その日、〈奴ら〉によって、世界は破滅を迎えた。  
 黙示録にあるというこの世の終わり。  
 そう。その苦難の始まりのように──  
 
 
◆◇◆◇◆◇  晴幸  ◆◇◆◇◆◇  
 
 校内放送で流れた断末魔を皮切りに学園全体がひっくり返るようなパニックが起こった時、  
俺の頭に真っ先に思い浮かんだのは、隣の教室──春佳のもとへ行くことだった。  
 私立藤美学園高等部二年、菊島春佳。  
 それが俺の恋人の名前だった。  
 
 春佳との出会いは極々ありふれていて、部活内恋愛だった。  
野球部員の俺、そして春佳はマネージャー。それでだいたい想像はつくと思う。  
新入部の時にお互い初めて出会い、毎日顔を合わせているうちに気さくに話せるようになり、  
いつしか彼女の存在が俺の中で大きくなっていったのだ。  
 お世辞なしに彼女は可愛かった。少しくせの入った内はねのふんわりショートヘア、くりくりとした目、  
優しげで愛嬌のある顔立ち。素直で頑張り屋で朗らかで、一こ上の先輩に付き添いながら  
小さな躰で文句ひとつ言わずにマネジの煩雑な仕事をこなす姿、そして彼女の笑顔を見ると、  
俺は元気が湧いて一層練習に身が入った。彼女を認めていたのは俺だけではなく、  
春佳は入ってすぐに野球部のマスコットのような人気者になり、  
運動系クラブや学年内でもそこそこ名前が知られるほどになった。  
 去年の夏休み明けに告白した。内容はこうだ。  
「春佳、好きだ。秋の選抜でレギュラーを取れたら、俺と付き合って欲しい」  
 まあ、当たり障りのない言葉。それでもびっくりしていた春佳だったが、  
ちょっとだけ考える顔つきになった後、いつもより晴れ晴れとした微笑みを浮かべ、  
「うん」と頷いてくれた。  
 
 それから俺はよりがむしゃらに練習に打ち込み、家でも体力作りや素振りを重ねた。  
藤美学園の野球部の強さは県内でも下から数える方が早かったが、  
設備が良いという評判が広まって年々部員が増えているらしく、  
今年の新入部員は20の大台に乗るほどの人数だった。  
その中で俺の積極的な姿勢はキャプテンや顧問兼監督の目に止まり、  
そのお陰で練習試合での出場機会を得た。二、三年生に混じって一塁手として先発出場、  
そこそこの打撃と意思疎通を見せることが出来たと思う。  
 夏の県予選、俺は一年ながらパワーヒッタータイプとして何度か代打に使われ、  
乱打戦が多くあまり目立ちはしなかったが、それでも公式に打点が付いたのはとても嬉しかった。  
藤美学園野球部は過去最高記録に並ぶ四回戦まで駒を進め、そこで強豪校と当たって敗れ散った。  
 本命の秋季大会では俺の活躍が認められたのか、晴れてレギュラーの座を射止めることができた。  
 後から振り返ってみればそれほど高いハードルでもなかったのかもしれない。  
 だが、春佳は誰よりも喜び、俺の告白を受けてくれた。  
 付き合っていることは内緒にしていたのに、雰囲気でそれとばれてしまったようで、  
気の知れた仲間達にはハルタッグと冷やかされた。俺も晴幸という名前からハルと呼ばれていたのだ。  
「でもハルタッグはないよな。プロレスかっての」  
 二人きりで下校の途についていた時にそうこぼすと、春佳も笑って同意してくれた。  
「私ね、実はね。他のコからも告白されてたんだ」  
「えっ」  
「それもハルより前に」  
「ちょ、」  
 誰だよ、と出かかって、喉元で何とか止めた。そんなこと聞くのは野暮だし、  
彼女だって教えてはくれないだろう。そういう気配りができる子だ。  
「私って押しに弱いから、すっごく迷ったんだ。……でも、私もハルのことが気になってたから……」  
「春佳……」  
 俺と春佳は見つめ合ったまま、立ち止まって動かなくなった。  
 逢う魔が時、周囲に人の気配はなかった。  
 俺は彼女の肩を抱き寄せた。あっ、と、春佳は聞こえるか聞こえないかの微かな声を上げたが、抵抗しなかった。  
 春佳の瞼が閉じ、震える小さな唇に、俺は生まれて初めて女子の柔らかな感触を直接知った。  
 ぎこちないが夢のようなひとときが終わった後、  
俺はその夜身悶えることとなる台詞をはっきりと言った。  
「俺、何があってもお前を離さないから」  
「……うん、きっとね…………」  
 春佳の瞳がキラキラとどんな星よりも輝いていた。  
 
 生徒達が溢れ返った廊下の人の波の勢いは、到底抗えるものではなかった。  
逆らって掻き分けようとしても弾き飛ばされてしまった。  
壁のすぐあちら側へ行くのに、人がまばらになるまで数分間も待ち惚けなくてはならなかった。  
 永劫とも思える時間が過ぎ、  
「春佳ッ!」  
と、隣の教室へ飛び込むと、そこはもぬけの殻だった。  
 いや。  
 いくつもの机の上に置かれた体操着の袋。  
 時間割を一瞥し、すぐにまた廊下へとんぼ返りした。  
 体育。春佳は外にいる。  
 
◆◇◆◇◆◇  春佳  ◆◇◆◇◆◇  
 
 グラウンドでも異変は起こっていた。  
 放送直後に明らかに様子の違う教員が校庭に紛れ込んできたかと思うと、  
何の用かと近寄った体育教師に噛み付いたのである。  
 体操服姿の生徒達から悲鳴が巻き起こり、固まって動けなくなった彼らの目の前で、  
“それ”は2つに増え、新たな獲物に襲いかかった。  
 生徒達はようやく夢から醒めたように口々に絶叫を上げ、逃げ惑い始めた。  
 だが、彼らが逃げ込もうとした校舎の中からも“それ”は現れた。  
 後ろと前が塞がれる。  
 阿鼻叫喚。  
 この世のものとは思えない地獄の惨劇が始まった。  
 
「い"だいいいいいイイイアアアアアアア!!!!」  
 春佳の目の前で親友の武上亜観理が数人の男子に食いつかれ、  
血しぶきを上げながら絶叫をほとばしらせた。  
「いだいいだいだい!!!! はるがああたすけてたすけてェェッッ!!!!!!」  
「ひいい、ひいいっ」  
 グラウンドと体育館を区分するフェンスを背にしながら顔を覆い、ずるずるとくずおれる春佳。  
 逃げ場はもうなかった。  
 次は自分の番。  
 私も皆んなみたいになっちゃう。  
 恐怖に見開かれた瞳で為す術無く友人の死に様を見つめながら、春佳は蒼ざめ絶望に震えた。  
 校庭のあちこちでは彼女の他にもまだ生きている級友が幾人かいたが、  
誰もが変わり果てた同級生に追われ、あるいは捕まって噛み付かれていた。  
 何が起こっているのか、何になっているのか。  
 何もかも理解できないまま死ぬ。  
 いや、〈彼ら〉になる。  
「ハル君……たすけて……たすけてぇ……!」  
 倒れた亜観理をまだ貪り覆う塊を踏み越えて、さっきまで共にバレーをしていたはずの、  
見知った顔だった〈彼ら〉が寄ってくる。  
「……!!」  
 恐怖のあまり声も出なかった。  
(ハル君、ハル君、ハル君…………!!!!)  
 最期の時を迎え、春佳は愛しい人を頭に思い描きながら顔を伏せ、四肢を縮こませた。  
 
◆◇◆◇◆◇  晴幸  ◆◇◆◇◆◇  
 
 まるで戦場だった──戦場なんて実際に体験したことなどないが、  
これはどんな戦争よりも凄惨な状況だと直感で分かった。  
 生徒用玄関へ降りる階段に殺到する生徒達。他人を突き飛ばし、押し退け、  
倒れた者を踏み越え、喧嘩を始める者もいた。  
 だが、一階に着くとそこには別次元の狂騒が起こっており、  
亡者のような姿に成り果てた者達が新たに駆け込んでくる獲物に次々と襲いかかっていたのだ。  
 人間が、人間を、喰っている。  
 噛みつかれて絶叫する者、ぎょっとするほど舞う血しぶき、  
その辺にあった物を誰彼構わず投げたり振り回したりしている者、  
惨状を見て立ちすくみ悲鳴を上げ続ける女子のグループ、右往左往する者、  
恐怖にわけのわからない言葉を叫んでる者、へたりこんで茫然自失になる者、Uターンする者達。  
 備え付けのモップで反撃している者もいたが、どれだけ突いたり叩かれたりしても、  
少しも痛がらずに〈奴ら〉は前進する。  
 ちくしょー、と叫んで、そいつは覚悟を決めたように頭部を狙ってフルスイングした。  
 喧噪の中、聞くだけで痛い音が俺の耳にも届いた。首が見たこともない方向に曲がり、  
〈それ〉は横に吹っ飛んだ。  
 そして、今までが嘘のように、〈それ〉はピクリとも動かなくなった。  
「は……はは……ははは……」  
 口だけで笑っていたそいつの背後や横から別の〈奴ら〉が近寄って来ていた。  
 踊り場から見ていた俺は、  
「危ない!」  
と叫んだが、「え?」と、我に返ったそいつに、もう、何体もの〈奴ら〉が襲いかかっていた。  
 俺は新たに起こった惨劇から顔を背け、Uターン組に加わった。  
 
「なんだよあれは!?」  
「何なんだよ何が起こってるんだよ!」  
「死んでる! 殺されてる!」  
「ゾンビだゾンビ!」  
「ふざけんな!」  
「じゃああれをどう説明すんだよっ」  
「こんなのいやあああ! 誰か助けてよおおおお!」  
 校内を逃げ惑う生徒達は口々にそんなことを言ったり叫んでいたりしたが、  
何故俺達がこんな目に遭っているのか、誰も解答など持ち合わせてはいなかった。  
 俺だって分からない。だが今はそんな事考えてる暇はない。  
 俺が考えているのは春佳のことだけだった。  
 あんな奴らがいたら春佳の身も危ない。  
 しかし何も持たずに〈奴ら〉の群れの中を通り抜けられるとも思えなかった。  
 武器、武器になるもの。  
 俺はトイレに飛び込み、清掃用具室からモップを取り出した。  
「何か頼りないな……」  
 木製の細い柄は固い手触りで教室用の物よりは幾分ましに見えたが、  
簡単に折れてしまいそうにも思えた。  
 俺は他も幾つか回って四本集めると、間近の教室から調達したガムテープを使い切るまで  
ぐるぐる巻きに束ねた。両手で持って振り回すにはちょうどいい太さと  
重量になった。長さも充分すぎるほど。  
 これなら〈奴ら〉を撃退できるだろう。  
 ──俺に覚悟があれば。  
 自問が心をかすめた。  
 人を殴る。同じ学校の生徒を。こんな凶器で殴ったら殺しかねない。  
 殺人。ゲームじゃねえんだぞ。  
「関係ねえよ」  
 俺はそう吐き捨て、宣言するように言った。  
「春佳を助ける」  
 
◆◇◆◇◆◇  春佳  ◆◇◆◇◆◇  
 
 ガシャガシャ、ガシャン!  
 ドガッ、ボギュッ!  
 ドゴッバキッバキッ!  
 
 背後のフェンスが何度も揺れたかと思うと、すぐ前方で痛々しい殴打の音が響き始めた。  
(……!?)  
 春佳が再び顔を上げて目を開くと、学生服姿の男子生徒が三人、  
ギターやベースのネックを持って振り回しているところであった。  
「おらあっ!」  
「ヒャッハー!」  
 彼らは人の頭を血まみれの楽器で思い切り殴ることに少しの躊躇もなく、  
亜観理に群がっていたものも含め、周りにいた〈彼ら〉は次々と頭を強打され、倒れていった。  
「へっ、弱点がわかりゃ歯ごたえねえなこいつら!」  
 望む人物が現れたのかもしれないという希望が春佳の胸に湧いたのは、一瞬にも満たなかった。  
 その男子達の中に見知った者はいなかったからだ。  
「おい、早くフェンス登れよ! 体育館のは片付けたからよお!」  
「は、はい!」  
 目の色が違う男の様子に怯んだが、春佳は反射的に立ち上がった。  
三メートルほどの高さのフェンスは山の岩壁のように感じられたが、無我夢中で菱形金網を登り始めた。  
 その間もその男子達は楽しむように得物を振り回し、奇声を上げ、  
近寄ってくる〈奴ら〉を打ち倒していたが、春佳が向こうに降り立ったのを見ると、  
彼らも素早くフェンスをよじ登って後に続いた。  
「うーし、じゃ行くか」  
「まだいます……」  
 春佳は駆けずり回っている級友を指した。もう校庭にいる無事らしい生徒は  
その一人しか残っていなかったが、数が増える一方の〈奴ら〉に囲まれつつあり、  
今にも捕えられそうだった。  
 三人は互いに顔を見合わせた。  
「遠くね?」  
「数もちいっと多いな」  
「さすがの俺達でもやべえじゃん! ギャハハ!」  
 ここで笑いが起こる感覚がわからず、表情を悲痛に歪めながら春佳はその級友を見つめた。  
 同じ野球部の──ハルより先に彼女に告白した男子だった。  
 
「吉田君……」  
 あちらも気付いたようで、〈奴ら〉を突き飛ばしながらこちらへ走ってきた。「おーい!」  
「こっち来ます!」春佳は一番近い男子の上着を引っ張った。「お願い、助けて……!」  
「……どうする?」  
 三人は顔を近づけてヒソヒソと相談し始めた。  
 制服が一部改造されてたり、校則で禁じられているアクセサリーの類を身に付けていたりと、  
どことなくすれた感じのする男子生徒達であった。ファッションに気を配っているようで、  
メッシュ以外の二人もソフトモヒカンにマッシュボブと髪型をきめ、全身にスマートな印象があった。  
 だが今の春佳にはそんな事を気にしている余裕はなかった。  
 男子達は涙を流しながら哀願の表情を浮かべる春佳をつくづくと眺め、  
次に目を細めて吉田を面倒くさそうに見やった。   
「じゃーさ、俺達ガンバルから後でごほーび頂戴ね、春佳ちゃん」  
と、マッシュボブが言う。  
「え……」  
 なんで私の名前を、という疑問を春佳が投げかける間もなく、三人は、  
「やべ、俺達ってちょーかっこよくね?」「狩るぜ狩るぜ狩るぜ超狩るぜェ!」などと、  
ギャハハと笑い合いながらまたフェンスを乗り越え、暴れ始めた。  
「菊島ぁー」  
「吉田君ーッ!」  
 吉田はフラフラでいつ倒れてもおかしくないような状態だったが、もうすぐそこまで来ていた。  
 だが彼と春佳達の間には、まだ10体以上の〈奴ら〉が立ち塞がっていた。  
 一気に片付けられる数ではなく、三人も時々危ない目に陥りながら何とか亡者達を殴り倒して道を開いてゆき、  
「おい、大丈夫かよ」  
 ゴールドチェーンが胸元から覗くメッシュの男子がそう言って吉田の腕を取った。  
「あ、ありがとう」  
「登れそうか、あそこ」  
 メッシュはフェンスを顎で示す。  
「あ、ああ──」  
 吉田が頷きながらよろよろとフェンスに近付いていった時、  
「うあっ!」  
と、何かにつまづいたように派手に転倒した。  
 
 彼の足首を掴む、どす黒い血で染まった手。  
「亜観理…………!!」  
 〈奴ら〉に変貌した親友の姿に、春佳の瞳孔が広がる。  
掻きむしるように頭を押さえ、イヤイヤと首を振った。  
「やめろ、このッ!」  
 吉田は自由になるもう片方の足でその頭を踏み蹴った。  
 グギッ、と嫌な音がして、亜観理の首があらぬ方へ曲がった。  
「のやろっ」  
と、メッシュもバットを振りかぶる。  
 だが、頸椎が折れてなお悪魔のように武上亜観理の頭部は動き、  
グワッと真っ黒な口腔が地獄の入り口のように開いた。  
「ギャアーーーッ!!!!」  
 吉田の絶叫が校庭の中空をつんざく。  
 ふくらはぎがごっそりと噛み千切られていた。  
「あっ、くそっ!」  
 目測が動いたため、メッシュは途中でバットを止めざるを得なかった。  
「いやあああ!! いやあああああ!!!!」半狂乱で泣き叫ぶ春佳。「吉田君!! 吉田君!!」  
「ぐううぅうぅう、はる、春佳ぁー……!!」  
 メッシュは再度振りかぶって亜観理の頭を叩き潰したが、  
「だめだなこりゃ」  
 三人は示し合わせて撤退を始め、フェンスをよじ登って春佳の周りに次々と飛び降りた。  
「吉田君が……!」  
「足があんなになっちゃもう登れねえ。それに噛みつかれたらオシマイ、  
見りゃわかるだろ? アイツはもう助からねえんだよ」  
 メッシュが突き放すようにそう言った。  
 あまりの激痛で苦悶に呻く吉田のすぐ後ろに、続々と〈奴ら〉の群れが近付いてくる。  
「おい、笑っちゃうほどワラワラ来るぜ。フェンスもたねーんじゃねーの? 奴ら力は異常につええし」  
「だよな、早く逃げねえと」  
 ソフトモヒカンとマッシュボブがそう言い合う。  
「あああ……あああああ…………」  
 表情が喪われていく春佳の頬を、パン、と、メッシュがはたいた。春佳が上着を引っ張った男子だった。  
 少女の瞳の焦点が戻り、呆然と見上げる。  
「オーケイ? まだ狂っちゃいないよな? 〈あいつら〉になりたくなかったら俺達についてこいよ」  
 春佳はメッシュに腕を掴まれ半ば引き剥がされるようにしてその場から離れ、  
開け放たれていた体育館の非常口を潜った。  
 その背中に、  
 
 春佳ぁー いかないでくれー  
 
 魂にすがりつくような切なる叫び。  
 少女は無力にすすり泣くしかなかった。  
 なんで、どうして、なにが起こってるの。  
 なにが、なにが、なにが。  
 涙に暮れる春佳の目の前で、非常口の扉が閉められた。  
 
◆◇◆◇◆◇  晴幸  ◆◇◆◇◆◇  
 
 はるか、という声を聞いた気がしたその時、俺は狂騒のまっただ中にいた。  
 階段を上がって来る〈奴ら〉をモップ束で突き飛ばし、殴り倒し、一階に降りると、  
正門玄関は先ほどよりも地獄が深まっていた。だが躊躇している時間も惜しい俺は  
手に持った武器を振り回しながら〈奴ら〉の中を強引に突破し、玄関を抜けた。  
 すぐそこにもいた〈奴ら〉を叩き伏せると、グラウンドへ通じる脇道に入る。  
「ねえっどこいくの!?」  
 振り返ると、俺の後をついてきたらしい一団がいた。知ってる顔などなかったが、  
皆すがるような眼差しで俺を見ていた。  
 理解した俺は、  
「すまん、助けたい奴がいるんだ、俺はあっちに行く。  
後は自分達で何とかしてくれ。頭だ、頭!」俺は自分の頭を指でつついた。  
「武器を見つけて〈奴ら〉の頭をぶっ飛ばせ!」  
 そして彼らの後ろからこちらに向かって来る〈奴ら〉を指したが、これ以上相手にはしていられなかった。  
悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げ出す彼らに構わず、俺はグラウンドへを駆けていった。  
 広い校庭に出ると、〈奴ら〉の姿はまばらだったが、運動着姿で変わり果てた奴らが  
何百メートルも離れた向こうにある体育館横のフェンスに集まっていた。  
 左右から寄ってきた数体の〈奴ら〉を薙ぎ倒し、グラウンドへ続く石段を下りようとすると、  
 モップ束の威力は想像以上であった。バットほど扱いやすくはないがリーチと破壊力は抜群だ。  
 頭を死ぬほどぶん殴れば活動を停めるというのは、  
もしかしたらまだ人間だという証拠なのかもしれない。だが、今の俺には〈奴ら〉が人間か、  
それともそうでないのか、それを判別する術はなかった。  
襲ってくる以上は反撃するしかない。殺される前に殺すしかない。  
 春佳を救うために。ただそれだけだ。  
 
 フェンスに集まってる運動着の数は、30ぐらいだろうか。ざっとひとクラス分ほど。  
制服も混じっていた。倒されたのか、それとも“なりかけ”か、  
地面に横たわって動かないものも何体かいた。  
 もし、あの中に春佳が居たら。  
 俺は眦を裂いた。  
 春佳を除いて全部ぶっ殺す。そして、春佳に噛まれて俺も死ぬ。  
 異様な興奮が躰中に漲った。  
 グラウンドの中央ほどまでの〈奴ら〉は避けながら小走りに、そこからはダッシュしていた。  
「おおおぉぇおおおぉおおおおお!!!!!!」  
 フェンスの〈奴ら〉が振り向く。  
 観察すべきは約半分のブルマの女子のみ。  
 ない。ない。違う。違う。こいつじゃない。  
 たっぷりと遠心力を、あるいは助走でスピードを乗せ、派手な打撲音を立てながら、  
春佳でない間近なものから片っ端に殴り、突き倒していく。  
 一。二。三。死。  
 とにかく頭を。  
 幸い、〈奴ら〉の顔面はまさしく死霊のように歪みきっていたので躊躇いは生まれなかった。  
 今や全ての〈奴ら〉が血肉のこびりついた歯を見せながら俺に齧り付こうとしている。  
 もう人間を相手にしている感覚などなかった。  
 こいつらは木偶の坊だ。攻撃が迫っても急所を庇おうともしない。  
「おおおお!!!!」  
 咆える。  
 五。六。死地。八。  
 こんな数をたった一人で相手にしているというのに、不思議なほど怖くなかった。  
楽しいほどよく手足が動く。破壊衝動が煮え立つ。〈奴ら〉がとんだのろまに見える。  
ホットだ、動け、今はとにかく動け。  
 後退しつつ距離を取りながらひたすら力任せにモップの束を振るう。  
 凶器、異常、人殺し。そういった考えこそを殺す。今の俺は異常者で構わない。  
 春佳の髪型はなかった。背の順だとクラスで二番目に並ぶほど小柄な躰にもかかわらず、  
出るところは意外と出ているのが分かるブルマ姿も目に焼き付いているが、  
倒れているものを含めても、それらしき身長と体型はいくら確認してもいなかった。  
 違う興奮が躰の奥底から湧き上がってくる。  
 逃げたんだ。春佳は逃げられたんだ。  
 どこへ。  
 
 俺は〈奴ら〉の頭を打ちのめしながら考えた。  
 〈奴ら〉の群れの向こう、フェンスのすぐ近くで、腕を伸ばしながら血まみれで倒れている生徒がいた。  
「吉田!」  
 俺はモップ束を振り回しながら〈奴ら〉をひるませ、その隙間を縫って突破すると、そいつに駆け寄った。  
「吉田! 吉田!」  
 全身噛み千切られて無惨な姿だったが、吉田の眼はまだ生きていた。  
「吉田!」  
「ハル……か……」  
「そうだ」  
「目が……見えない……俺も……〈奴ら〉に、なる……」  
 俺は振り返った。もうすぐそこまで〈奴ら〉が迫っていた。  
「吉田、菊島、菊島は」  
「あぁ……体育館に……入ってった……誰かに……助けられて……」  
 伸ばしていた腕が痙攣しながらわずかに浮き上がった。  
 俺は立ち上がって今まさに襲いかかろうとしていた〈奴ら〉をモップ束をうならせて薙ぎ倒し、  
返す刃でその後ろのも張り飛ばすと、  
「すまん吉田! もうお前は助けられない! 俺は春佳を助けに行く!」  
と叫んだ。  
「……ああ……頼む、ハル……お前が……春佳を…………」  
 そう言うと、こと切れたように吉田の躰から力が抜けた。  
 俺は向こう側にモップ束を投擲すると、バッタのように飛びついて〈奴ら〉の手に掴まれる前に  
フェンスを駆け上がり向こうに着地した。  
 〈奴ら〉がフェンスに殺到し、固い金網がぎょっとするほどたわんだ。  
「ハァ、ハァ、ハァ……あぶねえな……」  
 〈奴ら〉に阻まれて吉田の姿は見えなくなっていた。  
 吉田は野球部で一番のライバルだった。めきめきと力をつけ、  
新学期直前の練習試合では出番を取られ、俺はベンチを温めた。ついこないだの出来事だ。  
チーム全体を見据えた編成だとしても、俺は吉田にレギュラーの座を奪われるのだけは我慢ならなかった。  
 より励みになる目標を見つけ、練習やトレーニングにさらに充実を覚えてきた矢先。  
 それも無と消えた。  
「……春佳……」  
 俺は目の前にそびえる建物──体育館を見上げた。すぐ目の前に扉がある。  
 お前だけは絶対に助けるからな。絶対にだ。  
 そう思いながら歩み出した時、  
 
 ドガシャーン!!  
 
 振り返ると、群れをなした〈奴ら〉にフェンスが浴びせ倒されたところであった。  
 
◆◇◆◇◆◇  春佳  ◆◇◆◇◆◇  
 
 春佳は狭い部屋に連れ込まれていた。  
「念のために入り口塞いどこうぜ」  
「俺達も出られなくね?」  
「休憩してるとこに邪魔が入ってきたらうざいっしょ」  
「それもそうだな」  
 三人の男子はすぐ横にあった物を持ち上げてドアの前に移動させると、  
その重量に安心感を覚えながら、  
「よし、これでやっとひと息つけるな」  
と、笑い合った。  
 春佳は室内にへたり込み、ただ呆然とその作業を見つめていた。  
「だいじょうぶ? 春佳ちゃん?」  
 三人はカーペットに上がると、少女を取り囲むように座った。  
「なにが……起こってるんですか……?」  
 顔を見合わせる三人。  
「ヒデちゃん知ってる?」  
「んなわけねーだろ」  
 ヒデと呼ばれたソフトモヒカンが鼻で笑いながら即答する。  
「まあまずは自己紹介しようぜ。俺は三年の平石勝哉。カツヤでいいよ」  
「西田英人。ヒデな」  
「最後、相崎哲紀。テツキって呼んで」  
 メッシュ、ソフトモヒカン、マッシュボブの順に喋り、「三年のダチ同士」と、カツヤが締めくくった。  
「に、二年の菊島春佳です……あの……助けてくれて、どうもありがとうございました……」  
 そう感謝を述べた春佳だったが、その表情は暗く沈み込んでいた。  
 それもそうだろう。他は誰一人として助からなかったのだから。  
「気にしない方がいいって。自分の命だけでも助かったのはめっけもんだって」  
「そーそー。俺達と巡り会えて超ラッキーだったよ、春佳ちゃん」  
「落ち着くまでここでゆっくり休めばいいよ」  
 励ましの言葉を口にする三人に、春佳はようやく憂い顔を綻(ほころ)ばせた。  
「ありがとうございます……」  
 春佳の儚げな笑顔に三人の視線がじっと注がれたが、  
「やっべ、マジ可愛い」  
と、誰ともなくそんな言葉が呟かれたかと思うと、ブルマから伸びる春佳の太ももに手が触れた。  
 
「春佳ちゃんのフトモモやわらけ〜」  
「な、なにするんですか!?」  
 手を伸ばすテツキから離れようとした春佳を残りの二人が逃さずに挟み込み、  
そのからだをまさぐり始めた。  
「え、え……?」  
 男達の手がブルマや脚、運動着の中などを這い回る。  
「わかるっしょ、恩返しの時間」  
「そんな……!?」  
 三人の目つきがまた変わっていた。〈奴ら〉を相手にしていた時の凶暴な雰囲気ではない。  
一種の優しさを含んでいるが、同時に躰の奥がゾクッとくるような熱を帯びた怖さ──。  
「や……やめてください……」  
 相手は三人だった。抵抗しても敵いっこない。それを証すように、  
 逃れようとしても彼らの手がしっかりと少女の躰を掴んでいた。  
 カタカタと震えながらも、春佳はなんとか口を動かした。  
「こ、こんなことしてる場合じゃ…………」  
「え、なに? 命の感謝は言葉で済ませればいいってこと?」  
「ち、違います……そんなんじゃ……」  
「じゃーいーじゃん。俺達もうさっきからココがこんなんなってんだよ」  
と、三人は一斉にズボンのチャックを下げ、ガチガチに勃起した陰茎をまろび出した。  
どれも生々しい色合いで、ビクビクと揺れていた。  
「ひっ……!?」思わず瞼を閉じる春佳。  
「もーなんかさ、マジヤバな殺し合いだろ? 超興奮してチンコが収まらなくてよ。  
校内でも評判の春佳ちゃん見つけられてマジラッキーだったわ」  
「そ……そんな理由で私を助けたんですか……!?」  
「ったりめーだろ。じゃなきゃ誰がとろくせえ女なんか助けるかよ」  
「ヒデちゃんはっきり言い過ぎ」テツキが笑った。  
「でもよ、命の恩人なのは事実だ」  
 そう言いながら、カツヤは春佳の顎を指でつうっと持ち上げた。  
「俺達が、この地獄から春佳ちゃんを救い出してやったんだぜ? それに、これからもだ」  
「これ……から……?」  
 春佳は恐怖に怯えながら、吸い込まれるようにカツヤの目を見つめ返した。  
 カツヤはフンと鼻で笑った。  
「外にはまだウジャウジャと〈奴ら〉がいんのに、春佳ちゃん、俺達抜きで、  
こっからどうやって生き延びるつもり?」  
 
「…………」  
 そう言われても、春佳にそんな自信はまったくなかった。  
どこに逃げたらいいかもわからないまま、たった一人であんな恐ろしい怪物達がいる外に出たら、  
すぐに〈奴ら〉に追われて、捕まって──  
(いやぁ……!)  
 それ以上は到底考えられない。  
 返事がないのを肯定の証と受け取り、カツヤは言葉を続けた。  
「だったらこれはフェアな取引だよな。俺達は春佳ちゃんを守ってやる、  
春佳ちゃんはそんな俺達を慰めてくれる」  
 カツヤはそう言って春佳の両肩を掴んで押し倒した。  
 春佳は反射的に身を固くしたが、その手をはね除ける力が湧かず、  
押されるがままに倒れてしまった。  
 三人にニンマリとした笑みが広がる。  
「それでいーんだよ。俺達はもう一心同体みたいなモンなんだから。  
仲良くしようぜ。春佳ちゃんが逆らわない限り、俺達が守ってやっからよ」  
 大人しくなった震える春佳のからだに、三人の欲望が蛇蝎のように這いずり回ってゆく。  
 運動着とブラジャーがめくり上げられて小柄な肉体に不釣り合いなほどの乳房が露わになり、  
その両胸を、突起を、遠慮のない手つきで揉まれ、絞られ、弄くり回される。  
 入れ替わりで次々と唇を奪われ、こじあけられて舌までも入れられ、  
ペニスを舐めしゃぶらされる。  
 両脚を拡げられ、ブルマ越しにアソコのカタチを確かめられてしまうほど強く指でまさぐられ、  
股部をずらされて直接弄られたり舐められたり──。  
「可愛いし、カラダはエロいし、最高じゃね?」  
「ああ、益々興奮してくるぜ」  
「汗でムレムレ、たまんねー」  
「ああ……ああぁ……いやあ…………!」  
 嫌だが逆らえなかった。逆らったら暴力を受けそうで怖かった。  
 いや、それよりももっと恐ろしい──  
(助けて……ハル君……助けて……!)  
 春佳は愛しい少年を強く願った。  
 その時。  
 
 ドン! ドン!  
 
 ギョッとしたように振り向く三人。  
 出入り口が激しく叩かれていた。  
 
◆◇◆◇◆◇  晴幸  ◆◇◆◇◆◇  
 
 体育館には〈奴ら〉の死体が幾つも転がり、不気味な静けさを保っていた。  
 俺はぐるっと見渡して動くものがないことを確かめると、  
ステージ横の体育倉庫に駆け寄って扉を開けようとした。  
 ビクともしない。鍵が掛かっている。  
「くそっ!」  
 
 ドン! ドン!  
 
「春佳! 春佳! 誰かいるか!?」  
 返事はない。人がいるような気配もなかった。  
 だが体育館に入ったのなら、ここに逃げ込んでいる可能性は捨てきれない。  
 俺はステージに飛び乗り、脇の出入り口が開いてないかどうか確かめようとした。  
 
『グアァッ!!』  
 
「うおっ!」  
 いきなり緞帳の裏から襲いかかってきた〈奴ら〉を、間一髪で避けた。  
 ステージから足を滑らせそうになり、何とかぎりぎりのところで踏み留まる。  
「ふっ──ざけんなっ!」  
 何とか体勢を立て直すと、つんのめっている〈奴ら〉の後頭部めがけてモップ束を強振した。  
 ゴッ、と鈍い音がして、吹っ飛んだ〈奴ら〉が中央にあった演壇にぶち当たり、  
派手な音を立てて演壇が倒れた。  
 〈奴ら〉が寄ってくる、と、反射的に思ったが、俺はステージの下に視線を移した。  
 非常口からフェンスを壊した一団が、それに正面入り口からも、続々と〈奴ら〉が体育館に入って来ていた。  
 そう、そもそも俺は、もうこれほどまでの数に追われているのだ。  
「だけど、全校集会には少なすぎるな……」  
 あいにくと客を集めて披露するようなパフォーマンスは持ち合わせていない。  
 
 俺は素早く脇のドアを開けて体育倉庫に飛び込み、真っ暗だったのでスイッチを探して押した。  
 パッパッと蛍光灯が点く。  
「春佳ッ!」  
 饐えた匂いが漂う倉庫内を見回しても、人影も物音も気配も全くなかった。  
 俺は体育倉庫を出て傍にあったやや急な階段を登り、二階通路に出ると音響調整室のドアを開いた。  
 ここも電気は点いてなかったが館内とステージを見下ろせる大きな窓があり、  
広くない室内に誰もいないことはすぐに目視できた。  
「春佳、どこなんだよ……」  
 体育館にはいないのか。  
 音響調整用らしい、なんだこれと思うほど夥しい数のボタンやスイッチがある機械の上に乗り、窓から下を眺めた。  
 ステージの前に黒山の人だかりが出来ていた。そして、そこから這い上がってステージへ登ってくる〈奴ら〉。  
 何だかそれが滑稽なものに映り、俺は思わず笑みを浮かべていた。  
笑うような状況ではないのに、自然と湧き上がってしまったのだ。  
「でもあれじゃ、もう下に降りるのは危険だな……」  
 俺は目を移した。館内を囲む二階通路はランニングコースにもなっていて、  
野球部の練習で雨天に使用したことがあった。  
 ステージに群がる〈奴ら〉を見ながら正面入り口の直上まで来ると、下に誰もいないのを確認し、  
手すりを乗り越えて4メートルほどの高さを一気に飛び降りた。  
 
 ドンッ!  
 
 体育館の床が大きく鳴り響く。  
「ぐうぅっ」  
 足に走る衝撃の痛み。堪える。  
 ステージに集まっていた〈奴ら〉がほぼ一斉に、ぐるりとこちらに振り向いた。  
 俺は脚に活を入れるとくるりと踵を返し、正面入口にあるトイレと用具室の中を  
覗きそこにも誰もいないことを確認してから体育館を飛び出した。  
「どこだよ、どこにいるんだよ、春佳……!」  
 
◆◇◆◇◆◇  春佳  ◆◇◆◇◆◇  
 
 下着ごと足首までブルマをずり降ろされた少女は、  
部屋の真ん中で犬のように這いつくばり、男に腰を打ち付けられていた。  
「んっ……んっ……あ……あっ……ああっ……!」  
 めくり上げられた体操服から飛び出した豊かな乳房がぶるぶると揺れる。  
 無惨にこじ開けられた秘唇に盛んに出入りする、  
高校生のものとは思えないほど赤黒く大人びたペニス。  
 少女の紅潮した頬、首すじ──その顔は朦朧としており、涙と涎に濡れていた。  
「あ"〜、春佳ちゃんのマンコちょー気持ちいい……マジでもう出る……!」  
 そう言いながらひたすら腰を振っているのはテツキだった。  
 そしてその言葉通り、テツキは両手をつき春佳に覆い被さりながらラストスパートに入った。  
 
 ズチュッズチュッズチュッズチュッ!  
 
「あ、あ、あ、あ……!」  
 一層激しくなった突き入れに、春佳の悲鳴も高まる。  
「イクイク、出る出る……ッ!」  
 テツキはそう低く叫んで深々と突き刺すと、腰が止まり、ブルブルと胴を震わせた。  
 
 ビュクッビュククッビュクビュクッビュクッ  
 
「オォ〜、オオォ〜……」  
 恍惚とした表情で中空を見上げながら気持ちよさそうな吐息をつくテツキ。  
 春佳の膣内に三人目の熱い精液が渾々と注がれてゆく。  
「うぅっ……ううう…………」  
 じんじんと痺れるアソコに生温かいものが広がっていくような気がして、  
春佳は悲嘆の嗚咽を漏らした。  
 ゴムの持ち合わせがないからと、三人は春佳の膣内(なか)で生中出していたのだ。  
前回の生理から2週間ほど経っていて、一番危険な期間だった。だがそれを言っても、  
少年達はかえって昂奮を煽られたかのように、少女の胎内にザーメンを撒き散らしたのだ。  
死の恐怖に怯える春佳にそれを拒むことはできなかった。  
 ──最後まで中で出し切ると、「はー」とテツキはひと息つき、やっと腰を離した。  
 ぬ"るん、と、根元まで淫液にまみれた陰茎が少女の秘貝から引きずり出されてくる。  
 そのまま突っ伏す春佳を置いて、テツキは面白そうに見物していた仲間達のいる壁際に腰を降ろした。  
「あーマジで最高だった……。久々の生出しに燃えちまったよ。  
 オメーらが先に出したザーメンが邪魔だったけどな」  
「ああ、春佳ちゃんの処女と初種付け、ごちになりました」  
と、カツヤがジャンケンでパーを出すような手つきをし、次いで指を畳んで  
人差し指と中指の間に親指を通した形を作る。  
 ヒデとテツキは顔を見合わせて苦笑した。  
「なんかいつもとちげーよな」  
「ああ、スゲー早かったしスゲー出たわ」  
 
 ヒデからくわえていたタバコが差し出され、テツキは美味そうに煙を吸い込んだ。  
「それにしてもさっきはビビッたな、いきなりだったし」  
 春佳を手籠めにしようとしていると、突然ドアが叩かれ始めたのだ。  
 ドン、ドン、と強い衝撃。入口前にバリケードとして置かれた冷蔵庫が何度も揺らされた。  
 その緩慢さと無言が〈奴ら〉だということを確信させた。  
 手に手に得物を握り、冷蔵庫の周囲に立つ三人。春佳は耳を塞ぎ、背を丸めてただただ震えていた。  
 数分間それは続いたが、結局、障害物が功を奏してドアは破られず、  
外にいた何者かは去っていったようであった。  
 そして、続きが行われたのである。  
「どうする、もう一発やっか?」  
「好きにしろよ」  
と、カツヤはヒデの問いに笑った。  
 ヒデは春佳の所まで行くと、「おい起きろ」と、足の先で彼女の脇腹をつついた。  
 のろのろとからだを起こす春佳の前でヒデはあぐらを掻き、自分の太腿を叩く。  
「乗れよ」  
「……はい……」  
 春佳はヒデの肩に手を置いて、彼の膝の上に座った。尻を持ち上げられながら誘導され、  
少女の秘陰はヒデの勃起したペニスをずぶずぶと呑み込んでいく。  
「はっ……ッく……あ……ああぁ……!」  
 痛み、だけではないものを帯びた哀切な声が春佳の喉奥から漏れる。  
皮肉にも、大量に出されたザーメンが潤滑液代わりになっていた。  
 ヒデの胴体に絡む両脚。  
「へっ、なんだ、こなれてきてんじゃねぇか」  
 そう言って歪んだ笑みを浮かべたヒデは、「おら、お前も動くんだよ」と、  
春佳の尻をピシャッと叩き、精力的に腰を振り始めた。  
 ヒデのペニスがぬるぬるとスムーズに春佳の膣洞を出入りする。  
 最初、春佳はヒデからなるべく上体を離していたが、そのうち我慢も限界となり、  
もたれかかるように彼の首根に腕を回し、躰を預けて腰を揺らめかせた。  
 さっきまで苦痛しかなかったアソコが熱く火照り、痛み以外のものがこみ上げつつあった。  
 ラストスパートが始まると、春佳はひときわ大きな声を上げてしまい、  
「オラッ、孕みな!」  
 最後は完全に密着しながら、熱い飛沫を胎奥に感じていた。  
 
◆◇◆◇◆◇  晴幸  ◆◇◆◇◆◇  
 
「──の……やろッ!」  
 充分にばねを溜め、渾身の力を籠めてモップ束を振り降ろした。  
 ゴキンと固いものが砕ける音がして、俺に近付いてきていた〈それ〉は  
強打された頭からコンクリートに叩きつけられ、頭部を中心とした盛大な華火を床一面に染み付けた。  
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」  
 目に付く最後の〈奴ら〉を片付けた俺は、フラフラと屋上の手すりにもたれかかり、  
モップ束を支えに何とか座り込むのだけは免れた。今座ったら起き上がれない気がした。  
 だが、脚も腕ももうクタクタだった。  
 途中で〈奴ら〉が音に反応するということに気付き、それからは無駄な戦いがぐっと減ったのだが、  
それでもさすがに一階から屋上まで休み無く〈奴ら〉の中を走り続けたのは無茶があった。  
モップ束も今となってはその重量が恨めしい。  
 階を上がる度に〈奴ら〉の数が減っていくのだけが救いだった。  
屋上の〈奴ら〉の数もそれほどでもなかった。  
──この騒ぎを聞きつけ、増援が階段を登ってきているかもしれないが。  
「少し休憩しよう……」  
 束の間訪れた休める時間に、俺は何とか呼吸を整えると、  
すぐ横でバットを握りしめながらへたり込んでいる女生徒を見下ろした。  
「大丈夫か?」  
 相当なショックを受けている様子で、制服は返り血だらけ、  
スカートがめくり上がって下着まで覗いているのにも気付いていなかった。  
見開きっぱなしの目をゆっくりと上げて俺に視線を移した女生徒は、  
「う……うん…………」  
とだけ辛うじて喋った。  
 〈奴ら〉が恐ろしいのか、俺が恐ろしいのか。多分両方だろうな。  
 体育館を飛び出した時、連絡通路に突っ立っている人影があり、俺は一瞬身構えたが、  
「ひっ!」と、怯えた反応があったので生者とわかった。  
グラウンドに出た時、どこに行くのと俺に声をかけてきた女生徒だった。  
あの後も遠巻きに俺について来ていたらしい。  
「面倒は見れない」  
と断ろうとして、それがもう手遅れだということに気付いた。  
 だが雰囲気を察したのか、  
「足手まといにはならないから……!」  
 そう言って、彼女は足元に転がっていた死体から血まみれのバットを拾い上げて構えた。  
 バットの先がぶるぶる揺れる。目鼻立ちが整ったどんぐり顔が、  
今にも泣き出しそうな必死の形相になっていた。平素なら文句のつけようがない美人だろう。  
「お願い、一緒に……!」  
 どのみち、ここまで〈奴ら〉が爆発的に増えている中、  
一人きりである彼女を見捨てることなどできなかった。  
「生きたかったら殴るんだ、ここを」  
 俺は初めて会ったときのように、また頭を指でつついた。  
 
 堀俊美──互いにただ名乗るだけの自己紹介で知った名前──は果敢だった。  
俺の後を懸命についてきて、後ろや横から迫り来る〈奴ら〉にバットを振り回し、  
フォローをしてくれた。  
彼女の腕力では頭にクリーンヒットしても完全に動きを止めることは出来なかったが、  
次第に殴るコツを覚え、多少の時間を稼ぐことはできた。その間に俺が仕留めた。  
 ただ、バットを振るうたびに大きな声を上げるのには閉口した。  
掛け声を発する気持ちは十分理解できるが、  
それでまた別の〈奴ら〉が寄ってきてしまうことも多かったのだ。  
 だがその一方で、〈奴ら〉は音にもっとも敏感に──或いは音だけに──  
反応するという発見は、その彼女の掛け声があってこそだった。  
 いちいちすべてを相手にしていては躰がもたないので、  
教室や廊下の端などにいるのは無視したのだが、教室に一歩踏み入って見渡していても  
〈奴ら〉は反応せず、廊下もあっけないほど簡単にすり抜けられた。  
 そんな〈奴ら〉が、堀の甲高い掛け声にはまるで条件反射のようにバッと振り向く。  
 それが疑問の始まりだった。  
 考えてみれば、体育館の二階通路を走った時も俺の姿は丸見えだったのに、  
飛び降りで盛大な音を響かせるまで、〈奴ら〉はまったくこちらに気付かなかった。  
 堀との自己紹介が済んだ直後、武器も持たずよく無事だったなと聞くと、  
〈奴ら〉のほとんどは俺に向かっていったからと言われたので苦笑したが、  
それもよくよく考えてみればの話だ。俺が派手に暴れていた音のせいなのだ。  
 彼女の同行は、思わぬ情報を与えてくれた。  
 張り詰めっぱなしの糸が幾分やわらいだ気がした。  
 
「それにしても……」  
 俺は振り向いて管理棟の方を見やった。  
 建物のさらに向こう、市街地がある上空に、幾筋もの黒煙が立ち上っていたのだ。  
 それだけではない。何重にも鳴り響く多種のサイレン。  
人々の叫びや悲鳴が複合して低く立ち籠めるように轟いてくる。  
 あちらの屋上から眺め渡したら、街がこの学園のような有り様になっているのが  
ありありと見えるような気がした。  
「街はどうなってるんだろうな……」  
 俺は堀と顔を見合わせた。彼女も不安に表情を曇らせていた。  
 家は、家族は。  
 いや。  
 俺は頭を振った。  
 今はできることをまず先にやるんだ。  
 春佳……!  
 教室棟にいないのだとすれば、次は管理棟だ。  
 街の景色を遮る建物の屋上にも〈奴ら〉がのたのたと歩く姿が見えた。  
「ん、あれは……」  
という俺の声で、堀も俺の視線を追った。  
 管理棟の屋上には天文台があって、そこで立ち回りをしているような騒がしさがあったのだ。  
 天文台に登る階段の上から、消防用らしい放水を使って〈奴ら〉を撃退している男子生徒。  
 高圧の噴流を浴びた〈奴ら〉が次々と面白いように吹っ飛んでいた。  
 遠すぎて誰だかは判らなかったが、  
「あっちにも俺達みたいなのがいるな」  
と、俺は堀に笑いかけた。彼女も緊張で強張った顔に微笑みを作った。  
 一瞬、あれと合流しようか、と頭によぎったが、すぐに打ち消した。  
 まだ逃げることを考えてない俺が他の奴と一緒になってもトラブルの種になってしまう。  
 できれば堀だけでも預けたいところだが、そもそも離れすぎており合流できるとは思えなかった。  
 
「……ねえ、誰を捜してるの?」  
「菊島春佳。二年、野球部マネージャー」  
 即答した。  
「……うん」  
と、なぜか堀は俯いた。おかしな反応だった。  
 おかしくなってしまった世界で普通を求めても仕方ないが。  
「彼女を知ってないか? 体操服だから目立つと思うんだ」  
と尋ねたが、やはりと言うか、堀は黙って首を振るだけだった。  
「恋人なの?」  
「ああ。絶対に見つける。……すまない」  
「え?」  
「危険な所ばかり引っ張り回して」  
 単独よりは生き延びられる可能性があるから皆で固まる。他人を頼る。  
 だが俺は、進んで危険な校内をうろついているのだ。堀はついていく人間を間違えてしまった。  
 申し訳ない気持ちになって彼女の顔を直視できなかった。  
「ううん」と、堀は首を振った。「本城君がいなかったら、今ごろとっくに死んでる。  
すっごく感謝してるの」  
 そう言ってまた微笑んだ。さっきよりもはっきりと。  
 透き通るような。  
「だから、この先もし死んじゃっても、私、運命だと思って諦める」  
「死ぬとかは言うなよ」  
「……ごめん。……幸せね、その……菊島さんって人……」  
「そうかな」  
「そうよ」  
「何にしろ、まだ助かってもいやしない。春佳も」  
 俺の中で沸々と、再び闘志が煮え立っていた。  
 階段の方を見ると、登り切った〈奴ら〉が数体、こちらにやって来ている。  
「あ……」  
と、堀が息を呑むように両手を口に当て、それを見つめた。  
 
「あの人、リエ先生……音楽の……」  
 近付いてくる〈奴ら〉の中に、噛まれる前は若い美人教師だっただろう、  
血まみれの白いブラウスに紺のタイトスカートという大人の女性がいた。  
 今では見るも無惨な亡者の顔で、暗い眼窩でこちらを凝視していた。  
「知り合いか?」  
「う、うん……」  
「わりい、殴っちまうぞ」  
「……うん……」  
 もう少し休まないと躰がもたなそうだったが、春佳のことを考えるとそうもいかなかった。  
 俺はモップ束を握り、手すりを離れた。  
「ねえ」  
「?」  
 俺は歩みを止めた。  
「あのさ……」  
 堀は言いづらそうに、  
「さ……さっきね、その……体操服の子、見たんだ……」  
「!?」俺は完全に向き直っていた。「どこで!?」  
「そ、その……一階の管理棟に行く通路の近く……」  
「なんでもっと早く言ってくれなかったんだよ!?」  
「だって──」堀は叱られた子供のように身体を縮こまらせた。  
「言うタイミング逃して……それで……」  
「あ……悪い、怒鳴って」  
 服装を教えたのは今さっきじゃないか。  
「すまない……短髪で背は小さかった?」  
「うん。ギターとか持った三人と一緒に管理棟の方に……」  
 三人……男子だろうか。どちらにしろ、まず間違いないだろう。  
守ってくれている存在があるのも朗報だった。  
 俺の中の炎が希望という薪をくべられて火勢を強める。  
「よし、あそこまで戻って後を追う」  
 俺はすぐそこまで迫っていた〈奴ら〉を殴り飛ばした。  
 元音楽教師は俺の想像以上に吹っ飛んで、手すりに当たって体勢を崩し、  
そのまま落ちていってしまった。  
 少し悪いことをした──と、後ろを見たが、堀は仕方ないといった風に首を振った。  
 俺も気を取り直し、他の〈奴ら〉もしばきあげ、左右に吹き飛ばしながら道を空けていった。  
 待ってろ春佳、すぐ行くからな。  
 
◆◇◆◇◆◇  春佳  ◆◇◆◇◆◇  
 
 春佳への陵辱は未だ終わっていなかった。  
 セックス慣れした男子達は、春佳の反応の変化を察し、  
「春佳って実はかなりエッチな女なんだな」  
「うわっ、腰がいやらしく動いてるぜ」  
「聞こえるだろ? 俺のチンポ咥え込んでる春佳のいやらしい音」  
などと言って彼女を追い詰めながら、クリトリスや乳首なども積極的に責め上げ、  
キスを繰り返し、少女の淫惑を引き出していく。  
一回抜いてからは落ち着いたのか、春佳の動きに合わせる余裕すらあった。  
 まだキスしか経験のない春佳にフェラチオと手コキの三人同時奉仕を強要し、  
その拙さにかえって欲望を昂ぶらせ、口と両乳にフィニッシュを浴びせかける。  
 3Pのバックで前後から貫いての、タイミングを合わせた同時発射。  
「ああぁ、ああぁ、ああぁぁ?!」  
 春佳は休みも与えられず、次から次へと肉棒を突き入れられては掻き回され、  
好き放題の射精を受けた。痛みをあまり感じなくなったのが唯一の救いだった。  
「あ〜、ケツにもぶち込みてえけど、いきなりやったらバカになっちまうしな〜」  
と、テツキは春佳を犯している時、執拗に彼女の尻穴をほぐし、指まで入れてきた。  
 それを聞いて笑うカツヤとヒデも自分の番に同じことをしていた。  
 今や全員が真裸だった。春佳は異性達の躰の固さや肌の温もりを感じながら、  
どんどんと行為がエスカレートしていっても、機械のように彼らに従った。  
 なぜこんなに従順なのか自分でも分からなかった。  
 夢だったら醒めて欲しい。心はとっくに麻痺している。いや、狂ってしまったのかも。  
 こうしていれば〈奴ら〉のことを忘れられるから?  
 彼らが消えるわけでもないのに。  
 でも、あんな風に死ぬより遙かにマシ──  
「受け取れよ春佳ッ」  
 正常位で最後の抽送に入っていたカツヤがそう叫んで腰を押し込み、  
春佳の奥でたっぷりと容赦なく放出した。  
 アソコが、奥まで、ジンジンと炙られているかのように熱い。  
「ん……あん……ぁんん……?!」  
 春佳は体内に走った甘い感覚に軽く仰け反った。  
「んおぉ、締まる……」  
 気持ちよさそうに唸るカツヤ。  
 この男子が一番晴幸に似てる気がした。  
 カツヤは春佳に覆い被さると、  
「大人しく俺達の女になってりゃ、見捨てずに守ってやっから」  
と、その耳元で優しく囁いた。  
 ゴールドチェーンの煌めきを見ながら、霞がかった意識の中、春佳はコクリと頷く。  
 なんでこんな事になってしまったのか。  
 なんで。なんで。  
(ごめんなさい、ハル君……もう、絶対……許してくれないよね…………)  
と、張り裂けそうな心がそれでも必死に繋ぎ止めようとするかのように、  
すがりつくように男の肉棒を締め付けていた。  
 
 昂奮のままに何発も射精し、楽しみ終えた三人は、  
アソコから白濁を溢れさせながら脚をOの字にして突っ伏す春佳をそのままに、  
壁にもたれかかってタバコをくゆらせ、冷蔵庫から出したペットボトルの緑茶を回し飲みした。  
 外の惨状が嘘のような弛緩した空気。  
 カツヤが腕を上げ、ブランド物の腕時計の針を確認した。  
「この部屋窓がないからわかんねーけど、もう夕方だぜ。夜になったら動けなくなるな。  
 明るいうちに外に出るか、それとも〈奴ら〉がうろつくガッコでこのままひと晩過ごすか」  
 気怠げな沈黙が降りる。  
「ドアの向こうにいると思うと、泊まんのはきちくね?」  
「春佳ちゃんとヤリ続けられるなら賛成だけど、そーもいかねーか」  
 カツヤがフーッと紫煙をはき、  
「外がどうなってるかだな」  
 そう言って仲間に顔を向けた。  
「この騒ぎ、ココだけじゃねーよな。でなきゃとっくに警察とかが来てるだろうし」  
「ヒデだって見ただろ、街中から煙上がってんの」  
 ああ、とヒデはカツヤに頷き返した。  
 三人はたらしこんでいた若い女音楽教師から音楽準備室の鍵の複製を貰っており、  
サボったり女音楽教師を抱いたりする時に使っていた。今日も授業の間そこにしけこんでいたのだが、  
おかしな放送の後に校内が異常な喧噪に包まれると、  
何か面白い事でも起きたのかと彼らも部屋を飛び出した。そして〈奴ら〉の行状を目にすると、  
引き返してギターやベースを手に取った。その時、窓の外の様子に違和感を覚えたので見てみたのだが、  
市街のあちこちから煙や火の手が上がっていたのだ。  
 三人は祭のような高揚感を覚え、狩りと称して好き放題に暴れ出した。  
「そうじゃなきゃこんなことやんねーし。……あ、そーだ」  
 カツヤは部屋の隅にある横長の四角い物体をタバコの先で指した。  
「テレビで何かやってっかも」  
「音絞れよ、気付かれる」  
 カツヤは春佳をまたいでテレビ台に置かれたリモコンを取ると、赤い電源ボタンを押した。  
 画面がつくと、緊急報道と銘打たれたニュース番組が流れていた。  
 
「──各地で頻発する暴動に対し、政府は緊急対策の検討に入りました──  
しかし、自衛隊の治安出動については──」  
「──この異常事態は全米に広がっており、いまだ収拾する見込みは立っておりません──  
アメリカ政府首脳部はホワイトハウスを放棄、政府機能を移転、洋上の空母へ移動するようです──  
この移転の発表には、戦術核兵器を使用するための措置とも考えられており──  
モスクワとは通信が途絶──北京は全市街が炎上中──ロンドンでは治安が保たれているものの──  
パリ、ローマでは略奪が横行──戒厳令が──」  
 
「なんだよこれ…………」呆然とするカツヤ。「マジか。ここまでひどいのかよ…………」  
 春佳も途中から起き上がり、信じられないといった目でテレビ画面を見つめていた。  
 テツキが脇に置いていた上着から携帯を取ってどこかにかけたりメールを打っていたりしたが、  
「だめだ、やっぱ何も通じねーわ」と、カーペットに叩きつけた。「どうするよカッちゃん」  
「……ココも街も、いや世界中に〈奴ら〉がいるってことはよ。  
 ……だとしたら、逃げ場はどこにあんだ?」  
 脱ぎ散らかした服を着込みながらカツヤがそう喋ると、  
その場にいた全員が不安そうに顔を見合わせた。  
「……どっかに避難場所があっかも」  
「街まで行けばまだ無事な奴らが集まってるだろ」  
「いや」  
 カツヤは軽く首を振った。  
「街は危ねえよ。人間が大勢いるってことは、つまり、  
〈奴ら〉の候補生も大勢いるってことだろ。わざわざ危険の中に飛び込むようなモンだ」  
「じゃあどうすんだよ……」  
「逆に人の少ない郊外へ行こうぜ。車があるなら何とかなるだろ」  
 カツヤは自分のズボンのポケットを探ると、  
似付かわしくない可愛らしさのマスコットキーホルダーを取り出してチャラチャラと鳴らした。  
「リエちゃんのやつ?」  
 カツヤが頷くと、テツキは感心したように笑った。  
「カッちゃんはいつもぬかりネェよな。どうりでリエちゃんのバッグ漁ってると思ったよ」  
「とりあえずガッコ出て、人の少ねえ方に行こう。サバイバルだぜサバイバル」  
 その言葉が合図になったかのようにヒデとテツキも服を着始めた。  
 
「春佳ちゃんもボンヤリしてんなよ」  
「は、はい……。……あ、あの、その、家には……家には帰らないんですか……?」  
 三人はぽかんとした表情を浮かべた。そして互いの顔を見合わせると、ぷっと吹き出した。  
「こんなガッコに入れやがったクソ親なんてしるかよ」  
「自分らだけ上手くトンズラこいたりしてっかもな」  
「ありえる、それありえる」  
 どうやら肉親の情などさらさら持ち合わせていないようであった。  
「あ、でも、テッちゃん妹いなかったっけ? まァまァ可愛かったじゃんあの子」  
「あいつは別のトコのお嬢様学校だよ。そりゃ心配だけど、  
 こっから迎えに行くのはキビシイな。まあ、生きてりゃいいがな……」  
 春佳の実家は市内にあった。藤美学園からだと、バスを使っても1時間ほどかかる。  
 父や母の顔を見たい。家に帰って安否を確かめたい。  
 でも、そんなことを彼らに訴えても聞き入れてくれるとは到底思えなかった。  
 それどころか、下手なことを言って鬱陶しく思われたりしたら……。  
 惨め……泣けるほど惨め。  
 いっそのこと死んじゃおうか。  
 こんなことされて、世界がこんなことになって、もう、生きてる意味もないじゃない。  
 ハル君だって…………。  
 
 ──だめ。  
 
 春佳は心の中で首を振っていた。  
 だめ。  
 ハル君だってまだ死んだかどうかわかってない。  
 それに、自分をレイプした男の言葉を聞くなんて厭だったが、  
せっかく助かった命をむざむざ自ら絶つなんて。  
 なぜだろう。世界がこんな風になってしまったからなのか。  
 自分の心の奥で、何かが目覚めて灯り始めたような気がする。  
 春佳は涙を呑んで下着を付け始めた。秘部はハンカチで拭いても拭いても後から滲み出てくるので諦めた。  
 これからどうなるんだろう、という強い不安と悲しみで胸が押し潰されそうになる。  
(ハル君は助かったかな……)  
 助かっていて欲しい。〈奴ら〉になった彼は見たくなかった。  
 でも、もし、その時が来たら、その時は。  
 昏(くら)い目で、春佳は心を決めていた。  
 
 
(後編へつづく)  
 

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