「助けに来たよ!!アーたん!! さぁ!!早く僕と一緒に…!!」
剣の山を突き破って、今にも串刺しになりそうなアテネに手を差し伸べるハヤテ。
「ハヤテぇ…ハヤテぇ!!」
涙を流しながらハヤテを抱きしめるアテネ。
「ごめん…少し来るのが遅れた。」
「ううん…いいの…もういいの…。 もう…。会いたかったの…ハヤテ…。」
こうして…劇的にハヤテがアテネを救出した。
そして…10年間お互い待ち焦がれた再会の時間。
「ハヤテ…」
「え…は…!!はい!!何!?」
「背中が少し…スースーしますわ…。」
ハヤテの足の間に座ったアテネが、そう言った。
「へ?あ…じゃあ…僕のジャケットを…。って!!いたた…!!痛いよアーたんなんでつねるの!!」
「そんな男物のジャケットを羽織らせて私にどうしろというの? そうじゃなくて………その…あるでしょ!?ほら…」
「けど、この家のどこにちょうどいいストールがあるかなんて、僕には分からないよ?」
「ですからストールとかではなくて…!! もっとこう…適度に温かいものがあるでしょ…? 私の後ろに…ずいぶんとにぶい…………」
最後まで言ってしまって、アテネは顔を真っ赤にする。
「……あ…。」
ここでようやく…アテネが言いたい事を理解したハヤテ。そして、
「えっと…これで…いいかな…?」
ハヤテがそっと…後ろからアテネを抱きしめた。
「うん…それでいいですわ…。」
………………
と、その体勢がしばらくして慣れてくると、ハヤテはある問題を抱えはじめた。
(マズい…これは絶対マズい…!!)
間近に感じる好きな女の子の感触と香り。そして密着している下半身。
「女の子みたいだ」といろんな人から言われるハヤテも…立派で健全な思春期真っ只中の16歳の男の子なのである。
(っ……!動かないでアーたん!!)
アテネの感触を変に意識しないように耐えるも…それは無駄な事だった。
ハヤテの「男」が徐々に鎌首をもたげ始めてしまっていたのだ。
(気づかれないように…気づかれないように…落ち着くんだ綾崎ハヤテ!)
こんな事アーたんに絶対にバレる訳にはいかない…!!と自分を落ち着かせようとする。
だが…。
「とりあえず10年前の…あの後の話をしましょうか…。………あら?」
自分の背後に何か異物感を感じるアテネ。
「!!」
ビクッ!とハヤテは体を硬直させる。
「何か背中に変な感じが…ハヤテの服に何かが入ってるのかしら?」
と、アテネは後ろに手を伸ばす。
(あっ…!)
(えっ…!?)
アテネの手が、ズボンの上からとはいえ・・・触れてしまった。
そしてその変な感触を与えているものがハヤテのズボンの下にある事と、そしてそれが熱を持っている事が分かると、アテネは顔が真っ赤になった。
「ハヤテ、その…これはどういう事です?」
「ご…!ごめんアーたん!!僕何も変な意味じゃなくて…その…アーたんが柔らかくて…。ごめん!だ、大事な話をしようとしてるのに!!」
ハヤテは同じく顔を真っ赤にしながら平謝りした。
「………。」
(最悪だ・・・)
気まずく、そして重い空気が二人を包む。
「ハヤテ…」
先に口を開いたのはアテネだった。
「何?アーたん…。」
申し訳なさそうにハヤテが答える。
「私…別にあなたがそうなったからといって、別に……怒ったりしませんわよ? ただ…驚いただけです…。」
顔の紅潮は引かないままか、それかもっと熱くなりながらアテネは言う。
「アーたん…。ごめん…。」
「だから…謝らない。私がこうしろと言ったせいでこうなったのですから。」
「………。」
「だからハヤテ、10年ぶりに会えたこの日に………じ、10年前にはできなかった事を、……好きあっている者同士がする事をしてみません?」
「……!!」
アテネの斜め上を行く発言に、ハヤテは言葉を詰まらせる。
「ま、まさかアーたん、そ、それって…」
その「意味」について、ハヤテは自分の思っている事と合っているかどうかアテネに確認を取ろうとする。
「ハヤテは…女の子に恥ずかしい事を言わせる事が趣味なんですの!? わ、私を抱けと…ハヤテは私にそう言わせたいんですの!?っ・・・・・・!!」
「あ………。」
(私としたことが……言ってしまいましたわ…!!)
自爆してしまった事に気づいてもう頭がショートしそうなくらいに熱くなる、そして赤くなるアテネだった。
「ところで・・・アーたん。」
ハヤテが少し困ったような顔で言う。
「何?」
「ここにはその…『出来ちゃわないようにする道具』ってあるのかな?」
「……ありませんわ。」
言葉の意味を理解して、少々声が裏返りながらもぴしゃっと言うアテネ。
「ないの!?」
「何か問題でも?」
「大有りだよ…。もしアーたんがその…僕のせいで出来ちゃったりしたら僕は…。」
人差し指を前で突き合わせていかにも困ったというような感じで、そして恥ずかしそうに言うハヤテ。
「あら…私はハヤテの好きな人ではなかったの?」
「それは違うよ!けど………。」
慌てて言葉を返すハヤテ。
「私は別に、この一夜であなたの子を身篭ってしまったなら…それはそれで本望ですわよ?私も……ハヤテの事が好きですから。」
「………。」
ハヤテは言葉が出ない。
「……愛する人の子を身篭ることに何が困ることがあるんです? …私が面倒を見ますし財力だって問題にもなりませんわよ?」
そう言いつつもやはり恥ずかしいのだろう、アテネは小さい声で続ける。
「だから…ただ私を、私の10年分の想いを、私からハヤテは受け取ってくれればいいのですわ。」
(アーたんがそこまで真剣に言ってくれているのに僕は…僕は…っ!!)
アテネの真剣な想いに、ハヤテの心が固まる。
そしてハヤテは…覚悟を決めた。
「………分かったよ。アーたん。アーたんがそこまで言うんだったら、僕も・・・その気持ちをしっかり受け取るよ。けど…これだけは言わせて。『絶対何があっても、僕が責任を取る』から。」
「……分かりましたわ。約束…ですわよ。……それでは、始めましょうか。」
「!!」
アテネはハヤテを・・・ゆっくりと押し倒した。
押し倒して、アテネはさらにハヤテを抱きしめる。
アテネの抱きしめる力に応えるように、ハヤテもアテネを抱きしめ返す。そして…
「ん…ちゅっ…」
アテネがハヤテの唇を奪った。
10年ぶりのキスの感触。ただし今回は10年前のような唇の触れ合うだけのものではなかった。
「んっ……」
「……!?」
温かく濡れたアテネの舌がハヤテの口内に生き物のような感触で侵入してくる。
その感覚に何も考えられなくなりそうになりながらも、ハヤテも負けじとアテネの口内へと舌を差し入れる。
「っぷ…ん…。」
10年間の時間を埋めるように長く、そして貪欲に二人は濃厚なキスをした。
「ふっ…」
二人が唇を離すと、その間には唾液で銀糸の橋が架かった。
「ハヤテぇ…」
「アーたん…」
熱に浮かされたような目で見つめあう二人。
「……服、脱がせてもいいかな?」
ハヤテがゴクッ、と唾を飲み込んで言う。
少し間を置いて、
「……これ、複雑ですから自分で脱ぎますわ…。ハヤテは後ろを向いてなさい。」
と、真っ赤な顔でアテネが言った。
「う、うん…分かったよアーたん…。」
後ろを向いたハヤテの背中の向こうで、服を脱ぐ衣擦れの音が小さくする。
そして、最後にパサッ…という音の後、
「もう…こっちを向いても良いですわよ?」
震えた声のアテネの声を聞いて、ハヤテが向き直った。
「………うん。」
ハヤテが向き直ると、そこには生まれたままの姿になったアテネが立っていた。
「あ…あまり見ないでくれません?」
胸と股間をそれぞれ片手ずつで隠しながら、アテネはこれ以上ないというくらい顔を真っ赤にして言う。
「…アーたんはやっぱりキレイだね。」
「なっ…!何恥ずかしい事を言っているのですか! ……あ、そ……そうですわ!あ…あなたも早く脱ぎなさい!」
アテネはハヤテの言葉に照れを隠しながら強く言う。
「あっ…!ごめんアーたん!ちょっと待って、今すぐ脱ぐよ…。」
言われて5秒でアテネの前に向き直るハヤテ。男の服の脱ぎ着は早い。
10年前に見たお互いの体は、今やそれ相応に成長していた。
「………!」
アテネはハヤテの男にしかないものを見て息を飲む。
その立ち上がった大きなものでこれから自分を貫かれると思うと恐怖心さえ覚える。
「ハヤテ…。」
「…な、何かな?」
「それ……少し触ってもよろしいですか?」
その恐怖心を振り払うかのように、アテネは逆の事を言った。
「……い、いいよ。」
ハヤテの了解を得て…少し震えながら、アテネの右手がハヤテへと伸びる。
「………。」
「っ…!」
軽く握って感じた硬く熱いその感触にアテネは頭がくらくらしそうになる。
そしてハヤテの押し殺したような声にアテネはそうなりながらも聞く。
「どうか…したんです?」
「ちっ違うよ!た、ただ…他の人に触られるなんて初めてだったから…」
ハヤテももう頭がショートしそうだった。
「…そう。ならハヤテ…確か男の方ってこうすれば・・・。」
「へっ!?」
アテネはそう呟くと、ハヤテの先端に…口付けた。そして、
「んっ……。」
さらに奥へと銜えた。
「あっ……。ぅっ…!! ア、…アーたん!?」
熱く濡れたアテネの口内の感覚にハヤテは腰が砕けそうになる。
アテネだってやり方を知っているわけではなく、こうすれば男は快楽を得られるということを知識として知っているだけであった。
技術こそ拙いものだったが、不規則にハヤテを刺激する舌の動きと、時々当たる歯の感覚、そして何より自分のものを好きな女の子が刺激させているという事を目で見てハヤテはどんどん追い詰められていく。
そして…
「んむ…ぴちゃっ……。」
だんだんやりやすくなってきたのか、少々ではあるがスムーズにハヤテを刺激していくアテネ。
その刺激にハヤテの限界は着実に近づいて、そして…
「もっ…もうだめアーたん!!離れて…!ううっ…!!」
ハヤテがついに、アテネの口内に白濁を吐き出した。
「!? ――――!」
脈動するものに驚くアテネだったが動けず、口内がむせ返るような匂いとそして妙な味のドロリとした液体に犯される。
執事として紳士的、それに禁欲的な生活を送っているハヤテといえど溜まってしまうものは溜まり、久々の放出にそれは濃く量の多いものとなっていた。
「か…けほっ!ごほっ!」
脈動が終わってものが抜けた途端に咳き込むアテネ。
白濁した粘りのある液体が咳とともに下へと落ちる。
「ご…ごめんアーたん!我慢できなくて…!早く吐き出して!」
口内で達してしまって平謝りするハヤテ。
「けほっ…。すごく…粘つくんですね。そして変な味ですわ。」
少々まだ口内に残っているのか、少々気持ちの悪そうなアテネだった。
「ごめん…。…出しちゃって。」
「…いいんですのよ。私がはじめた事ですから。それに私の拙い技術でハヤテが気持ちよくなれたのなら嬉しいですわ。」
口の端にわずかに白濁がついた顔でアテネが言う。
その表情にハヤテの抑えてきた性欲がどんどん湧き上がっていき、そして、
「じゃ、じゃあ…今度はアーたんの番…だね。」
ハヤテはそう言うと、
「えっ!?ハヤ…キャッ!?」
さっきとは逆に、アテネをそのまま押し倒した。
「アーたん、触っても…いいかな?」
押し倒したのはいいものの、了解を得るまで自ら手を出すことはしないといったところがハヤテらしい。
「………。」
もうとても恥ずかしくて見てられない、という思いなのか、アテネは目をギュッと閉じてかすかに頷いた。
「大丈夫、優しく、触るから…。」
ハヤテの手が胸へと伸びる。
「「あっ…。」」
ハヤテは柔らかい触感に、アテネは他人に触られたことのない未知の感覚に同時に短く声を上げる。
そしてハヤテはそっと、ゆっくりとアテネの胸を揉む。
「んっ…。くぅ…っ。」
揉むたびにアテネから短く、そして熱に浮かされたような吐息が漏れる。
(ここは…どうかな?)
「んあっ!!」
ハヤテが桃色に色づいた胸の先端をそっと押すような感じで触ると、アテネは先ほどより一際大きく声を上げた。
「はあっ・・・あっ・・・。」
その後も胸を刺激され、アテネは荒い息をつく。そして・・・。
「あの・・・ハヤテ・・・。」
「・・・何、かな?」
「・・・私を、私の全てを・・・もらって下さい。」
濡れた瞳で上目遣い、そしてその顔は紅潮し・・・ハヤテはそんなアテネの表情を見て、
「・・・・・・うん。本当にいいんだね?」
と聞き返すことしか出来なかった。
「・・・。」
アテネはまた、わずかに頷いた。
・・・・・・・・・・・・
「・・・いくよ?」
ハヤテは自身をそっとすっかり濡れそぼったアテネのものへとあてがう。
さっき一度果てたはずのハヤテのそれは再び立ち上がっていた。
・・・この年頃の少年なら当たり前といえるのかもしれない。
「・・・私を貫きなさい、ハヤテ。」
ハヤテはその言葉を聞くと、ゆっくりアテネの「聖域」へと腰を押し込んでいった。
当然、2人ともそんな事をするのは初めてだった。
「っ・・・・・・!!いた・・・・・・!」
ハヤテがアテネの聖域へ少し侵入したところで、アテネは破瓜(はか)の痛みに襲われる。
その痛みにアテネは顔を歪めて涙を浮かべ、ただただ耐えていた。
そんなアテネの表情にハヤテは申し訳ない気持ちになる。誰だって好きな人の苦痛な顔は見たくないのだ。
「アーたん、すごく痛そうだけど・・・やめt」
「ダメ!!やめちゃダメ!何のためにやるって言ったんです!?はっ・・・10年分の想いを、私はあなたに受け取って欲しいんですのよ?」
ハヤテが言い終わらないうちに、アテネが止める。
「私は・・・大丈夫だから!だから続けて・・・貫きなさいハヤテ!」
痛みをこらえながら引きつった作り笑顔で言うアテネに、ハヤテはただ頷く以外の選択肢はなかった。
そしてゆっくりと侵攻したハヤテは・・・ついにアテネの最奥へと到達した。
「アーたん・・・。」
その体勢から動かずにハヤテはアーたんに声をかける。
「っ・・・・・・ハヤテが、奥まで・・・。」
「・・・うん。・・・やっぱり痛い?」
「すごく・・・痛いですわ。でも、これがハヤテが私の全てをもらってくれたという証の痛みですから・・・そう考えたら耐えられます。」
先ほどよりは痛みに慣れたのか、それとも痛みを感じにくくなっているのか、アテネは少し落ち着いた声で言った。
「・・・動いて、いいかな?」
「・・・優しくお願いね。」
そのアテネの言葉通り、ハヤテはゆっくりと動く。
「っ!んあっ・・・!」
未知の感覚がアテネの中を駆け抜ける。
そして心なしかハヤテの動きが早くなる。
「ああっ!んっ・・・く・・・。」
「んぅっ!はぁ・・・!あっ・・・!」
「・・・ごめんアーたん、僕もう・・・止まれないっ!」
さらにハヤテのスピードが上がる。
「ハヤ・・・ああっ!んあ!ふっ・・・!」
さらに強い刺激に、アテネは何も考えられなくなる。
思考回路は麻痺し、ただただやってくる未知の快楽に身を呑まれる。
そして・・・アテネの最奥を叩き続けるハヤテにも快楽の限界が近づく。
「も・・・もうダメっ・・・!アーたん・・・くうっ!!」
ハヤテがアテネの最奥を突いたと同時にアテネの小さな体を抱きしめて、ハヤテは・・・果てた。
「ハヤテ・・・!!ああっ・・・!」
アテネもまた、自分の中でハヤテが脈動し熱いものを放った事を理解した。
繋がったまま、息を整える2人。
「・・・終わったよ、アーたん。」
そう言って自身を引き抜こうとしたハヤテを今度はアテネが抱きしめて止める。
「えっ!?」
「・・・・・・その・・・言いにくいんですけど、もう一度・・・・・・・・・しません?」
自分からそんな事を言うのは恥ずかしいのだろう、最後の方は消え入りそうな声で言うアテネ。
「いい・・・の?」
アテネがそんな事を言うなんて信じられなかったハヤテは・・・思わず聞き返した。
「2度も聞かない。・・・10年の時間を、想いを・・・たった十数分で埋められると思います?」
「計ってたの?」
「い、いえ!そういうわけではありませんけど・・・。」
「・・・アーたんがいいなら、僕は・・・そうするよ。」
2回果てたハヤテだったが・・・この状況にアテネの中で再び勢いを取り戻す。
「んっ・・・・・・。」
今度はお互いが抱き合う形で、2人は2回目を始めた。
そして・・・夜空が白み始める頃。
2人はあの後そんな空を眺めながら、途切れてしまった10年前の話の続きをした。
「だから・・・お嬢さまは今の僕にとって・・・命そのものなんだ。」
ナギの事をそう笑顔で言うハヤテに、アテネは全てを理解した。
(本当は・・・あなたにもう一度・・・。)
そんな想いをアテネは胸の内にしまって、
「私・・・・・・日本には帰らないわ。だから・・・ここでお別れね。さようならハヤテ。会えて嬉しかったわ。」
アテネは・・・哀しい決断をした。
「日本には帰らないって・・・どういう事?」
信じられないといった感じで、ハヤテが聞き返す。
「ハヤテ。あなたには、あなたの帰りを待っている、あなたの大切な人がいるでしょ?」
「・・・・・・・・・。」
「私と一緒にこの国には残れない。だったらもう行かなくちゃ。・・・だから、ここでお別れ・・・」
「・・・・・・・・・。」
ハヤテは何も言えずにいた。
「そんな悲しい顔をしないで?別に死に別れるわけじゃないのよ?・・・なかなか会う機会はないかもしれないけれど・・・大丈夫。いつかまた会えるから・・・。」
後ろを向いていたアテネはハヤテに向き直って、言った。
「け・・・けど・・・!!」
「だったら私と一緒にこの国に残る?一億五千万の借金も・・・私が肩代わりしてあげるわよ?」
そう言われて、ハヤテは黙り込む。
(僕だって・・・出来ることならずっとアーたんのそばに居たい!!だけど・・・だけど・・・!お嬢さまは僕の恩人で、僕は一生お仕えすると決めて・・・!!だから・・・だからっ!!)
ハヤテの心は一瞬確かにぐらついた。しかし・・・それがそのぐらついた方向へ行くことはなかった。
今は誰より何よりも・・・ハヤテはナギが大事だったから。
「そ・・・それは・・・。」
「ね・・・?出来ないでしょ?」
寂しさが混じった笑みを浮かべそう言ったアテネに、ハヤテは目線を外して黙りこんだ。
「じゃあもう行きなさい。みんなが心配する。」
「あ・・・!!アーたん!!」
「さようならハヤテ。そしてありがとう。」
「私ね・・・あなたの事が本当に好きだったのよ・・・。」
去って行くアテネが、振り向きざまに初めて言った・・・告白だった。
「・・・・・・!!」
その言葉と表情を見て、ハヤテの胸のうちに10年前の光景が甦る。
全てに絶望して、もうどうでもいいと思ったあの日手を差し伸べて絶望から救ってくれた彼女。
大きな家に住み込みで執事にしてくれた彼女。
大声で彼女の、いや好きな人の名前を叫んだ。何度も何度も。
初めて彼女にほめられた時はうれしくて泣いた。
いろんな事を彼女から教わった。それがあるから今の僕が居る。
最後は大事な指輪をもらった。けど親にだまされて彼女と喧嘩別れをしてしまった。
10年来の想いをようやく形にしたはずなのに、それが今、また離れ離れになるなんて・・・!!
(・・・・・・っ!!)
去って行くアテネの姿を見て、ハヤテの頬を涙が伝う。
「僕も・・・!!」
ハヤテの声に、去って行くアテネが立ち止まった。
「僕も・・・!!君の事が好きで・・・!!本当に好きで・・・!!だから・・・!!ひどい事言ったの・・・ずっと謝りたくて・・・!!」
流れる熱い涙は止まらなかった。
「だから・・・!!だから・・・ごめんね・・・ごめんね・・・アーたん・・・ごめん・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「ごめん・・・なさい・・・」
何度も何度も謝るハヤテへ、アテネが再度向き直った。
「相変わらず・・・泣き虫なのねハヤテは・・・。」
少々あきれた感じの声でアテネが言う。
「アーたん・・・。」
ハヤテの涙はまだ止まらない。
「まったく・・・そんな事、別に怒っていませんわ。でも・・・ありがとう。やっぱり・・・・・・優しいのねハヤテは・・・。」
「そういう優しいところが・・・私は大好きよ。」
「けど・・・私はもう大丈夫だから・・・」
そう言ってハヤテの頬に手をかけるアテネ。
「だから・・・私のために流す涙は・・・。」
・・・・・・・・・
「これで最後よ。」
先ほどとは違った、軽い・・・しかし意味を持ったキスだった。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
無言でお互い正反対の方向へ去っていく2人。
こうして2人の最初で最後の一夜は・・・終わりを告げたのだった。
明け方、ハヤテはホテルへ戻った。
皆が寝静まった中そっと自室へ戻って・・・ハヤテは少しの間眠ることにした。
寝る前にふとハヤテは思う。
(いつか・・・もう一度あるのだろうか?)
(誰かを本当に好きだと言える日が・・・もう一度――――)
うっすらと頭の片隅に浮かぶのは、2人の金髪の少女。
(もう一度誰かを好きと言える日が・・・そんな日が・・・僕にもまた・・・・・・)
そんな事を考えるうちに、ハヤテは眠りに落ちた。
・・・・・・・・・・・・・・・
――――それから2年半後。ハヤテは19歳になっていた。
ハヤテはあの時の疑問に答えが出せていなかった。
というより出せなかった。あの日以降、アテネの事を想わない日は一日もなかったからだ。
そんな未練だらけの自分に決別したくて、誰かを好きになってみようとはした。
でもやはりダメだった。アテネのように、自分が本当に心の底から好きだと思える異性は居なかった。
そしてそんなある初夏の日・・・突然、ナギはハヤテにこんな話を持ちかけた。
「ところでずっと思っていたんだがハヤテ・・・結婚式はいつにしよう?」
少し照れた表情でいきなりそんな事を言うナギ。
「はい!?」
突然そんな事を言われて思わずすごい顔でナギのほうを向くハヤテ。
「何を驚いている・・・。私も去年の冬で16だ。届けさえ出せば法的にも夫婦と認められるようになった。だからそろそろ・・・いいじゃないか。」
ハヤテが言ってくれなかったから私はずっと言わなかったんだが・・・とナギが少し赤くなりながらさらに付け足す。
一方、ハヤテの頭の中はパニック状態だった。
(えっ何でお嬢さまが僕と結婚!?ちょっと待って下さい一体何が起こってるんですか!?プロポーズとかもした覚えありませんよ!?でもこれが冗談だと思えないしここでなんか言ったら僕はお嬢さまと一緒に・・・でもそれは・・・!)
「どうした・・・?」
ハヤテは突然の選択に言葉が詰まる。
(ごめんなさい・・・お嬢さま・・・。僕、・・・自分の本心に嘘はつけないです!!)
ハヤテは覚悟を決める。
「ぼ・・・僕には・・」
「・・・?」
「・・・ずっと想ってた好きな人が・・・・・・居ます。」
「・・・・・・・・・っ!」
衝撃の言葉に黙り込むナギ。
「ごめんなさいっ!!でも僕はお嬢さまに嘘はつきたくありません!!それに・・・こんな事を思っている僕がお嬢さまと結ばれるのは・・・お嬢さまに失礼過ぎます!!」
「・・・・・・・・・。」
沈黙。
それを先に破ったのはナギだった。
「・・・・・・・・・言いたい事はそれだけか?」
今にも泣き出しそうな声でそう言うナギ。
「・・・・・・はい。」
「それで・・・どんなヤツなんだ。お前の好きなヤツって。」
「はい。その人は――――」
ハヤテはアテネの事を全て話した。
幼い自分を救ってくれた事、ずっと想い続けていた事、そして3年前のあの日の夜の事。
泣きそうになりながら話を聞くナギに心を痛めながらも、これは今まではっきりしなかった自分への罰だと思ってその痛みに耐えながら話すハヤテ。
「最低ですよね。僕は・・・。」
「あぁ。そうだな。」
冷たい声で言い放つナギ。
「実はな・・・私も前の誕生日の日にお前に内緒で、お前と初めて出会った日の真実をマリアから聞いたよ。」
「・・・・・・・・・!」
ナギの口から出た衝撃的な言葉にハヤテが身を凍らせる。
「全部私の勘違いだったんだってな。」
淡々と感情のない声でナギは続ける。
「そんなはずはないと信じてた。・・・でも、やっぱりお前の好意は私には向いていなかったようだな・・・」
泣く手前・・・そんな表現が近かった。もうナギの目には涙が溢れ、今にもこぼれそうだった。
「ごめんなさい・・・お嬢さま・・・。」
そんなナギに泣きながら頭を下げるハヤテ。申し訳なさでいっぱいだった。
「いいんだ。今なら分かる。明確に好きと言っていなかった私も悪いんだ。もっとも・・・お前の眼中には私が映っていたわけではなかったようだし、私が告白したところで相手にもされなかっただろうがな。」
自嘲的な声でどんどん自分を追い詰めていくような言動をするナギにハヤテは胸が締めつけられそうになる。
「お嬢さま・・・ですが僕は」
「いい。それ以上しゃべらなくていい。お前の事だ、どうせ『それでも僕はお嬢さまに一生お仕えいたします』とでも言うんだろう?」
「・・・・・・・・・。」
その後の言葉をハヤテは予想した。
罵倒だろうか。・・・当たり前だ、自分は最低な事をしたんだから。
クビになっても仕方ない。でもお嬢さまへの借金を何をしてでも返さないと・・・。
ハヤテはそんな事を考えながら身を小さくして、ナギの言葉を待った。
「当たり前だ。そんな分かりきった事・・・今更言うな!」
「えっ?」
予想の斜め上を行く言葉にハヤテは顔を上げる。
「私がお前が好きだったのは本当だ。でも・・・それは私だけの想いだった。けど・・・お前のそれは私との約束だ!!それに契約でもある。・・・・・・それを破ったりなんかしたら・・・許さないんだからな・・・・・・!」
言葉の後ろの方では・・・もうナギは泣いていた。
「お嬢さま・・・」
「ハヤテ・・・もう恋人なんかじゃなくたっていい。お前は・・・私の執事だよな?」
「・・・・・・はい!お嬢さま。」
力強くハヤテは答える。
「ぐすっ・・・今までお前にはたくさん守ってもらったり助けられたりしたけど・・・これからも、私を守ってくれるよな?」
涙をぬぐって、ナギは答えを待つ。
「はい!!」
ハヤテはもう一度、はっきりとした返事を返した。
「・・・ハヤテ。」
「はい。」
「私はお前が来てから・・・お前からいろいろお金では買えない大事なものをもらった。それにいろんな事を教わった。この3年は本当に楽しかった。漫画家としてデビューができたのもハヤテのおかげだ。」
「そんな・・・」
ナギはこの3年で大きく成長した。
この年の漫画賞を獲る事は出来なかったものの、千桜と描いた同人誌が編集者の目に留まりついに増刊の雑誌ながら千桜とペアを組んで漫画家デビューするまでになった。
そして親類の愛沢家や使用人のクラウスやマリアの嘆願もあって、帝からもやっとその功績が認められ特例として遺産相続の権利は復活し3人は元の屋敷へと戻っていた。
「だからいっぱいいろんな事をしてくれたお前に褒美をやりたいと思うんだ。・・・・・・ハヤテ。今すぐギリシャへ飛べ。」
「はい?」
突然のナギの命令に驚くハヤテ。
「・・・・・・・・・会いに行ってこい。お前の好きな人に。ついでに・・・本当の決着をつけてこい。私を振ったのはそのためだろう?」
「・・・・・・はい。今すぐ・・・行きます!」
「絶対、一人で帰ってくるなよ!」
「はい!」
こうしてハヤテは、一路ギリシャへと向かった。
今度こそ・・・自分の想いを固めるために。
地中海に降り注ぐまぶしい日差しの中を新品の執事服を着たハヤテが歩く。
3年前歩いたあの道を、もう一度。
あの時ハヤテが崩壊させた屋敷はきれいに再建されていた。
門の前に立って、ハヤテは深呼吸する。
「・・・よしっ。」
決心を固めて、ハヤテは門を開ける。
庭を歩いていくと、その姿を見つけることが出来た。
2年半前からさほど変わらない、黒いドレスに身を包み、扇子を持って高台から風景を眺める彼女の姿が。
「・・・?」
足音に気づいて、アテネが振り向いた。
「ハヤテ・・・何故?」
そして・・・突然の訪問者に驚いたような顔をする。
ハヤテはアテネに笑顔を向けて・・・その後真剣な目で、こう言った。
「迎えに来たよ、アーたん。」
完