「はぁーぁ〜…」  
 ため息が風呂場の壁にあたり、また自分の耳にかえってきて、  
かおりはさらに憂鬱になっていくのを感じた。  
 せっかくの満月の夜だというのに、おまじないをためす気にもなれない。  
 薄く開けた窓から覗く満月が「かおちゃん今日はお願いごとないの?」  
と問いかけてきているようにかおりは感じたが、答えてあげられそうになかった。  
 先週までは、月に一度の今日の日のために、新しいおまじないの本を幾冊も買ったのに、  
「生卵をお風呂でゆで卵になるまで一緒に入るおまじない(美肌効果)」や  
「丸焼きのいわしを満月を背にして丸齧りするおまじない(両思い)」など、  
他にも山のように試したいのがあった。  
「でも、ダメなんだよね〜」  
 おまじないに大事なのは集中力。  
 何のために綺麗になり、誰を想うのか。  
 それがあやふやではおまじないに効果はない。  
 
誰を好きか。  
 
 ぽちゃんと天井からしずくが落ちて、水面を揺らす。  
「泉水ちゃん……」  
 めぐみとのデートの後から、変な風にかおりは彼を意識していた。  
 その前までは、自分が好きなのは嵐士だと、  
自信を持って断言できていたのに、今はできない。  
「なんか、二股みたい」  
 まだ異姓と付き合ったことのないかおりにとって、  
気になってしまう人が二人もいるなんて、二股のように思ってしまうのだ。  
「嵐士に告白、しちゃおっかなー」  
 できもしないことを呟きながら、かおりは湯船からでた。  
 鏡に映った自分の姿にため息が出る。  
 せめて後ワンサイズ胸が大きければ、自信が持てるのに、  
などと呟く気にもなれなかった。  
「めぐみ、えみかレベルじゃなくても、もっと…」  
 自分の胸に手を当てると、胸が手のひらからから溢れて収まりきれないのではなく、  
手があまってしまうのだ。  
これは体験したことのある人にしかわからない悲しみだ。  
18までにBカップの夢は、果てしなく遠い気がしてならない。  
 めぐみに教えてもらったバストアップ体操を毎日しても、  
成長する気配は一向にない。  
「嵐士も、胸が大きい子が好きだって、言ってたよね……泉水ちゃんが」  
 結局のところ、今かおりの頭の中を占拠しているのは、  
嵐士ではなく、泉水になっていた。  
 
濡れたタオルをベッドに投げ、かおりはふかふかのベッドに身を投げ出した。  
柔らかい毛布がの誘いに乗って、髪も乾かさずに寝てしまいそうになる欲望を抑え、  
かおりは、起き上がった。  
ギシリ、とベッドが軋み、何かが落ちる音が、かおりの耳に届く。  
「なんだろ?」  
ベッドの裏に回りこみ見ると、一冊の本が落ちていた。  
かおりの部屋で出しっぱなしになるほどよく見る本といえば、  
当然のことだがおまじない関係の本だったりする。  
落ちていた本は、かおりが一番よく見返す、「乙女チックおまじない入門」だった。  
「……今はためせないんだから、しまっちゃおー」  
本に手を伸ばしかけていたかおりの手が、寸前で止まる。  
偶然開いたページに、運命を感じたからだ。  
「これ!これだー!うん、これでバッチリ!」  
かおりは、こぶしを握りしめ、高らかに叫んだ。  
そんな傍から見れば、ちょっと心配したくなるような様子を見ていたのは、  
幸運なことに、満月だけだった。  
 
「ねぇー、かおり」  
「なーに?」  
休み時間、なんとなくめぐみの髪を結びなおしながら、かおりは答える。  
返事はしてはいるが、かおりの頭の中は、  
ツインテールかみつあみにするかということしか考えていなかった。  
「なんか、薔薇の匂いがするんだけど香水つけてんの?」  
「あー、わかる?」  
正確には、それは香水ではないのだが、普段香りのするものを身につけない人から、  
普段と違う、香りがすれば意外と気がつくものだ。  
「だって、かおり普段は砂糖っぽい匂いだし」  
「えー、そう?」  
砂糖のような甘い香りがするのは、泉水の方だ。  
そう口に出してしまいそうになるのを、かおりは唇をかんでそっと止める。  
「飴みたいだよかおりって。舐めたら甘いんじゃない?」  
そう言うとめぐみは、肩に置かれていためぐみの手を掴み、そっと咥えた。  
「ちょ……めぐみッ!」  
めぐみの熱い舌が、かおりの指を嘗め回す。  
甘皮を剥くように、爪に歯を立て、指の股にたどり着くまでに、  
執拗に節を舌でなぞる。  
「やだ……気持ち悪い」  
そんな正直なかおりの発言が、めぐみを苛立たせた。  
今まで、誰にも「気持ち悪い」などと言われたことのないめぐみのプライドに、  
カシリと傷をつけた。  
政宗センパイだって、上手だと言ってくれるのに。  
「はくほしなさいよ」  
かおりの指を口に入れたまま喋ったため、かおりには何を言っているかわからなかったけれど、  
ギラリと不穏な輝きを見せるめぐみの目から感じる嫌な予感は、隠せそうになかった。  
「……何、するの?」  
おそるおそる問い返すかおりに、めぐみは指を咥内から抜き、艶然と笑った。  
かおりの指から伝う唾液の糸がめぐみの唇を、グロス以外の輝きで彩る。  
「聞きたい?」  
ここで頷こうが、首を振ろうが、聞かされることはわかっていたため、  
かおりは大人しく、首を立てに振った。  
「……アンアン言わせちゃる」  
「………………は?」  
突っ込みを返すことすらできずに、かおりはただ、口をぽかりと開けた。  
 
「めぐみ最高、もう我慢できないっ、て言うまで許してやんないからねッ!」  
「……めぐみ…」  
リカだけでなく、かおりもめぐみにとって可愛くてたまらない女の子の一人だ。  
少ない女の子の友達の一人だし、汚れていないかおりの目や、  
一途な想い方だとか、自分にはまねでいないところが好きだと、口にはださなくとも思っていた。  
それでも、めぐみが一番好きなのはやはり自分自身で、  
そんな自分を好きでいてくれない人がいるのが我慢できないだけなのだ。  
「かおりは、あたしのこと好きでいなきゃダメなんだから」  
ぷうっとめぐみは頬を膨らませた。  
普通なら、ちょっぴり不細工になってしまうような表情も、  
めぐみがすると可愛く見えてしまう。  
性格の悪さを知っても、その可愛い顔に大多数の人間は騙されるのだ。  
自分も、そんな人間の一人なのだと、かおりは分かっていた。  
どんなイタズラも、ワガママも、最後には許してしまう。  
「めぐみのコト、好きだよ……」  
「あらしの次に、でしょ?」  
「……比べらんないよぉ…、ん、ひゃぁ」  
ぐにり、と突然めぐみはかおりの胸を掴んだ。  
それは、揉んだというより鷲掴んだと言った方が正しい。  
「な、めぐみぃ……んぐぅ」  
かおりは痛い、と言おうとしたが、めぐみはそれを許さない。  
かおりの咥内を指で蹂躙し、言葉を失わせる。  
白く細いめぐみの指は、かおりの咥内をいやらしく動き回る。  
「うぅっ……んぁ、っ…は」  
飲み込みきれなかった唾液が、めぐみの指を伝い、制服に染みを作る。  
「あはっ……かおりかわいー」  
めぐみの口角が上がり、笑みを作った。  
それとは対照的に、かおりは苦しげに顔をゆがませている。  
二つに結んだかおりの髪一人房を掴み、めぐみは自分の顔に引き寄せた。  
「な、…に?………あっ」  
かおりの目元に溜まった涙を、めぐみはべろりと舐めとった。  
 
「指は甘くても、涙は甘いんだねー」  
うふふー、と嬉しそうにめぐみは笑う。  
感情そのままを顔に浮かべ、めぐみは笑う。  
その笑顔は、とても綺麗だけど、とても怖いと、かおりは思った。  
「ヤダっ…、もう、やめて……あぅ」  
めぐみの指が、かおりの歯列を撫で、舌をくすぐる。  
くすぐったいような、もどかしい感覚が、かおりの身を走る。  
もう一方の手が、かおりのAAカップを優しく揉みほぐす。  
「ん、ふぅ……ぁ」  
自分の唾液が、ぐちゅぐちゅと立てる音がいやらしい。  
耳まで変になっていくようだ、とかおりは思った。  
「ねー、かおり。気持ちぃー?」  
「わか、んない……ぃあっ」  
「真っ赤な顔して、目ぇウルウルさせちゃってるのに?」  
「そんなの……」  
ゾクゾクと体を駆け巡る感覚が気持ちいいと言うならば、  
それはあまりにもイケナイことのような気がしてならない。  
「うぅ……もう、やだぁ」  
涙目で訴えるかおりの顔がよりめぐみのサディズムを煽る。  
めぐみでなくても、かおりにこんな顔をされたなら、  
守ってあげたいと思うより、もっといぢめたくなるだろう。  
ただ泣いて訴えるだけでなく、どこか欲情の気配を感じさせているのだから。  
「もっと、でしょ?」  
「そ、ソコはだめっ!」  
めぐみの手が、ゆっくりとスカートのすそから入り込み、  
下着のレースを弄ぶように撫でた。  
さすがのかおりも、顔色を変え、めぐみを止めようとする。  
しかし、めぐみがそんなかおりの訴えなど、聞き入れるはずがなかったのだった。  
 
 
 

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