ある晴れた、月曜日。教室へ続く道。
渡り廊下を早足で歩く一人の少年。
少女と見まごうほど、見目麗しい彼の髪が風にさらさらとなびく。
彼―――羽柴泉水が渡り廊下の角を曲がると、下級生の女子が数人、話に花を咲かせていた。
2月13日、月曜日。
女の子の話題の8割は、甘いチョコレート。
「あたし2年の羽柴さんにあげるー」
「大っきいほうの羽柴さんね、あはは」
「あたしもー!嵐士くん格好いいよねー」
きゃあきゃあと響く笑い声は、後ろを通り過ぎた泉水におそらく気づいていない。
気づいているとしたら、・・・残酷だ。
別に義理チョコなんて欲しいわけじゃないけれど、
毎年この時期に聞くこの手の話が泉水は大嫌いだった。
(別にいいけど。・・・今年は香織が大っきいの作ってくれるって言ってたし)
仏頂面が少しほころぶ。
香織からは、毎年チョコレートを貰っていた。
でも、今年は一味違う。
今年は、嵐士のついででも、嵐士宛てのチョコ探しのお礼でもないはずだから。
―――――どんなのくれるんかな。旨いに決まってるけどさ。
泉水はさっきより随分と少し軽い足取りで、渡り廊下を歩いた。
初めてキスした12月。身体を重ねたのも、そんな寒い日のこと。
2ヶ月弱が過ぎたけど、心だって重ねてきた。
自分は相変わらず香織と過ごす時間が好きだったし、香織がかわいくて仕方なかった。
香織も自分を好きだと言ってくれるし、いつも楽しそうに笑ってくれる。
泉水と香織は、でも関係が変化するずっと以前からいつも仲がよかったから、
学校で過ごしている分には傍目には以前と変わりなく仲のいい友達のように見える、らしい。
その事実に、泉水は少しだけ優越感を覚えることもある。
仲のいい友達でもあるけど、それ以上の関係でもあるんだぜ。
香織の一番可愛い笑顔を知ってるのは、オレだけなんだぜ。
めぐみだって、あの演劇部の派手な部長だって、・・・嵐士だって、
誰も見たことのない笑顔も聞いたことない声も、オレのものなんだぜ。
そんな感覚が泉水を、誇らしいようなくすぐったいようななんとも言えない色の気持ちにさせる。
廊下の角を曲がると、そこにある窓から中庭が見える。
平らに均された土ばかりのグラウンドとは違い、中庭には色とりどりの花が咲いている。
天気のいい日には近所の野良猫がベンチの上で日向ぼっこをしているから、
そんな日は部活へ行くのを15分遅らせて猫と遊ぶのが泉水のちいさな楽しみだったりする。
だから、中庭に目をやったのに特に理由などなくて、何気なく―――ふたりの人間を見つけた。
香織と嵐士じゃん。
別に嵐士と香織だってもともと仲がよいのだから、二人で話していたって何の不思議もない。
クラスだって同じだし。
(なんだよ、面白くねえっ)
自分の胸に去来した感情に、敢えて名前をつける気にはなれなかった。
別に、香織と嵐士がイチャついているわけじゃない。
笑いながら喋ってるだけだ。
こんなことで苛々してどうする。
束縛男になんて、なりたくねえぞ。
別に京介みたいに浮気してるわけじゃない。放っとけばいいじゃないか。
頭の中の声とは裏腹に、中庭の二人から目が離せない。
心なしか頬を染めて笑う香織。
嵐士の表情は見えない―――背を向けているから、さらりとした長髪が風になびくのが見える。
顔の前で手を振っている香織。なにかを否定している動作だと、泉水にはわかる。
なんの話をしているのかは―――わからない。
香織は、嵐士が好きだったんだよな。
ずうっと。
でも、過去形なんだよな。・・・そうだろ?
もう、嵐士にやるチョコを探すのに1日かけたりしないだろ。
嵐士の好きな映画のリサーチを、俺に頼んだりもしないだろ。
・・・俺のこと好きだって言ったの、気の迷いなんかじゃないだろ?
(あー・・・もう)
頭の中でネガティブな問いかけを繰り返す自分自身が腹立たしい。
でも。
他の女がいくら嵐士を好きでも構わない。比較して選ばれなくて構わない。
だけど、香織が嵐士の前で頬を染めて笑っているのは。
(・・・いや、だ)
いつから自分はこんなに嫉妬深い性格になったんだろう。
・・・香織の笑顔を独占したい。笑顔も泣き顔も寝顔も嬌声も怒った顔も、全部。
全部俺のものにしたい。
中庭に目を落とすと、二人の姿は消えていた。
別に暗がりにしけこんで何かしているわけでもないだろうに、
なんだか胸のあたりがちりちりと痛い。
「・・・っあー・・・ばっかみてえ・・・」
一人ごちたその時。
制服の胸ポケットに入れた携帯電話が、小さく振動した。
メールボックスを開くと、香織の名前。
「件名 あのね
本文 泉水ちゃん部活中?
来れたら演劇部の部室まですぐ来てくれる?」
(やっぱり嵐士が好き、だなんて言われねーだろうな・・・)
元来ネガティブな泉水の発想はこんなときも―――いやこんなときだからこそこうなのだろうか。
胸の鼓動が早まったことに気づかないふりをして、泉水の指は携帯の上を滑る。
「件名 Re:あのね
本文 了解」
「泉水ちゃん」
クラブハウスの一室、演劇部部室の扉を開けるとすぐに泉水の名を呼ぶ声がした。
薄暗い部室で、小柄な少女がにこにこと笑っている。
香織のその笑顔はあまりにも無邪気で、
ここに来るまでに色々と泉水の頭の中で繰り広げられたネガティブな妄想を払拭していく。
泉水の名を呼ぶ声も、泉水に向けられた笑顔も、
嵐士と話しているときの香織のそれよりも可愛かったから。―――数段、可愛かったから。
「―――ひゃっ」
香織が頓狂な声をあげた。泉水が急に香織を抱きしめたから。
「泉水ちゃん、急に、どうし・・・」
「無駄に心配させるな」
「え?なに??いずみちゃ」
唇を塞がれて、言葉が途切れる。
意味がよくわからない泉水の言葉に戸惑いはしても、泉水と交わすキスに違和感はない。
だから、自然に目を閉じて泉水の背中に手を回すことが出来た。
「ん・・・っ」
絡み合う舌の間から、吐息と声が漏れる。
「泉水ちゃん、誰か来ちゃうよ・・・」
「今日演劇部休みだろ。来ねえよ」
再度唇を重ねる。
潤んだ瞳が可愛い。誰か来ると言いながらその目は嫌がっていないから。
・・・誰にも、渡したくない。
俺のものだって印つけてやりたい。・・・今すぐに。
「・・・っ!!」
制服の胸元を弄りだした泉水に、香織は小さく声をあげた。
「ちょっ、泉水ちゃん、ここ学校・・・!」
続く言葉は、唇で封じた。
「ん・・・んんっ」
舌で口内を弄ると、香織がくぐもった声をあげた。
「泉水ちゃん・・・どうしたの・・・?」
不安そうな眼差しが、泉水を捉える。
そうだ。この迷子の子犬みたいな眼差しだって。
「・・・誰にも渡したくない」
「・・・あっ」
首筋に唇を這わせると、泉水の背中に回された指先に力が入る。
「ん・・・んっ・・・あ・・・っ」
きゅっと閉じた目と、上気した頬、小さく漏れる声が可愛い。
どこが弱いかだって、知ってていいのは俺だけだ。
セーラー服の裾から手を入れて、ブラのホックを外した。
弄った親指の腹で乳首を圧せば、少し声が高くなる。
「あっ―――」
気持ちいいとき少し涙目になる香織の瞳が、潤みながら泉水の姿を映す。
「や・・・あ・・・いず、みちゃ」
耳朶を甘噛みすれば、零れる吐息も甘い。
「泉水ちゃん・・・誰か・・・きちゃう・・・っ」
誰かが来ればいっそ、香織は俺のものだと言い放ってやれるのに。
そんな変態じみたことさえ思う。
「や・・・」
「嫌?」
膝上のミニスカートのプリーツから手を潜り込ませて、下着の中に指が進入する。
粘着質な熱が、泉水の指先を浸す。
「あ――――アッ」
「ほんとに、いや?」
意地の悪い質問を投げかけ、ぬるぬるとした芽を撫でる。
びくりと身体を震わせた香織の眼が泉水を捕らえた。
「だって・・・っ、あ、・・・あんっ」
「だって?」
「あ・・・あ・・・っ」
どこをどうしたら声が言葉にならなくなるのか、知っているから。
左手は香織を抱きしめたまま、
右手の中指と人差し指が香織の中を掻き回して、親指の腹で硬くなったクリトリスを圧せば―――
「ひゃう・・・あああああッ」
香織の身体がちいさく跳ねた。
「はぁっ・・・はぁっ・・・いずみちゃん・・・」
肩で息をする香織の目は相変わらず涙目で。その目は「可愛い、守ってやりたい」という気持ちと
「もっと意地悪してみたい」という気持ちとの両方を煽る。
ドSの兄が小動物をいたぶるのと似ているけれど決定的に違うその情念は、恋なのか愛なのかそれとも。
「香織・・・窓に、手をついてみて」
「・・・え?こう?」
こんな状況でも、大人しく泉水に従う香織は泉水に背中を向けてカーテンの閉まった窓枠に手を掛けた。
泉水はその腰を自分の方に引き寄せ―――スカートをめくった。
「・・・!?」
濡れてすっかり下着としての意味をなくした布が、
白日の下に―――部室のカーテンで白日は遮られていたし電気も消えていて暗かったけれど―――晒される。
「泉水ちゃん、なに・・・?」
「なにって・・・こうするんだよ」
泉水はその下着をするりと脱がすと、下着との間にぬめりけのある糸を引いたそこに自身をあてがう。
「きゃあっ」
引っ込みそうになる香織の腰に手を回し引き寄せ、――――すっかり硬くなったモノを挿入した。
「・・・あっ・・・」
「かおり」
ゆっくりと前後に動くと、痺れるほどの快感が泉水の背骨を突き抜けていく。
「かおり。・・・好きだ。好きなんだ」
「あっ・・・あっ・・・あっ・・・」
伸ばした右手で香織の胸をまさぐり、左手で己が出入りする熱い泉の付近の花芽をくりくりと弄る。
「んっ、あ、あ・・・っ!!あぁぁっ」
背後から挿れているから、香織の顔が見えない。表情が見えない。
髪をまとめてあらわになった首筋がほんのり上気して赤くなっているのが見えるだけで、
あとは香織が片方の手で自分の口を押さえているくらいで。
涙目も、赤くなった頬も、可愛い声を紡ぐ唇も、見えないけれど。
声出さないようにしてるの?気持ちいい?
そう聞かなくても分かるほど、香織が声をあげる度に膣内が収縮し泉水のソレをきゅんきゅんと締め付ける。
(やべ、俺のほうがきもちい・・・っ)
「い、泉水ちゃ・・・ん・・・っ、あ、たし、も、う」
絶え絶えになった小さな声を出して、香織が背中を震わせた瞬間。
「あ、あぁ、あああああっ!!」
「・・・・っ!!」
愛しい可愛い香織の中で、泉水は精を解き放った。
「ごめん!!」
服を調えた香織に、泉水が頭を下げる。
我にかえってみたのがたった今だなんて、泉水は自分の頭をかち割ってやりたい気分だった。
独占欲の発露の仕方がセックスだなんて、香織に軽蔑されても仕方ねえか。
話があって呼び出した部室で、その男に背後から犯されたんじゃあ。
でも。
「ごめん、でも、だって、」
誰にも渡したくなくて、とささやくように小さな、香織にも聞こえないくらいの小さな声で泉水が呟く。
「もう・・・なんでそんなこと思ったの?誰にももなにも、あたしは泉水ちゃんが好きだって言ってるのに」
苦笑いしながら照れ笑いという、愛くるしくはにかんだ笑顔を見せながら香織は泉水の髪を撫でた。
(嵐士と喋ってるの見て嫉妬しただなんて、いえねー・・・)
言えないそんな感情が顔にでも書いてあったのだろうか。
香織はくすくすと笑うと、紙袋を取り出した。
「はい、泉水ちゃん」
「・・・なに?」
「ふたつ候補があってね、どっちがいいか嵐士にも相談したんだよ。
あのね、一日早いけどバレンタインのチョコレート!!
早くあげたくて我慢できなくて、もう作っちゃった」
「それで、嵐士と?」
「一日早いけど早くもらって欲しかったんだー」
泉水の呟きは香織には届いていないのか、その問いには答えずににこにこと喋り続ける。
「あのね、トリュフとケーキと迷っててね、さっき嵐士に結局トリュフにしたんだよって言ったら
泉水も喜ぶよって言ってくれてね、どうしても今日渡したくなっちゃっ」
途切れた言葉のわけは、チョコレートも溶けるような甘い甘いキスと抱擁。
2月13日、月曜日。
決戦は、月曜日。