「お前を虜にすることなんぞ、簡単な事なんだ。  
そうすれば、お前はもう、俺に  
逆らったりしなくなる。どうして、そんな簡単なことを、俺がこれまでしなかったのか  
…その意味を、お前はわかっているのか?」  
 
熱くたぎるような闇主の視線が絡み、伝わってくる。  
 
しかし、ラスは「虜」というその意味も知らぬまま  
怪しく見つめる男を目の前にして、挑発するという暴挙に出た。  
「やってみれば………いい」  
闇主が微笑む。  
「後悔はしないな?」  
「ああ」  
ラエスリールは負けじとばかりに彼を睨み…応じた。  
 
闇主の顔が近付き、彼女の頬に口づける。  
ゆっくりと頬から首筋に下がり伝う刺激が段々強くなる。  
「あ、闇主っ…やめろっ…!」  
訳のわからぬ感覚に思わず、突き放そうとする女の力は  
本気の男には到底及ばない。  
 
その瞬間、二人を囲う空の色が歪んだ。  
緩やかに流れる、ねじれた時間に、意識を飲まれそうになる。  
抗議の声をあげようとしたラエスリールの唇に  
抱きすくめる闇主の指が触れる。  
(また、お前は勝手にわたしを支配しようとする…!)  
沈んでいく途中の言葉は発せられる事無く、  
ラエスリールは意識を失った。  
 
 
「う…っ、ここはどこだ?」  
見覚えのない、柔らかい寝台の上、  
起き上がったラエスリールは、鈍痛のする頭を押えながら  
周囲を見回した。  
 
そこは朱色が入った闇、彼女の為にだけに造られた、幻影の世界。  
上空には星が瞬き、彼方には向日葵の花が群生しているのが、  
かすかに見える。  
目をこらして、彼女を此所へ連れ込んだ男を探す。  
「闇主、どこだ?」  
求める相手の声はすぐ後ろから聞こえた。  
「向こうには、不埒者が多いからな。ここなら誰にも邪魔されないで済む」  
「邪魔…何の邪魔だ?」  
振り向き際、不思議そうに彼女が尋ねる。  
応じず、黙ったまま闇主は  
いつも戸惑わせるあの表情を浮かべ、彼女を見つめ返す。  
「だから!そういう目でわたしを見るな!と言っている!」  
そらした顔は真っ赤に染まり、心臓がバクバクと体中の血管を支配して、  
どうしたらいいのかわからない。  
必死で何とか効果的な応酬を切り返そうと考えを巡らす。  
 
しかしこの時、混乱しながら、ほとばしった言葉は、  
まったくやけくそ、いや奇跡としかいいようがないものだった。  
それはラエスリールからしてみれば、やっかいとんでもない  
魔性の本性を剥き出してしまった、きっかけにすぎないのだけど。  
 
「お前はいつもわたしに捕らえられたと言うが  
この症状、むしろわたしの方こそが…」  
(お前に、こんなにも捕らえられ、惹かれて…愛しているではないか)  
ハッと、ラエスリールは自分の言わんとした言葉を、呑み込んだ。  
(わたしが、こいつを愛している…?  
つまり…母様達のように…?この魔性を…?)  
 
探るように闇主を見上げ、目が合った刹那、  
まるで考えていた事など、お見通しかのように  
引き寄せ、強く激しく抱き締められた。  
「…闇…主…っ!」  
背中に回された、細い躰が軋む程の力は緩まったが、あの熱い症状は一向に良くならない。  
頬を両手でそっと包まれ、唇が塞がれる。  
耳元から、首筋を辿る唇が鎖骨を伝い、  
彼女の肌に焼かれたような淡い痕跡を残す。  
闇主が触れる箇所から、  
ますます言い様のない感覚が躰中に伝播していくのがわかる。  
どこからともなく、喉を鳴らし笑う魔性の囁きが伝わる。  
 
「これでやっと、俺も自制する理由が無くなったわけだ  
今、愛していると言おうとしただろ?ラス」  
「何をバカな事を…っ誰がお前なんか…  
こんな人でなし(ああ、わたしは何を言ってるんだ!)を  
愛してるなど…!」  
宙に逃げる拳も巧みに止められ、  
腕ごと絡められ、寝台の上に細い躰が組み敷かれていく。  
 
「お前を虜にすることなんぞ、簡単な事なんだ。  
そうすれば、お前はもう、俺に  
逆らったりしなくなる。どうして、そんな簡単なことを、  
俺がこれまでしなかったのか  
…その意味を、お前はわかっているのか?」  
頭の中を、先刻の闇主の言葉がリフレインしていた。  
 
身に纏う服は胸元深く剥かれ、装飾気のない下着が覗いている。  
最近、どうもキツくてサイズがすぐ合わなくなり、困っていたのだが、  
今、闇主に見られているかと思うと、  
ひどく恥ずかしい気がするのはなぜだろう。  
 
その様子を見て取った男は、  
今度彼女に似合う美しい下着を進呈しようと内心ほくそ笑みつつ  
女の躰を拘束する邪魔物を指で一つ一つ外しては、  
胸の狭間に舌を這わせる。  
そして、禁欲過ぎなまでに胸を覆っていた拘束布  
(もちろんこれは浮城製なのだが)の留具が外され、  
ついに誰にも触れられた事がない、可憐な乳房が男の前にこぼれ出た。  
「は……っ」  
あわてて反射的に、隠そうと試みても、  
頭上で拘束されたままの両腕はびくともしない。  
怯えの入った初々しい行為は、男の欲情をより煽る。  
唇をこじ開け舌を吸いながら、  
指は胸頂に咲く小さな膨らみをつまみ軽く愛憮を加える。  
「は…あぁ…っ」  
…腕の拘束は何時の間にか解かれている…  
ゆっくりと、舌が這い痕を刻みながら、胸まで辿り降りて来ていた。  
片手で乳房を包み揉み、堅い蕾のようになった乳首を口に含み吸いたてる。  
「あっ……………くっぅぅ」  
指を、スベスベした柔らかい肌の丘隆に這わせ、  
躰を覆う布をすべて取り払おうとする。  
 
やがて最後の、最も恥ずかしい場所を隠すものに男は手を掛けた。  
「バ…やめろ…そんな所を触る、な…っ」  
泣きたくなるような彼女の懇願は、塞がれた唇によって拒否された。  
指がスルリと露にされた両足の隙間に入り込む。  
「や…だめだ…やめろ…闇主っ…やっ!」  
這わせた指が秘所を探り、はじめは躊躇いがちに、  
やがて侵入者から護るように濡れた場所に  
辿り着くと、絶え間なく嬲りはじめる。  
女の躰は男の躰の下で反り返った。  
「あぁっ……っっ!」  
指がみだらに動けば動く程、快楽だけが高まっていく。  
 
(そうだ…恐ろしいんだ。今の闇主が…  
それなのに、わたしはあいつを…愛しているというのか?)  
 
愛憮の雨が太腿の内側に集中し、  
卑猥な音を発する理不尽な快楽が思考を無効にしようとする。  
(こんな状況で必死で考えようとするなんて、馬鹿げてるじゃないか)  
 
そうした弛んだ気持ちの隙に、両脚は広げられ、うっすらと茂る恥ずかしい場所が晒されていた。  
「何をする…っ…だめだ…っそこはだめだ………はあああっ…っ!」  
舌を差し入れ滴りを啜る音が、言い様のない愉楽と羞恥心を煽り、  
柔肌を朱色に染めていく。  
まだ何も知らず、奥深く眠っている蕾を彼は丹念に指で  
刺激を加えながらそこを舌で突つき舐め取る、喘ぎが一層甘く切なく空間にこだまする。  
「あっ、そこは、やっ…あ、あ、はああ…っ」  
必死に脚を閉じ、逃げようと押しやる女の手に  
男の赤い髪が触れるが、抗いは次の悦楽へ進む一段階でしかない。  
 
(狂おしい程、愛してる…愛しているから許さずにはいられない  
愛しているから触れずには…  
感じずにはいられない…母様もそうだったの…?)  
 
「…闇主…………」  
黙ったまま、体液とだ液で濡れそぼった箇所に男の物が当てがわれた。  
くちづけを交わした状態で腰を掴まれ、貫かれる。  
 
「あ……………あああっ…!!」  
痛みによる意味をなさない絶叫、抱えられたウエストが弓のようにしなる。  
琥珀の宝石のように、  
こぼれた涙で溢れる瞳が見開かれて、虚ろに闇主を見つめた。  
これ以上の侵入を拒否しようとする女の体内は、  
裏腹に男の分身を溶かすように吸い付き圧迫する、  
痛みから少しでも逃れようと、無意識に腰が逃げようとするのが  
魔性であるはずの男の趣向を更に満足させ、嗜虐感を誘う。  
彼は、本当なら彼女の痛みを緩慢にしようと思えば  
いくらでも可能な「魔性」なのだ。  
敢えてそれをしようとはしないのは、  
貫かれる度に、戦うごとに苦痛に顔を歪めながらも、受け入れる  
ラエスリールの性格そのもののような部分を  
すべて支配したい気持ちが勝つ所以。  
 
軽い抽送を繰り返される度に、抉られる痛みが下半身に走る。  
心の呟きがふと口からもれた。  
「闇主、お前はずるい…いつも涼しい顔してなぜわたしだけ…っ」  
ふと、動きを止めた男の顔が近付いたかと思うと、  
言葉では伝わらない隙間を埋めるように  
猛々しい物を一気に奥まで貫いた。  
「あーーーーーーーー…………………っ!」  
叫びと応えが、空間に入り交じって溶けていく。  
「ずるい?どちらがずるいのか、  
お前はもっと…を知る必要があるんだよ。ラス」  
魅了されているのは、今や心だけではなかった。  
この躰のすべてを蹂躙したい残酷な意識に駆られ  
激しく、掻き回すように腰を動かし、  
涙で濡れた彼女の反応を余さず貪ろうと更に突き上げる。  
 
「や…いやっ…だめだ…どうして…どうして…っ」  
反り返った喉に唇が這い、男の指が熱を帯びた乳房を揉みしだき、  
ツンと上を向いた先端を転がす。  
支配され、想いが伝わらないもどかしさと、  
躰の奥から次第に沸き上がってくる何かに恐怖を感じて  
思わず哀願に似た嗚咽が女の唇からこぼれる。  
「や…め………闇…主……あっあっあ……あっ……くっ…ぅぅ…」  
解き放たれ沸き上がる「快楽」という名前を持つ感覚が、  
互いの繋がった秘処から伝わってくる。  
やがて彼女は、何時しか、荒く息を弾ませ、  
怖い程美しい魔性の王の、かつて見た事もない  
恍惚の表情をして囁く闇主の言葉を、夢うつつに耳にする。  
 
「ラエスリール、愛している…  
聞こえるか?お前のすべてを愛している…  
どこに居ても、俺は未来永劫お前と、もろともにある…」  
 
「な……に…を…?闇主…っ…もうい…ちど…言っ………はあああっ……」  
 
もうこれ以上、言葉を尋ね返そうにも出来ない。  
女の腕は男の背に回され、与えられる快楽に身を震わせ、  
ただただ律動に併せて登りつめる。  
再び脚を抱かえて躰を重ねられると女は男を抱き締め、  
互いの名前を呼び合えば快感はいや増していく。  
そして、次に深く貫かれた瞬間、  
息が詰まり、高みに駆け上がり堕ちるような感覚が彼女を襲う。  
時を同じくして、そんな女の様子に煽情された男が後を追うように深く  
柔らかく締め付ける襞の中に、己の熱い液体を迸らせた……  
 
 
………………………………………  
 
空間の継ぎ目とも言える場所で、時空の王たる魔性が佇んでいる。  
「チッ、  
鏡の空間を使うとは小癪な真似をする…女という奴は…これだから…」  
抱き合う姿が映る世界の一つを眺め、くつくつ笑った。  
(こんな鏡、叩き割るのは簡単だが…ま、直ぐ消滅する、  
御愛嬌で許してやるさ…)  
 
彼は、曲面を指で弾き、ほんの少しだけ名残惜し気に  
あちらのラエスリールを見つめながら、踵を返した。  
 
やがて、歪んだ空間は魔性の王の言葉通りにぼやけて、  
次第に幻に変わっていく。  
 

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