お兄ちゃん、と。耳元に囁きかける声。
それは出会い頭だった。
「なあ、お兄ちゃん」
――はっ、?
僕は目を、いや、この場合は耳を疑った。
気配に気づかなかった自分が悪いのだろうともとれるが、こんなに唐突では無理もあろう。
「無視せんとってな。おにーちゃん」
甘い声に、僕は返答すべきかどうか迷う。
そうこうしているうちに、彼女は腕を首にまきつけてくる。
締められるかとおもうけど、苦しくない。触れるだけだった。
僕は更なる混乱に追い詰められる。
「ハヤテおにいちゃん……聞こえとるよな?」
「……っ」
耳に口づけられた。生温かい感触は、舌か。
ちゅ、っと微かな水音も、耳に打ちつけられれば、全身にまでいきわたる。首筋に息がかかる。
「このまま返事せんのやったら、続けてしまうで?」
……限界だった。僕はそれほど性的な事に関しては我慢強くはないのだ。
そうなってしまった。彼女と繰り返す行為のせいで。
「咲夜さん」
首を僅かに捻り彼女の顔を見れば、満足そうな顔。
「ん、何や」
もっと早く振り向けばよかったなと少しだけ後悔する。
だけどお兄ちゃんだなんて呼ばなければ、僕はすぐにでも振り向いていたのだ。
彼女のその呼び名にはいまだに慣れていない。
だって僕と彼女は兄と妹では決してありえないことをしている。
「誘ってるんですか」
「どやろな、夜で屋敷の敷地内とはいえ、外やし」
「でも誘ってるんですよね」
「……ああ」
僕は正面から彼女を抱きしめる。背をきつく寄せ、密着し合う。
お嬢様よりもヒナギクさんよりもより存在を感じられる胸が押し付けられる形になり、
「また大きくなりました?」と囁くと、彼女は頬を赤くした。
さっきは自分から耳を舐めてきたのに、どうして途端に少女になるのだろう。この人は。
だから可愛らしい。
――そそられる。
「じゃあ、ハヤテ、っていえばええの?」
「そうですね、お兄ちゃんっていうのも非道徳的にいいですが、名前の方が嬉しいです」
身体をいったん離し、唇を重ねた。
「好きですよ」
「うちのほうが恥ずかしいわ」
「我慢してください。月の光を浴びる咲夜さん、とても綺麗ですよ」
気持ちを盛り上げるためだけの言葉ではもちろんない。
実際にそうだった。
淡く白い光が彼女の髪や方に降り注いでいく様子は、僕をこれ以上になく興奮させる。
室内で作りだされる人工的な明かりとは全く異なった種類の光だった。
だから普段の咲夜さんとはまた違う彼女を見ている気がして、おおいに高ぶっていた。
激しいものではない。静かな、だが強い興奮だ。
「……敵わんな、もう」
咲夜さんの甘えたような拗ねた言葉を聞きながら僕は笑う。
月の光に感謝して、いっそう強く彼女を抱きしめることにした。