「なぁ、野々原。最近、桂さんよく笑うよな」  
「そうですか? もともとよく笑う方だと思いますが」  
「違うんだよ。笑顔の種類が」  
 ずっと、桂さんを見ていた僕だからわかる。そう、こんなことは言 
いなくはないが……  
「若、恋する乙女は綺麗になるといいますし」  
「……野々原。お前、言いにくいことをあっさりと」  
「言ったところで現実は変わりません、そして若自身自覚していらっ 
しゃるというのに何を躊躇う必要がありますか」  
 確かにそうだが、もう少し遠慮というものが欲しい。ときどきこい 
つが自分の執事だということを忘れそうになる。  
「で、若は、私に慰めて欲しいのですか? そんな糞みたいな理由で、 
こんなしみったれた話をしたのなら、教育が必要ですね」  
 野々原は、笑顔のまま、バックに魔界から炎の妖力を餌に呼び出さ 
した黒龍を従え迫ってくる。  
「違う、このままじゃ、あの執事に桂さんを持っていかれちまう。だ 
から、桂さんを、奪い返すための作戦を練るために力を貸してほしい 
んだ」  
「ほぉ、坊ちゃんにしては前向きな発想ですね」  
 どうやら、黒龍は、魔界に帰ったようだ。冷や汗が頬を伝う。  
「早速だが、僕があいつに劣っている点を教えてくれ」  
 そう、敵を知り、己を知れば百回戦っても負けないのだ。第一、あ  
いつの優れた点を知れば、それがそのまま桂さんを手に入れるのに役  
に立つ。  
「お金以外全てです」  
「って、おい!!」  
「まぁ、まぁ、落ち着いてください坊ちゃん。冷静に考えればわかり  
ますよね。 顔で勝てますか? 頭で勝てますか? 身体能力で勝て  
ますか? 対人スキルで勝てますか? 家事全般で勝てますか?」  
 勝てる気がしない。なんだかんだ言って、あいつはスペックが高す  
ぎる。そう、正面から戦うのは、ブランカで待ちガイルに挑むような  
ものだ。  
 
「で、坊ちゃまは、今の私の言葉から、活路を見出したのですよね。  
東宮家の次期当主でしたらそれくらいは当然ですよね」  
 まずい、また黒龍が戻ってくる。  
 どうすればいい? 普段は錆付いている脳みそが、めずらしく全力  
稼動している一朝一夕で欠点が改善されるわけがない。なら、唯一勝  
っている金の力を使うしかない。  
 高価なプレゼント? むしろ手作りのものを喜ぶ  
 高級レストラン? 桂さんより腕のいいコックなんてしらない  
 いっそ現金で? だから無理だって  
「はい坊ちゃま、カウントダウンですよ3、2」  
「ま、待ってくれあと少しで……」  
 なまじ、桂さんの情報を持ちすぎている(少し非合法な手段を使っ  
てまで得た)せいで、逆に浮かばない。何か弱点は……そう、例えば、 
金に困った身内とか、そうか、その手が  
「野々原思いついたぞ、よく聞け……」  
 口に出して、初めて気付いた。たしかに今言った通りに言えば、十  
中八九、桂さんを手に入れられるだろう、しかしあまりにも酷すぎる。 
 
「流石、若!! そうです。綺麗事だけで世の中渡っていけません。  
しかし、だからといってここまであくどいとは。いやはや。若は成長  
なされた」  
 大げさなリアクション。涙を滝のように流している。いや、待て、  
早くとめないと取り返しのつかないことになる。  
「そ、その野々原」  
「まさか、若。やっぱり、止めるなんていいませんよね? そうです  
よね。このままだと、間違いなく桂さんはもって行かれてしまいます  
よね。ぶっちゃけ、卑怯なことでもしないと桂さんは坊ちゃまの手に  
は届かないですしね」  
「だけど、その」  
「もしものとき若は笑えますか?」  
 そう、僕は許せるのか? このまま何もしないで指をくわえていて、 
それで  
「野々原頼んだ。幾ら使っても構わない。急いでくれ」  
 だけど、限度は弁えよう。ただ、僕は、僕は桂さんと……  
 
「一体、なんのつもりでこんな手紙を出したの、誰だか知らないけど  
趣味が悪すぎるわ」  
 桂さんの良く通る声が、あたりに響き渡る。当然だが、桂さんは怒  
っている。それも当然だ。  
『両親に会いたければ、午後6時、校舎裏の銅像の前に来い』  
 こんな手紙を机の中に入れたのだから  
「桂さん、いえヒナギク。冗談のつもりはない」  
 意識的に口調を変える。形だけでも強がらないと、この場から逃げ  
出しそうになる。  
「へぇ、東宮くんだったの。あんまり人のプライベートに突っ込んで  
欲しくないんだけど」  
「残念ながら、関係なくはないんだ」  
「どういうこと!?」  
 そう、これは嘘じゃない。だって僕は、  
「ヒナギク。一度借金した人間が、なんの苦労もなく借金がチャラに  
なって同じことを繰り返さないと思うか?」  
 声が裏返りそうになる。何度もリハーサルしていなかったら醜態を  
晒していただろう。  
「まわりくどいわね。で、結局あなたは何が言いたいの??」  
「実は、キミの両親が、うちに4000万ぐらいの借金があるんだ。君や  
桂先生のところに取り立てが来るかもね」  
「……もう、他人よ。私たちには関係ないわ」  
 へぇ、桂さん、他人の不幸にそこまで深刻な表情が出来るんだ。  
 間違いなく、未だに過去を振り切れてない。債権を掻き集めて、転  
がして増やした甲斐があった。  
「わかってるだろう? そんな理屈通じないよ。ヒナギクの今の義両  
親にも迷惑をかかるだろうな。いい人そうだから払っちゃうんじゃな  
いかな?」  
「止めて!!」  
 
「別に、君の親じゃなくても、瀬川とか、三千院とか、彼女達に頼め  
ばヒナギクのためならそれくらい出してくれるんじゃないかな? そ  
れをわかっていて、どうしてヒナギクに何のアプローチもないって考  
えられるんだ?」  
 彼女は、絶対にそれを許さない。彼女は人を頼らない。いや、頼れ  
ない。あいつをのぞいて。しかし、今回に限ってはあいつでもどうに  
もならない  
「もういいわ。東宮くんは、 私に何をして欲しいの!?」  
 流石に頭がいい。そう、金が欲しいだけならとっくに今言ったこと  
を実行している。  
「ヒナギク、僕と付き合ってくれ。そしたら借金はチャラにしてやる  
し、両親とも会わせてやる」  
 流石に、即断できないのか、桂さんは考え込んでいる。方が震えて  
いるのは、たぶん怒りなんだろう。こういうときくらい弱みを見せて  
くれてもいいのに。  
「時間を頂戴。お願い。それまで待って、東宮くん」  
「康太郎。そう呼んでくれたら、明日まで待ってやる」  
「お願い。康太郎くん」  
 甘い響き、これであいつに並んだ。なのに何故かむなしいのはどう  
してだろう。  
 
 
「坊ちゃん。大成功ですね。なかなかの役者じゃないですか」  
「……その、野々原これでよかったのか?」  
「完璧ですよ。彼女に逃げ道はない。明日にはカップル成立ですよ」  
「僕は、僕は」  
 もちろん後ろめたさはある。情けなさもある。だが、それは初めか  
らわかっていたんだ。でも、どうしてもの足りないと感じているのだ  
ろう?  
「お取り込み中申し訳ございません」  
 やたら抑揚のない声が聞こえ、振り向いたと同時に平手打ちを食ら  
った。  
「痛っ、花菱さん」  
「キミキミとんでもないことをしてくれたね」  
 不味い、彼女に感づかれるとは思わなかった。  
「どうして?」  
「どうして? それは私が聞きたいわ。君がそんな事をするなんて、  
君は私と一緒だと思ってたのに」  
 わけがわからない。彼女は何を言っているのだろうか?  
「まぁ、今回はキミの勝ちだね。ヒナは絶対私の助けは受けないだろ  
うし。よくわかってるじゃない。ヒナ一人が不幸になれば事件は解決  
する。最高のシチュエーション」  
 
「違う、不幸になんてするつもりはない」  
「そう。どうでもいい。でもね覚えておいて。ヒナに手を出して無事  
に済むとは思わないで」  
 結局、その言葉を最後に彼女は姿をけした。彼女は、止めろとも、  
無理だとは言わなかった。それが返って不安になる。  
 野々原を睨み付けると、いつも通りのにやけ面。花菱さんが情報を  
つかんでいることも、今日ここで見ていたことも、全部こいつは知っ  
ていたのか?   
「なぜ、黙っていた」  
「若のためですよ」   
 糾弾しているというのに、なんら悪びれた様子を示さない。  
「そんなことより、いいんですか? 口ではああいっても、あの方が  
指を咥えて見ているとは思えませんが  
「なっ!?」  
 いてもたってもいられず、桂さんに携帯電話をかける。  
「なんででないんだよ!!」  
 苛立つ。そう、もう僕は一日も待てない、待ちたくない。  
「東宮くん。なに?」  
 なんだよ。もう、呼び方が元に戻ってる。あいつに追いついたと思  
ったのに。やっぱり駄目だ。僕は甘かった。  
「今から、さっきの場所に戻って来い……いや、剣道場だ。剣道場に  
来い!!」  
 どうせ、ヒナギクさんが今日は部活にでていないんだ。とっくに部  
の奴らは帰ってるだろう。そこなら邪魔が入らない。  
「明日まで待ってくれるって……」  
「返事は明日でいい。だから、いますぐ来い。なんだったら今からで  
も、桂家に借金取りでも送りつけてやろうか」  
 もう演技の必要はない。自然に声が荒くなる。  
「わかったわ。今から行く」  
 
 
「ねえ、東宮くん来たわよ。今度は何なの?」  
「ぐへっ」  
 不意をつき、後ろからいきなり押し倒そうとしたが、逆に投げ飛ば  
され床とキスしていた。  
「いきなり、何?」  
「抱かせろ」  
 倒れながら命令する。そう、例え地べたに這いつかばろうとも僕が  
王なのだ。  
 
「……東宮くん、何を言ってるの?」  
「康太郎だろ。セックスさせろっていってるんだよ!!」  
 僕はどうしようもなく不安だった。未だに、思い通りにならない桂  
さんも、意味深な言葉を吐いた花菱さんも。だから、早く手をうたな  
いと。もう、後戻りできないように。  
「抵抗するなよ」  
 肩を掴む。抵抗しない  
 押し倒す。抵抗しない  
 制服を無理矢理引き千切る。抵抗しない  
 顔を掴んで逃げ場を無くす。抵抗しない  
「今から、キスをします」  
 つい敬語になった。顔を近づけていく。  
 ああ、やっぱり怖いんだ。華奢な肩が震えている。  
 あと、3cm。  
 しかし、そこで止まってしまう。桂さんが泣いていたから。  
「あ、ああああああああああああああああああああああああああああ  
あああああああああああああああああああああああああああああああ  
あああああああああああああああああああああああああああああああ  
あああああああ」  
 
A 興奮する。あの桂さんを屈服させたんだ  
B 違う、僕が、僕がほしかったのはヒナギクさんの  
 

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