「ああっ…………!」  
ようやく望むものに満たされたサティンの全身に快感が駆け巡るよりも早い速度で、  
飢えた獣が獲物にむしゃぶりつくように鎖縛が激しく手加減もなく腰を打ち付ける。  
とうに溢れ出していた愛液が潤滑油の役目をなし、激しく揺れる腰の辺りでくちゅくちゅと  
淫靡な音を響かせる。  
「サティン……」  
噛みしめるように名を呼ぶ低い声と裏腹に、鎖縛はわずかずつ角度を変えながら執拗に  
サティンの中を突き上げる。  
「あっ、いやっ! そこは――ああっ」  
サティンが一際高く声を上げた箇所を見つけ出すと、性器の先でかき回し、擦り付ける。  
びくんと弓なりに反らされたサティンの背中に両腕を差込み、下半身を繋いだままの状態で  
素早く抱き起こして唇を奪った。  
前触れもなく座位の形をとらされたサティンの悲鳴は、なかで角度を変えていっそう奥に  
突き上げられたそれの動きに従って熱を帯びたものへと変化していく。  
「鎖縛っ…………鎖縛!」  
サティンの両腕は鎖縛の背にしがみつくようにまわされ、絶え間ない接吻の合間に呼吸と  
ともにその名を呼ぶ。  
かつては憎悪の炎で燃え上がらせたその同じ榛色の瞳を、今は情欲の色に潤ませて。  
 
「お前が俺を望むのか」  
貫いた腰をときに激しく、ときにやさしく揺さぶり上げながら鎖縛が囁く。  
鎖縛の胸板に頬を押し付けるようにしてサティンが頷いた――ように見えた。  
だがそれだけでは不安で、鎖縛はサティンの顎に手をかけて顔を持ち上げる。  
答えを待たずに半開きの唇に自らのそれを重ねて舌を絡めとり、  
口腔内にあふれた唾液を吸い上げる。  
「ん……んんっ……」  
「本当に、お前がそれを……望むんだな……」  
触れ合った裸の胸からサティンの鼓動が肌を通して鎖縛に伝わり、  
それに呼応するように繋がった部分が熱く締め上げられる。  
求めるものに求められる。生涯で一度も叶わなかったその想いが、今この腕に、  
この胸の中に熱を帯びて確かなものになろうとしている。  
 
だが、その瞬間に、鎖縛の脳裏を掠めたものは忌まわしい過去の幻影だった。  
 
自分を『偽者』たらしめたあの男が何よりも大切にしていたモノ――金の妖主と  
人間の女の間に生まれたあの娘を手に入れようと、それさえ手に入れれば自分が『本物』に  
成り代われるのだと妄信した挙句に愚かにも彼女の真価を見誤り、  
圧倒的なその魅了眼の力に屈して封じられた過去が。  
 
あの時、娘を手に入れるための手段として鎖縛はサティンを拉致し、  
邪魔だてした彼女の護り手をこの手で葬ったのだ。そのことをサティンが忘れているわけがない。  
忘れるわけがない。  
 
あの娘を手に入れて、大切にしようと思った。着飾らせて、望むものを与えて、  
誰の目からも隠して、ずっとそばに置いて――――。  
本人の意思など問題ではなかった。自分が本物であることの証として、  
ソレはただそこにあるだけでよかったのだ。だからどんな強引な手段をとろうと構わなかったし、  
あの時鎖縛は娘の名前すらも呼ばなかった――魅縛され封じられる、最期の瞬間さえも。  
 
そして願いは叶うことなく、鎖縛は永遠に眠り続ける筈だった。  
 
そんな鎖縛を目覚めさせたのは他ならぬあの男だった。  
自分が手に入れることの叶わなかった娘のために、致命的な弱みにもなりうる娘の親友――実際、  
サティンの護り手を殺めることで彼女をそうした立場に追い込んだのは鎖縛である――を、  
命に代えても護れという。  
大層な皮肉もあるものだ。鎖縛は哂った。冗談ではない、と。  
だが、命を封じられた鎖縛に否を唱える猶予などあるはずもなかった。  
あの男は有無を言わせず拘束具という枷をつけて鎖縛の身を娘の親友に預けた。  
 
――そう、誰よりも鎖縛を憎んでいる、砂色の髪の捕縛師に。  
 
 
「鎖縛……っ!」  
熱い衝撃が鎖縛を現実に引き戻した。  
潤んだ榛色の瞳がそこにあった。下半身を鎖縛に貫かれたまま、  
頬を薔薇色に染めて喘ぐように息を荒げ、それでも彼女は確かな目を見開いて鎖縛を見つめていた。  
鎖縛を捕らえていた。  
「いい加減にっ……しないと、いくらわたしだって我慢の限界ってものが……ある、わよっ……?   
この期に及んで情けないこと考えてたら……あっ」  
わずかな腰の動きでサティンがたじろいだ隙に、鎖縛は自らの頬を打った彼女の手を捕らえ  
その甲に口付ける。  
「俺は情けないかな」  
自嘲気味に呟かれた鎖縛の言葉にサティンがにべもなく答える――いや、答えようとしたのだが。  
「今に……んっ、は……じまったことじゃ……ない、あぁっ……んっ」  
再開された腰の動きにサティンの声は甘くかき消された。  
激しく突き上げられる鎖縛の腰の動きにあわせて砂色の髪が揺れる。  
再び鎖縛の背にまわされた腕に力がこもる。  
 
「我慢の限界か……悪いことをしたな。こうして欲しかったんだろう?」  
「そういう……意味じゃっ、あ、ああっ……ん、馬鹿っ……!」  
いっそう奥まで突き上げられた鎖縛のそれを離すまいとするかのように  
サティンの受け入れた部分がぎゅっと収縮する。  
締め上げられる感覚に鎖縛は一瞬だけ息を呑み、片手でサティンを支えて自分の上体ごと  
シーツの上に押し倒す。  
「あっ、あぁ……んっ、も……だめ、あ……いやぁっ!」  
早まる腰の動きに合わせてサティンの声が熱を帯びていく。  
奥から溢れ出した雫がシーツに滴り、繋がれた部分から洩れる卑猥な水音が  
二人の呼吸音と混ざり合う。  
「…………ああっ!」  
「っ、サティン…………!」  
絶頂を迎えたサティンの秘所が痙攣して鎖縛のそれをさらに深くへと咥え込む。  
そのまま導かれるように最奥へと解き放たれた鎖縛の熱いものがサティンの中を満たしていった。  
 
 
「……ん……」  
ようやく意識を取り戻したサティンは、自分の体が柔らかな掛布で包まれているのに気づいた。  
珍しい親切の主は、と瞼をこすりながら見渡すと、暗闇の中でも厭味なくらい際立った  
人外の美貌の青年が、寝台の脇の空間に浮かんでいるのがいやでも目に入った。  
あろうことか、均整の取れた裸体を惜しげもなくさらけ出したままである。  
「ようやく目が覚めたか」  
「わたし、あのまま寝てしまったのね……? 今何時くらいかしら?   
まだ夜明け、ではないようだけど……そういえばわたしってばお風呂上りだったんだわ、  
今さらという気もするけれど。ああでも、今から起きてお風呂に入りなおすっていうのもあれだし、  
昨日の今日でくたびれちゃったからやっぱり寝なおすことにするわ。  
って、ねえ鎖縛、あなた何故わたしの寝台に入ってくるの?」  
「誰が寝てもいいといった?」  
「ねえ鎖縛、この手は何? わたしは掛布をはいでもらうよりは、どっちかっていうと、そのう、  
着替えを取ってもらえればありがたいのだけど……?」  
「俺を散々待たせておいて勝手な奴だな」  
「待って、って、別にわたしは頼んでないわよ……ね」  
「出立は明日といったろう? 夜はまだ長いよな」  
「って……ええ? さ、鎖縛、ちょっと待ってってば……んっ」  
 
なし崩しにのしかかってくる青年の重さをその身で受け止めながら、  
この後サティンは、夜の長さをその身で思い知らされることになるのだった――。  
 
 
翌日――といっても日はとっくに天頂を過ぎ去り、午後の西日が窓から差し掛かるころ。  
依頼主に報告を済ませて部屋に戻ってきたサティンが手早く荷物をまとめながら鎖縛を呼んだ。  
いつもの、口調で。  
「さ、することは済ませちゃったし――そりゃあ、この部屋はちょっと長居したいくらいの  
素敵な部屋だったけれど、ああでもそうしたら誰かさんのおかげでわたしの身が  
持たないかもしれないし! ……そんなことも言ってる場合じゃないわよね。帰りましょう、鎖縛」  
「――――ああ」  
夕べの姿態が嘘のように、てきぱきと事後処理を済ませるサティンを視界の端に捕らえながら  
鎖縛はふと考える。  
 
憎んでいたことさえも忘れて、こんな風に相手を許してしまうのは人間の弱さだろうか。  
いや、忘れてなどいないのかもしれない。  
憎んで、それでもなお自分を受け入れようとする――これが人間の強さだというのか。  
 
「あ、それから」  
サティンは榛色の瞳を細めて悪戯っぽく微笑んだ。  
「浮城に帰ったら昨日みたいな激しいのはなしよ? 壁が薄いっていうわけではないけれど……  
個室があるとはいえ一応共同生活の場所だし、ほら、あそこはいつ誰の目に触れるとも  
限らないんだから」  
「浮城の護り手どもがちょっとやそっとじゃ入り込めないような結界なら、いつだって作れるが?」  
それもそうね、とサティンは軽く肩をすくめる。  
鎖縛は砂色の髪にそっと指を絡め、くすぐったそうに振り仰ぐサティンの額に口付けを落とした。  
 
強大な存在の影で偽者としての扱いしか受けなかった自分と、  
自らが殺めた彼女の護り手――その身代わりの存在となることを余儀なくされた自分と。  
どちらもかつての鎖縛の姿であり、  
そして今の鎖縛の姿を表すものではない。  
 
「行きましょう――鎖縛」  
護り手としての自分を呼ぶ声に頷きを返しながら、己のためらいの影をたやすく見抜いてしまう  
この榛色の瞳に囚われてしまいたいと鎖縛は本気で思った。――彼女は魅縛師ではないのだが。  
なら、この胸に去来するものはなんなのだろう。  
答えは浮城に帰ってから考えることにして、鎖縛は護るべきものの手をとった。  
 
 
考える時間はいくらでもあるはずだった。  
 

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