冗談みたいに広い白皇学院の敷地内でも、高さでこの時計塔に比肩しうる建造物はおそらくないだろう。  
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜」  
 少なくともテラスから身を乗り出すようにして見渡すハヤテの視界には映ってない。  
 いつ来ても、いつ見ても、それはそれは見事な景観だ。  
 実際はまだたったの二度しかこの時計塔、生徒会室には来た事はないのだが、それはきっと何度であっても同じ感想だろう。  
 しかし今回こうして招待されたのは、この素晴らしい景色を堪能する為にではない。  
「ほんとにハヤテ君は、そこからの眺めがお気に入りなのね」  
 後ろを振り向くと長椅子に座って、余程外の景色を目に入れたくないのか、招待してくれた少女が背中を向けてお茶していた。  
 ほとんど少女のプライベートルームといっていい場だが、本人はあまりそれが嬉しくもなさそうである。桂 ヒナギク 高所恐怖症。  
 でもそれが拗ねてるように見えるのは、いくらなんでも自惚れがすぎるんだろうか?  
「…………くすっ♪」  
 などとはハヤテも思ったりするのだが、少女のぴんっと背筋を伸ばした後姿を見てると、顔からはどうしても笑顔が零れてしまう。  
 ヒナギクにもわかるよう足音を立てて近づいていくと正面に廻り込んだ。  
「すいませんでした、ヒナギクさん♪」  
 ハヤテは片手を胸に当てて上半身を折る。一流の執事の礼に適ったお辞儀をした。  
 ただここにマリア辺りがいて点数をつけるならば、悪意なしとはいえ、無邪気な瞳で覗き込んだりするのはマイナスだろう。  
 現にヒナギクは迫ってくるハヤテに仰け反っていた。  
 
「わ、わかったなら、ハヤテ君、こ、ここ、ここに座って」  
 あさっての方向を右見て左見てキョロキョロしながら、ヒナギクは長椅子の自分の隣りをポンポンと叩く。  
 顔の色は今更明記するのも馬鹿馬鹿しい。校舎の影からこっち、ず〜〜っとず〜〜っと熟したトマトみたいに真っ赤かなままだ。  
「わかりました」  
 そんなヒナギクを自分から顔を近づけてなんではあるが、ドアップで見てしまったハヤテもみるみると顔が赤くなる。  
 結構景色を眺めたりする事で、平気なふりを出来ていたのだが、やっぱりさっぱりそんなの無理だ。  
 人畜無害な愛玩動物のような印象を持たれていても、そこは改めて再確認、ハヤテは思春期バリバリ全開の男の子である。  
 この年頃の人間は、特に男の子は、野生の山猫となんら変わらない。  
 可愛らしいがしなやかで機敏、 仲間には優しいが内に秘めてる猛々しさ 、そんな危険な獣性がヒナギクに牙を剥こうとしていた。  
 

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