ああ青春
授業の全て終了した学校の廊下。
鞄片手に玄関を目指す者。部活動の為か運動着で急いでいる者。掃除当番なのか不満たらたらの顔をしている者。
様々な生徒達が広いはずの廊下を、所狭し我先にと行きかっている。
ハヤテはそれをぼんやりと眺めていた。
家庭の事情でまともに学校には通えなかったハヤテには、こんな当たり前の光景が随分と懐かしいものに感じられる。
正直言って戸惑っていた。この歳で学校生活に違和感を覚える事実が、彼のまだ短いながらも波乱の人生を物語っているだろう。
しかしさしたる時間も掛からず、ハヤテの表情には戸惑いとは別のものが、自然と浮かび上がってきていた。
「…………あはっ♪」
満面の笑顔の華が咲く。それはもう見事な大輪の華だ。
にこにこと自分の前を後ろを、右を左を流れていく生徒達を、ひたすら厭きもせずに眺めている。――――なんかちょっと怪しい人だ。
そんな不審者の疑いから、正式に生徒になったのに疑いが取れそうなハヤテの肩を、後ろからそ〜〜と近寄った生徒が軽く叩く。
「どうしたのハヤテ君? こんな廊下の真ん中でぼ〜〜っと立って」
「あ、ヒナギクさん♪」
「!? ど、どうした…………の?」
くるっと笑顔のまま振り向いたハヤテに、なぜかヒナギクは赤い顔で後ず去ってしまった。視線はあらぬ方向に背けたりする。
「!?」
しかし背けたその先で、窓ガラスに映った真っ赤な顔の自分と目が合ってしまった。
仕方なく視線をハヤテの方に戻すと、誤魔化すよう芝居がかった仕草で腕を組んで、ちょうど胸の辺りを見ながら再度同じ質問をする。
「……どうしたの?」
「もしかして、機嫌悪いですかヒナギクさん?」
「どうしたのっ!! 綾崎ハヤテ君!!」
思わずヒナギクは大きな声を出してしまった。くどいようだが廊下のど真ん中で。必然二人に周りの生徒の視線が集まる。
人の輪が出来たりはさすがにしないが、ハヤテは転校生だしヒナギクは生徒会長。
見ないフリはしているが、そこにいる全員の視線を二人は感じていた。特にハヤテには男子生徒の視線が痛いくらい突き刺さっている。
「えっと、その……」
「こっちに来て、ハヤテ君」
「あっ!? ヒナギクさん!?」
今更ながらここでは話し難いと悟ったヒナギクはハヤテの手をはしっと取ると、その場を逃げるように脱兎の勢いで走り出した。
でもそんな派手な逃避行は、余計に注目を集めてしまう。
結果ハヤテの背中を殺意満々で睨みながら、懐に手を伸ばした男子生徒の数は爆発的に増えた。
“ハァハァ……”
人気のない校舎の陰で二人は壁に背を預けながら、ひとしきり荒くなった息を整える。
手は未だに握ったままだ。
最初はヒナギクが一方的に握っていたのだが、いつしかハヤテも自然と手を握り返している。二人はその事に気づいてない。
「だいじょうぶですか、ヒナギクさん?」
「もう……ハァハァ………もうちょっと……ハァハァ………ま、待って……………」
いくらかは落ち着いてはきたが、まだまだヒナギクが呼吸を整えるまでには時間が掛かりそうだ。
ハヤテの方はといえば、自分の人生の為にはあまり活用出来てはいないが、超人クラス・化物クラスの身体能力を誇っているので
もうなんでもないように普通にしゃべっている。
さっきまでのはヒナギクに合わせていたので、逆にいつもより何倍も疲れた。無論、そんな事はおくびにもださないが。
“ハァハァ……”
「………………………………………」
しかしなんというのか、
“ハァハァ……”
「………………………………………」
これはなんというべきか。
少女の荒い息遣いとは、こんなにも心の琴線に訴えかけてくるものだとは、ハヤテはついぞ知らなかった。
ヒナギクを見ているとなにか得体の知れないものがむくむくと、胸の底からゆっくり這い上がってくる妙な感覚がある。
「………………………………………」
自分の心が生み出す危険をいち早く察知して、それでも後ろ髪を引かれる思いで、ハヤテはヒナギクの身の安全の為に視線を外した。
と。
「!?」
無理矢理ヒナギクから意識を逸らしたハヤテの耳は、出待ちでもしていたようなタイミングで、非常にデンジャーな音を拾ってしまう。
ハヤテはそ〜〜っと顔だけを建物の角から覗かせると、とてつもなくデンジャーな音の発信源を確認した。
「……ふぅ」
顔をすぐに引っ込める。まぁ、概ね予想通りだ。
そして思春期とはそういう事に人間が一番興味のある時期なのだから、別段彼女達が悪い事をしているわけでもない。
だがこれで、世間の汚い裏の部分を数多く見てきたわりに純なハヤテには、ちょいとばかり刺激が強かった。
自分が語る資格がないのはわかってはいるが『愛の形は様々だなぁ』と少しハヤテは考えてみたりする。
ハヤテとヒナギクが奥にいるのに気づかず、熱烈に抱き合いキスしてる二人は、両方ともカワイイカワイイ女の子だった。
「……ふぅ」
もう一度ため息を吐いてみたりする。
愛の形が様々とはいえ『それがお嬢様だったりしたらそんな風に思えるかな?』と、そんな事を少しばかりハヤテは考えてみた。
「う〜〜〜〜ん」
しかし解答のない答えが出る前に、
「どうしたのハヤテ君? そっちになにかあるの?」
いつの間に息を整え終わっていたのか、不思議そうに小さく首を傾げながら、ヒナギクが角から顔を出そうとしていた。
「あっ!? 待ってくださいヒナギクさん!?」
止めようとはした。頑張った。感動した。でも勿論遅かった。
ヒナギクの動きが二秒三秒、とにかくフリーズする。
スゥ――ッとなにも言わずに顔を引っ込めると、ギギッとブリキ人形のような音をさせながらハヤテを見た。
フェイスカラーは勿論赤い。そりゃ赤い。真っ赤かだ。
「なに………あれ?……………」
「…………愛……でしょうか?」
「愛? …………そう……………愛………ね…………愛……………」
連呼されるとその言葉は結構恥ずかしい。今度はハヤテが顔を赤くする番だった。顔を真っ赤に染めたまま、二人の視線が絡み合う。
片手だけ握っていたはずなのに、いまは両手を握り合っていた。
心臓がなんだかスゴくドキドキする。ヒナギクの目がなんだか熱っぽく感じるのは、ハヤテの考えすぎだろうか?
身体をそっと預けてくるヒナギク。
ふわりと仄かに鼻孔をくすぐる匂い。シャンプーのものとは違う、女の子の身体からしか発生しない不思議な甘い香り。
肩に乗ったヒナギクの小さな頭に無意識に顔を寄せると、ハヤテは胸いっぱいに女の子の匂いを吸い込んだ。
「ん……」
息が当たってくすぐったいのか、ヒナギクが首を小さく可愛く傾げる。二人の視線が至近距離で絡み合う。
ヒナギクの目がそっと閉じられた。睫毛がふるふると震えている。
少女の唇はなにも塗ってはいないのに、淡い桜のようにナチュラルに色づいていた。この魅力に抗うのは男の子には無理だろう。
そしてハヤテは正真正銘、一応は男の子だった。
「………………………………………」
顔を斜めに傾けながら、ゆっくりと自分の唇を近づける。
心臓の鼓動がやたらとうるさい。ドドドドドドッとドラムロールのように、騒音オバサンのように喧しいくらいに連打している。
しかし『こういうときは男も目を瞑るべきだろうか?』などと、意外と冷静に考えられている自分に、ちょっとびっくりもしていた。
「………………………………………」
結局刹那だけ迷いはしたもののハヤテも目を閉じる。そして二人の距離は零になった。
カツンと歯と歯が当たって無粋な音を立てるが、唇を重ねる事に夢中の二人はぴくりっとも動かない。
「………………………………………」
長い長い時間を二人はそうしていた。
時間にすれば一分ということはないだろう。それじゃ二分かといわれればもっと長い。多分そろそろ三分は経つはずだ。
ハヤテはキスの平均時間などというものは知らないが『こんなに長いものなのかなぁ?』と、ヒナギクを窺うように薄目を開くと、
「んむッ……ふぅ……んンッ……んぅ……むぅ………んッ………んぅッ……ううッ……………」
真っ赤な顔で呻いている。だが赤くしている理由は、どうも乙女チックなものだけではなさそうだ。
「!?」
ハヤテは慌てて唇を離してヒナギクを解放する。
「ぶはぁッ!!」
大きく息を吐いたヒナギクは口を、キスの為ではなく生命維持の為に大きく開けて、思いっきり空気を吸い込んだ。何度もくり返す。
またハヤテはヒナギク待ちになってしまった。
握っていた手を名残惜しげに離すとそこは執事、さすさすと甲斐甲斐しく背中をさすってやる。
「どうしたんですかヒナギクさん? もしかして体調でも悪いんですか?」
身体の体調が芳しくないなら、ハヤテとしても非常にとてつもなく残念ではあるが、こんなところでラブコメしている場合ではない。
しかしそれに答えるヒナギクは、酸素はしこたま充填されたはずだから、またまた乙女の事情で顔を真っ赤にする。
「そ、そういうんじゃなくて、その、どうやってその………呼吸したらいいか…………わ、わからなくて………………」
「へっ!? あ?、ああ、な、なるほどぉ」
ハヤテはここまで言ってもらってやっと、ヒナギクの酸素欠乏の理由に気づいた。
なにしろハヤテもキスしているときの息継ぎの仕方などは知らないが、無酸素で十分以上を平気で動ける身体である。
それは思い至らなかった。
「すいません、その、僕なんだか勝手に舞い上がっちゃったみ」
「ハヤテ君、そういうのはヤメなさい」
ヒナギクは皆まで言わせず、強引にハヤテのセリフを遮る。小さい子に言い聞かせるときみたいに眼前でぴっと指先を立てた。
「自分をそうやって過小評価ばかりしていると、その内ほんとに小さくなっちゃうわよ」
きっと将来子供でも出来ればこんな風に叱るんだろう。
なにしろ叱る資格のない親に育てられたハヤテは、年下の少女の中にはっきりと母性を見ていた。そしてハヤテは生来が素直な子。
「……はい」
少しだけ視線の低いヒナギクに、こくっとそれこそ子供みたいな仕草で頷く。なんだか目頭がじんわりと熱くなってきた。
ハヤテは与えられた記憶がないだけに、こういうのには滅法弱い。
「よろしい♪」
にっこりと微笑むヒナギク。
ヤバいくらいにハヤテの心のウィークポイントを突いてくる。同時に自分はなんて子供なんだと、ちょっと凹み出してもいたりした。
「そ、それじゃあ…………」
だがハヤテはそんなに自分とヒナギクの、精神年齢について凹む事もないだろう。やっぱり少女は見た目どおり少女である。
「もう一回…………さ、さっきの…………つ、続き………」
目を閉じると乙女の祈りポーズで、餌を貰う雛鳥みたいにハヤテに唇を突き出してきた。
“ごっ……くん…………”
そしてやっぱりハヤテは子供ではなく男の子。ほとんど目立たない喉を大きく上下させて生唾を飲み込む。
ヒナギクの肩へとのばす手が、情けないほど震えている。さっきキスしたときの冷静さはどこかに羽を生やして飛び去っていた。
緊張というのはおそらく持ち回りなんだろう。比べてヒナギクは随分と落ち着いて見えた。だが、
「あッ!?」
男の子の緊張は暴走と紙一重。ハヤテはワイルドにヒナギクを抱き寄せると、
「んンッ!?」
唇を貪るかのように荒々しく奪う。まさかハヤテがこんなリアクションをするとは思わなかったヒナギクには不意打ちも同然だった。
驚愕に目を見開く。しかし本当の驚愕はその後にやって来た。
「んむッ!?………んッ!!……ふぅ……んぅッ……んぁ…………むぅッ!!」
白い歯並びを押し割って、なにか妙な柔らかさの物体が、口内にするりと侵入してくる。
それがハヤテの舌だと気づくのに、あまり時間は必要としなかった。怯えるように震える舌を絡み獲られる。
「ん……んぁッ……んふ………はぁッ………ンン…………んふッ………………」
まるで電源を落としたように、ヒナギクの身体からは力が抜けていった。両腕は縋るように、ハヤテの首筋にぎゅっと廻されている。
ハヤテはそうやってヒナギクを抱きしめながら、服が汚れるのも構わずに、ずるずると壁に身体を預けて腰を降ろした。
柔らかな頬の内側をゆっくりとなぞりながら唾液を注ぎ込む。
母性をくすぐりまくる可愛らしい外見の中に、そこはやっぱり何度もいうが男の子、ハヤテはは野性味溢れる一面を隠していたのか、
本能の赴くままヒナギクの舌を絡め取り、混ざり合って甘ささえ感じる唾液を吸い上げた。
「ンッ……ふぅッ……んむッ…………ンンッ……んぅッ……はぁ………んッ…………ぅんッ……………」
ヒナギクもぎこちない動きながらハヤテを真似るように、いつしか自分からも積極的に舌を踊らせている。
元から少女は度胸があるかどうかはともかく、決して思い切りは悪くない。
出会ったときも雛鳥を救う為に登った木の上から、初対面のハヤテを目がけて飛び降りたりしたのだ。意外と大胆なのかもしれない。
自分も顔を傾けて唇の密着度を高くすると、ハヤテの舌を口内の更に奥へと、深く深く導き誘い迎え入れる。
「んむッ……ふぅ……んンッ……んぅ……ん……んぁッ……んふ………はぁッ………ン……んふぁッ…………んンッ!!」
唾液の交換や舌の追いかけっこなどをしながら、必死なってにハヤテを求める少女は、完全に大人なキスの虜になっていた。
「……ううぅッ…………ぶはぁッ!!」
しかしたとえ恋する乙女をもってしても、神の造ったメカニズムには逆らえない。
酸素供給の為にヒナギクは、弾かれたようにハヤテから唇を離した。一瞬だけ二人を繋いだ銀色の糸も、儚くぷつりと切れてしまう。
でも残る感触と唇に掛かる熱い息、なによりも至近で見つめてくるヒナギクの潤んでいる瞳が、ハヤテを厭が上でも高揚させていた。
「………………………………………」
そして座敷犬のような円らな瞳でジ――ッと見つめ返すと、さっきに参ったのはヒナギクのほうである。
視線から逃げるようにササッと顔をうつむかせた。
「!?」
ハヤテの姿はその辺の女の子などより遥かに可愛い。だからヒナギクがこうなるのもわからなくない。
だがいくら可愛くともハヤテは立派な男の子である。だからハヤテがこうなってるのもわかってほしい。
というよりも、この年頃の男の子が、女の子とこんなうれし恥ずかしシチュエーションで、こうなってないのがむしろおかしいだろう。
ズボンがあきらかに内側から押し上げられて、大きく力強く膨らんでいた。
「………………………………………」
ハヤテの肩に置いたヒナギクの手が、それと睨めっこしながらぷるぷると震えている。
ヒナギクのいまの思考状態は“パニック!!”の一言に尽きた。
もちろん保健体育の授業はヒナギクとて受けている。それの正体はちゃんと知っている。まずこれがモデルガンという事はありえない。
しかしまぁこれが拳銃だとすれば口径はいくつなのか、ヒナギクの脳裏にはマグナムを飛び越えてバズーカが浮かんでいた。
桂 ヒナギク 女子高生 生徒会長、ちょっぴし耳年増。どこから仕入れたんだというような、非常に怪しさ大爆発の知識は結構ある。
「あの、ヒナギクさん?」
「ごめんハヤテ君、少し黙っててくれるかな…………勇気を充電する間だけでいいから………………お願い…………」
少女の唇から零れた声は大きなものではなかったが、無視する事を許さない迫力を持っていた。
「は、はい、わ、わかりました」
男の子には覚悟を完了しようとしている女の子を邪魔する権利はない。ハヤテはヒナギクの旋毛を見ながら大人しく待ちの体勢になる。
それにハヤテはそんな事を微塵も考えてはいないが、待っていれば落ちてくる実なのだから、わざわざ無理をして木に登る事もない。
「…………オッケー い、いくよっ!!」
「は、はいっ!!」
なにが一体くるのかハヤテはまったくわかっていないが、とりあえず勢いだけで頷いてみたりする。
ヒナギクは肩を握っていた手を離すと、
「へっ!?」
ハヤテのズボンのホックをを外し始めた。
迷いを振り払うように忙しく指先は動いているが、やはりそこは緊張しているんだろう、中々ホックを外す事が出来ない。
それでも苦労してなんとか外すと、ジッパーを『恥ずかしい・はしたない』などと思う前に手早く下げた。
幸いな事に元気に膨らんでいる勃起を挟む事はなかったが、そうなってたら大惨事になってたろうスピードである。もっとも、
“ビ〜〜〜〜ン”
「!?」
どこかが引っかかったのか、反動でパンツの前開きから飛び出た勃起が、ストレートにダイレクトにヒナギクの眼前に晒されちゃった。
「キ、キ、キャアアアアアア〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」
はい。これにて乙女の大惨事の出来上がり。ヒナギクはずりずりと勃起を指差しながら後退する。
ちなみに今日はスパッツを穿いてないみたいだ。縞々パンツが丸見えになってる。
いつもなら赤い顔で目を逸らすハヤテも、このシチュエーションに動転、というより興奮しているのか、マジマジと凝視してしまう。
そうして新たなパワーをチャージされた勃起は急激なカーブを描き、ひくひくと蠢く様はまるで少女を威嚇でもしているかのようだ。
これが荒ぶる牡器官初見のご婦人には、はっきりいってエイリアン以上に凶悪である。
エグいほど笠を広げている亀頭。反り返ってる勃起の裏筋。ぶっとい血管が脈打ってるのが妙に力強く生々しい。
ハヤテの女の子より可愛いらしいベビーフェイスとのギャップもありすぎて、ヒナギクは交互に視線を何度も行ったり来たり泳がせる。
「あの、ヒナギクさ――」
それは事態を悪化させるだけだとは思うが、刺激しないようゆっくりと、四つん這いで近寄ろうとしたハヤテだったが、
“ガタンッ”
慌てたような物音に刹那で間合いを詰めると、問答無用、押し倒すようにヒナギクに抱きつき口を塞いだ。
執事としてこれは不覚である。すっかりと忘れてた。もう一組の可愛いカップルの存在を。
期待と不安と恐怖と歓喜、そしてトドメに羞恥心。色んな感情をいっぺんに表現して真っ赤になっているヒナギクを抱きしめながら、
ハヤテは角のカップルの気配を注意深く窺う。
「………………………………………」
距離とは関係なくきっと二人ともに小さいだろう足音は、パートナーを庇うようにしながら少しずつ遠くへと去っていった。
ほっと胸を撫で下ろすとヒナギクと目が合う。ついでにまだ口元を覆っている自分の手も目に入った。
「!? あっと、すいません」
咄嗟の事で仕方なかったとはいえ、レディーに対してこれは失礼だろうと、ハヤテは逃げていった可愛いカップルにも負けないくらいの
勢いで慌てて手を離す。
「ヒナギクさん?」
しかしヒナギクはハヤテから解放されても、ジ――ッと堅いあきらかに緊張した目で、なにかを訴えるように見上げていた。
「ああ、その、すいません、全然わかりません」
でもこの鋭いか鈍いかと問われれば、間違いなく後者だろう三千院家の執事君に、アイコンタクトだけで伝えるのは中々に難しい。
「………………………………………」
結局ヒナギクは目線を原因の箇所に送って、自分がいま一体なにを伝えたいのか教えてやった。
スカートからニョッキリと出ている健康的な白い太ももに、ハヤテの勃起がぴたりと押し当てられている。
「わっ!? わわわわっ!?」
事態にやっと気づいたハヤテは後ろを向くと、内股で勃起を隠しながらその場に屈みこんだ。顔だけをくるんと振り向かせると、
「は、ははは………な、なんだかスゴいものを触れさせちゃって、その……………………………………………………………すいません」
「!?」
そうやってハヤテがぺこりと頭を下げながらも、ちらちらと目線が自分のスカートの中にいくのを、ヒナギクは見逃しはしなかった。
「………………………………………」
だがそれがわかっていても、そうやって性の対象として見られているのがわかっていても、不思議と嫌な気分ではない。
もちろん恥ずかしさはあるが、胸の中はどこか誇らしい気分でいっぱいだ。
ヒナギクは立ち上がると、未だ大きくなってしまった為に、ズボンに勃起を仕舞うのに悪戦苦闘しているハヤテの肩をぽんっと叩くと
いつもの自分を意識しながら、それでも多少上ずてしまってる声で、
「ハヤテ君、その、………………もっと落ち着けて邪魔されない…………………静かな場所にいこっか?」
言ってから顔をカァ――ッと耳まで一気に赤くさせた。
そしてそれは言われたハヤテも同じ事で、最初はぽか〜〜っんと意味がわからず二、三秒口を開けていたが、理解した証にじんわりと
顔がヒナギクに倣うように耳まで赤くなっていく。
その瞳にはヒナギクのバックにはっきりと、高くそびえる時計塔が映っていた。