もし、あり得ないと思う事が実際にあり得てしまったら、あなたならどうしますか?
…何故そんな事を聞くかですって?そんな事が現に僕の目の前で起こっているからですよ。
…実は僕はついさっき、ヒナギクさんに告白されました。
もちろんそれは言葉通りの意味で、ずっと前から、初めて出会った時から僕を好いてくれているという事でした。
その言葉をついさっき、チョコレートとともに受け取った時はとても信じる事が出来ませんでした。
「ヒナギクさんが僕の事を好きになるなんてそんな非科学的な事なんかあり得ません」とマリアさんにも言われていましたし、僕もそうだと思っていましたから。
それに、僕はてっきりヒナギクさんに嫌われていたと思っていたからです。
いつもいつもご迷惑をかけたり怒られてばかりで、アーたんのために一時的ではありましたが生活まで巻き込むなんてひどい事をして…。
そして極めつけはゴールデンウィークの旅行の時、ヒナギクさんの目の前で僕はアーたんが好きだと言って、目の前でヒナギクさんの想いを否定するような行動をとってしまいました。
もし僕があの時ヒナギクさんと同じ立場に置かれたなら、立ち直る事なんか出来なかったでしょう。
ですがあの時、ヒナギクさんは僕の背中を押して下さいました。ヒナギクさんは僕の言葉を聞いて相当辛いはずだったのに。
そしてその後もヒナギクさんは僕を想い続けてくれて、いつまで経ってもその想いに気づかない僕にもくじける事なく、ヒナギクさんは今、想いを伝えてくれました。
だから本当に驚いたんです。こんな最低なヤツに何故ヒナギクさんみたいな方が…と。
そして僕は申し訳なく思いました。
ヒナギクさんのような学校のトップに立つとてもお美しい方が、僕みたいな最低な借金執事風情と付き合うなんてとても釣り合うとは思えませんでしたから。
ですが、ここで想いを受け取らないのはもっと申し訳ない気がします。
1年以上も僕なんかを一途に想って頂いたヒナギクさんをさらに悲しませる事になりますから。
ヒナギクさんに対する僕自身の気持ちは…どうでしょうか。
ヒナギクさんを僕は…マリアさんと同じでずっと高くて僕なんかの手が届くはずのない高嶺の花のようなものだと思っていました。
人としては、何でも頼れて、しっかり引っ張ってくれる強い方。
とても真面目で、努力を怠らない方。
誰とも仲良く出来て、周りに人が絶えない方。
僕自身、ヒナギクさんに憧れを持った事がないと言えば…それはウソになります。
ですから…じっと濡れた瞳で僕を見つめて僕の言葉を待っているヒナギクさんに、僕はこう言いました。
「本当で僕でよろしいのなら、これからよろしくお願いします。」
「えっ、ハヤテ君…?」
「僕とお付き合いして頂けますか?ヒナギクさん。」
「う…うそ…!」
真っ直ぐ、僕はヒナギクさんを見つめて言いました。
僕の真剣さが伝わって頂けるように。
この時から僕は、ヒナギクさんを僕のとても大事な方・・・彼女として選ぶ事にしました。
今朝、私は心に決めていた。「この日でこの気持ちにカタをつけたい」って。
1年以上、辛い時もいつでもずっと持ってきたこの想い。
いつまで経ってもハヤテ君は私の気持ちに気づいてくれなかった。
もらう答えが怖い?自分が負けたみたいで悔しい?そんな壁が私を立ち止まらせていた。
そんな私はもういらない!迷ったら行動してみるのがいつもの私だったはずでしょ?
そりゃ…怖いといえばウソになるわ。でも想いを伝えなきゃハヤテ君は絶対に動いてくれない。
だったら…動くしかないじゃない!歩だってずっとそうしてきたんだから!
ありきたりかも知れないけど、私はこの自分で作ったチョコレートに今までの想いを載せて、ハヤテ君に渡す事にした。
で…その日の放課後、私はハヤテ君を生徒会室に呼び出したの。
「えっと…何の用ですか?」
さっぱり呼び出された訳が分からない、といった感じのハヤテ君。
当然よね。今日は生徒会の仕事も何もないし、私以外には誰もこの部屋には来ていなかったんだから。
「今日って…何の日か知ってる?」
鞄からチラッとチョコレートの包装紙がはみ出てるからハヤテ君が知らないはずないけど、こうでもしないと会話にならないし。
それは誰にもらったのかしら泉?それとも他の子?ちょっと気になるけど、そんなのを気にしてたら何も出来ないわ。
「バレンタインデー…ですよね。」
「そうよね。」
「…ひょっとすると、ヒナギクさんが僕にチョコレートを下さったりするんですか?」
もうここまで来てしまったら…後には引けないわ。
後はもう少し、自分の持ってるだけの勇気を振り絞って…!
「うん。…………本命をね。」
「えっ!?ほほほ本命っ!?あ、あのヒナギクさん、その言葉の意味をわk…」
…ポカッ。慌ててるハヤテ君を軽く拳で小突く。
「……2度も言わせないでよ。」
「すいません…。」
ここまで勢いだったけど、もう限界。
今はハヤテ君の顔をまともに見れなかった。
けど…!!私は一歩踏み出すんだって決めたんだから…!
だから私は頑張って顔を上げて、ハヤテ君と目線を合わせる。
といっても私の方が背が低いから、ハヤテ君を見上げる形になるんだけど。
「私…ずっとね、……ハヤテ君の事が好きだったの。ずっと…ずっと…。」
…言っちゃった。私が生まれて初めての告白をした瞬間だった。
「………。」
「…私の想いを知ってくれるだけでいいから!好きな人がいるんだったら別にそれで構わないから!だからハヤテ君、これを…受け取ってくれる?」
今までの想いを言葉に詰めて、ハヤテ君にチョコレートを手渡す。
もう身体が紅潮して熱くって、手に持ったチョコレートが溶けちゃいそう。
「ありがとう…ございます…。」
そっ、とハヤテ君は私のチョコレートを受け取ってくれた。
「………。」
それからしばらくハヤテ君は無言だった。
実際には短い時間だったのかもしれないけれど、今の私にはとても長かった。
何かに期待している私も事実。でもその反対にもうこれでハヤテ君とはうまくいかないかもと思う私もいた。
そして私はそれに押しつぶされそうで、泣きそうだった。だって告白した事なんて初めてだったから。
「………。」
ハヤテ君がもう一回私を見る。
その目は真っ直ぐ私に向けられていた。今から何を言うつもりなの、ハヤテ君…!
…怖かった。本当に怖かった。ハヤテ君が何を言うのかが。そしてハヤテ君の口が開く。
「……本当で僕でよろしいのなら、これからよろしくお願いします。」
「えっ、ハヤテ君…?」
「僕とお付き合いして頂けますか?ヒナギクさん。」
「う…うそ…!」
えっ…本当に!?
すっごく嬉しかったけど、嬉し過ぎて本当か分からなくなっちゃった。
ハヤテ君に告白される…ずっと手に掴みたかった現実だったから。
だからこれは夢で、本当はまだ私は家で寝てるんじゃないかって。
とりあえず…私はそれを確かめる事にした。
「……痛い。」
軽く頬っぺたをつねってみて、これは現実だという事を痛みとともに理解する。
「何されてるんですか?」
そんな事してたら不思議そうな表情でハヤテ君が尋ねてきた。
「……信じられなかったから本当か確かめてたのよ。」
「……。だったらこちらの方が良いんじゃないですか?」
「えっ、何?あっ…。」
いつの間にか私はきゅっとハヤテ君に抱き寄せられてた。
「本当に好きじゃなかったら、こんな事は出来ませんよ?」
優しい声で私にそう言うハヤテ君。この声が私にはとても心地が良かった。
「ハヤテ君…。」
服越しに感じるハヤテ君の胸板の感触と体温に私は頭がクラクラしそうになる。
なんかもうダメ…思考が追いつかない。
そして私は無意識に背伸びをして…目を閉じる。
しばらくしてカツン、と歯が当たる音がして、私とハヤテ君は唇を重ねていた。
もちろんこれが…私の本当のファーストキス。
そしてこの日は、私の忘れられない日になった。
そして…あの日からもう3週間くらいが経ちました。
僕もヒナギクさんも結構忙しいので、なかなか会う事は出来ない日が多いんですけどね。
本当はもっと一緒に居たいんですが…なかなかそうもいかないわけでして。
それはきっと僕がどの並行世界にいたって同じなんでしょうけど。
僕みたいなヤツがヒナギクさんと付き合っていると公言するのもどうかと思うのでヒナギクさんと付き合っているという事はほとんどの皆さんには内緒にしています。
今それを知っているのは西沢さんとマスターくらいでしょうか。
まぁそんなわけで、今日もヒナギクさんにまともに会えなかったので厨房で仕込み中の間にメールでその埋め合わせをしていますと…お嬢さまがやってきました。
「お?ハヤテ、なんだ?メールか?」
「はい。」
「お前がメールだなんて珍しいな。誰とだ?」
「ヒナギクさんです。」
「ヒナギクだと?」
「はい。実は…その、今僕はヒナギクさんとお付き合いさせて頂いてるんですよ。」
せっかくの機会ですから、お嬢さまにもこの際話しておきましょうか。
「はっ!?」
「あっ、でもご安心くださいお嬢さま。私生活は私生活、お仕事はお仕事としてきっちり分けますし、お嬢さまは僕が守るという事は変わりありませんし、両立させてこそ執事が務まるというものですから!」
「………。」
「なのでこれからもきちんとお仕えし続けますし、ご安心くださいお嬢さま……あれ?」
気づいたら喋っていたのは僕だけでした。
そしてお嬢さまは僕をキッと睨みつけていました。……涙目で。
思い当たる所はありませんでしたが、「今お嬢さまが非常に怒っている」という事は経験上よく分かりました。
それも、かつてないくらいの最大規模で。
とりあえず僕は謝ります。何が原因かは分かりませんが、僕がお嬢さまを怒らせてしまったのは事実ですから。
「すいませんお嬢さま!何かご気分を害されたようで申し訳ありません!僕は一体何を…。…っ!!」
バシッ!
乾いた音が厨房に響きました。それはお嬢さまが僕の頬を平手打ちした音でした。
「お嬢さま…」
大した痛みではありませんが、ここまで本気で怒られているお嬢さまに僕の心は痛みます。
僕がお嬢さまをそうさせてしまったのですから。
「黙れ!それ以上言うな!この浮気者が!!」
「え…」
「あの時私に言ってくれた言葉はウソだったのか!」
「あの時」とは、いつの事ですか?
お嬢さまの指すその意味が分からなくて、僕はその意味をお嬢さまに聞こうとこう聞き返したのです。
「…それは何の事です?お嬢さま。」
正確に言わないと意味を幾通りにも捉えられてしまう、誤解されるのは言葉の持つ欠点です。
そしてそのせいで、この僕の答え方はこの状況にさらに油を注ぐような事になってしまったようです。
「………っ!!お前は…お前は…私がどれほどお前に尽くしてきたか分かってそれを言ってるのか!」
「………。」
「そうか…はなから私は眼中になかったんだな!?そりゃ私より真面目でまともなヒナギクのほうが良いに決まっているよな!」
…涙目で怒鳴るお嬢さまを止められません。今の僕は止める術を知りませんでした。
「分かったもういい!お前なんか大っ嫌いだ!!」
そして最後にお嬢さまは僕にその一言をぶつけて、泣きながら走り去っていきました。
「………。」
「大嫌い」という言葉が僕の胸に突き刺さります。
嫌われる事には慣れていた僕ですが、お嬢さまからのこの言葉はまた別物でした。
命の恩人を泣かせて、怒らせて……僕は何をやっているんだ。
恩を仇で返すような事をするなんて…僕はなんて最低なんだ。
僕はどんどん自己嫌悪の渦に引き込まれていきました。
………。
あれ…?この臭いは?
「わっ!」
そして仕込み中の鍋の中は見事に黒焦げ。しかも慌てて掴んで手も火傷。
僕は、仕事に対する自信さえも失いかけていました。
「大丈夫ですか?焦げ付かせるなんてハヤテ君らしくないですねぇ…。」
私はハヤテ君の手に包帯を巻きながら、しょんぼりとしているハヤテ君を見上げます。
「すいません…。」
さっき…妙な焦げ臭さに気づいて厨房に飛んできてみれば、そこには鍋の中を見て呆然と立ち尽くすハヤテ君の姿がありました。
手のひらには火傷までして。
「どうされたんです?」
「ちょっと考え事を…というか、僕は…・・・僕はっ!!」
そのまま、ハヤテ君は私の前で堰が切れたように泣き崩れてしまったのです。
「ちょ、ちょっと、ハヤテ君!?」
私はただもう崩れ落ちそうなハヤテ君の肩を支えてあげる事しか出来ませんでした。
「で…何があったんですか?」
少し落ち着いたところで、私はハヤテ君に問いかけます。
「すいません…恥ずかしいところをお見せしました。実は、その……。」
涙を拭いながらハヤテ君はここまでの経緯を話してくれました。
……ハヤテ君からの話を聞いて、私が思ったのは「ついにこの日が来てしまった」と「やっぱりハヤテ君は鈍感だった」の2つでした。
こうなってしまったからには、話すしかありませんね。…あの日の真実を。
「ハヤテ君、今から大事な話をしますから、よく聞いて下さいね?」
「はい…。」
私は1年前のあの日の真実を全てハヤテ君に説明しました。
ハヤテ君がしそうになった誘拐をナギは愛の告白と勘違いした事、それでずっとナギはハヤテ君と相思相愛だと思っている事、借金を立て替えたり学校へ通わせたりおじいさまに渡された王玉を壊したりした事の背景には全部そんな想いがあったという事。
そして全部話し終えた時、ハヤテ君は黙って椅子から立ち上がりました。
「…お嬢さまにそんなひどい事をして…本当にすいませんでした。」
ハヤテ君は小声でナギへの謝罪の言葉を口にした後、真っ直ぐ部屋を出て行こうとします。
「ハヤテ君!?ど…どこへ行くんです!?」
「……今まで、ありがとうございました。そんな事して…もうここにはいられませんよ。……さようなら、マリアさん。」
振り返って、寂しい笑みを浮かべてそう言うハヤテ君。
その声はいつものハヤテ君からは想像できないような暗く、哀しげな声でした。
行くあてはありません。でも帰る所もありません。
元々1年前に捨てかけた命。それを誰に生かしてもらってたのかも考えずに、無神経に行動して恩を仇で返したような事をする人間にはその方がお似合いですかね。
そんな自嘲をしながら、僕は夜の街を歩いていました。
………。
これから特にする事はありませんでしたが、一つだけ絶対にしなければいけない事がありました。
僕の好きな人に…さよならを言うという事です。
さっきケータイはお屋敷に置いてきました。となると連絡手段は…。
「……よし、20円ある…。」
僕は近くの公衆電話から、ヒナギクさんのケータイへ直接電話をかける事にしました。
「もしもし。」
出てくれなければ良かったという気持ちもありましたが、それだときっとよりヒナギクさんを悲しませてしまうでしょう。
「もしもし。ヒナギクさん…ですよね?」
「うん。…ハヤテ君、どうしたの?さっきメールが急に途切れたから何してるのかなって思ってたけど…。」
もうこれでヒナギクさんの声を聞くのも最後なのかなと思うと、辛かったです。ですが…僕はそれを押し殺して続けます。
「…ヒナギクさん。突然ですが…さよならを言わなければいけなくなりました。」
「えっ?」
「僕は…ヒナギクさんと付き合うに値しない人間だったという事です。」
「ハヤテ君!?何を言って…」
「……短い間で、恋人らしい事なんかろくに出来なかったですけど、でも…僕は本当にヒナギクさんが好きでした。それなのにこんな事になって本当にすいませんでした。……僕の事は忘れてください。さようなら。」
僕は言いたい事だけをヒナギクさんに伝えて、電話を切りました。
これ以上ヒナギクさんの声を聞くのは…辛かったからです。
(夜が明けたら、働ける場所を探そう…てかこんな所で凍死しないかな?)
(まあそれならそれでもいいか…。)
僕は電話ボックスから出た後ベンチに腰掛けて、僕はボーっと夜空を見上げてました。
「・・・・・・・・・。」
まだ来ない…。いつものハヤテ君なら返信をすばやく返してくれるのに。
まぁこういう時だってあるわよね。
ハヤテ君のメールが返ってくるまで、勉強の続きでもしようかしら。
(これはこれで…ここは…)
それから問題集のページをしばらく埋めてると、
「♪〜」
私のケータイが鳴った。
あれ?電話?それも…公衆電話?
誰からかしら?誰か分からないからちょっと怖いけど、とりあえず私は電話に出る事にした。
「もしもし。」
「もしもし。ヒナギクさん…ですよね?」
返ってきたのは、もうすっかり聞き慣れたハヤテ君の声。
「うん。…ハヤテ君、どうしたの?さっきメールが急に途切れたから何してるのかなって思ってたけど…。」
「…ヒナギクさん。突然ですが…さよならを言わなければいけなくなりました。」
ハヤテ君が言った言葉は、今の私の日常を地面に叩き落すような衝撃の言葉だった。
「えっ?」
そんな事を急に言われて意味が理解できなかった。
「僕は…ヒナギクさんと付き合うに値しない人間だったという事です。」
「ハヤテ君!?何を言って…」
なんで?どうして!?
「……短い間で、恋人らしい事なんかろくに出来なかったですけど、でも…僕は本当にヒナギクさんが好きでした。それなのにこんな事になって本当にすいませんでした。……僕の事は忘れてください。さようなら。」
次に私が言う前に、ハヤテ君の方から電話は切れた。
電話が切れたすぐ後に、私はハヤテ君のケータイに電話をかけてみる。
(………。)
やっぱり通じなかった。何度やっても結果は同じだった。
「なんで…なんでなの!?」
やっと振り返ってくれたハヤテ君。私の想いに気づいてくれてくれたときは本当に嬉しかった。
でもそれがたった三週間ちょっとでこんな事になるなんて…!!
私が悪いの?何があったの?
ねぇ、ハヤテ君!!教えてよ!!
「お願いだから、答えてよ…。ハヤテ君……。」
私は一人誰もいない家で、突然やってきた別れに泣き出していた。
(あ〜、今夜は寒いな…それにしても遅くなっちゃったよ。)
バイトからの帰り道、私はそんなありきたりな事を思いながら歩いていた。
人は生まれた季節が一番過ごしやすいらしいから、私にとって冬はよりそう感じるのかもな。
……冬といってももう3月だけど。
今の私はアパートで一人暮らしをしている。一人といっても友達も他に住んでるから、別に寂しくはないんだけど。
そういえば去年の夏までは綾崎君やナギと一緒に住んでたんだよな。
もうアレから結構経つんだな…早いもんだ。
そういえば次の即売会にナギがまた出すって言ってたな。…一緒にまた徹夜しなきゃいけないかな。
まぁあれはあれで結構楽しめるから良いんだけど…。しんどいけどな。
そんなどーでもいい事を考えてながら公園の方に目を向けると、見知った人がベンチに座ってたんだ。
おかしいな。なんでこんな時間にこんな所にいるんだろう。
だから…。
「綾崎君、なんでこんな所に居るんだ?」
「千桜さん…。」
「どうしたんだ?…まさかお屋敷に帰れないとかじゃ…。」
「………。」
冗談っぽく言ってみたけれど、綾崎君は無言。
ひょっとして本当に…まさか。
それによくよく見たらいつもの綾崎君らしくない暗い表情に右手には包帯。綾崎君に何があったんだろうか。
「と…とりあえず冷えるしさ、帰れないんだったらアパートに来なよ。」
「………いいんですか?」
小さい声で綾崎君は聞き返した。
「いいに決まってるじゃないか。その…私も久しぶりに綾崎君の料理食べたいしさ。」
「すいません。ありがとうございます…。」
「ただいま…。あれ?誰も帰ってきてないのか?」
そういえば作詞がうまくいかないから今日はスタジオにカンヅメってメール来てたっけ。
無理するよ全く…。まぁ新曲は楽しみにしてるけど。
てことは綾崎君と2人きりか。ん……まぁいいか。別に綾崎君だったら別に大丈夫だろうし。
「ところで綾崎君、晩御飯は?」
「…もう食べてきました。」
そうか…それじゃなんか悪いな…。
「…じゃあ私は自分で作るよ。何か悪いし。」
「いえ、僕作りますよ。そうでないと…。」
「そうか。じゃ頼むよ。」
もう消え去ってしまいそうみたいな感じで言う綾崎君に、もう私は頼む事しか出来なかった。
何が綾崎君をそこまで暗くさせているんだろうか。
「・・・如何ですか?」
「おいしいよ。流石だな。」
「…ありがとうございます。」
久々に食べる綾崎君の料理はおいしかった。
でも…綾崎君の表情は変わらないままだった。そして必要な事以外は全くしゃべらない。
「…何があったか知らないけどさ、ナギなら放っとけば機嫌も直るよ。」
大方綾崎君はナギの機嫌を損ねてお屋敷から追い出されたんだろうと私は思ってた。
「なんならお屋敷に電話しようか?もしかしたらナギの機嫌直っててもう帰れるかもしれないぞ?」
…空気が湿っぽくてどうも落ち着かなくて、それを払うべく私はとりあえず綾崎君にそんな事を提案した。
でも…。
「いえ、それはいいです。……だって僕は、………自分からお屋敷を出てきたんですから。」
「何だって!?」
私は…綾崎君から事の顛末を聞かされた。
ねぇなんで?どうして?
私はずっと疑問の渦にはまって泣いていた。
ハヤテ君、どうしちゃったの…!?
私はこれを現実だって信じたくなかった。
でも頬を流れる涙は熱いし濡れてるし。……だからこれは現実なのね。
そう事実を突きつけられるとまた苦しくなった。
「♪〜」
その時私の携帯が鳴った。今度はメールの着信で。
ひょっとしてハヤテ君?ハヤテ君なの?
私はケータイを素早く開いて内容を確認した。
「歩か…。」
メールの送り主は歩だった。
歩からのメールはごくごく普通のものだった。
けれど・・・「ハヤテ君とは順調なのかな?」って一文に、胸が痛くなった。
本当なら、1時間前の私なら、順調って書けたけど、今は………。
私がハヤテ君と付き合うって知った時は、歩は自分の事みたいに祝福してくれた。
本当は辛いはずなのに。けれど歩は…。
だったら…ウソはつけないわね。
私はつい1時間前にあったことを、そのまま歩に伝える事にした。
別れの言葉を打つのが本当に辛かったけど、それでも何とか書いて、送信した。
歩はどんな気持ちで、私のメールを読むのかしらね。
「ピンポーン。」
それからしばらくして家の呼び鈴が鳴った。
誰?こんな時間に?
最近物騒だしちょっと怖かったけど…ドアを開けるとそこには、
「ヒナさん。」
「歩…。」
心配そうな表情をした歩が立ってた。
「びっくりしちゃったよ。でもヒナさん一人じゃすっごい辛いと思ったから…。」
「……ありがとう。」
悲しくて心細くってずっと泣いてて、そんな中にやってきてくれた歩の優しさに、私は大泣きした。
「…それで責任感じちゃって、お屋敷を出てきたって事か?」
「はい…。」
綾崎君からの話を聞いて私が思ったのは、「お前はどこの漫画の主人公だよ」という事と、「アイツも不器用だよな」の2つだった。
まぁナギの綾崎君への好意は薄々分かってたけど、まさかそこまでやってたとは私も知らなかった。
恋人のために自分が持てるはずだった巨万の富を放棄する、か…まるで小説みたいないい話じゃないか。
そりゃ綾崎君にそこまでしてたら、何も知らなかったナギは怒って当然だよな。
確かに綾崎君は鈍感でたまにデリカシーの欠片もないとんでもない事言い出したりして、私も今までイラッと来た事もないわけじゃない。
けれど綾崎君ばかり責められるものでもないだろう。
確かに鈍感な綾崎君が不器用なナギの好意に気づいてくれなかったのが一番悪い。
けど……ナギだって責任がないわけじゃないし、それを分かっていながら何もしてやらなかった私たちにも責任はあるだろう。
もしも私が少しそんな事を綾崎君に話していれば、こんな事にはならなかったかもしれないしな。
だったら…。
「…もう一回ナギに会って、話してきなよ。」
「お嬢さまにですか?」
「アイツだって、綾崎君が『恋人』ってだけで全部接してるわけじゃないだろ。綾崎君だって、ナギとお金だけで繋がってるつもりはないんだろう?」
「はい。それは…!」
「綾崎君だってさ、一人の人間だし別にナギの道具ってわけじゃない。誰かを好きになったって当然だよ。」
「………。」
「多分今頃、向こうもマリアさんが同じ事言ってるって。ちょっと時間を置いて頭が冷えたらナギだってきっと分かってくれると…私は思うけどな。」
「そうですかね…。」
「そりゃ…うまく行くかは分かんないけど、このままじゃ何も解決しないぞ?それでいいならいいけどさ。まぁ…でも今日は夜遅いしもう帰り辛いだろうから、今日は昔いた部屋で寝てきなよ。」
「すいません…。」
謝る綾崎君だったが、その表情と声には少し明るさが戻ってきたような気がした。
「別に良いよ。私もナギが元気じゃないと困るからさ。…じゃあお休み。」
「はい。」
うまく行ってくれると良いんだけどな…どうなるかな。
「はい。実は…その、今僕はヒナギクさんとお付き合いさせて頂いてるんですよ。」
あの時のハヤテの言葉が今でも私の耳に焼き付いている。
私以外の女とハヤテが付き合っている。それだけでもショックだったのに…ハヤテはそのままニコニコと普通に私に話しているのが私の怒りの引き金を引いた形になった。
本当はただ辛かったんだ。けどそれは結果的にハヤテに罵声を浴びせる事になってしまった。ハヤテには出て行って欲しいなんて気持ちはどこにもなかった。
私はハヤテの横にいるはずだったのに、それがとられるかも知れなくって怖かったんだ。
その現実を見たくなくて、私はああ言ってしまった。
でもそのせいでハヤテは私の目の前から姿を消した。それも……どこへ行ったか見当もつかない。
ハヤテが屋敷から出て行ってしまった後、私はマリアからハヤテと初めて出会った日の事を聞いた。
信じられなかった。私がずっと勘違いをしていたなんて。
それで勘違いしたまま、私はハヤテを拘束していたようなものだったのか。
そして最初からハヤテにその気はなくて、ただ私の恩のために動いてくれていたのか。
もし出会って2、3日やそこらでそれを知ったなら、私はハヤテを躊躇なく追い出していただろう。
あの頃の私なら怒声一回でそうしていただろう。そして私は何も変わる事もないまま堕落していた嫌味な金持ちの典型と言える様な人間になっていた事だろう。
でも1年以上経った今はそうではなかった。
昨日もハヤテがいて、今日もハヤテがいて、明日も明後日もそのまた先もずーっと何年先でも、ハヤテがいるのが当たり前だと思っていた。
私がハヤテへの強い好意を持っているのも事実だ。ヒナギクやハムスターには絶対に負けないくらいにだ。
でもそれを抜きにしても……もう私にはハヤテがいなければどうにかなってしまいそうなくらいに依存していたのだ。
ハヤテがいたから今の自分がいるんだ。
ハヤテのおかげで学校へ行くようになって、千桜と出会って同人誌を描いて、私の狂いまくってた人生の設計図を矯正してくれた。
いくら金を積んでも分からない事を、たくさん知った。例えば苦労して描いた同人誌に「面白い」と共感してくれてそれを買ってくれた時の気持ち。きっとこれからもいろんな事を知ったりするだろう。
でもハヤテは今いない。私の一時の怒りでハヤテは姿を消してしまった。
そして急に周りの世界が真っ暗になった気がした。
どう歩いたらいい?どこに向かって歩けばいい?……分からない。
私はただ祈るしかなかった。今まで神なんか信じようと思った事もなかったが。
ハヤテが私のもとに帰ってきてくれるようにと。
ヒナギクの件はまた別として、ひどい言い方をしてごめんなさいと謝りたいと。
だからハヤテよ…もう一度私の前に帰ってきてくれ…!
そして私は一夜なかなか眠れない夜を過ごして、翌朝起きてみれば玄関の方でマリアの声がするのに気がついた。
それに…当たり前だが他に人の気配がする。まさか…!
「すいません。お騒がせしました…」
この声…ハヤテの声だ!ハヤテが帰ってきたんだ!
祈りが通じたかどうかは分からない。けど…!
「ハヤテ!」
「お嬢さま!」
玄関にいるハヤテの顔を見た瞬間、私は涙が止まらなくなった。
「誰が出て行けって言った!」
「……すいませんっ!本当にごめんなさいっ!」
平謝りするハヤテ。
ハヤテが出て行く原因を作ったのは私なのに…でも私は素直になれなかった。
「出て行っちゃダメだ……!!私はお前がいないとダメだ!誰だってお前の代わりはできないんだ!」
「お嬢さま…。」
「……大嫌いなんて取り消しだ!私はお前が本当に大好きだ!」
私は、生まれてはじめて自分の想いをその本人に伝えた。
千桜さんに言われて、少しではありますが全てに絶望した僕の目の前が明るくなった気がしました。
翌日お屋敷に戻って、お嬢さまと話す事に決めた僕ですが…やはり、不安もありました。
僕が悪い事なのにお嬢さまがそれを許してくれるなんて虫が良すぎないか。
話してお嬢さまをもっと傷つけやしないか。
ですがそれは全部僕の考えなので、話してみない事には分かりません。
お嬢さまに対する異性としての好意はなくとも、お嬢さまとお金だけで繋がっているつもりは僕には微塵もありません。
だから、もう一度僕はお嬢さまとお話します。
たとえ玄関で突っぱねられても、その前にSPの皆さんに締め出されるような事があっても。
翌朝、千桜さんを学校へ送り出した後僕はお屋敷へ戻りました。
昨日、もう戻る事もないだろうと思っていた大きな門の前に再び僕は立ちます。
「………。」
覚悟を決めて、門扉を開けて、そのまままっすぐ進んで玄関の呼び鈴を鳴らします。
それから程なくして、
「はい。どちらさまで…ハヤテ君!どこへ行ってたんですか!?」
「すいません。お騒がせしました…」
「本当に心配したんですよ?はぁ。良かった…。」
マリアさんの心配そうな表情に僕は申し訳ない気持ちになります。
「マリアさん、僕…もう一回お嬢さまにお話したいんです。」
「………そうですか。でもまだナギは寝てますしとりあえず寒いですから…中に入って下さい。」
「はい…。」
マリアさんはいつもと変わらない様子で僕を迎え入れてくれました。
そして屋敷の扉を再びくぐった時、
「ハヤテ!」
「お嬢さま!」
お嬢さまが僕を出迎えてくださいました。
その顔はお怒りの表情ではなく心底心配したような表情で、そして見る見るうちにお嬢さまの目には涙が溢れていきました。
「誰が出て行けって言った!」
お嬢さまは涙混じりにそんな事を仰います。
「……すいませんっ!本当にごめんなさいっ!」
お嬢さまを泣かせてしまった事、心配させてしまった事、その他お嬢さまに対する全ての「ごめんなさい」を詰めるような気持ちで僕は頭を下げました。
もちろんそんな事程度で許されるとはとても思ってはいません。でもこれは今の僕の最大限でした。
「出て行っちゃダメだ……!!私はお前がいないとダメだ!誰にだってお前の代わりはできないんだ!」
「お嬢さま…。」
僕をまだ必要としているお嬢さまに、嬉しくて僕も熱いものがこみ上げてきました。
僕はこんな所で泣いちゃいけない…けれど…!!涙を止める事は出来ませんでした。
「……大嫌いなんて取り消しだ!私はお前が本当に大好きだ!」
そして僕はお嬢さまから告白されました。
「お前に好きな人がいるのは分かってる!でも同じ想いを持ってるのは私もそうだったと分かってくれればそれでいい!だから…だからハヤテ!私のそばに居てくれ…!」
ずっとお嬢さまのそばに居たいという気持ちは僕も同じです!
お嬢さま、あの時お母様の墓前で誓った事…僕は絶対にこれからもいつまでも守っていくつもりです!
「はい!僕とお嬢さまはずっと一緒です!一生お仕えいたします!」
こうして僕は1日ぶりに、お屋敷へ戻る事が出来たのでした。
それからは朝の出来事は何もなかったかのように時間は過ぎていきました。
それでもヒナギクさんとの事をきちんと話をつけない限り、僕はもうひとつ前へ進む事ができません。
そしていつ話すべきかタイミングを窺っていたのですが…不意にお嬢さまが僕を呼びました。
「なぁハヤテ。」
「はい。お嬢さま。」
「こんな話を知っているか?」
「どのようなお話でしょうか?」
「童話さ。『王様の耳はロバの耳』って童話があるんだ。まぁ長くなるから言いたい所だけかいつまんで言うが、ある王様にはずっと秘密だった事があった。でもその王様の秘密を知ってしまった床屋がある日それをバラしちゃったんだ。誰にも言うなと言ったのにな。」
「はい…。」
「で…王様は怒ってその床屋を殺そうとした。……でも王様はその床屋を殺さなかった。どうしてか分かるか?」
「いえ…。」
お嬢さまの質問に僕は答える事ができませんでした。
「王様もかつて自分の過ちを誰かに許された事があったという事を思い出したんだ。まぁ…簡単に言えば誰かを許して許されて、そうやって人はつながっていくんだっていう話なんだ。……私が何を言いたいか分かるか?」
お嬢さまが仰りたい事。それはひょっとして…でもそんな好意的に解釈をしていいのだろうか。
仰りたい事は別の事かもしれませんし…ですから僕は口を開けませんでした。
「…ハヤテだって一人の男だ。私みたいに誰かを好きになる事だってあるよな。だったらそれはハヤテの好きにすればいい。お前…言ったよな。『お嬢さまは僕が守るという事は変わりありませんし、両立させてこそ執事が務まる』と。」
「……はい。」
確かに僕はあの時言いました。もちろん僕はそのつもりでいます。
「だったら…それを守ってくれさえいれば私はもう何も言わない事にした。……でも、別にお前を諦めたわけじゃないからな!今に見てろよ!私がヒナギクよりもっと魅力ある女になってやる!」
「お嬢さま…っ!」
お嬢さまの健気な発言に僕の目頭がまた熱くなります。
「…泣くな。お前よりもっと泣いてるやつが居るだろう?」
「………はい。」
僕が突然別れの言葉を言って、相当辛い思いをさせてしまっているであろう方が居ます。
僕の大好きな…ヒナギクさん。
こうしてお嬢さまに許しをもらえた今、今すぐにでも会いたい気持ちでいっぱいでした。
「そういえば明日がヒナギクの誕生日じゃないか。何か用意はしてるのか!?」
「それが…今は何も。」
「おい…いくらゴタゴタしてたとはいえそれはないだろ。……分かった。もう今日はオフにしてやるから、ヒナギクに何を贈るのか知らんが考えるなり用意するなりしておけ。」
「ありがとうございます、お嬢さまっ…!」
お嬢さまの温情にまた感涙しそうになりながらも、何とかそれをこらえて、僕は一人自室で考える事にしました。
あれからもう2日。ハヤテ君はやっぱり学校に来ない。
ハヤテ君が居ない学校は色の抜けた世界みたいだった。
学校だけじゃない。見える世界全部がまるで色をなくしたみたい。
歩に慰められて何とか立ち直れたけど、あんな別れ方をされてもう会えないなんて、私…!!
また泣きたくなった。けど泣いた所で事態が変わるわけでもなかった。
昨日も一昨日もたくさん泣いたしそれに今日は…嬉しい事以外で泣いちゃダメな日なんだから。
「じゃあ私たち帰るね〜。」
「じゃな。」
「また明日会おう!」
「…うん。また明日ね。」
「あ、いけない。もうこんな時間!ヒナちゃん悪いけどお義母さんもう行くね。」
「気をつけてね…。」
…今夜もまた一人。
今日は誕生日パーティをしてもらって、そしてたくさんプレゼントをもらって、私は少し幸せだった。「幸せ」なんてちょっと久しぶりな感覚だったと思う。
もしこれをハヤテ君にも祝ってもらえたら、もっと嬉しかったに違いないだろうけど。
あれからハヤテ君がどこへ行ったか私は全然見当がつかない。
ナギが学校を休んでいる事を考えると二人の間で何かが起こったのかしら。
ねぇハヤテ君。どこに居るの!?
ねぇ……。
泣きそうな自分を必死に押さえつけて、私は問題集を一心不乱に埋めていた。
「ピンポーン。」
呼び鈴の音。一体こんな時間に何だっていうのかしら。せっかく勉強が進んでるっていうのに。
「はーい…。」
(ちょっと迷惑な訪問客ね…)と私は玄関の扉を開けた。
………。
……うそ。
うそ!あり得ないそんな事…!
でも…私の目の前に立っているのは、
「…ヒナギクさん。」
笑顔がカッコいい、私が世界で一番大好きな人。
「ハヤテ君!!」
ずっと恋には縁がないなと思っていた私の前に突然現れた、私が初めて恋した人。
「バカバカバカバカ!突然あんな事言って居なくなっちゃって…!どれだけ心配したと思ってるのよ!」
突然ひどい事を言われて、私の前から姿を消しちゃった人。
私はポカポカとハヤテ君を手加減して叩く。
辛く当たっちゃったけど、今日くらいは許してもらうわね。
だってその原因を作ったのはハヤテ君だし、私はハヤテ君が居なくて本当に辛かったんだから!
「ごめんなさい!ごめんなさい…!」
「本当に…本当に辛くて悲しくて……!本当にハヤテ君はバカッ!でもっ…私、ハヤテ君が本当に…!」
やだ…。涙止まらない。
「本当に…大好きなんだからっ!!」
もう一回言っちゃった。でも何回言っても足りないくらい…私はハヤテ君が本当に大好き。
「…ありがとうございます。あぁ…僕って本当にダメですね。ここって時に言えないなんて。」
「…えっ?」
ハヤテ君の言葉の意味が私にはよく分からなかった。
「ここって時に言えない」…でもそれって、ひょっとして…。
「本当にヒナギクさんにはご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした!ですから…ヒナギクさんに与えてしまったその悲しみを、僕に一生かけて償わせてください! 僕はヒナギクさん、あなたが大好きです!!」
最初は意味が分からなかった。
思考が追いついてくると、ようやく意味が分かって、私はボンと音を立てそうなくらいに顔が赤くなった。
ハヤテ君の本心の想いと、そして……プロポーズ!?
私たちはまだ学生なのに。でも…今ハヤテ君が言った「一生」って…!
「もちろん今からという訳には行きませんが…僕の今言った事には嘘はありません!……ダメですか?」
もうこんなに早く私の道は決まっちゃうの?正直展開が急すぎて思考がいっぱいいっぱいなんだけど…。
でももう私に「断る」って選択肢はなかった。
だって…私はハヤテ君が大好きで、いつまでも一緒に居たいと思っているから。
私だっていつかこうなれたらいいなって思ってた。だから決めた!私…!
「……私は言ったわよ。『ハヤテ君が本当に大好き』って。それが答えじゃ不満かしら?」
私はハヤテ君の想いを受け取る事にした。
「ヒナギクさんっ…!」
初めて私が告白した時みたいにきゅっとハヤテ君に優しく抱き寄せられる。
「今度は歯を当てないようにしますね。ちょっと痛かったですから…。」
「……そうね。」
「………。」
優しく、ソフトタッチで私たちは唇を重ねた。
2回目だけれど、今回もちゃんと意味のあるキス。
これからはずっと一緒という誓いを込めて。
そして、この想いは絶対に揺るがないという誓いも込めて。
完