あなたは、わたしの、何ですか?
筒隠のその問いかけは、声になる前に空気中に溶け込んでいった。
ぼくはしばらく、斜陽に照らされた筒隠の無機質な表情を見つめていた。
笑わない猫像に『本音が表に出なくなるように』と願い、それが奇しくも叶ってしまい表情(本音)を失ってしまった女の子を。
傾きかけた陽の光に輪郭を縁取られるのは、神様の傑作とさえ言えそうなほど整った表情をしている。顔や鼻や唇は小さいのに、深く青みがかった瞳だけが大きい。
ぴょこんと、筒隠の身じろぎに合わせて、猫のしっぽのように結ばれた髪が肩にかかった。
ぼくはかの鋼鉄の王に喧嘩を吹っ掛け、物の見事に玉砕した。それはもう恥ずかしさがたちまち逃げたくなるような恥ずかしさだ。
いや違うんだよ。王とは言っても女だし、喧嘩といってもぼくは先輩を殴ってはいない。むしろ振った拳を躱されて殴りかえされたって言うか――あれ、なんか余計に情けなくなってきたぞ!
その後、意識を失くしたぼくを筒隠は引っ張って家の台所まで入れてくれ、ぼくが目覚めるまで膝枕をしてくれていたというわけだ。
ううん、殴られたからだろうか。意識が妙にぼんやりとしている。またぶり返したのか、顎が熱を持ってきた。
「タオル、取り替えましょうか」
ぼくの頭がふわりと包み込まれて、割れやすい陶器を置くようにそっとフローリングに下ろされた。
筒隠の太もも、柔らかかったのになあとか思ってるぼくは、それでも建前を取り戻しているので、
「面目ない……」
と呟くように言った。いや、建前とはいっても本当に情けないと思っているからね。
さっきの問いに答えを返していないが、筒隠は気にしていなさそうな無表情ですくっと立ち上がった。期待を裏切っちゃったかなと、胸に一抹の後悔が刺さった。
もしかしたら殴られた後、後頭部も打ったのかもしれない。堅いフローリングに頭をつけると、刺すような痛みが一瞬走った。
膝枕の時、間に溝が出来るからさっきは痛くなかったのだ。筒隠はフローリングや枕では痛いと思って、ぼくに膝枕なんていう彼氏彼女しかしないような行為に及んだのだろうか。
ぼくは筒隠にくすぐりをしたことがある。笑わない猫を笑わせてあげようと思ってのことだったが、そこは猫像の力おそるべしと言ったところで、筒隠はまったく笑わなかった。
それどころか声さえ押し殺して必死に耐えていて、ぼくはその姿にぞくぞくした。
つい数十分前には、水着を着ようと試着室に入った筒隠の裸を見てしまった。新雪のように滑らかな肌で、まあ見とれちゃうよね。
学校では変態王子と呼ばわれ、筒隠にも変態さんと揶揄されるぼくに、筒隠は見捨てられたくないという。
姉とは不仲で、本音を失くしてしまった無表情では友達も出来ない。ぼくとは本音と建前を取り戻すための協定を結んでいたけれど、また一人に戻るくらいなら本音は要らないと言う。
ぼくは筒隠をどう思っているんだろう。
そして筒隠はぼくをどういう風に見ているんだろう。
蛇口から水が出る音がする。筒隠がタオルを水にぬらしているのだろう。何とはなしにぼくはそっちを見て――やってしまったなと思った。
フローリングで横になっているぼくが、立っている筒隠を見上げればどうなるかなんて、考えるまでもなしに明白じゃないか。
筒隠のスカートの中がうっすらと見えた。
制服のプリーツスカートから伸びる脚の先に、淡いブルーの下着が覗いている。
夕焼けと女子高生のコントラストの素晴らしさについては講釈垂れるまでもないけど、プラスパンツはその上をいくね。ってぼくは一体、何を考えているんだ。
「……先輩」
気がつけば、筒隠がじっとこちらを見下ろしていた。その顔は無表情であるはずなのに、視線はどこか氷を思わせるほど冷たかった。
これはまずい。声をかけられるまで目をさらにして、ああ目を逸らさないとと思いつつも、筒隠のソックスに包まれたふくらはぎから太もも、そしてその上におわす下着へのラインを網膜に焼きつけようとしていた。
「はは、いや……これは事故であって決して筒隠の下着を覗こうなんてこれっぽっちも思ってなかったんだ!」
あれ、建前を取り戻したにも関わらず本音を言えたのに、全然うれしくないや! 確信犯としか思えない発言にもほどがある。
「…………」
筒隠は呆気に取られているように、猫の様な瞳をぱちくりと瞬いている。今何を考えているのか、ぼくにはわからない。
そそくさとスカートの裾を押さえながら、筒隠は口を開く。
「……先輩は意識が朦朧としていても女子の下着を覗くことだけは忘れない変態さんなのですね」
「筒隠!? いくらぼくでも自分の身体を優先すると思うよ!」
ここで『果たしてどっちに天秤が傾くか』と真剣に考えた挙句、答えを濁すぼくは筒隠の言うとおりどうしようもない変態かもしれなかった。
「冗談です。さっきの試着室の……あれに比べれば、まだましだと思うことが出来るです」
「そんな無理に自分を納得させようとしないで!? ぼくの良心が音を立てて崩れてくから!」
「これを期に、自省してくれればわたしとしてはよいのです」
筒隠は人一倍恥ずかしがり屋さんだ。そんなことはぼくでなくともわかってたはず――である。けれど今の筒隠はそれが表情に出ない。
僅かな機微からそれを読みとれるのは、筒隠の周りではぼくくらいだ。
こんな咄嗟の事故ででも、表情に表すことが出来ないというのはどういう気持ちなのだろう。
筒隠はスカートを膝の裏に挟むようにして座ると、片手でぼくの頭を持ち上げ、空いた手でタオルを後頭部に当ててくれる。
わずかに濡れたタオルが冷たく、熱が引いていくのがわかる。
そういう体勢を取れば、必然的にぼくと筒隠の顔の距離は近くなる。
「…………」
「…………」
ぼくも筒隠も、ひと言も声を発しなかった。
筒隠は相変わらず無表情で、ぼくはと言えばさっき見てしまった筒隠の下半身を脳から追い出すのに精一杯だった。そうするのに思い出してしまうのだから、もうどうすればいいんだろうね。
タオルを床に置き、ぼくはその上に頭を乗せる形になる。筒隠は、
「次は見ないでください」
と言い聞かせるようにし、立ち上がってふたたび立ち上がった。ぼくは目を瞑って自らを律しようとしたのだが、いかんせん手持無沙汰で、瞼の裏に筒隠の下着がよみがえってきた。
ぴた、と額にタオルが置かれた。もう一個用意していたのかもしれない。ひんやりとしたタオルは、火照ったぼくの顔を心地よく冷ましてくれた。
「…………ぁ」
小さく、見てはいけないものを見てしまった時に出るような声が聞こえた。ぼくは目を開けて、筒隠の視線を追う。
視線の先では、ズボンが少し盛り上がっていた。
筒隠が視線をぼくへと移す。ぼくもつられて、期せずして視線がかち合う。
こんな最悪の状況でも、筒隠は無表情だ。こころなしか怖い。ぼくは一体、今どういう表情を取っているのか自分でもわからない。
「あ……いや、ね?」
何が『ね?』だ。建前も本音も出てこないどころか、奴らの所在が分からない。
とりあえず、笑顔になってみることにする。筒隠は笑わない、どころか声を返してくれない。こうなってくると、いよいよぼくも腹を切るべきか。
「……変態」
「はい」
「言い逃れも出来ない変態さんです」
「ごめんなさい」
「完全に完璧に全壁に変態さんなのですね」
筒隠は大きく、長く息を吐いた。よく見せる動作でありながら、今回ばかりはぼくの頭がショート寸前なことを差っ引いても、その動作の意図する所は分からない。
ぼくはこうなった手前、身じろぎもせずにじっとしているしかなかった。
筒隠はそんなぼくを一瞥すると、そっと膝立ちになる。ちょうど顔の横に筒隠の太ももが――ってぼくはまた学習しない奴だなあ!
いざった筒隠は、ぼくの腰辺りですとんとお尻をつけ、女の子座りをした。こちらをちらりと見ると、意を決したとでもいうように、手をぼくのズボンのベルトにかけた。
「筒隠!?」
ぼくは思わず身体を起こしかけたが、
「ッ……」
ちくりとした痛みに、がくりと肘をついた。上半身だけ起こせるだけまだましか、と思う。あちこち打ちつけたみたいだ。
「何でしょう」
「何でしょう、じゃない。えっと、その、何やってるの?」
筒隠は言葉に詰まって口をもごもごとさせたが、すぐに、
「先輩は、さきほど、わたしの裸を見ました」
「あ……うん、ごめん」
ぼくは一体、何度筒隠の裸やら下着やらを思い出すのだろう。早く忘れてあげないとと思っているのに、固まった蝋みたいにこびりついて離れない。
「とても恥ずかしかったです」
「…………」
「とってもとっても恥ずかしかったです。舌を噛み千切りたいくらい恥ずかしかったです」
「……はい、申し訳ありません。何でもしますから」
ぼくは頭だけ下げ、心からそう言った。
「何でもですか?」
「うん、何でも」
「何でもですか。そうですか。では、じっとしていてください。一応けが人なのですし」
言うが早いか、筒隠は作業に戻った。ぼくは何を言うことも出来ずに、事の成り行きを見守るしかなかった。
ベルトのバックルが外されて、ズボンのボタンが外される。さすがに、筒隠が何をする気か理解しがたかった。
「筒――」
「――黙っててください」
ジッパーが下ろされて、トランクスごとずり下げられる。つまるところ、ぼくのアレが筒隠によって晒されたわけで……この状況は何だろう。
「……っ」
筒隠が息を呑んだのがわかる。天井を青いでいるぼくの一物を凝視していて、妙にそわそわしてしまう。
「…………あの、筒隠?」
「…………」
「筒隠?」
「……あ」
慌ててぼくの方へ視線を移す筒隠は、男のアレを見てもやはり表情を変えない。一律な、無機質な表情だ。
「その……これは」
「……先輩は、わたしの裸を見ました。ならば、先輩も私に裸を見せるべきです」
目には目をという奴だろうか。それにしては理屈以前に根本からおかしい気がするんだけどな。
ぼくは言い返せず、じっとしていた。
外気にさらされた一物は隆々としていて、ときおりぴくんと動いてしまうのが想像以上に恥ずかしかった。誰得だよ、と心の中で叫びたい。というか早くしまって!
筒隠はアレとぼくの顔を交互に見比べている。もしかして似てるのだろうか。そんなバカなことを考えてしまうくらい、恥ずかしいんだよ。
「こんなにして、先輩は変態さん過ぎます」
少し身体をこちらに向け、見上げるようにして言ってくる。
「どうしてこんなになってるんですか」
「……男の生理現象だよ」
本音はと言えば、筒隠の下着とか裸とか見ちゃったからだ、だったけど、今のぼくはわきまえているからそう言った。下半身が露出していて、わきまえてるもくそもないけれどね。
「……そうですか」
筒隠は前傾姿勢のまま少し後ずさると、猫みたいな恰好になった。そのまま、右手でおずおずと一物に触れた。
「……!」
ぴくり、とぼくのモノが動いてしまうと、筒隠も一緒になって肩を震わせた。じとーっとこちらを見てくるけど、ぼくは恥ずかしさのあまり視線を外した。
つんつん、と猫がねこじゃらしで遊ぶように、筒隠が指先で突いてくる。硬さを持っているからか、強く押されると反動で振り子運動をしてしまう。
しばらくぼくの反応を愉しむように、筒隠は一物をつついた。もう何が何だか分からない。
「先輩、わたしはどうすればいいですか」
「どうすれば……って」
「わたしのせいでこんな風にさせてしまったんでしょう。だから、責任くらいは取ります」
「いや、責任って。筒隠がそんなことする必要無いよ」
ぼくは首を振る。筒隠は無表情のまま続ける。
「建前を聞きたいわけじゃありません。それに、わたしだって……いくら先輩が私を小学生と間違えようとも、もう高校生です。こういうことに対する知識だって、ないわけではないですから」
そう言うと、筒隠は右手でぼくの一物を包み込むようにして握った。暖かな掌に、ぼくは反応してしまう。
「わたしは先輩がどうして欲しいのか、知りたいんです。建前ではなく、本音を聞きたいんです」
こんなことは間違っている。ぼくの脳内で警報が鳴った。五月蠅いくらいに、それは理性というものだった。筒隠が握ったモノから、先走りが出るのを感じた。
生理現象――であることに違いはない。でも、筒隠がぼくのモノを握っているという状況によってではないとは言い切れない。
ぼくはいつも建前で失敗していた。だから本音を欲しがった。
その本音のせいでさんざんな目に遭い、やっとのことで猫像から建前を取り戻した。
「……変態先輩、何か出てきました」
本音はぼくにとって必要だったが、時と場合をわきまえなければならないものだった。今、ぼくに必要なのは建前なのか? 本音なのか?
「筒隠の…………したいように、して、くれれば」
ぼくに出来るぎりぎりの発生だったと思う。建前と本音が混じり合った、どちらともつかないぼくの言葉。建前を失い本音を得て、本音を捨てて建前を拾ったぼくは中途半端でしかない。
どちらの善し悪しもしってしまったから、片方だけを使うことが出来なくなったのかもしれない。
「……そうですか」
筒隠が失ったのは、ぼくが今求められた本音だ。
本音を失くしたから、表情にも声にも感情が出ない。それなのに、今の筒隠の声音は寂しそうな周波数だった。
筒隠の手が、ゆっくりと上下に動いた。ぼくには、やるせない感情をぶつけるように机を叩くシーンのように見えた。
「……ぅ」
こんな時でも、ぼくの神経はそこに集中してしまう。
ぎこちない手つきで一物が刺激されると、ぼくの脈が次第に上がってゆく。
先走りが鈴口から垂れ、潤滑油のように滑りをよくした。
筒隠はその様を凝視していて、少しだけ息が荒いように思えた。
こういう行為を女の子が知っているというのには、やはり驚いてしまう。ティーン向けの雑誌には様々なこういう情報が書いてあると噂には聞くけれど、あれは本当なのだろうか。
筒隠は猫みたいな姿勢で、ぼくのモノをしごいている。
床に着いた手、なだらかな谷のような腰つき、突き出すつもりはないだろうにそう見えてしまう下半身――。
緩慢な動作でこちらに目を向けてくると、
「……気持ち、いいんですか」
こころなし荒い息遣いで、訊ねてくる。
「…………う、ん」
ぼくはしかめっ面とも笑顔ともつかない、ひどく中途半端な表情を作った。
「とんでもなく変態さんです」
そう言われても何も言えず、ただなされるがまま、流れに身を任せるしかなかった。
こんなことをやってしまう筒隠はどうなのさ、とは言えない。
「このままでいいんですか」
筒隠がぽつりと漏らす。
「どうして欲しいんですか、して欲しいことはないんですか。わたし、先輩のためなら……何だって、しますよ」
肘で上半身を起こしているぼくは、聞いたことある台詞に頭を揺さぶられた。
筒隠の手は動き続ける。ぎこちなく、こちらのためというよりは自分のために。その腕が、肩が、震えている。
まただ、とぼくは思った。ぼくはいつも、見逃してしまう。
筒隠は恥ずかしがり屋で、泣き虫で、とてもこんなことをする子ではない。いや、なかった。
何がこうさせているのかは明確だ。
人間は表情だけで自分の考えを悟らせることもある。表情は行動であるとも言えるし、行動は表情であるとも言える。
筒隠は表情を――本音を現すことは出来ない。顔に出ないし、口を衝いて出ることもない。行動でだって、どうかは分からない。けれど、この行動を平気で出来るほど、筒隠は開けっ広げではないはずだ。
相当な勇気が要ったろうに。
ぼくは肘をばねにして、身体を起こす。痛み? そんなもんは笑い猫だって食わないさ。それに、もうどこかに捨て置いた。
筒隠は手を止めて、ぼくを上目遣いで見上げてくる。
大きな瞳は月夜の湖面のように静謐だ。表情に出なくとも、言葉に出なくとも、瞳は何よりも雄弁だと、ぼくは筒隠月子から学んだんだ。
ぼくは筒隠の横向きの身体を捻るようにして床に押し倒した。小さくて軽い身体は、あっという間に寝転がせられる。
初めて筒隠と出会った時と同じように、ぼくと筒隠は押し倒し押し倒されの関係になった。
あの時みたいにぼくは取り繕わないし、筒隠も声を上げて泣いたりはしない。
彼氏彼女ではないけれど、彼氏彼女よりも心が通じ合ってることの裏付けのように、今のぼくらに言葉なんて要らない。そんな気がした。もちろん、気がしただけで、ぼくらはどうしても言葉に頼ってしまうけど。
「……恥ずかしいです」
ぼくの下から、細々とした声が聞こえた。筒隠は、相も変わらず恥ずかしさの欠片もなさそうな無表情。
「さっきのぼくよりはましだと思う――あ、でも裸を見られちゃった筒隠よりはましなのか」
なかなかきわどいところだ。
「なんだか痴漢に襲われているみたいです」
「ぼく痴漢ですか。でもだったら泣き叫ばないと、最初みたいに」
「ええ……そうですね。でも、先輩ですから」
身体を無理に捻ったからか、筒隠の制服はずれて、ブラジャーの肩ひもが見えてしまっている。淡いブルーで、小振りのリボンがあしらわれていて可愛らしい。
その肩は小さくて、ぞっとしてしまうくらいに綺麗な白さを誇っていた。
ぼくは頭を降ろし、その肩に唇をつけた。
「……ン」
耳のすぐ隣で、熱い息が吐き出されたのを感じ、ぼくも反応してしまう。
筒隠からはとてもいい匂いがした。女の子というのは、なぜこうも香るのだろう。犯罪的だ。
しばらく首筋や鎖骨を弄んで、ぼくは顔を上げた。
「……あの時、みたいですね」
それはぼくが筒隠をくすぐった時のことかな。あの時も、筒隠は声を押し殺すようにしていたから、妙にぞくぞくしてしまったけど、今回と比べるとまるで相手にならない。
「だいぶ違う状況になってるけどね」
制服は肩を覗かせ、スカートは捲れあがって下着を露わにしてしまっている。筒隠の片脚を跨ぐように覆いかぶさっているから、その分脚も広がってしまってる。
「……強姦魔に襲われているみたいです」
「シャレにならないね!」
泣きたくなった。ぼくは建前を取り戻す代わりに本音ではなく理性を失くしてしまったんじゃないだろうか。
「誘ったのは筒隠じゃないか」
ぶっきら棒にぼくが言うと、
「誘ったわけじゃ……先輩が、ここを、こんなにしちゃってましたから」
筒隠はぼくの脚の間にあった左太ももを、一物に当ててきた。
「……すごいことに、なってますね」
ぼくのモノは涎のように液体を垂らしていて、我ながら恥ずかしいこと極まりなかった。
「それは……ぼくだって男だし、筒隠にあんなことされたり、筒隠にこんなことしてれば…………うん、ごめんなさい」
「謝らなくたっていいです。変態さんが変態なことをして変態になっているなんて、変態の当然ですから」
そんなに変態変態言わなくたっていいじゃないか! たしかに変態王子ってあだ名だけどさ。
「わたしは……ちょっと行動が急すぎましたね」
筒隠が後悔するようなことを言った。たぶん後悔していると思うんだけど、表情に出ないから何とも言えない。
「先輩は、わたしの本音のために、一緒にいてくれたんですよね。でも、わたしは本音と先輩なら、先輩が欲しいんです。本音を取り戻して、一人にはなりたくないです」
訥々と、筒隠は語る。
「確かな物が欲しかったんだと、思います。だから……水着じゃなかったですけど、先輩の気持ちがこっちに向いてほしかったんです」
冷静に理にかなった行動や物言いをする筒隠を、そうまでさせたのはそういう理由だった。
馬鹿だなあ、とか何やってんの、と笑い飛ばすのには苦労しなさそうだった。けど、ぼくは笑って、
「本音を取り戻したら、ぼくは協定関係じゃない関係を、筒隠を結べるよね?」
何かのために一緒に向かうことが悪いことだとは、ぼくも、筒隠も思ってないだろう。
でも、何かのためではない、ただ自分たちだけの関係というものが素敵だということをぼくは知っているし、筒隠は何よりもそれを欲しているのだろう。
ぼくは筒隠の本音のためにいるんじゃなくて、筒隠のためにいるんだよ。
その台詞は恥ずかし過ぎて言えなかった。ぼくは恥じらいも持っているから、それも要らないかな、とこの時は思ってしまった。しまったのであるが、それを後悔するのはもう少し先の話だ。
「……先輩は変態さんですね」
「ひどいね!」
そんなやり取りを自然に飼わせるくらいには、ぼくらは平常運転を取り戻していた。
ぼくは筒隠のブラウスをめくり上げる。
雪原になだらかな双丘があり、ぼくはそこに手をつける。
「――ッ」
少し触れただけなのに、筒隠の口から息が漏れる。頭の中ではどういう感情が出ていけなくて溜まっているのかと思うと、少しどきっとしてしまう。本音が出るというのは大事なことなんだと気がつかされる。
試着室で見た時も思ったことだけど、意外にあるね!
布越しではあるけど、女子の胸は男子にとっては神聖だ。男だって往々にしてズボンが盛り上がるものだが、この女子のふくらみに比べればたしかに猥雑である。
背中をぺったりと床につけているから下着を外せるわけもなく、ぼくは上にずらそうとした。
「……無理ですから」
筒隠は言うと、腰を浮かせて隙間を作り、そこから手を入れてすぐに元の姿勢に戻った。どうやらホックをはずしてくれたらしい。
ぼくは緊張した面持ちで、その淡い青のブラジャーを上にずらした。
ぷっくりとした小振りな胸に、つんとした桃色の乳首が目に眩しかった。もう目が潰れそうだと思ったね。むしろ潰れたね。
「さ……触る、けど」
「はい……」
ぼくはおずおずと、胸の先端を指でつまんでみた。
すると、筒隠の身体が感電した動物みたいに跳ねた。
「ご、ごめん、痛かった?」
「あ……いえ、その、何でもないですから」
照れ隠しに思えなくもなかったけど、表情に出ない……何だか男として悔しく、くすぐりによって笑わせようとした時みたいに少しの意地が出てくる。
ぼくはひとしきり手で刺激を与えて、主張しすぎない、しかし引き立つ両丘に舌を這わせる。
「――んぅッ」
胸の周囲から、徐々に頂点へ向かうように螺旋状に舐めていく。徐々に筒隠が高まっていくのが何となくわかる。
筒隠は何かを訴えるようにぼくの腕に手を添える。片方の脚は持ちあがったり内側に動いたりと忙しない。左足はときおり、ぼくのモノを擦ってくる。
ぼくは乳首に舌を這わせる。どんな反応を見せるのか、楽しみだった。
「――あっ……やぁっ」
予想以上に大きな声で、つい顔を上げて筒隠を窺ってしまう。とはいっても、やはりというか無表情のお出迎えだ。
筒隠は肩で息をしている。ぼくが持ちあげていたブラウスが、呼吸に合わせて胸を隠していく。ううん、ちょっと残念。
「ぞくぞくしちゃった……ぼく、変態みたいだね」
「ンンッ――『みたい』じゃないです」
余韻を引いているのか、言葉の頭が艶っぽかった。そんなに刺激が強いのかな、舐めてもらうのって。
ぼくは筒隠の息が収まるのを待ってから、ちょうど心臓の真下にあるソコに手を伸ばした。
「――ッッ!」
筒隠の身体が、反射できゅっと一瞬縮まった。脇をしめて、太ももが閉じてぼくの脚を強い力で挟みこんだ。それでもぼくの手は動く。
見えない力に動かされるのか、筒隠の前だからか、手は動いてしまうのだ。
「あっ……! やぁっ――んくぅっ……ッ!」
筒隠は濡れていて、ぼくはそこをなぞる様に、指を押しつけるようにした。
表情は人形の様ではあったけれど、声は表情以上に物語っているように思えた。
「筒隠…………脱がすよ」
「え……あ、はい……」
ぼくは少し後退して、筒隠の下着を下げた。
「ン」と筒隠が声を漏らした。下着は糸を引いていたけど、ぼくは何も言わずに、左足を持ち上げて脱がせた。右足に下着が残ってるのが、変態チックだった。
触れると、しっとりとした暖かさとねっとりとした液体が指にまとわりついた。
いじると、ぴちゃぴちゃと水のはじける音がした。
「ァ……音、いやです」
「恥ずかしい?」
表情には出ないが、きっと心の中の顔は真っ赤っかだろう。筒隠はコクコクと頷いた。
ぼくは指を一本、筒隠の中に入れた。びっくりするくらい、するりと呑み込まれてしまって、一瞬吸引された感覚があった。
「――ッッあ」
ぎゅうぎゅうと、指周りを柔らかな物が締め付ける。ひくひくと動いているのが感じられて、生き物だと思った。
くい、と指を少し曲げると、筒隠の腰が跳ねあがった。どうやら刺激が強いらしい。
ぼくは指を抽出してみる。吐き出されるような感覚と吸い込まれるような感覚に、つい夢中になってしまいそうになった。
筒隠は声を漏らさないようにと、両手で口元を覆い隠している。千切れ千切れの息遣いに、なるほど耳が性感帯だということに納得がいったような気がした。
何回出し入れしたか分からないけど、いい具合に中がほぐれたと思い、ぐい、と指を曲げた。
「――ッふぁっッぁ」
堪え切れなくなった声だろうか、筒隠の指の間から砂がこぼれるようにぽろぽろと声が聞こえる。
何度か刺激すると、ひと際大きく身体が反応し、その余韻か、びくびくと筒隠が震えていた。これがイくということだろうか。
ぼくが指を引きぬくと、筒隠の口から熱い息の塊が漏れた。
「はあ、はあ」
マラソン後の選手の様な息遣いだ。その表情が疲れや達成感を湛えていないのが、相違点だろうか。
「恥ずかしい、ですね」
にこりともせず、恥じらいも見せず、あくまでも淡々と筒隠は言う。そうとしか、言えない。
筒隠は息を整えると、じっとぼくの一点を見つめる。そこには、涎を垂らしたぼくのモノが屹立していた。
「先輩は、どうしたいですか。どうして欲しいですか?」
両手を床について、脚は斜め後ろに投げ出されている。これで胸があったら人魚が岩肌で胸を寄せているように見えそうだったが、筒隠は谷間が出来るほど巨乳ではない。
けれど、そのポーズはぼくの琴線に触れたのか、どくどくと鼓動が早まって、ああ理性がやばい、頭が真っ白になりそうだった。
「……な、舐めて、くれないか」
つまるところ、ぼくは童貞のチェリーボーイだった。
アダルトビデオの見過ぎだろうことは間違いなく、初めての要求にしては変態度が高過ぎた。筒隠もそう思ったのか、きょとんと目をしばたたいている。
いや、ぼくは膝立ちで、小柄な筒隠がこういう姿勢だと、顔の前にぼくのモノが重なって見えちゃったとか、高さ的にちょうどいいねとかいろいろ思ったけど。
これはひどい、ひどすぎる。
「先輩、どうして頭を抱えているんですか」
「自分の変態さに自分で驚いているんだよ……」
「そうですね。そんなものを舐めさせようとするなんて、先輩は救いようのない変態さんです」
「うう」
容赦のない良いようだったが、的を射すぎていたのでぼくは標本の蝶のように身動きが取れなかった。
筒隠は一息つくと、四つん這いでぼくに近づいてきた。
鼻先がぼくのモノに近づき、筒隠が目の前にくる。
見下ろすと、筒隠の顔の半分よりもぼくのモノは大きかった。いや、定規じゃないんだけどね。
そこから見上げられると、どうしようもなく期待してしまう。ぼくは変態です。本当にどうしようもないな!
ぴくりと動いてしまうぼくのモノを追うように、筒隠も顔ごと動く。本当に猫みたいだ。
筒隠はぼくのモノを片手で握ると、口をもごもごと動かせて言葉を放つ。
「コレを――な、舐めればいいんですか」
「え……?」
「先輩の、して、欲しいこと、ですから……」
言葉尻は蚊の鳴くような小ささだった。
筒隠はゆっくりと口を開けると、小さな舌が伸ばされた。
舌先が、一物の先に触れると、ぴくん、と大きく反り返ってしまった。
「ッ!」
筒隠はびっくりしたのか、少し顔をひっこめた。
しばらくすると、また顔を近づけては、舌先で刺激してくる。ぼくは感覚神経に集中し過ぎていて、言葉を出すことさえ忘れていた。
筒隠は先走りを舐め取るように、鈴口付近を舐め上げる。
おそらくまずいだろうが、表情に出ないから何も分からない。ぼくが要求した手前、何も言えない。
「……ん、ちゅぷ」
手で反り返るのを押さえて、舌でちろちろと舐める。横向き、斜めなど、向きを変えたりもしている。なぜなら先走りが垂れてしまい、放っておくと床に垂れてしまいそうだったからだ。
「――ちゅぷ…………先輩、どう、ですか」
訊いてすぐ、また献身的に舌を動かす筒隠に、ぼくは、
「……っ、いいよ」
「これだけ、です、か? ん、ちゅぷ」
「…………く、咥えて、欲しい」
「――はい」
あーん、と筒隠が大きく口を開けると、ぱくりと先端を口に含んだ。含んだ、だけだった。ちょっと笑みが漏れた。
「ふぁんえふは」
「舌も動かして、欲しいなって」
「ほうえふは」
ざらざらとした舌の刺激に、思わず身体が前かがみになった。ペニスを突き出す形になってしまい、
「――ンぶっ!?」
ぐっと筒隠の口に深く入ってしまった。
「げほっえほっけほっ」
いきなりだったからか、筒隠は咳こんだ。
「ご、ごめん」
「……いえ、大丈夫、です。それより」
「うん?」
「…………咥えたら、奥まで咥えたら、びくびくっていっぱい動きました、それ。奥まで、咥えた方が気持ち、いいんですか?」
「え……あー、まあ。でも、苦しいだろうし」
「そうですか」
筒隠はじっとぼくのモノと睨みあうと、一度口を引き結んで、勢いよくかぶりついた。
中ほどまで咥えられて、ぼくは思わず呻き声を漏らしてしまった。
筒隠は舌を動かすことも忘れてなかった。裏筋に宛がわれた舌がちろちろと動くたびに、ぼくは先走りを吐きだした。
口からモノを出すと、
「…………何か、出ました」
ともごもごと筒隠が口を動かし、そのまま嚥下した。
「筒隠!?」
「変な味がします」
にこりともせずに言われると、怒っているのだろうかと思ってしまう。
ぼくがしゅんとなると、筒隠は手で一物をしごく。
「…………もっと、ですか?」
「え?」
「もっと、して欲しい、ですか?」
上目遣いで言うのは反則的だった。可愛らし過ぎて、身悶えしてしまいそうだ。
「……もっと、して欲しいか、な」
「わかりました。まったく、変態さんですね」
筒隠は口いっぱいに肉棒を頬張ると、ぼくのぷらぷらと下がるだけだった手を取って自らの頭に持って行った。
「?」
咥えたまま筒隠がこちらを見上げてくる。何だかぞくぞくとしてくる。
「顔、動かしてください。その方が、わたしも楽です」
「え、でも……」
「お願いします」
筒隠は言うと、もう一度口に含んだ。
「ん、じゅぷ、れろ」
献身的にぼくのモノを咥える筒隠に、ぼくの理性はついに飛んだ。
ぼくは筒隠の頭を抱えるようにして両手で掴むと、前後に顔を動かした。
「……ッ!? ンッ、じゅぶっじゅぷ」
無造作に動く舌、絡まる唾液と先走り、ペニスを包み込む温かさと奥まで入る感覚に、ぼくは得も言われなかった。
気持ちよすぎた。こんな快楽を感じたことは、今までに一度もなかった。
つい夢中になり過ぎて、筒隠が苦しそうにしていた。慌てて引き抜くと、筒隠が空いていた両手で皿を作った。その上に、唾液がぼたぼたと落ちた。
「――ッンはあ、はあはあはあ、ッけほっ……はあ、はあ」
肩で息をしながらも、筒隠の口からは唾液が垂れる。顎が閉じられないようだ。
「……ごめん、つい、夢中になり過ぎた」
ぼくが謝ると、筒隠はタオルを取ってください、と息も絶え絶えに呟いた。タオルを渡すと手を拭い、涎でべとべとになった口元をぬぐった。
「いいです、変態さんなんですから」
「その納得のされ方は納得がいかない!」
「……無理やり咥えさせられてるみたいでした」
「…………ごめんなさい」
「…………気持ち良さそうにしてたから、わたしもまんざらではなかったですが」
「え?」
「……咥えるのではなく、気持ち良さそうにしてるのを見て、少し安心したということです」
ぼくは、不意に筒隠を抱きとめてしまった。猫のように表情が分からないけれど、猫のように可愛いことは確かだった。
筒隠もぼくの肩を抱いてくれる。
しばらく、互いの鼓動だけが響いていた。
身体を離すと、ぼくはそっと筒隠を押し倒した。ぼくは押し倒してばっかりだな、と苦笑いした。
「なんですか」
「いや、なんでもない」
ぼくは筒隠の脚を大きく広げると、その間に潜り込むようにして筒隠の真上に覆いかぶさった。
「……恥ずかしいですね、死にたくなるくらい、恥ずかしいです。こんなに脚を拡げるなんて……しかも」
そこから先は言葉にならなかったが、言わずとも感じ取れた。
ぷい、と筒隠はそっぽを向いた。機嫌を悪くしたわけではない、顔をそらしたかっただけなのだろう。
ぼくは、自らの先端を筒隠に宛がう。互いの性器が、触れあう。
「……筒隠、いくよ?」
「…………はい、あの、痛く、しないでくださいね」
「……善処します」
ぼくだって童貞なんだから。
入口は吃驚するくらい狭かった。しばら勃ち往生(嬉しくない上手さ)していると、ぼくが「あ」と声を漏らした。
「なんですか」
「……ゴム、してないん、だけど。ていうか持ってないって言うか」
「…………」
「…………ご、ごめん、やめて、おく?」
「今やめられたら、わたしは死にたくなります」
「……ううむ」
「……………………今日は、安全日ですから、平気、です」
「でも……」
「わかってます。中に出さなければ……たぶん、平気だと思うです」
「……うーん…………そう、かな?」
「です」
こういう時に、子供が出来たら、とか考えちゃうのが男ってものだと思う。思わずにはいられないのが男と言うが、女の方が勇気がいると思えた。筒隠が言うのだから、ぼくは責任を取るしかないのだろう、と思い始めていた。
たしかなものが欲しい、と筒隠は言った。
協定関係ではなく、まっさらなぼくと筒隠の関係性が繋がることを願っていた。
ぼくは意を決して、不退転の思いで突き進むべきだ。
先端を押しこむように、進める。きつくて狭くて、全部入るのか不安に感じたとき、ふわっと何かが浮いた気がした。
「――――――ッッッ!!!」
一気に奥まで入った。
ぎゅうぎゅうと締め付けてきて、中はきつい。でも、口から漏れるのは呻き声や溜息ばかりで、気持ちよさに脳が蕩けてしまいそうだった。
筒隠もさすがに目を強く瞑って、耐えている。
入れただけでこの反応。正直、筒隠を壊してしまうんじゃないかという不安が脳裏をよぎった。その考えを見透かしたように、筒隠がぽそりと言った。
「……ッはあ、あ…………動いて、も、大丈夫、ですよ」
「…………うん」
ぼくとしても興味があったし、筒隠が言うならば、という妙な聞きわけもあった。
ゆっくりと肉棒を引くと、きつい扉が閉まっていくような幻想が脳裏に描かれた。ふたたびゆっくりと奥まで突き進めると、肉棒に合わせて中が拡がっていくのが感じられて、ますます快感が強まった。
それは筒隠も同様なのか、さっきみたいに両手で口元を強く押さえて喘ぎ声を洩らすまいと耐えている。
その姿も、至高の可愛さだった。
ぼくは発情期の犬みたいに、カクカクと腰を振った。ぼくの出し入れのことごとくに筒隠は反応を見せて、それが支配欲をそそっていっそうぼくを高ぶらせた。
数回突くと、波のように筒隠が震える時があった。イっているのかはわからない。でも、気持ちよくなって欲しいとぼくは思った。
筒隠の身体を横にし、その体勢で奥に入れた。
「……ッンンン――――――!」
先ほどの体位よりも、身体の震えとかが大きくなった気がした。
「……それ、ダメ、ですっ! アッ――ンン、頭が、おかしく、なっちゃいますっ――――ッ!」
頭を振りながら筒隠が言うけど、今のぼくは何を言われても快感に変換できるほどの変態度を誇っていると思う。筒隠の腰もときおり振られ、何だかどちらも本能の赴くままに、といった感じだ。
筒隠の息が漏れると同時に、口が開かれ舌が見えた。
さっき、筒隠がぼくのモノを舐めていた光景が脳裡に蘇り、びくんと大きく一物が膨れた。
……出そうだ。
中では出せない。
我慢できるか。
もう引き抜くべきだ。
ぼく対して、潜在意識から命令がいくつも下される。
「筒隠ッ……! もう、出そう、だ」
「――ッ!? そ、外に、出してっ、ください」
「うん――――ッあ」
一瞬、引き抜くのを忘れそうになったけど、それだけの理性は蘇り始めていたらしい。
ぼくは腰を大きく引くと、そのまま達してしまった。
勢いよく飛び出した精液は、筒隠の顔やお腹、太ももなどを汚していった。
自分でもびっくりするくらいの量と勢いで、顔と太ももにはたっぷりとかかってしまった。
「……あ、はあ、はあ、はあ」
ぼくも筒隠も、しばらくは動くこともできずにその場で大きく息をついていた。我を忘れるくらい、夢中になっていた。よくよく考えたら、ここは筒隠の家で、だから筒隠は声を出すまいと我慢していたのかと、この時になって初めて悟った。
筒隠が気だるそうに身体を起こして、こちらを向いた。
人魚の見返り美人ってこういう構図になるんじゃないか、というポーズだった。
脚はぼくの方へ揃って向けられ、上半身を捻るようにこちらに向けている。
「…………」
「…………」
筒隠もぼくも何も言えない。筒隠が物言わぬ理由は、定かだろう。
筒隠の綺麗な顔は、ぼくの吐き出した液体で見事に汚されていた。口元、頬、額に精液がべっとりと付着していて、エロイなーと思いつつ、罪悪感で胸がいっぱいだった。
ブラウスははだけて、左肩がむき出した。そこから鎖骨にかけても、精液が見かけられる。
「…………わたし、汚されちゃいました」
筒隠がとんでもないことを、無表情で言った。無表情だから、まるで強制的に処女を奪われた娘を想起させられ、思わず保身を考えてしまった。男って浅はかだよね。
「……うん、謝る言葉が見つからない」
筒隠はしばらく太ももにかかった精液や、足首にあるままの下着、着衣の乱れなどを気にしていた。
ぺたん、とお尻をつけるように座りこむと、筒隠は口元の精液を舌で舐め取った。
「筒隠!?」
「…………すごい、匂いですね…………。味も…………」
大胆なことをする子だと、驚かされてばっかりだ。ぼくはタオルを手渡すと、筒隠は従順に受け取ってタオルで精液を拭いとった。
ぼくと筒隠は着衣の乱れを元通りにした。
筒隠は下着をきちんと身につけ、ぼくは萎れたモノをしまった。
行為後の床は、ところどころにどちらの物とも知れない液体が飛び散っていた。それも二人でごしごしと吹いた。
片付けが終わると、筒隠は言った。
「…………変態さんに変態なことされました」
「……」
ぼくとしては複雑な心境だったが、言葉に間違いがないだけに、何も言えなかった。何も言えないことのなんて多いことだろう。これならば本音と建前は半々にできるよう、笑わない猫にお祈りした方が良いのかもしれない。
「…………先輩と一緒にいるためなら、わたしは、何だってします」
今となっては全ての現況で、今となっては聞き慣れた文言だ。
「一緒にいるため、にこういうことはしたくないよ。筒隠のためになら、ぼくは何だって出来る」
「…………先輩のためなら、わたしだって…………際どい水着だって着られますよ」
「ほんとに? じゃあ、ナースとかは? ぼくとしてはむしろありとあらゆるコスチュームを試したい……って筒隠?」
「調子に乗りすぎです、変態先輩」
筒隠が冷めたような目でこちらをじとーっと見据えていた。
ころり、と筒隠がぼくの胸にこめかみを当てる。ぼくは言葉もなくそれを抱きとめる。
本音と建前は、バランス良く使い分けるべきだろう。
筒隠に本音は必要だ。顔に、言葉に出なければ、今回のように行動で示すかもしれない。それは――ぼくだけにならしてもいいけど、この子の無表情から幽かな表情を読みとれるぼくでなければならない。
青白い月の光が、大きな天窓から差し込んでくる。もうそんな時間なのかと、帰らねばならないと思いながら、ずっとずっとこうしていたいような気もしていて、それもいいな、と思った。
筒隠が顔を上げ、ぼくを上目遣いに見上げてくる。
夜空の様な、少しの蒼みを孕んだ瞳が、やはり猫のようだなと思わせた。結んだしっぽのような髪も相俟って、大きなシャム猫みたいだ。
猫が首を伸ばすように、筒隠がつん、と顎を上に向けた。ぼくは、その顎の少し上にある果実に、そっと唇をつけた。
猫の表情を人間は読み取れない。
ただこの時には笑っていて欲しいと考えることはあっても、笑っているのだと意見を押しつけてはいけない。
でも、ぼくは猫は笑うと思う。泣きもするし、怒りもするし、悲しみもするし、やっぱり笑ったりすると思いたい。
ぼくの目の前にいる猫は笑わない。でも、そこに笑顔を取り戻す日々はそう遠くないだろう。ぼくは筒隠月子の笑った顔を見たい。そして見る。でも、それはもう少し先のお話だ。
そう、夜空に浮かぶ月もいっているような気がした。