「んちゅっ、じゅるっ、んふぅ……ちゅぷぷ、ずちゅっ」
肉棒をしゃぶる音と共に鼻から抜けるような甘い吐息が木霊する官能的なこの状況で、抗える力の出る
男などいやしない。射精したばかりだと言うのに孝の逸物が徐々に鎌首を持ち上げ始める。風俗やピンサ
ロには当然行った事もない彼だったが、彼女のフェラはお世辞にも上手とは言えないものだと感じてい
た。それでも自分を気持ち良くしようと、あるいは勃たせようとしているその懸命さがひしひしと伝わっ
てくる。テクニックによる上手さではなく、それこそが一番大切な事なのかもしれない。時折歯が当たっ
て加わる小さな痛みも良いアクセントになっていた。
「ずるるっ、ずちゅるっ……れろ、れろ……ちゅっ、ちゅぱっ」
フェラをしながら上目遣いで孝の表情を伺う冴子。彼女にとって初めてのフェラ。具体的にどうしたら
男が気持ち良いのか分からず、彼女は色々な事を試していた。舌で逸物の先を舐めたり、竿全体を吸い上
げるようにしたり、口に含んだまま上下に激しく動いてみたり――……様々ではあったが、どんな事をし
ても孝は込み上げる快感を堪えるように眉間に皺を寄せていた。彼の表情がそうであっても、彼の逸物は
正直だ。彼女の口の中でどんどん膨らみを戻し、硬くなり始めている。
「ははひ……ひほひひいは?」
孝、気持ち良いか――口にそれを含んだまま冴子が喋るが、当然言葉になる事はない。はっきりとした
言葉にはならずとも、彼女が何が言いたいかはすぐに察する事ができる。
「くふっ……きっ、気持ち良いよ、冴子……んっく」
冴子が口を上下に動かす度に勃起した乳首がエプロン越しとは言え足に触れる感触もまた心地良い。裸
エプロンという衣装はそれはそれで興奮する格好ではあるが、孝は冴子の生まれたままの姿が見たかっ
た。むくりと上半身を持ち上げ、彼女の背中の方に両手を伸ばすと、蝶々結びになっているエプロンの二
本の紐をそれぞれの手で引っ張った。支えが一つ無くなったエプロンがふわりと孝の足に落ちる。エプロ
ンを支えているのは両肩の紐だけだ。それだけは彼の手一つではどうしようもない。
エプロンを脱いで――と孝が口に出す間でもなかった。冴子は一旦フェラを止めて彼と同様に上半身を
持ち上げると、何も言わずにバンザイするかのように両手を上に上げた。その目が言っている、脱がして
欲しい、と。
エプロンの肩紐を両手で持ち、するっと上へ持ち上げる。白い薄地の布で彼女の身体全体が見えなくな
るが、やがて彼女の恥ずかしそうな表情が見える頃には彼女は全裸の状態だった。形の良い大きな乳房の
突起は見てすぐに分かるほどに勃起している。
自分だけが裸になるのは不公平と思ったのだろう、今度は冴子が孝の服を脱がしに掛かる。赤いTシャ
ツがあっという間に宙を舞い、中途半端な位置にあったズボンとパンツがそのまま引っ張られるようにし
て脱がされる。靴下も同様で、彼の足から離れたそれは床で鼠のように丸くなっていた。
全裸の男と女が二人。こんな状況を誰かに見られれば言い訳などできないが、それでも良かった。二人
ともそう思っていた。例えいくつかの人間関係が崩れようとも、そんな事は関係ない。二人はただ、人間
としての本能の赴くままに、獣のように身体を重ねる事しか頭になかった。
それはある意味、この終わってしまった世界で最も有効な、現実逃避の手段なのかもしれない。
いや、違う。現実から逃避しているのではない。互いが互いを必要としている二人の強い思いを現実に
確かめたいだけだ。
「孝……キスしてくれ」
冴子の言葉に孝は一度だけ頷くと、再び彼女の濡れた唇に自分の唇を重ねた。
「んふぅっ……んちゅっ、ちゅ……っ、んっ……んんっ……!」
二度目のキスは激しさを増していた。一度目の経験を活かして、今度は冴子の方から積極的に口と舌を
動かしていく。躊躇う事なく孝の口内に侵入した冴子の舌がまるで舌自体に意思があるかのようにあちこ
ちと動き回り、彼の歯茎や歯の裏、頬、上顎を刺激すると、驚いたのか気持ち良かったのか、彼は女のよ
うにビクッと身体を震わせた。彼もまた舌を伸ばして彼女の口内に侵入しようとするのだが、彼女の激し
い舌使いによってそれは妨げられてしまう。彼にできた事はせいぜい互いの舌を絡ませるだけだった。
キスしている間にも二人の手は盛んに動いている。孝は両手で冴子の乳房を揉みしだき、冴子は片方の
手は床に着いて身体を支えており、もう片方の手で彼の逸物を優しく握り締めて上下に擦っていた。口内
とはまた違う、逸物が徐々に太く、硬くなっていく手に伝わる感触が新鮮だった。
傍から見ていると冴子が主導権を握っているように見える。否、実際そうだった。最初にその気になっ
たのは彼だったが、今の彼女はもう自分で自分が抑えられない程に身体を疼かせていたのだ。また、一度
絶頂を迎えた彼とまだ迎えていない彼女ではポテンシャルも違った。
このまま冴子に主導権を渡したままでも、別にいいかな――孝は甘い口付けに酔いながらふとそんな考
えを巡らせる。だがその考えは自らによってすぐに断ち切られた。
違う! 僕は冴子に犯されたいんじゃなくて、冴子を犯したいんだ――。
「――ぷはっ、冴子っ!」
「きゃっ!?」
孝は強引に冴子の両肩を持って身体を引き離すと、彼女の身体を床へと押し倒した。間髪入れずに毒蜘
蛛のように彼は彼女の身体に覆い被さり、少しの間だけ顔を突然の行動に目を丸くして自分を見ている彼
女へと近付けた。
「お、可愛い声……そんな顔も凄く可愛いよ、冴子」
一言だけ熱い吐息を漏らし、ニッと笑う孝。
彼が何を望んでいるか、その表情を見た彼女はすぐに理解し、両手を恥部へと伸ばしていく。両手で秘
部の柔らかな肉を“くぱぁ”と開き、彼を受け入れる体勢を整える。恥ずかしそうに視線を伏せる冴子の
頬は先程から紅潮しっ放しだった。
開かれたいやらしいピンク色の花弁。押し広げられた膣口からは白濁色のどろりとした液体が溢れ、小
さな菊座へと徐に流れていく。それは孝の精液なのか、それとも冴子の淫液なのか、あるいはどちらもが
混じり合ったモノなのか――……結果としてそれが潤滑油となるのであれば何でも構わない。
「……来て……来てくれ、孝……っ!」
短時間で膨らみを戻した孝の逸物は「もう少し休ませて欲しい」と訴えているかのように痛覚を引き起
こしているが、その痛みなど彼の興奮と性欲の前では微々たるものでしかなかった。
亀頭が膣口をニュプッと小さな音を立てながら押し広げ始めると、冴子は両手を恥部から離し、言われ
てもいないのにそれぞれの膝の裏の関節へと手を伸ばし、孝が挿れやすく、かつ動き易いように両足を抱
えた。
M字に足を開いて自ら両足を抱える彼女の全裸の姿ほど、孝を興奮させるものはない。
「あっ……あっ、あっ――……んぁぁあっ!!」
やがて再び孝の逸物が柔らかく暖かな空間に包まれた頃、それはまた、彼女の膣内で膨らみを増した。
「ぅひあっ、んっ、んんっ、ん、はぁぁっ! んふっ、くっ……た、孝の……さっきより大きくなっ
て……熱い……あんっ、あはっ、熱いよ……ぉっ!」
「冴子がいけないんだ。冴子が可愛過ぎて、いやらし過ぎるから」
「あぁっ、ぅ、嬉しいよ、孝ぃ! こんな私で興奮してくれるなんてっ!」
「……違うよ、冴子。冴子だから興奮するんだ。他でもない、冴子だからこそ……っ!」
完全に受身の状態になっている冴子は、その体勢では自ら動く事もできない。一度奥まで突き込まれた
孝の逸物は数秒間膣内の居心地の良さを改めて感じてからようやく動きを再開する。膣壁が異物を吐き出
そうとしているかのように逸物をギュッと締め付けるその感触を愉しみながら、孝は腰を前後に動かし始
めた。
勢い良く打ち付けられる度にパン、パンという音が響き、冴子の柔肌――太腿や脹脛、尻肉、乳房が激
しく揺れて波打つ。
射精したばかりだからだろうか、先程挿入した時と違って孝は込み上がる射精感を制御できているよう
だ。腰を動かし始めてから既に一分が経過しようとしているが、彼の逸物はその大きさを保ちながら飽き
る事なく冴子の膣内を掻き回していく。
「ふぁあっ!! きっ、気持ち良い! 気持ち良過ぎるぅ! もっと、もっとだ! もっと私のおまんこ
を掻き回してくれっ!! あぁっ、はぁっ、んふっ、んーっ!!」
押し寄せる快楽の波は冴子を冴子でなくしていく。はしたない言葉など口にするつもりなどなかった
が、彼女の口は自然と女性器の俗称を発していた。女であれば誰も口にしようともしない、その言葉を。
もっ、もうダメだ! 気持ち良過ぎておかしくなってしまう――と歯を食い縛る冴子だったが、それは
違う。彼女はもう、おかしくなってしまっていた。
自らの欲望を曝け出し、更なる快楽を求めて喘ぐその姿は、普段の凛とした冴子からは決して想像でき
ないものだった。そう、彼女自身でさえも今自分が口にした言葉が信じられなかった。
「あぁぁっ、はぁっ、ぁあっ!! 孝のちんぽが私の中で暴れてるぅっ! 凄いぃっ、おまんこ気持ち良いっ!!」
信じるも信じまいも、冴子の口から次々と淫語が飛び出していく事実に変わりはない。
口が勝手にそう言っているだけだ、私の意志ではない――というのは逆に言うと身体が快楽を求めてい
る現れだという事に冴子は気付かない。いや、既に気付いているが認めたくないだけなのかもしれない。
加速していく激しいピストン運動。突かれる度に孝の竿と膣口の隙間から淫液が少しずつ溢れ、今では
床に小さな水溜りを形成している。溢れ出た時は熱かったそれは床の冷たさに冷えてしまい、冴子の尻肉
にニチャッと吸い付くその感触は決して心地良いものではなかった。
「んーっ! あっ! はぁっ! ふぁあっ! んっ、孝ぃっ! 何か……何か来る! 頭の中が真っ白
に、なってしまい……そうだ……っ!!」
「冴子、僕もだ! また出そうだ!!」
互いに気持ちを高ぶらせて同時に絶頂感を募らせる。二人とも終わりの時が近付いていた。
孝は先程の中に出してしまった失敗を繰り返すまいといつでも引き抜けるように腰の動きを調整し、逸
物の先端部の方だけでピストン運動を繰り返す。彼の思考を察した冴子は手を膝裏から離して彼の首の裏
に両手を回し、それと同時に両足で彼の胴回りを抱擁するかのように抱き締めた。
冴子は、孝を逃す気はなかったのだ。
「さ、冴子……っ!?」
「んくっ、さっき中に出しておいて……んんっ、今更それはないだろ、孝……ぃっ、あはっ、あっ、あんっ!」
当然、冴子がそう望むのであれば拒否する理由も必要もない。孝は冴子の言葉に笑顔で返すと、ラスト
スパートをかけた。先端部を再び子宮まで押し込み、竿全体を使って彼女の膣壁を何度も押し広げる。女
で冴子からすればやや乱暴な行為なのかもしれないが、不思議と痛みは全くなく、ただ快楽を生み出すだ
けだった。
「たっ、孝! お願いだ、一緒に……一緒にぃっ!!」
「もちろんだ、冴子……っ!」
その時はすぐに訪れた。
孝の先端部が膨らみ、冴子の膣壁が更にぎゅっと締まり付く。
「イク……イクぞ冴子! ……っ、出る!」
「あぁぁぁっ! 来るぅっ、来ちゃうぅっ!! 気持ち良いのが来ちゃうぅぅっ!! んはぁっ、んっ
――……ぁあああああっ!!」
――ドピュ、ドピュッ!
ビクッ、ビクッと膣内だけでなく身体全体を痙攣させる冴子と、子宮に直接精液を注ぎ込む孝。彼女の
両足が痛いほどに彼の身体を締め付け、余韻を愉しむかのように彼の身体を離そうとはしなかった。それ
は孝も同じだった。二度目の射精だというのに一度目と大差のない量を吐き出した彼もまた、いきり立っ
た逸物を子宮口へ押し付けたまま動こうともしなかった。
「――……はぁっ! はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
二人の荒い吐息だけが響くようになったその部屋で、最も先にその熱を冷ましたのは鍋の中で煮込まれ
ていた筑前煮だった。ふと視線を上げた冴子の目にその鍋が映り、彼女は口の中で小さく呟く。
また、作り直さなきゃ――と。
「――どうしたんだよ小室、さっきからずっと顔が赤いよ?」
コータが怪訝そうな顔で問い掛けるが、孝はその声さえ届いていないようでずっと天井に向かって立ち
昇っていく湯気を眺めていた。
数十分前の出来事が孝の脳裏から離れない。初体験を終えたばかりだというのに、その実感が湧かない。
女性陣はお風呂上がったから、今度は僕達で入ろう――二階で一人警戒を続けていたコータに提案した
孝だったが、その時から彼の様子はコータの目から見ても不自然だった。放心状態、という訳ではないも
のの、目の焦点が合っていないようで風呂に入るまでに何回か声を掛けても「ん……」「あぁ……」とい
う曖昧な返事をせず、今ではとうとう返事さえしなくなってしまっていた。
まるで銭湯のように広いバスタブで二人だけでちゃぷんと肩まで浸かっている男二人。コータは女性陣
の残り湯に浸かっているせいか何処かテンションが高く、そのうち鼻歌まで歌い出しそうな雰囲気だ。ち
なみに眼鏡は外しているのだが、初めて眼鏡の掛けていない彼の顔を見ても孝は無反応だった。コータは
それが少しつまらなかった。何らかの反応を見せてくれるものだと思っていたのだ。
「あ〜気持ち良いや、何だか久しぶりにお風呂に入った気がするよ。ねぇ小室、高城さん達の残り湯に浸
かってるんだって考えたら、何だか興奮しないかい?」
隣に座っている孝の顔を覗き込みながらコータがニヤニヤする。眼鏡を掛けていないせいでピンボケ写
真のように輪郭がぼやけて映る。バカ、変態とも罵られるような発言であれば彼も何らかの反応を示すだ
ろうと思ったのだ。当然、コータは自分の本心を隠さずに曝け出しただけに過ぎない。
「ん……そうだなぁ……」
コータの浅知恵程度では孝はやはりまともな返事をしなかった。
絶対誰かと何かがあったんだ、そうに違いない! こんな風になるなんて、よほどの出来事があったん
だ。誰かに告ってフラれた? いや違うな……多分だけど――。
「――毒島先輩って、ホント綺麗な人だよね」
「えぇっ!! さっ、冴――いや先輩は……その……っ!!」
コータは見事に四分の一の確率を一発で的中させた。孝の胸に秘めた想いから麗と何かあったんだろう
かと考えるのが普通だが、彼は逆に一番可能性の低そうな名前から口に出したのだ。
孝の反応から一目瞭然だ。孝と冴子の間に“何か”があったのだ。
「ははーん……僕が外を警戒してる間に、先輩と何があったんだい?」
「なっ! 何もっ! 何もないでござるよ!!」
何故そこで突然侍のような口調になったのかはさておき、コータは孝の反応を愉しみ始める。冴子の話
題になるとあからさまに不自然な態度だ。何があったのか、何をしたのかという事を知りたい気持ちも当
然あったのだが、それよりも彼をからかいたいという気持ちが率先する。
だが、コータがそれ以上孝をからかう事はなかった。
風呂場にタイミング良く現れた、“彼女”によって。
「お邪魔するよ」
「ぶぼっふぉぉぉおおぉぉっ!!?」
二人は脱衣所にいたその気配に全く気付かなかった。それも手伝って、ガラガラと戸を開けて入って来
た冴子に大袈裟に驚いたのだ。突然の乱入に加え、彼女の姿がコータの鼻の血管を炸裂させると共に口か
ら人間のものとは思えないような大きな奇声を発した。
男二人が入っている風呂場だと分かっているのに、冴子はタオルでさえ手に持っていない、素っ裸の状
態だった。大きな二つの乳房と整った形の陰毛が隠される事なく露になっている。眼鏡を掛けていないコ
ータでもそれははっきりと見えてしまい、彼は鼻から大量の鼻血を噴出させながら一目散に脱衣所目掛け
て走り出した。勢い良く湯船から立ち上がったものだから隣にいた孝の顔に湯が掛かり、彼は小さくしか
めっ面を浮かべる。
「小室っ、お先ぃぃぃーっ!!!」
コータが“生身の”女性に対して免疫がない事は酒に酔った静香にキスされた時の反応から察する事が
できる。だからこそ、彼は裸の冴子とは一緒にいられなかったのだ。その姿を見た瞬間に興奮して鼻血が
出てしまう彼ならば恐らく、数分も一緒にいては失神……最悪の場合失血死に至るだろう。
ドタバタと大きな足音を立てて風呂場から大慌てで脱衣所に逃げ込むコータの何も隠されていない後姿
を見送った冴子は思わずクスッと笑った。
「ふふっ、何だか忙しないな、平野君は」
孝は孝で何故またこんな状況になっているのか分からず、とにかく冴子の姿を直視できずに彼女に背中
を向けた。紅潮したままの頬が更に赤くなっていくのを感じながら、背中越しに彼女に向かって口を開く。
「な、何で隠してないんだ……? てゆーか冴子は風呂に入ったばかりじゃ……?」
冴子は孝にも聞こえるような大きな溜息を吐いた。
「……言わせるつもりか? まぁいいだろう、先程裸で抱き締めあった仲だというのに、今更隠すのは不
自然だろう? そしてまた風呂場に来たのも、その行為によって汗を掻いたからだ」
遠回しな表現だが、それはつまり孝のせいだと言いたい訳だ。それは事実であり、孝に改めて圧し掛か
ると彼は重さに耐え切れずにお湯の中へと身体を沈めていく。鼻の頭まで顔をお湯に浸らせると、口から
吐かれる吐息が泡になってブクブクと音を立てた。
ちゃぷん、と冴子の足が孝と同じ湯船に入る。気恥ずかしさのあまり孝もコータのようにこの場から逃
げ出したかった。勢い余って彼女と性行為をしてしまった事、冴子は気にしていないかのように普段通り
堂々と振舞っているに対し、孝は後悔はしていないがこれからどんな風に彼女に接して良いか分からなく
なっていた。
先程の彼の発言で分かるように、彼女に対しての口調は変わったままだ。分からなくとも、どうありた
いかの願望がそれで表されているようだ。
「――……君はやはり、男子なのだな」
ちゃぷちゃぷと音を立てながら背を向ける孝の背後まで歩いた冴子はそのままその場に腰を下ろすと、
彼の身体を背後から抱き締めた。白く細い腕が彼の胸板に触れると、彼はビクッと身体を強張らせる。彼
女が性行為に対して怒っているのであれば、何かされると思ってしまったのだ。
だが違う。冴子は力こそ強く入れているが、孝を抱き締めたかっただけだ。
「さ、冴子……?」
恐る恐る口を開く孝に、冴子は彼の耳元でそっと囁く。
「孝……責任、とってくれるね?」
「せっ、責任ってもしかしてもう子供ができちゃったのか!?」
動揺している孝の考えはあまりにも突飛し過ぎていた。行為を終えてまだ一時間も経過していない。膣
内射精からそんな短時間で妊娠はおろか、それが分かる状態になる筈がないのだ。もっとも彼女が妊娠検
査薬を常備している筈もない。仮にリカ宅にあったところで、人目に付く場所に置いてある可能性は低
く、探し当てる事は難しいだろう。
慌てて振り返った彼の顔が冴子の優しい笑みを浮かべる顔に危うくぶつかりそうになる。彼女はそれほ
どまでに彼に身体を近付けていたのだ。
疑う事を知らないような真っ直ぐに澄んだ孝の目に映る自分の顔を見ながら、冴子は小さく笑う。
「違うよ……いや、無論その責任も含まれるのだが……私が言いたいのはだね」
「な、何でござりまするか?」
「……私を淫らな女にした責任をとってくれ、という事だよ、孝」
「え? って、それってつまり――……」
コホン、と冴子はわざとらしく咳払いをした後、恥ずかしそうに小さな声で呟くように言った。
「私の身体が疼いた時には、いつでも鎮めるのを手伝ってもらうよ……勿論、君の身体が疼いた時には私
を使って構わない。私も……その、君と…………したい、から」
冴子の申し出を断る理由もなく、孝は無垢な少女のような可愛らしい表情を見せる彼女を今度は彼の方
から抱き締め、震える唇にそっと口付けを交わした。
舌と舌を絡ませる事もない、ほんの二秒ほどの唇が触れ合うだけのキス。彼女の想いに応えるのはそれ
だけで充分だったが、それでも孝は唇を離した後、力強く頷いた。
「望むところだ、冴子」
ぴたん、と蛇口から一滴の水滴が垂れて洗面器の上に弾けた頃、二人はもう一度口付けを交わしていた。
完