X月X日  
 
とうとう私は家を出た。これで3日目。  
世界を襲った不況の波は想像を絶するものだった。  
ウソのように三千院財閥は傾いていき、傘下の企業が次々と倒産していった。  
そして、経営権はお祖父様から他人へと移ってしまった。  
財産も屋敷も失い、使用人は次々と去っていき、マリアとハヤテだけが残った。  
伝手を頼って公営の団地へと引っ越した。ボロボロで所々にひびが入っている、寂れた団地だ。  
4人での狭っ苦しい団地暮らしは窮屈でイライラする。  
ルールを作るには歴史が足りなくて、ささいなことでケンカが絶えない。  
ある時、ハヤテが生活費を請求してきた。  
「少しはバイトの給料、家に入れて下さい。今の状況、わかってるんですか?」  
私はブチ切れた。  
大体、あんたの働きが悪いからこうなったんだ!  
あんたのその不幸を呼ぶ体質が、私たちをメチャクチャにしたんだ!  
私は持っていたグラスをハヤテめがけて投げた。  
グラスはハヤテの額に当たって、びっくりするほど血が流れた。  
ハヤテは無表情のまま、血を流したまま立ち尽くしていた。  
マリアは声を殺して泣いた。お祖父様は烈火の如く怒った。  
私は家にいられなくなった。  
ネットカフェを転々としていたが、このままじゃ明日はない。  
グラスのことをハヤテに謝ろう。  
私は携帯を取ったが……  
「……着信拒否になってる!」  
家に戻って謝ろう。  
 
ピンポーン……  
「……!」  
「……開けるな。ナギだ」  
「し、しかし!」  
「開けるな」  
 
「開けて……! 開けて!! 開けてよ!! 開けろ!!」  
何度ベルを鳴らしても、ドアを叩いても、返事はない。  
「開けてよ……ねえ、開けてよ……ねえ……」  
私は帰る家を失った。  
 
 
 
 
 
傷つき、ボロボロになってナギは家に戻った。  
もう帰る所は他にない。入れてくれるまで、土下座でもなんでも、何日でもし続けよう。  
ナギは震える手で、ドアのベルを押した。  
「……」  
しかし、何の返答もない。  
「……やっぱり、開かないか……」  
ガチャ……  
開いた!?  
「お嬢様……」  
出てきたのはハヤテだった。額には、絆創膏が貼ってある。  
「……」  
「……」  
沈黙がしばらく続く。  
一番言わなければならない言葉が、出て来ない。  
『ごめんなさい』が。  
「……お帰りなさい。さあ、入って下さい。お腹すいたでしょう」  
ハヤテの優しい言葉を耳にした瞬間、ナギの目から涙が溢れ出た。  
「……さい……」  
「?」  
「……ごめんなさい……」  
絞り出すように、ナギはやっと言いたかった言葉を口にした。  
「え、あ、いやその……」  
「謝って済むことじゃないぞ。過ぎたことはもうどうしようもない」  
後ろから帝が姿を現した。  
「とにかく入れ。マリアに食事を作らせる」  
わっと泣き崩れたナギを、ハヤテは抱えるように家の中に入れた。  
 
「実は宝くじで100万円当たったんですよ」  
「ええっ! ホント!?」  
「そうだ。だから特赦って奴だ」  
「お食事をお持ちしました」  
マリアが持ってきたのは、すき焼きの鍋だった。  
「わあ、すごい!」  
「おいしそうでしょう。久しぶりですよね。ささ、食べましょう」  
「ハヤテ……」  
「なんですか、お嬢様。改まって」  
「ごめんなさい……」  
「ははは、もういいですよ。怒ってなんかいませんから。綾崎ハヤテは不死身です。ははは」  
「うえっ、ぐすっ、ぐすぐす……わあああ」  
堰を切ったように、ナギは声を上げて泣き出すのだった。  
 
 
ナギが寝た後で……  
「……ナギには悪いが、生活のためだ」  
「そうですよね。お嬢様にこういった形とはいえ、一働きして頂かないことには」  
「それにしても、あれは痛かったなあ。怒ってないわけないでしょ。人の顔に傷をつけてくれて」  
先程の優しい雰囲気が嘘のように、3人はどす黒い笑顔になっていた。  
「ですよねえ」  
「お嬢様には、これからもたっぷり苦しんで頂きましょう。それこそ何倍にもしてお返ししますよ。  
今まで僕がされた仕打ちはこんなもんじゃないんですから。くくく……」  
 
END  

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