「は?」  
日当たりのいい王城のサロンで、紅茶が入ったカップを口に運んだポーズのまま、エリはかちんと固まってしまった。  
「いや、だから、父王が亡くなったからファインネル国の次の王は俺なんだ。  
国も落ち着いてきたし、伸び伸びになっていた即位を近々執り行うから、その時に……」  
固まったエリを前にクルーガーはとつとつと語る。  
淡くて長い金髪に空色の瞳という、いかにも王子様といった端正な顔立ちのクルーガーだが、  
そのこめかみはひくひくと動いている。  
クルーガーから漂う怒りなのか何なのかよく解らないオーラに圧倒され、  
エリは引きつりつつ紅茶をすする。  
「うん……で、えーとぉ、その、……何だっけ?」  
ぷち。  
気がついたらクルーガーがテーブルに手を付き荒々しく立ち上がっていた。  
「何度も言わすな! お前を王妃として迎えたい、結婚してくれと言ってるんだ!」  
耳まで真っ赤にしてふるふる震えるクルーガーを、エリも思わず真っ赤になって立ち上がる。  
「けけけけけけ……くぇっこおぉぉぉん!? そそそんな、いきなり言われても!!」  
「いきなりじゃない! 俺の気持ちは言ってあるはずだ!」  
「だ、だってあたしまだ18才だし!!」  
「こっちじゃ、18で結婚なんてザラだ!!」  
 
ことの起こりはこうである。  
竜人たちがファインネル国から去り、人々の生活が穏やかさを取り戻し始めた頃、  
エリはクルーガーから告白された。  
ガチガチに緊張して、つっかえながらのクルーガーの告白に、  
嫌いじゃないし、一緒にいると楽しいし、よく見るとクルーガーってカッコいいし、彼氏がいる生活ってのにも憧れあるし、  
よーしつきあってみるかあ!  
……と、とっても軽いノリでクルーガーとエリが恋人同士というものになったのが、数ヶ月前のことである。  
この世界に来るたびに、クルーガーとお茶を飲んだり町を歩いて買い食いしたり、時には弁当を持って遠出したり。  
とても楽しかったが、お気楽なエリとは違いクルーガーには現実の壁が迫ってきていた。  
この国を背負う者の義務として、王位を継ぎ王位継承者たる子供を作らなければならない。  
共にこの国を統治し、人生の伴侶になる王妃を迎えて。  
辺境の小国といえども正当な王子で、しかも美青年である。  
クルーガーの執務室には、どこぞの王女や貴族の娘やらの肖像画が積み上がり、棒グラフのように日に日に高くなっていく。  
それを見た彼の恋人は、  
「クルーガーもてるじゃん、ひゅーひゅー」  
……と、男の純情を踏みにじるようなことを平気で言うから、始末が悪い。  
 
固まったまま動かないエリを見て、クルーガーはがっくりと肩を落とした。  
仕方ない。  
こういう奴だと、わかっていた。  
惚れた俺が全部悪い。  
「……返事は今じゃなくてもいい。次に来る時まで考えててくれ」  
力なく椅子を引くと、よろよろとサロンを後にした。  
後に残されたエリは立ち上がったまま硬直し、なかなか我に返ることができなかった。  
 
お前を王妃として迎えたい。  
結婚してくれ。  
ファインネルの世継ぎを生んで欲しい。  
 
先ほどクルーガーが言った言葉が頭の中でリフレインする。  
(……世継ぎってのはえーと、次の王様になる王子や王女のことで、この場合はクルーガーの子供ということになり……、  
その子供をあたしに生んで欲しいというのは、……えええええーっ!)  
「あの……エリさん」  
「ぎゃあああああああああーーーっ!!!!」  
「わああああああああああーーーっ!!!!」  
背後から声をかけられ、飛び上がらんばかりにエリは驚き振り返る。  
「お、驚かさないでよ、レックス〜」  
エリの声に驚き、へたりこんでいた王宮お抱え魔道士のレックスが、服のほこりを払いながら立ち上がる。  
「それはこっちが言いたいですよ。どうかしたんですか?」  
「へ?」  
「エリさんの様子がおかしいと、侍女たちが知らせに来たんですよ。赤くなったり青くなったり、  
うろうろ歩き回りながらブツブツ呟いてるって。何かあったんですか?」  
「な、何かあったって……ええっとぉ」  
言いよどんでいるエリの頭に、クルーガーの真剣な表情が浮かぶ。  
 
世継ぎを生んで欲しい  
 
ぼしゅっとエリの顔が一気に茹で上がる。  
「エ、エリさん?」  
同時に天井がぐるりと回り、エリの視界が真っ暗になって、後頭部をしたたか打った。  
「エリさん! ちょっとエリさん、エリさーん!!」  
薄れていく意識の中で、レックスの声がだんだん遠くなっていった。  
 
気がつくとエリはベッドに横たわっていた。  
「目が覚めたか……?」  
枕元からの声に、エリはがばっとばね仕掛けのように起き上がる。  
傍らにクルーガーがいることに気がつき、思わず身構えるエリにクルーガーはため息をついた。  
「そんなに警戒しなくても、襲ったりしないから安心しろ」  
「な、何で、どーして!」  
「倒れたんだ。レックスがお前をここに運んできた」  
見回すと、いつもエリが滞在のために使っている部屋のベッドにいた。  
ゆるゆる記憶が蘇ってくる。  
レックスが来る前にクルーガーとお茶してて、その時にけ、けっこ、けけけけ……!  
「エリ」  
「は……はひ」  
「すまなかった」  
「へ?」  
「お前の気持ちを考えず、俺1人で突っ走っていた」  
話が飲み込めず、エリは目をぱちくりさせる。  
「お前も当然結婚まで考えていると思い込んでいたんだ。お笑い草だが」  
「え? ちょっちょっとクルーガー!」  
「倒れるほど嫌だとは思わなかった。すまない」  
「いい加減にしてクルーガー、誰が嫌って言ったのよ!  
嫌とかじゃなくて、……その、突然で驚いたっていうか。あたしは結婚なんて、ぜんぜん考えてなかったし。  
そりゃ、あたしも……クルーガーとずっといっしょにいられたらって、考えたことない訳じゃないけど……」  
だんだん声が小さくなり、頬を染めてエリは視線をそらす。  
「じゃあ、嫌じゃないと?」  
さっきまでのしょぼくれ顔はどこかに飛んで行ったように、期待を込めてクルーガーは尋ねる。  
「う……ん、でも今は考えられない。もうすぐ大学受験だしさ、ごめん」  
「いつだ?」  
「え?」  
「いつになったら考えることができる? その『だいがくじゅけん』が終わってからか? いつまで待てばいいんだ?」  
そう返されるとは思わなかった。  
いつもと違い鬼気迫る表情のクルーガーに、エリは思わず身を引いて逃げようとするが、肩を強い力で掴まれ止められる。  
「ク、クルーガー……」  
「答えろ、エリ!」  
「痛いってば、離してよ!」  
肩を掴む手を振り払おうとするエリの態度に、クルーガーの頭にかっと血が上り……。  
 
気がついたら、エリをベッドに押し倒していた。  
 
目の前に迫るクルーガーに、エリはきょとんとした表情でクルーガーを見つめていた。  
部屋に2人きり、体のすぐ下はベッドで、両肩をシーツに縫い付けられて、この状況はもしや……。  
「ク、クルクルクルクルクルクルクルクルクルクルーー……っ!」  
真っ赤になって慌てふためくエリに、クルーガーは勢いのまま口付ける。  
いきなりの口付けにエリは目を剥いた一瞬後、目を大きく見開き猛然と暴れだした。  
が、クルーガーはびくとも動かず、ばたつかせた足がかえって内股に膝を割り込ませるはめになる。  
長い口付けからやっと開放され、ぷはっとエリは息をついた。  
「息くらいさせてよ!」  
クルーガーとの口付けは初めてではない。けど、今までのは優しく触れる程度のものだった。  
顔を真っ赤にして抗議するエリにはお構いなしに、いつの間にか肩を離したクルーガーの手がそっとエリの頬に添えられる。  
頬から首筋、肩の線を辿るように撫でてから、クルーガーの顔がエリの肩に埋まる。  
「あ、あのあのあの、クルーガ……!」  
「……不安なんだ」  
耳元でクルーガーの声が聞こえて、エリの動きがぴたと止まる。  
「お前が向こうの世界に帰るたびに、もうここに来ることはないんじゃないかと」  
「クル……」  
「危険な目にもあわせたし、お前から平和な世界の話を聞いてると、ここのことも全部忘れてしまうんじゃないかってな」  
「……」  
沈黙が落る。  
頬に感じる柔らかい金髪の感触に、こわばっていたエリの体からすっと力が抜けた。  
短気ですぐ怒るし、ぶっきらぼうで、不器用で、いわゆる王子様なのは外見だけだけど、  
だけど……。  
いつのまにか開放された手を、エリはすっとクルーガーの背中に回した。  
「大好き、クルーガー」  
満面の笑みで、エリは確かにそう言った。  
 
再び唇が重なる。ゆるゆると角度を変えて啄ばむ様な優しい口付けに、エリの目がそっと閉じられる。  
やがてゆるりと入ってきた舌に自分の舌を絡めて迎え入れたエリの耳に、クルーガーが掠れた声でささやくのが聞こえる。  
少しだけ考えて、コクリと頷く。  
それを合図に、ふわりと長い指がエリの胸元のボタンを外しにかかった。  
 
ぱさりとエリの服がベッドの下に落ちると、クルーガーはエリの胸を覆っていた腕を取った。  
現れたまだ育ちきってない乳房にそっと手を添えると、エリの体が緊張が走ったように強張る。  
「あ……いや……」  
まだ固さの残るそれを、下からすくうようにゆっくりと揉みほぐしていく。  
クルーガーの手の中で形を変えていき、掌に当たる先端が徐々に固くなっていく。  
首筋と肩の線に唇を当て、舌を滑らせるとぞくりとエリの体が震えた。  
「なんか、くすぐったい……」  
慣れてない感触のせいか、そんなことを言う。  
それでも、体中のいたる所に手を触れ唇を寄せて舌を滑らすと、エリの呼吸が荒くなっていく。  
「はあ、あぁ、あん……」  
肌にじわりと玉の汗が浮かび、エリの息に甘い喘ぎがまじってくる。  
「クルーガー……」  
「なんだ?」  
甘咬みしていた耳を開放して、そっとささやく。  
「あのさ、クルーガーは経験あるよね? 大人だし……でも、あたし」  
ぼそぼそと喋るエリにクルーガーは小さく笑う。  
「心配するな、まかせとけ。気持ちよくさせてやるから」  
「なんか、やらしい言い方」  
「そうか?」  
赤くなってぷいと横を向くエリが可愛いくて、立ち上がってきた乳首を軽く摘むと、エリが喉を反らせて声を上げた。  
「あっ!」  
「気持ちいいか?」  
ぐっと言葉が詰まったようにエリは沈黙したあと、肩まで真っ赤になってコクリと小さく頷く。  
「エリ……」  
クルーガーは手探りでエリの下着を取り払い、自らの衣服も脱ぎ捨てていった。  
 
「あ、あぁ、ク、クルーガー……、あう」  
弓なりに背を反らせたエリの口から、悲鳴のような嬌声が聞こえる。  
優しく時にきつく吸われ、肩と胸に花のような赤い痕が点々と付いていく。  
赤い先端を口に含み、軽く歯を立ててからきつく吸われると、エリは一際高い声をあげた。  
「あああ! は、はう……ん。……んんっ」  
初めての快感に翻弄され、髪を振り乱して喘ぎ続ける。  
やがてクルーガーの手が淡い茂みを掻き分けて秘所にたどり着くと、そこはすでにしっとりと濡れていた。  
軽く触れるように入り口を撫でると、じわりと蜜がにじみ出て来きてエリの体がぴくりと小さく跳ねた。  
「怖いか?」  
顔を上げたクルーガーの問いに、エリはぶんぶん首を振る。  
「だ、大丈夫。平気だか……ら」  
言葉とは裏腹に顔は必死の表情で、おまけに体は小刻みに震え、  
安心させるようにクルーガーは頬に口付けを落とす。  
濡れたエリのそこは熱くて、指を浸すとぬめりがまとわりついてくる。  
それに助けられ、狭い入り口に指を軽く差し入れてみる。  
「あ!」  
エリが小さな叫び声をあげた。  
「痛いか?」  
「痛くはないけど……なんか変な感じ」  
「十分濡れてないとかなり痛むらしいから、我慢してくれ」  
「う、うん……」  
秘所をなぞるようにゆっくりと指を動かすと、エリの呼吸が速くなる。  
指の動きがだんだん大きくなり、確かめるように徐々にエリの内壁を擦るように攻めていく。  
茂みに隠れた腫れたように痛々しくなった肉芽を指の腹で擦ると、  
叫び声とともにエリは仰け反るように背を反らせる。  
「ク、クルー……ガー……、な、なんだか、変に……」  
蜜がとめどもなくあふれ、クルーガーの指と内股を濡らし、シーツにしたたり落ちていく。  
「あ、あああ、はぁ、うん、っく、はあああん」  
切れ切れの喘ぎ声の中、すがるものを求めてエリはクルーガーの背に手を回した。  
 
「そろそろ行くぞ」  
「う、うん……」  
クルーガーはエリの足を開いて、熱をもったそれを、すっかり受け入れが整ったエリの秘所にあてがわれる。  
先端が当たるのを感じて、エリはぎゅっと目を閉じる。  
エリの足を持ち上げ、クルーガーはぐいと分身をエリの中に沈めた。  
「!」  
声にならない悲鳴をエリはあげた。  
「い、痛い、クルガー!!」  
「くっ、エリ!」  
いままで経験したことのない裂かれるような痛みに、エリは身をよじるがクルーガーにしっかり抱え込まれ、  
逃げることもできない。  
「ク、クルーガー、いたい……、ちょ、ちょっと待……」  
涙の混じったエリの声もクルーガーの耳には届いていないようで、問答無用でクルーガーは腰を沈めていく。  
エリの中は狭くてきつく、ゆっくりと進むのがやっとだったが、  
それでも暖かくてとろけるように心地よく、クルーガーの分身を包み込んでいく。  
「う、うああ! ぐ、クルー……ガ……」  
エリの方は快感とはほど遠く、異物が進入する衝撃に歯を食いしばって耐えるしかなかった。  
クルーガーの方も未経験ではないものの、エリを労わる余裕もなく動物的に腰を打ち付けていく。  
苦痛からエリは首を振り、玉の汗が飛ぶ。  
エリの手に力がこもり、クルーガーの肩に爪が食い込む。  
それでも少したつと慣れてきたのか、痛みが薄らいできた。  
「あ……ああ……ん、は、ふ、あん……」  
痛みばかりではない声に、甘い艶が混じってきて、クルーガーは我を忘れてリズムカルに腰を叩きつける。  
突き上げられる度にエリの体が跳ね、湿った水音が2人の耳を打った。  
「エリ……っ!」  
クルーガーの動きが速くなり、思わずエリはクルーガーにしがみ付いた。  
「う……ああ、ああん、あああーっ!」  
「……っ!」  
短い呻き声と共に、クルーガーはエリの中で弾け開放された。  
 
 
「大学受験だけどね、完全に終わるのは5ヶ月後ってとこ」  
「5ヶ月か……」  
隣で黒髪を撫でるクルーガーに、エリはベッドに横たわったまま答える。  
「長い?」  
「いや、今まで待ったんだ。5ヶ月くらいどうってことない」  
「受験終わっても色々問題あるし、結構大変かも。子供ができたら向こうではあたしはシングルマザーの扱いになるしね」  
そう言ってエリは笑った。  
「すまないな」  
いまさらながら、エリにとってここでの生活を選ぶことの大変さを思い知る。  
「ううん、大丈夫! もううちの家族にも言おうと思ってるし、  
反対されたら駆け落ちだから覚悟しててよね!」  
エリは笑い、つられてクルーガーも微笑む。  
その笑顔は、クルーガーが今まで見てきたどの時のエリの顔よりも綺麗だった。  
 
 
「……本当に2週間も行って来るのか?」  
「うん、大学の出席日数がヤバくてねー。友達も久しぶりに会おうって言ってくれてるし」  
気の毒なくらいしょんぼりしたクルーガーの肩を、いくぶん大人びたエリがぽんぽんと叩く。  
初めて結ばれてから間もなく、エリとクルーガーは結婚した。  
クルーガーは即位しファインネル国王、エリはファインネル王妃になった。  
一番心配だったエリの家族の説得であったが……。  
考えてもしょーがない、案ずるより生むが安しと、こちらの世界に両親と弟を連れてきて、2人がかりで何とか説得した。  
とっくみあいのような話し合いの末、駆け落ちされるよりはと条件付きでなんとか許してもらった。  
もっとも、許してもらった大きな理由は他にもあったのだが。  
「お母さんも孫連れて来いって、うるさいしね」  
エリの腕の中で、最大の功労者たる小さな姫君がすやすや寝息を立てている。  
「それじゃできるだけ早く帰って来てくれ……」  
「わかってるって、じゃ!」  
軽く手を振ると、エリは魔方陣の中央へすたすた歩いていった。  
異世界で結婚生活を送るために、エリが親たちから出された条件。  
せっかく受かった大学は必ず卒業することと、定期的に日帰りでもいいから里帰りすること。  
 
かつて、ファインネル王国を救うべく異世界から召喚され、日帰りでこの世界にやってきた少女は、  
今は日帰りで元の世界に出かけている。  
 

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