。
政宗にも、自分自身にさえも聞こえないほどの、小さな小さな声で。