「ねー泉水ちゃん、どれにする?」
日が傾きかけたころ、学校帰りのゲームセンター。
電子音とさまざまな色の洪水の中、制服姿の学生の笑い声が響く。
周りと同じような制服姿ではあるけれど、ひときわ端整なその顔と脱色した髪は目立つ。
女の子のような可愛らしい顔の泉水は、しかして仏頂面で答える。
「どれでもいい。任せる」
髪をひとつに束ねてパンダのヘアゴムを結んだ、これまた制服姿の女の子―――かおりはそれを聞くと頬を膨らませた。
「もー!泉水ちゃん無関心すぎ!一緒に選ぼうよ!!」
「じゃーこれ」
「ちゃんと見て決めてよー!もー!」
かおりと一緒に帰ると、たまにこうして立ち寄ったゲーセンでプリクラを撮ることになる。
100円玉を数枚入れて何ショットか撮影し、何枚か選んでなにやら書き込んで、
取り出し口から出てきたシールを鋏で2等分して、プリクラ儀式は終わる。
裏に糊のついた写真に興味はないし、こうして不機嫌そうな顔をしてはいるけれど、
泉水はこのひとときが嫌いではなかった。
変なポーズをきめたり、写真を選んだりとはしゃいでいるかおりを眺めているのが泉水は好きだった。
「はい、泉水ちゃん」
かおりが差し出したプリクラには、今日の日付が入っていた。
ああ、あと1ヶ月で今年も終わるのか。早いな。
泉水はそんなことを思いながら、受け取ったプリクラを財布に挟んだ。
外へ出ると、ひんやりを通り越した凍てつく風が頬を撫でた。
「さむーーー!!」
そう叫ぶかおりの吐く息が白い。
・・・そりゃあ寒いだろう、それだけちっこくて華奢な身体してたらな。
小柄な泉水より、かおりの身体がひとまわり小さい。
背は高くないにせよテニス部で鍛えた泉水の腕や胸板は細いながらも華奢ではない。
小動物のようなかおりの体躯をかわいいと泉水は思う。
顔が綺麗で胸の大きい女の子が泉水の周りにはたくさんいて、
親戚にはあの藤原景織子がいて、従姉妹はあの藤原めぐみで、
きれいで女らしい体型の女を見飽きるほど見ている泉水だったけれど、それでも。
かおりだけは、泉水を男として見てくれているから。
かおりといると、他の誰よりも「女の子」を意識する。
だから、泉水はかおりと過ごす時間が好きだった。
でも。
かおりが好きなのは、嵐士だから。
以前言い寄ってきた女が言っていたことばを思いだす。
(嵐士くんダメだったからぁ、弟の泉水くんでもいいかと思って告ったんだけどー)
忘れ物を取りに戻った教室で女の子たちが話しているのを、聞いてしまった。
それ以来、誰に好きだと言われても信用できない。
ドウセオレハアラシノカワリダロ
かおりが自分を「男友達」としてみてくれていることは分かっている。
でも、嵐士が好きだからその弟の自分とも親しくしてくれてるだけじゃないのかという気持ちを、手放すことが出来ない。
羽柴泉水として、男だと、友達だと思っていてくれていると信じてるのに。
・・・信じたいのに。
「・・・それでねー」
かおりが白い息を吐きながら、話し続ける。
「この道、昨日変質者出たんだって――でも」
振り返る。
「でも泉水ちゃんと一緒だから安心だね」
振り向きざま、寒さで鼻と頬を赤く染めたかおりがにっこり笑った。
かわいいな、と思った。
そしてそれと同時に襲ってきたのは、あの嫌な気持ち―――
ドウセオレハアラシノ
「・・・する?」
「え?」
「変質者が出たら、どうする?泉水ちゃんラケットで戦ってくれる?」
無邪気な笑顔のかおりに、胸が痛くなる。
かおりが泉水を男として意識してくれていたとしても、かおりは嵐士に惚れている。
それはよく判っていたから。
判っていたけど。
「渡さねえよ。変質者にも、嵐士にも」
「え?泉水ちゃ」
思わず抱きしめてしまった。
あの嫌な気持ちを払拭するかのように、ぎゅっと。
(やめてよ!あたしが好きなのは嵐士なんだから)
そういう言葉が返ってくると瞬時に悟った泉水だったけれど、腕がかおりを離さない。
「い、泉水ちゃん・・・」
しかし予想とは裏腹に、かおりは身じろぎひとつしなかった。
そんなかおりに驚いた泉水が身体を離すと、かおりはすっかり固まっていた。
口を半開きにして、真っ赤な顔で。
その表情、そのしぐさが泉水の知るどの女よりもかわいくて、後先のことを考える理性がどこかへ消えてしまう。
その瞬間奪ったかおりの口唇は、リップクリームの味がした。
「泉水ちゃん・・・」
かおりは呆然としていた。
泉水の突然の抱擁とキスに、そしてそれを嫌だと思っていない自分自身に。
(あたし、今、男の子とキスしたの・・・?あたし泉水ちゃんと)
頭がクラクラして、これが現実なのかよくわからなくて、
でもだんだん動悸が激しくなる。
嫌だというのとは少し違う。嬉しいというのとも違う。悲しいとも違う。
ただ・・・ドキドキする。
泉水は相変わらず女の子みたいな綺麗な顔をしているけど自分よりひとまわり大きくて、
大好きな嵐士よりも女泣かせの京介よりもあれほど顔の整った政宗先輩よりも
男なんだと、思った。
耳まで赤くなっていくのが自分でも分かる。寒いせいなんかじゃない。
あたし、どうかしてる。嵐士のことが好きなのに。泉水ちゃんにキスされたのに、嫌じゃないなんて。
この腕を、振り払えない。
ぽつり。
ぽつり。ぽつり。
そのとき、空から冷たい雫が降ってきた。
「あ、雨・・・」
そういえば、今朝の天気予報で「一時雷雨」と言っていたことを思い出す。
「あたし、かさ持ってない」
「・・・オレも持ってない」
ぽつり、そんな音を立てて落ちてきた雫がやがてざーっという音に変わり、
小さかった雫は大粒の水滴に変わった。
急に降り出した雨は、すでに小雨ではなくなっている。寒い冬の雨にこのまま打たれたら、風邪をひいてしまう。
「ウチまでもうすぐだから、走るぞ」
「う、うん」
泉水の右手は鞄を頭の上に乗せ雨を防ぎ、そして左手はかおりの手を引いていた。
かおりの左手は額にあてられ目に水が入るのを防ぎ、そして右手は泉水の手をしっかりと握っていた。
泉水が無意識に手を伸ばしかおりの手を握る。
かおりもまた無意識のうちに握り返した。
本人たちはそのことに気づかないまま、羽柴家を目指して走っていた。
羽柴家に到着したのは、それから数分後のこと。
「はぁ。はぁ。・・・冷た〜・・・」
わずか数分だったけれど、突然降り出した夏の夕立のような冬の雨はふたりの身体をしとどに濡らしていた。
「コートが水吸って重くなっちゃったあ・・・まだ雨やまないね。
泉水ちゃん、かさ貸してくれる?」
「それはいいけど、そのまま帰るのか?おまえの家まで結構遠いだろ」
「え、だって」
「この寒い中濡れて帰ったら風邪ひくぞ。風呂くらい貸してやるよ」
泉水がさらりと言ったその言葉に、意図はなかった。
家に遊びにきためぐみが、夜更けまで嵐士と話しこんでいて「シャワー借りるねぇ」と風呂場を使い、
あまつさえ下着の洗濯さえしていくことがある。別に普通のことだった。
かおりが風邪をひいてはいけないから。
ただそれだけの意味で言ったつもりだった。
しかし泉水は先ほどの自分の行為を思い出し、少し動揺した。
(・・・オレ、あんなことしといてこんなこと言うなんて・・・。下心あるみてえじゃねえか)
「うん、・・・泉水ちゃんありがとう。着るものあるかな」
「オレのでいいだろ。嵐士のじゃおまえにはデカイだろうし。・・・嵐士のがいいか?」
言ってしまってから、泉水は自分に舌打したい気分になる。
何を言っているんだ、オレは・・・。
「ううん、泉水ちゃんの借りていい?タオルとドライヤーも貸してくれる?」
寒さのせいかどうか分からないが、少し顔を赤くしたかおりがちいさく笑った。
(・・・あたし、何してるんだろ)
羽柴家の風呂場で、かおりは熱いシャワーを浴びていた。
今日は部活が休みだったからめぐみとショッピングでもしようと思ってたけどめぐみは先輩とデートでいなくて。
下駄箱のところにやっぱり部活が休みになった泉水ちゃんを見つけて。
一緒に帰って。
ゲーセンに寄ってプリクラ撮って。
帰り道で、泉水ちゃんと・・・キス。
(・・・なんであたし、嫌じゃないんだろ・・・)
自分が分からない。
初めてキスをしたその感想がよく分からないことが分からない。
ファーストキスの相手は嵐士であるようにとずっと願っていたのに、
そのために魚の頭をリボンで結んだりしておまじないもいっぱいしてきたのに、
そしてそれは泉水によって強制的に壊された願いだというのに、
(・・・全然、嫌じゃないよ・・・)
心臓がまだ、いつもより強く跳ねている。
変だよ。
あたし、嵐士のことがずっと・・・
かおりは嵐士の姿を頭の中に描こうとした。
優しくて格好良くて、・・・やさしくてかっこよくて・・・
(あれ・・・?)
どうして嵐士の顔が浮かばないんだろう。
(嵐士は優しくて)
嵐士にあげるバレンタインチョコレート選ぶのに、なんだかんだと言いながら10軒以上の店を回るのに付き合ってくれた泉水ちゃん。
言葉はぶっきらぼうなのに、かおりの歩幅に合わせて歩いてくれる泉水ちゃん。
(嵐士はかっこいいんだから)
テニス部の練習試合でスマッシュ決める泉水ちゃん。
登校のとき、電車で痴漢から助けてくれた泉水ちゃん。
(嵐士は・・・嵐士は)
あたし、ホントにどうしちゃったんだろう。
濡れそぼった学ランを脱いで、普段着になった泉水は部屋の中でうろうろと歩き回っていた。
じっとしているとさっきのことを思い出して顔が熱くなる。
(オレ、なにやってんだ・・・)
かおりのことをかわいいと思っていたのは事実だった。
かおりと過ごす時間を大切に思っていたのも事実だ。
でも、かおりのことを「好きだ」とはっきりと意識したことはなかったのに。
(好きなのか?かおりが?・・・だってあいつ、嵐士が好きなのに)
嵐士を好きな女なんか対象外だ。
嵐士を好きな女なんか。
「ちくしょ・・・」
コンコン。
「泉水ちゃん、お風呂とかドライヤーとかありがとう」
ノックの音とともに泉水の服を着たかおりが入ってくる。
嵐士の服だと大きいだろうと思って自分の服を貸した泉水だったが、
シャツの袖はかおりの手の甲を半分以上隠していたしジーンズの裾が大きく折られている。
やっぱり女の子って小さいんだなと思う。
「泉水ちゃんの服、ちょっと大きいね。男の子って大きいんだね」
かおりがはにかんで笑う。
乾ききっていない髪と、ほんのり上気した頬。
ひとまわり大きな服。子犬のような眼差し。
「・・・これは反則だろ」
「え?」
気づいたら、泉水はかおりを思いきり抱きしめていた。
「はん、そく?」
呆然とした、それでいて耳まで赤くした顔でかおりが呟いた。
「・・・おまえ、可愛すぎ」
「泉水ちゃ」
かおりの言葉を封じたのは、泉水の口唇―――2度目のキス。
柔らかい口唇がふたつ、重なる。
(・・・!!)
かおりの後頭部に添えられた泉水の手のひらがかおりの髪を撫でた。
その瞬間、口蓋に進入した柔らかいなにか。
(し、舌!?)
ディープキス、という舌を絡ませるキスがあることは奥手のかおりでも知っていた。
でも、いざ自分が体験してみるとわかる。
知っていることは意外と知らないものなのだ。
口唇と口唇を重ねるその行為が、こんなに気持ちがいいことだなんて。
「・・んぅ・・・」
口唇が離れ、間近にあるのは泉水の整った顔。肌は白く睫毛は長い。頬が少し赤い?
そんな泉水を見て、かおりの顔はますます熱く、赤くなる。
どうしてだろう。
嵐士が好きだったはずなのに、泉水ちゃんは仲のいい友達だったはずなのに、
こんな状況、意味がわからないのに。
どうして、すべてが予定調和みたいにしっくりするんだろう。
顔を離した瞬間、目に入ったのは真っ赤に染まったかおりの頬。
かわいらしい大きな目が少し潤んで、子犬みたいな眼差しを泉水に向けていた。
それは、泉水の理性をとばすのに十分な眼差しだった。
(やべ、マジかわいい・・・)
「ひゃぁ」
気づくと、泉水はかおりの身体をベッドの上に―――押し倒していた。
3度目のキス。
かおりにこんなことをしてる自分も、
自分にこんなことされて抵抗しないかおりも、
この状況の全てが非現実的なのに、違和感がどこにもない。
自分のシャツを着たかおりの控えめな胸に、泉水の掌が触れた。
「い、泉水ちゃん」
「・・・ごめ・・・!」
かおりの自分を呼ぶ声にふと我に返る。
そんな風に思ってるのは、オレだけじゃないのか。
こいつが好きなのは、嵐士なのに。どうして嫌がってないなんて思ったりしたんだ。
身体を離そうとした泉水だったが、しかしかおりの言葉がそれを押しとどめた。
「泉水ちゃん、どうしよう。なんか、気持ちいい・・・」
「・・・・・!!」
食べてしまいたいほどかわいい、という表現を今ほど実感したことがない。
そもそもこの状況この台詞この表情で、興奮しない男子高生はいないんじゃないかと泉水は思う。
実際、自分のものが屹立していくのが分かる。
「そんなこと言うなら・・・知らねえぞ」
泉水は一反引っ込めた手を、再びかおりの胸へと伸ばした。
下着のやや硬い質感と、その奥にある柔らかい感触。
藤原母娘やえみかや沙夜、それから雑誌のグラビアで見る巨乳を触ってみたいと思っていたのに、
この小ぶりな胸が可愛くて仕方ない。・・・直に触りたい。
「あっ・・・!」
シャツのボタンをみっつ、外した。
ピンク色のかわいい色合いのブラジャーが目に入る。
「・・・これも雨に濡れちゃってるじゃん。外しちゃえよ」
ぷちん、と背後のホックを外した。
「泉水ちゃん・・・っ」
これ以上赤くなりようがないほど顔を赤く染めて、かおりが泉水の名を呼ぶ。
「ダメっ!ちっちゃいんだから・・・!」
ダメといわれて一瞬びくりとした泉水だったが、その後に続く言葉を聞いて思わず笑ってしまう。
そういう問題なのか?
「・・・小さくねえよ。っていうか、すげー可愛いんだけど」
掌に収まるサイズのかおりの胸を、ふにふにと揉んだ。
柔らかい。これまで触ったことのあるどんなものよりも、柔らかくて気持ちいい。
「泉水ちゃ・・・ぁ」
その柔らかい胸にある突起が少しずつ硬くなっていく。
親指で乳首を触ったり転がしたりしながら、かおりの首筋にキスをした。
「や・・・ぁ・・・泉水ちゃん、あたし、変・・・」
上気した頬と泣きそうに潤んだ瞳。半開きになった口唇が少し荒くなった息を吐く。
その瞳が泉水の加虐心を煽る。
もっと、乱れた姿が見たい。
「や―――やぁんっ」
顔ばかりか、首筋も、上半身も桜色に染めてかおりが小さく身体を振るわせる。
身体が熱い。―――気持ち、いい。
「かおり。・・・嫌?」
目の前には泉水の真剣な眼差し。
多分、かおりが嫌だと言えば今すぐにでもやめてくれるだろう。
ぶっきらぼうな言葉や態度、仏頂面がデフォの泉水だが、
泉水のそういった優しい性格はかおりが一番良く知っていた。
「泉水ちゃん・・・あのね」
泉水の顔が不安げに曇る。
その不安はこの行為が中断されるかもしれない不安ではなく、
かおりが嫌な思いをしているかもしれない不安だということが、当のかおりにも分かる。
泉水のそんなところが―――否、そんな泉水が。
好きだと思うから。
「あたし、こういうの初めてだし、おっぱいちっちゃいし、
だから、・・・がっかりしちゃヤだよ・・・」
しねえよ。
その言葉の代わりに、泉水はかおりの口唇を啄んだ。
蕩けるようなキスに、ちいさな口から漏れる甘い声に、頭がクラクラする。
泉水はかおりの履いたジーンズのホックをはずし、ジッパーをゆっくりおろした。
ブラとおそろいの、かわいいレース仕立てのピンクの下着が目に入る。
(やべ・・・ホントにホントに止まんないかも・・・)
そろそろと手を伸ばし、布地と肌の隙間に差し入れる。
くちゅ、と湿った温もりが泉水の指に触れる。
「・・・っ!」
かおりの身体がびくりと震える。
ゆっくりと指を進めてみると、そこはぬるぬるとした熱が溢れている。
「あ、や、・・・ぁんっ」
指の腹に触れた、少し硬くなった芽をそっと撫でると、かおりの声が少しだけ高くなった。
「・・・痛い?」
濡れているから気持ちいいのかとも思うが、なにしろ奥手の自分には分からないと思った。
男の勘違いで、目の前の女の子を傷つけたくはなかった。
「嫌だったら、やめ」
「泉水ちゃん」
泉水の言葉を遮り、かおりがちいさくかぶりを振る。
「気持ちよくって、あたし、どうかなっちゃいそう・・・」