「寒ッ!何なのだ、この寒さは!」  
「さすがに冬本番ですね。今朝は今年一番の冷え込みだそうですよ」  
「何だと!?それでは、学校に着くまでに凍え死んでしまうではないか。今日は学校を休むぞ、ハヤテ!」  
「そんな事仰らずに、僕がお供させていただきますから、学校に行きましょう。お嬢さま!」  
「う〜…」  
「ね?」  
「ハ…、ハヤテがそう言うなら仕方ない…、今日のところは一緒に行ってやろう…」  
「有り難うございます。お嬢さま!」  
 
このところ毎朝玄関先で繰り返されるショートコントのワンパターンさと、それを嬉々として演じるナギとハヤテの仲良し振りに、  
マリアは込み上げてくる笑いをククク…と堪えながら、二人の背中に声を掛ける。  
 
「二人とも、気を付けていってらっしゃい!」  
 
気候の良い時には自転車での通学が便利で気持ち良いけれど、やはりこの時期であれば、  
ハヤテとしては、時折吹いてくる意地悪な北風から小さな主人を身体で自在に庇うことが出来、  
ナギにとっては、ハヤテとくっ付いていられる時間が永くて更に運が良ければ手を繋ぐことも出来る徒歩での通学が安心で楽しい。  
 
「うむ」  
「行ってまいります、マリアさん」  
 
門を目指して長いアプローチを歩き出すナギがすぐに早足になる理由だって、ハヤテはちゃんと心得ている。  
そして、門の間近まで来ると、ぎこちない会話が始まるのだった。  
 
「や…、やはり、これだけ寒いと…、手袋をしていても手が悴んでしまう…」  
「そうですね。僕が部屋で見たニュースでは、今日の夜明け前、東京の最低気温が零度になったとのことです」  
「そ、そうか!だから手袋していても指先がジンジン痛いほど冷えるのだな!」  
 
改めて大袈裟さに指先の寒さを訴えるナギと、そんな小さな可愛い主人に優しく微笑みかけるハヤテは、二人揃って門を出る。  
 
「それはいけませんね…。お嬢さま、お手を僕に…」  
「…、うん…」  
 
いそいそと歩道に出たナギがおずおずと差し出すピンクの毛糸の手袋を嵌めた小さな手の片方を、  
ハヤテはその大きな掌でそっと包むように握るが、これも皆、このところ毎朝のとても嬉しいお約束だった。  
勿論ナギはハヤテと一秒でも早く手を繋ぎたかったのが、しかし、それをマリアに見られるのはどうしても恥ずかしかったから、  
こんな回りくどいことになってしまっているのであった。  
 
「如何ですか?」  
「…、うむ…」  
 
しっかりと、だがとても丁寧に握られている指先から伝わってくるハヤテの優しさと体温が、  
ナギの身体と心の全てを心地良く温めていく。  
 
「あ…、温かくなってきたぞ…、ハヤテ…」  
「そうですか!それは良かったです」  
 
上目遣いに見上げたハヤテの笑顔は蕩けそうで、それにナギの耳と頬は更に尚一層火照ったが、  
大好きな少年の温もりをもっともっと近くに感じたい少女は、  
最大限の注意を払いながら、ついさっき思い付いたばかりの罪の無い企みを実行に移した。  
 
「だけど…、やはり…、まだ指先が冷たいのだ…」  
 
不慣れな謀に動揺する心そのままに、申し訳なさそうに握り返してくるナギの指先の可愛らしい動きを敏感に感じ取ったハヤテは、  
わざと深刻げな表情をつくってナギの顔を覗き込む。  
 
「それは困りましたね…」  
「霜焼けになってしまうと、漫画の執筆に支障が出てしまうかも知れん…」  
「それは大変です!お嬢さま、お手数ですが手袋を外して下さいますか」  
「うむ…」  
 
ぎこちない手つきで片方の手袋を外しながら次の展開を予想して小さな胸をドキドキと高鳴らせるナギは、  
それをハヤテに気取られぬよう懸命の努力をしたつもりだったのだが、  
そんな、寒さと気恥ずかしさで濃い桜色に染まり切っている可愛い頬をプッと膨らましてわざと小難しそうな表情を作る小さな主人を、  
少年執事はとても愛しく思った。  
 
「お手を、僕に預けてください。必ず温かくしてさし上げますから」  
「…、うん…」  
 
さっきと同じようにおずおずと差し出されるナギの細い指先を、やはり先ほどと同じように優しく握ったハヤテは、  
それをそのまま自分のコートのポケットの中へそっと静かに導き入れる。  
 
「お嬢さま…。今度は、如何ですか…?」  
「とっても温かいぞ、ハヤテ…」  
 
まだ人影も疎らな、既に全ての葉が落ちて久しい銀杏並木をナギの歩幅とペースで歩きながら、  
ハヤテの体温でほんのりと温かいポケットの中でゆっくりと確かめ合うお互いの指は、  
ナギが期待したほどハヤテのそれは温かくなかったし、ハヤテが心配したほどナギのそれは冷たくなかったけれど、  
愛しげに互いを撫でながら絡み合い始めた指たちの温度が本当に同じになるまでには、それほどの時間は必要なかった。  
 
END  
 

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