※あらすじ  
久しぶりに会ったハヤテと咲夜は、しっぽりバニーコスプレイを楽しんだのでした。  
 
「うわあ、もうこんな時間やないかぁ! ハヤテ、ほなウチ帰るさかいな!」  
「……ふぁい……、お気をつけて……」  
「ほな! ってこんなカッコで帰れるかー! あほー! って一人でツッコミさすな!  
 ああもう……、……よし、ハヤテ! この服たたんでここにしまっとくからな!」  
「……ふぁい……、お気を……」  
「聞いとんかい! ああ、巻田が目ぇ覚ましてまう……、そんじゃ!」  
「そんじゃー……、ふああ、さすがに、3回は……きつ……ぐぅ」  
 
『借金執事はメイドうさぎの夢を見るか?』  
 
「い、行ってきまーす!」  
「あんまり慌てると車に轢かれちゃいますわよー!」  
「平気でーす!」  
 さらっととんでもない返事を返す執事を見送ったマリアは、ほっと一段落の溜息を吐く。  
 今日はあのハヤテが珍しく遅刻をし、いつもより少々慌しい朝模様となったが、二人が  
いなくなると相変わらずこの屋敷も静かなものだった。  
「さて、これからお洗濯をして、それが終わったら部屋の掃除をしませんと……。旅行の  
 間、すっかり手付かずでしたものね」  
 ゴールデンウィークの間はSPにもクラウスにも暇を与えていた。人の入らない部屋と  
いうのはそうそう汚れるものではないが、そこは良家のハウスメイドたるもの、きちんと  
自分の目を行き届かせなければ気がすまなかった。  
 玄関、廊下、リビング、応接間、食堂、台所、庭、ナギの私室……、と、明らかに人  
一人ではまかないきれない広さの館の掃除をてきぱきと、かつ完璧にこなしていくマリア。  
 夕暮れ時には、館内ほぼ全ての部屋の清掃をやり遂げてしまっていた。  
「ふう、展開上の都合とはいえ、少し本気を出しすぎてしまいましたかしら……、あら」  
 一人ごちるマリアの前には、ハヤテの私室のドア。そう言えば、まだここは清掃を終えて  
いない。  
「ここもお掃除しちゃいますか。だけど……」  
 
 ドアを開けて電気のスイッチを入れて、ハヤテの部屋を見渡すマリア。  
「相変わらず、掃除のしがいのない部屋ですわね〜」  
 ハヤテの部屋は、いつ来ても整然としている。というより、物がほとんどないので散ら  
かりようがないのである。  
 昨日自分で掃除したのか、床にもほこりは落ちていなかった。  
「律儀というかなんというか……、あら」  
 唯一、ベッドのシーツが乱れているのにマリアは気づいた。今朝は慌てていたせいだろう。  
 やることが見つかって少し嬉しくなり、シーツを直そうとするマリア。  
「……なんだかハヤテ君のベッド、可愛らしい女の子の香りがしますわ。まさか……」  
 ちなみに、ハヤテと咲夜はこっそり付き合っていたりするが、その事実は誰にも知らせて  
いない。ごくごく一部を除いて。  
「……ハヤテ君、体の中まで女の子だったりするのかしら。やーんもうどんだけーですわ」  
 ……なので、昨晩二人がここでいろんな意味でいかがわしい情事に勤しんでいたことなど  
マリアには考えが及ぶ由もなかった。  
「まあいいですわ。シーツも取り替えちゃいましょう」  
 スムーズな手つきで、ハヤテと咲夜のいろいろなものが染み込んだシーツをたたむマリア。  
「でもハヤテ君も、ほんとに男の子らしい一面が感じられない子ですわね」  
 マリアはもう一度部屋を見渡してぽつりと漏らす。  
 ハヤテは驚くほど色んなことに造詣が深いが、本人の部屋にはこれといった趣味のものが  
ない。借金返済の身なので余計なものは持たない、という本人の弁は理解できるが、ここ  
までストイックな部屋は年頃の男子にしては珍しいのではなかろうか。  
「ベッドの下にエッチな本を隠していたりとか……、ふふ、まさかあの超健全執事ハヤテ君  
 に限ってそんなことは」  
 超ド不健全プレイが昨晩まさにそこで行われていたベッドの上に腰かけながら、マリアは  
くすくすと笑う。  
「でもちょっとだけ確認……」  
 少しドキドキしながら、ベッドの下に手を伸ばすマリア。  
 とはいえ、ほとんど期待はしていなかった。『ほ〜らやっぱり』と苦笑を漏らして、  
『何をやっているんでしょう私ったら』とすごすご退散するのが関の山だろうと。  
 
「ほ〜らやっぱり。こんなフサフサしたうさ耳しか出てきませんわ。あとはちょっと  
 きわどいレオタードと、カラー、カフスの4点セット。親切ですわね。あーまったく  
 何をやっているんでしょう私った何持ってるんですかハヤテ君ーーーーっっ!!?」  
 しばらく周回遅れになっていた思考のピッチを戻し、改めて目の前の現実を見つめ直す。  
「バニー……だと……?」  
 目を見開いて隅々まで観察するが、そんなことするまでもなくマリアが抱えているのは  
すらっと長い耳が愛らしい、バニーガールのコスチュームセットだった。  
 わなわなと手が震えだす。  
「待て、待ちなさいマリア。素数を数えて落ち着くのよ、1、2、3、5、……ああ、  
 駄目ですわ1は素数じゃありませんわのっけからつまづいてどうするんですのちなみに  
 この間違いは現役理系大学生でも3割くらいがやっちゃうミス(実話)ですから注意  
 してくださいましってそうじゃなくてあああああああああ」  
 混乱する思考をなんとかなだめようとするが、頭の中がお湯が沸いたようになって  
何を考えたら良いのかもわからない。わけもわからずどうしましょ、どうしましょと  
慌てだすマリア。  
 しばらく右往左往したあと、ここがハヤテの部屋だということを思い出すマリア。  
「そう、問題は……、ハヤテ君、なぜ、どうして、こんなも、の、を……」  
 確かに、マリアだって普段からハヤテには女の子の格好しましょうよ〜なんて軽口を  
叩いている。ハヤテにそういう服が似合うのも涎が垂れてきてしまうほどの事実だ。  
 しかし。それはなんというか、あくまでジョークなのだ。本当にハヤテに女装趣味を  
持ってほしいなどとは――  
 ――いや、いやいやいや。他人の趣味にケチをつけるなんて、最低な人間のすることだ。  
マリアは自戒する。嗜好とは人それぞれのもの。他人に迷惑をかけないかぎり、それは  
ありのまま認めてあげないといけないのだ。うん。  
 ………………にしたって。  
「バニースーツは……、いくらなんでも数段飛ばしすぎですわ……」  
 そう、他に女性ものの衣服があるならまだしも、なぜかバニースーツだけがちょこんと  
隠してあるのがいかがわしさをより一層深めている。いったいどういう……。  
 
 ――そうか。マリアは自分の大きな勘違いに気づいた。  
 これは、ハヤテが着るためのものではないのだ。ハヤテ=女装という等式が揺るぎない  
マリアの早とちりだったのだ。もう私ったら☆  
 つまり、これはハヤテが他の人に着せるために持っているものなのだ。  
 …………新たな問題が浮上する。誰に? 誰に着せるものなのだろう?  
 ナギではない。主に胸の成長度的な意味で。というより、本当にナギのためのものだと  
したら、教育的指導どころでは済まない&済まさない。  
 と、いうことは。  
「……私? っって、そっちの方が問題ですわーーーっっ!!」  
 な、なな、なんてことを。なんと不埒なことを考えるのかあんなイノセントな顔をして!  
 いや、ある意味健全な男の子の証し? 思春期の男子高校生たるもの、年上のお姉さんに  
バニースーツの一つや二つ着せてこそ――  
「……思考がバカになってきましたわ。落ち着きませんと」  
 深呼吸を10回繰り返して、マリアはなんとか落ち着きを取り戻す。  
 とにかく、いろいろ考えてもらちが明かない。この件に関しては、今晩にでもハヤテに  
問いただしてみよう。ああ、でもなんと切り出せばいいのやら――  
「……」  
 
 ふと。部屋の隅に置かれた姿見鏡に映る自分と、胸元に抱えたバニーコスに目を留める。  
 
「……いやいやいや」  
 マリアは、一瞬鎌首をもたげるその衝動を首を振って否定する。  
 まさか。  
 まさかほんのちょっとでも「着てみたい」なんて思うなんてそんな。  
「…………いやいやいやいやいや」  
 そりゃ、もの珍しさというものはある。好奇心を刺激されるのは仕方のないことだろう。  
 しかし、そもそもこれはハヤテの私物なのだ。本人用なのか、それとも別の誰かのための  
ものなのかはわからないが、人の物を勝手に使うなんて。  
「………………そうですわ。だいたい私は、こんないかがわしい衣装になんて、ちっとも  
 心を揺さぶられたりしませんわ。笑止千万! さーて、そろそろ他の部屋の掃除に」  
 
「……」  
 着てしまった。  
「……」  
 鏡に映る、何度見ても現実味のない自分の姿。  
 頭の上で、これでもかと存在感を際立たせるうさ耳の威力はすさまじい。装着者を強引に  
踏み込んではいけない次元に引きずり込む。  
 そして、やたら露出が高い布地。レオタードは少々サイズが小さかったが、伸縮性の高い  
素材で出来ていたためなんとか入った。しかし、なぜかカップ部分だけはマリアの胸より  
やや大きい。これについてはハヤテに厳しく問いただしたいところだが、つまり、ちょっと  
油断すると見えてしまう。色々と。そうでなくても肩も胸元も開けっぴろげなのに。  
 セットの横には網タイツも添えられていた。が、なぜかとある一部分だけ破れていた  
(これについてもハヤテに重ねて詳しく詰問するべきだろう)ので、自前の白ストッキ  
ングだけにした。おかげでなんとなくちぐはぐな色合いになってしまった。  
 どうしようもないくらい突っ込みどころ満載の服装。なのに。なのに。  
「かわいい……、かも知れない……。って、何言ってるんですか私はーーっ!!」  
 一人できゃーきゃー騒ぎまわるマリア。目を塞いではチラリと鏡を見て、また慌てて  
しゃがみこむ。  
 恐るべし。恐るべしバニースーツ。まさかこんなにころっと誘惑に負けてしまうとは。  
 次第に慣れてきて、改めて全身を見渡すマリア。  
 ……冗談抜きで、けっこういけてるのではないだろうか? なんだか不思議と顔が  
ほころんでしまいそうな不思議な感覚にしばらくマリアは酔いしれ、くるくると鏡の前で  
ポーズをとってみたりした。  
「……よし、満足ですわ」  
 存分に自分のこっ恥ずかしい姿を楽しんだマリアは、ひとつ溜息をついて着替えなおす  
ことにした。むやみやたらに上がったテンションも、やっと落ち着いてきたようだ。  
 一時の気の迷いだったのだ、さっさと着替えて忘れてしまおう。  
「さて、着替えは……と」  
 ベッドの上に重ねておいた自分のメイド服に目を移すマリア。  
   
「……………………無い?」  
 
 結論から述べてしまえば。  
 マリアが一人コントを繰り広げている間に、ひょっこり現れたシラヌイがいたずらで  
引きずっていってしまったのだが。  
「な、ななな、なんで無いんですかーーーっ!!?」  
「ただいまー」  
「ひィっ!?」  
「ただいまー、おーいマリアー、いないのかー?」  
 玄関の方から、ナギが呼ぶ声がする。そう言えばもう下校時刻を過ぎている。ハヤテも  
おそらく一緒だろう。  
「ど、どど、どうしましょ、どうしましょ、どうしましょったらどうしましょ」  
 オロオロと歩き回るマリア。しかし、そんなことをしても頭のうさ耳がぴょこぴょこ  
揺れるだけで何の解決にもならない。  
「落ち着け、落ち着くのよマリア。ハヤテ君たちはまだ私が屋敷にいるかどうかは気づいて  
 いないわ。ここはゆっくりと作戦を考えて」  
「お嬢様ー、とりあえず僕、カバンを置いてきますねー」  
「ぎゃん!?」  
 そうだった。ここはハヤテの自室だったのだ。当然、帰ってきたハヤテはここに向かって  
くる。  
「と、とりあえず逃げないと!」  
 慌てて部屋を飛び出すマリア。と。  
「あっ、シ、シラヌイ!」  
「ニャ?」  
 部屋を出てすぐのところで、シラヌイはマリアのメイド服でじゃれていた。  
 そう、マリアが気づかなかっただけで、目的のメイド服はすぐそばにあったのだ。  
「もう、なんてことを……!」  
「せいーざのようーせんでむすぶしゅんーかんーはーじまるーれじぇーん……♪」  
「あわわわわ」  
 のんきに歌を口ずさみながらハヤテは階段を上ってくる。  
 
「えっと、ああ、どうしましょ、もう……!」  
 シラヌイからメイド服を奪い取ろうかと思ったが、ハヤテの声はもうすぐ近くまで来て  
いる。一瞬迷った挙句、身を隠すことを優先した。  
 飛び込むように柱の影に隠れるマリア。その直後にハヤテが廊下に現れた気配がしたが、  
とりあえずこちらに気づいた様子は無い。  
 ほっとするのも束の間、  
「お……、お嬢様ー!!」  
(わっ! な、何……?)  
 いきなり大声でナギを呼ぶハヤテ。何が起こったのか伺いたいが、さすがに身を乗り  
出すのはまずい。うさ耳も大きくはみ出しそうだし。  
「どうしたハヤテ……、こ、これは」  
「ええ、マリアさんのメイド服だけがなぜかここに……」  
(し、しまったー……!)  
「どどど、どうしましょう、オルフ○ノクの仕業でしょうか……」  
「ええい、うろたえるなハヤテ! まだ衣服は暖かい。そう遠くには行っていないはずだ」  
「でも、服がここにあるということは、マリアさんは今、は、はっ、はだ、はぶしっ!」  
「えろたえるなと言っておろうハヤテ!」  
「え、えろ……」  
「そうだ、まだマリアがそんなエロエロ展開に陥っているかどうかはわからん! 早く  
 行方を追わねば……!」  
(な、なんだか話が大きくなっていますわ……!)  
 ある意味裸よりも恥ずかしい格好で、ひっそり二人の様子を伺うマリア。なんだか、  
無意味に不穏な空気が立ち込めてきている。  
「僕、向こうを探してきます!」  
 ナギにそう告げると、ハヤテはマリアがいる方向とは逆の方向に駆けていった。  
 助かった。マリアの背後には十分に逃げ道があるが、あの色々万能すぎる執事君に捜索  
されたら、あっという間に発見されてしまうだろう。今のうちに体制を整えなければ。  
 目的地は一つ。自分の部屋にはメイド服のスペアがある。そこにたどり着ければ……。  
 
「よし、こっちは……。タマ!」  
「にゃーん!」  
 主の呼び声に、のっしのっしと巨躯を揺らしながら、ナギのペット、ホワイトタイガーの  
タマが駆け寄ってくる。  
「タマ、マリアの行方がわからなくなっているのだ。手がかりは、この残されたメイド服。  
 お前の鼻が頼りだ。この匂いの行き先をたどるのだ!」  
「にゃ!」  
 歯切れのいい返事をして、タマは勢いよくマリアのメイド服に顔をうずめる。  
「にゃ、にゃ、ふん、ふんふん……、……はぁ、はぁ……、やべ、ふん、たまんねぇよ  
 生メイドの残り香……くんくん」  
「なんかお前今しゃべったか?」  
 タマはメイド服を掻き抱き、必要以上に執拗に匂いを嗅ぐ。  
(ちょ、一体なにしてますのあの虎(こ)ー!)  
「……すぅー、はぁ、すうぅー……、はあ〜〜……、……たまんねぇなあ」  
「こら、タマ! 何をハァハァしておる! もうよいからさっさと探しにいけ!」  
「にゃう〜ん……」  
 主に取り上げられたメイド服を名残惜しそうに見つめると、タマはしぶしぶ匂いを辿り  
始める。  
(まさか……)  
 その場でクルクルと回転すること数回。と。  
「にゃ!」  
「おお、わかったのかタマ!」  
 すっかり埃をかぶっているはずの野生の勘が、なぜか蘇ったらしい。まっすぐマリアの  
いるほうに駆けてくるタマ。  
(さ、最悪ですわー!!)  
 泣きそうになりながら、飛び出すように逃げるマリア。  
 一角を曲がり、とりあえずタマの視界から免れる。しかし、目の前に広がるのはひたすら  
まっすぐな廊下。  
(この距離を逃げ切る自信はない……、だったら!)  
 
 意を決して、T字になっているところでキュッと方向転換。  
 しかしそこは、お約束どおり行き止まりだった。  
「ノーゥ!!」  
 追い詰められすぎてややテンションのおかしい叫び声をあげるマリア。  
 タマの荒い吐息はもうすぐそこまで迫っている。  
「くっ、こうなったら……、タマ、」  
「(来てる、来てるぜ! 俺の本能が、獲物はすぐそこだと告げているぜ! ……ここだ)  
 にゃーーーーん!!」  
「……御免」  
 タマがT字の角を曲がったその刹那。  
 マリアの腕がタマの太い首を捉え。  
 からみつき。  
「んげぶっ」  
 そして、折った。  
 力学の妙、軽い体重を巧みに一点に集中させ、対象を破壊するその技は華麗の一言だった。  
「少々、恨みが入ってしまいましたが……、この犠牲は無駄にはしません」  
 慈悲深く悲しい咎人の目が、微動だにせず横たわる獣の体を見下ろす。  
 しかし、何度でもいうがその咎人はバニー姿である。  
「さて、すぐにこの場から離れませんと」  
「タマー、どこ行ったー?」  
「ぴ!?」  
 安心するのも束の間。ナギが先行したペットを追いかけてマリアの方に近づいてくる。  
 当然の成り行きだった。追っ手を始末したところでどうしようもなかったのだ。  
 どうしよう。逃げ場はない。主人に手をかけるなどもってのほか。しかし、この姿を  
見られたくない人物の筆頭だった。  
「どうしましょう、どうしましょう、考えろ、考えるんだ……、マクガイバー!!」  
 ……さしもの冒険野郎に倣おうとしても、ナギとエンカウントするまであと10秒とない。  
 何を思索しようがどうしようもないのだ。  
 絶対絶命。万事休す。  
(ああ……、さようなら、私のメイド道……)  
 マリアは一筋の涙を流し、これからの自分の全てに諦めを告げた。  
 
「こっちや!」  
「へ? きゃっ!」  
 その時、不意に背後から声がしたかと思うと、ふわっとマリアの体が浮き上がった。  
 次の瞬間、視界が真っ暗闇に包まれる。  
「ん? おーいタマ……、って、タマー!? どうしたのだ!?」  
 足元からナギの叫びが聞こえる。まったく状況が掴めないマリアの前で、ぼぅと橙色の  
明かりが灯る。  
 そこに照らし出されたのは、  
「さ、咲夜さん……!?」  
「ども! 大変なことになっとるなマリアさん。……色んな意味で」  
「あ、あぅ……」  
 咲夜は少し赤面しながら、マリアの服装に目をやる。  
「しかし咲夜さん、いつの間にここに……」  
「まだまだ神出鬼没のライセンスは錆付いてへんでー」  
「……まさか、この私も把握していない不可解な天井裏は」  
 マリアの訝しげな視線から咲夜は顔を逸らす。  
「それに、何故咲夜さんがここにいるんですか?」  
「やー、ちょっと嫌な予感がしてな、こっそり来てみたら案の定……」  
 頭を掻きながら、咲夜はちらりとマリアのうさ耳に目をやる。  
「え、まさかこのバニースーツについて何かご存知なんですか?」  
「へ!? あ、う、うーん……」  
 マリアの勘の良さに咲夜は驚く。そして、自分のリアクションがマリアの問いかけを  
ほぼ肯定してしまったことを後悔した。  
「教えてください、これ、ハヤテ君の部屋で発見したんですけど、これは一体誰の……」  
「え、えーと、それは……」  
 マリアの追及にうろたえる咲夜。  
 まずい。自分のものだと答えれば、なぜそんなものがハヤテの部屋にあるのかという  
話になる。ハヤテとの関係は秘密にしているのでそれは危険だ。  
 と、なると。  
 
「そ、それは……、ハヤテに頼まれたんや!」  
「えっ、は、ハヤテ君が、咲夜さんに……?」  
 しもたー! と咲夜は頭の中で叫んだが、時すでに遅し。  
「なぜ咲夜さんにこんなものを……」  
「さ、さあ、さすがに、ナギやマリアさんには頼めなかったんチャウ?」  
 言葉尻が泳ぎ始める咲夜。  
「そこまでして欲しかったなんて……。ちなみに、誰のためのものだったんでしょう?」  
「う、ウチもそこまではよう聞かれへんかった、んよ、ね……」  
「そうですか……」  
 なんとか肝心な部分は濁した咲夜だが、十分致命的な誤解を与えてしまっていた。  
「しかも、網タイツがあったんですが……。その、妙な部分が破れていて」  
「ぶーっ!!?」  
「つまり、もう誰かが着たってことですよね、ってどうかされました?」  
「な、ナンデモアラヘンヨ?」  
 脂汗をだらだら流しながら、咲夜は思いっきりたどたどしい返事をする。  
「ソレハトモカク、マリアサン」  
「はあ」  
 なんとか強引に話題を変えようとするが、マリアの頭に浮かんだ疑問符は消えそうにない。  
「今はそんなことよりも、早ぅその服を着替えることが先決ちゃう?」  
「そ、そうですね」  
「ウチも協力するわ。ミッションスタートや!」  
「ありがとうございます……! それで、あの、咲夜さん……」  
「なんや?」  
「咲夜さんも、今日見たことは、その、ご内密に……」  
 顔を赤らめて目を伏せるマリア。  
(そ、そのカッコでその態度は反則や……!)  
 うさ耳も一緒にうなだれるその姿で懇願されては、断りようもない。咲夜は笑顔で応えた。  
「まかしとき! ……自分で蒔いた種やしな」  
「何かおっしゃられました?」  
「さあー行くでー! 目指すはマリアさんの部屋ー!」  
 声だけは意気揚々と、咲夜は宣言した。  
 
「タマ……、お前の死は無駄にしない……」  
 そう呟き、ナギがその場を立ち去るのを確認すると、二人は天井裏から着地した。  
「殺ってもうたん?」  
「殺ってません! ……たぶん」  
 咲夜は横たわるタマの体をつんつんとつつく。とりあえず意識はないようだ。  
「さて、これからどうするかやけど……。……それにしても」  
 咲夜は、マリアの立ち姿を上から下へとじっくり見つめる。  
「なんと言うか、凄まじいな傍から見ると……」  
「み、見ないでくださいってばー!」  
「いや、よう似合うとると思うよ、うん。……ウチより似合うとるのは、やっぱ年の差  
 なんやろか」  
「何かおっしゃられました? 微妙に含みのある何かをおっしゃられませんでした?」  
「な、なんも言うてへん!」  
 慌てて口をつぐむ咲夜。  
「まあそれは置いといて、とにかくマリアさんの部屋にたどり着ければいいんやな?」  
「はい……」  
「ちなみにマリアさんの部屋はここからやと」  
「えっとですね……」  
 空中に指を滑らせて、簡単に館の見取り図を説明するマリア。  
「よし、それなら裏道からいけるで! マリアさん、付いてき!」  
 しゅばっと空を切り、再び天井裏にもぐりこむ咲夜。  
 
「でぇん、でぇん、でぇん、でぇん、でっでっ、でぇん、でぇん、でぇん、でぇん、  
 でっでっ、てれれー、てれれー、てれれー、てれっ」  
 某不可能指令の有名BGMを口ずさみつつ、ずいずいと天井裏を進んでいく。  
 四つん這いで進んでいるものの、障害物もなければほこり一つ落ちていない、ところ  
どころライトアップまでされているので、まったく苦を感じない裏道になっていた。  
「……まさかこんなに開発が進んでいたなんて。いつも突然現れるときはこの道を使って  
 いたんですね……」  
「まあそれだけやないけどな〜♪」  
 
 咲夜の一言に、さらに余計な心配事が増えるマリア。  
「着いたでマリアさん!」  
「早いです!」  
 咲夜は足元の床板(正確には天井板)をコンコンと叩く。  
「ここを降りれば、マリアさんの部屋や」  
「あ、ありがとうございます! 私の部屋にまでこんな改造を施している件については  
 とりあえず不問にするとしてありがとうございます!」  
 複雑な心境だが、ともかくこれで助かった。……と思いきや。  
「ん? なんだ今の音?」  
「「は、ハヤテ(君)!?」」  
 二人は完全に失念していた。  
 手がかりを探すために、ハヤテがマリアの部屋を調査しに戻る可能性を。  
「誰ですか! まさか、マリアさんを誘拐した曲者ですか!」  
(ほ、本人です〜!)  
(曲者で〜す……)  
 しかし、ここまで来た以上見つかるわけにはいかない。  
(引き返すで、マリアさん!)  
 こくっと頷いて、急いで後退し始めるマリア。しかし。  
「逃がすと……、お思いですか!」  
 ハヤテは軽やかにジャンプすると、手刀でヒュヒュンと空を切る。  
 もちろん、切ったのは空だけではない。  
「「へ?」」  
 次の瞬間、マリアと咲夜を支えていた天井板はきれいな正方形に切り抜かれ、  
「「きゃあああ〜!?」」  
 二人の悲鳴とともに階下へと落下した。  
「ふう、またつまらぬものを斬って……、って、あれ?」  
 クールに決めようとしたハヤテの目の前には、まったく予想外の人物、咲夜と、これ  
また想像を数kmほど超越した格好をしたマリアが揃って尻餅をついていた。  
「……………………なぜ?」  
 
 しばらくその場に硬直する三人。  
(マリアさんなぜどうしてそのような格好をああでもすごい似合ってるやっぱり反則だよ  
 あの衣装けどちょっと待てあれ咲夜さんのだよなそう言えば今朝置いてくとかなんとか  
 という事は着ちゃった? 着ちゃいましたかマリアさんそれをーーーっっ!!)  
(みみみ見られた見られちゃいましたわハヤテ君にこんな恥ずかしい格好ああでもこれは  
 私のじゃありませんよ持ってるわけないじゃないですかこんな衣装というかこれハヤテ君  
 のでしょごめんなさい着ちゃいましたああもうどこをどう取っても最悪の印象しか  
 ありませんわ……!)  
 ぐるぐる思考が回っているうち、ついにマリアの目じりに涙が浮かび始めた。  
 焦るハヤテと咲夜。  
(くっ……、まずい! マリアさんのプライド崩落寸前や! ここはうちがフォローせんと!  
 ハヤテとのことは内緒にして、かつマリアさんが泥をかぶらんようにするには……!)  
 咲夜は思考をフルスロットルで回転させ、一筋の光明を見出す。  
「う、ウチが着せてん!」  
「「……は?」」  
 咲夜の一言に、二人は目をきょとんとさせる。  
「せやから、マリアさんには、バニーちゃんがよう似合うなーと思うて、嫌がるマリア  
 さんにちょっとむりやり着てもろうてん。ほ、ほら、可愛いやろ?」  
 少し目の赤いマリアの肩を抱いて、耳をぴょこぴょこ振る咲夜。  
「……あ、ああ、そうですね! なんだー、咲夜さんの仕業だったのか。あはははは。  
 うん、似合ってますよマリアさん、あはは」  
「そ、そうなんですよ、もう咲夜さんってば、うふ、うふふふふ」  
「堪忍なー、あはははは」  
 本気で信じ込んでいるハヤテと冷や汗を流す二人の乾いた笑いがマリアの部屋を満たす。  
(でも、ほんまにナイスフォローやったんちゃうウチ? マリアさんのオイタは、墓まで  
 持ってっといたろ……)  
 咲夜は心の中でほくそ笑む。  
 こうして、三千院家のある日の珍事は幕を閉じたのだった。  
   
(……結局、ハヤテ君が咲夜さんにバニースーツを買わせたという事実については、何も  
 解決していませんわ……!)  
(咲夜さん、あの日からというものマリアさんから殺意に近い波動が向けられているん  
 ですが一体何をー!)  
   
-END-  
 
 

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