「それ」を考えないわけでは無かった。  
ただいつも、事態が悠長な思考を許してくれなかっただけで。  
否、ボク自身がそれを避けていたためでもあるのだろう。  
もう、これも何度目だろうか?  
 
 もしかして生徒会長さんのことスキなんですか?―――  
   ぶっちゃけ、ヒナの体が目当てだ―――  
    ぶっちゃけ、ハヤ太くんってヒナちゃんのことがスキなの?―――  
 
改めて考えてみるとそうおかしな話でもない。  
ヒナギクさんがボクをスキになるなんて言う、ありえもしない夢物語ならともかく。  
ボクの言動が、ボクがヒナギクさんをスキ、という風に思わしめるような気配があるのだろう。  
瀬川さん宅で指摘されたこと。その時は特に気にすることもない―――というか、気にする余裕もなかったわけですが。  
いざ考えてみると、どこか引っかかるものが無くもない。  
(いかんいかん、だから今のボクには女の子と付き合うような資格は無いんだって何度も―――)  
「ハヤテ、さっきから顔を顰めてどうしたんだ?」  
ナギに指摘され、はっと姿勢をただすハヤテ  
随分とわかりやすい顔をしていたのだろうか、ナギもマリアも訝しげな表情でハヤテを見ていた。  
ハヤテは何でもない―――と、平静を保ち、ふぅ、とため息をひとつ。  
「今日はお疲れじゃないんですか? 瀬川さんのお宅から帰ってきたときも随分お疲れの様子でしたし」  
「ええ、まぁ、少しは疲れてますけど。でも、大したことないですよ」  
「そうか? ……というか、携帯を返しに行っただけで何であんなにボロボロになるのかが分からないんだが」  
確かに奇抜な展開ではあった。ハヤテは事の顛末を要点だけまとめて説明した。  
「へぇー。じゃあ、結局瀬川さんのお父様に勘違いで振り回されたってことですか」  
「ええ、そうなんですよ……って、マリアさん? 何やってるんですか?」  
見てみると、マリアはいつの間にやら多量のメイド服とハヤテを交互に見ている始末。  
曰く、下田での約束があるから―――と、随分上機嫌である。  
「しかし、アレ(泉)がハヤテを好きだなどとはまた随分な勘違いだな」  
「ですよね。虎鉄さんともいろいろ誤解があったようですし」  
溜息交じりに肩を落とすハヤテ。  
しかし愚痴交じりながらもどこかうれしそうな感じも受ける。  
そんな、彼を見るナギの眼は座っていた。  
「なんか、喜んでないか、ハヤテ?」  
「へ? いや、そんなことは無いですけど」  
「本当か? まさか、満更でもないとか思ってるんじゃないだろうな?」  
「そ、そんな! ありえませんよ」  
必死に弁解するハヤテ。  
ここでふと、泉がハヤテを抱きしめた時のことを思い出し、ハヤテの頬が紅潮する。  
だがその表情の変化を逃さないのが、流石と言うべきか、ナギである。  
「ハヤテ! お前、明らかに何かあったっていう顔してるぞ!」  
「な! 違います、何もありませんよ!」  
「目を見て話せ!」  
はてさて、実情を握られていないとはいえ、この空気は明らかにハヤテに不利。  
マリアの助け船も期待できそうにない。いつもの流れがやってきた。  
相も変わらず何故ナギが怒るのか理解不能ではあるが、雲行きが怪しくなってきたことだけは容易にわかる。  
そして、弁解と尋問のキャッチボールが暁を過ぎた頃合で、とうとうナギのお約束。  
「ハヤテのバーカ! お前なんか知るかー! しばらくどっかいけー!」  
 
「まぁ、そう言うわけですので、あの子の機嫌が治るまで屋敷の外で暇をつぶしてもらえます?(数時間くらいの意味合いで)」  
「ええ……わかりました、それじゃあ、適度に時間を潰して、屋敷に戻ってくるようにします(一晩的な意味で)」  
はてさて「屋敷の外」についてのニュアンスにはナギの全裸を見た時の含みが強い。  
マリアとしては、ほんの数時間時間を潰してくればよい―――というつもりだったのだが誤解が生じている。  
しかし互いにそんなことは露とも知らず、ハヤテは一人街を出歩いた。  
 
 
(やれやれ、また屋敷から追い出されちゃいましたね……)  
このケースは二回目。例によって所持金は多く、外泊も楽勝である。  
ただ、今のハヤテは何所かそういう思考とは離れたところに考えを置いていた。  
この状況と、そして、初期の思考がリンクしているのだろう。  
(どちらにしても、こんなこと考えたって今のボクには無意味なわけで……)  
何故か心の中で誰かに弁明するハヤテ。  
しかし、そんなことを思いつつも、でも―――と、ハヤテは立ち止まる。  
(実際、ボクにとってのヒナギクさんって―――)  
「道の真ん中でなにボーっとしてるの?」  
「ひゃい!?」  
突如、肩に手を置かれ、ハヤテは仔猫の様に悲鳴をあげて肩を揺らした。  
振り返ると、そこには(何とも都合よく)ヒナギクがいた。  
流石はハヤテのごとく!の世界観だけあって、必要な人物の提供も余念が無い。  
彼女は買い物帰りらしい。  
「ヒ、ヒナギクさんでしたか……。脅かさないでくださいよ」  
「脅かすって、ただ声掛けただけなんだけど?」  
心外だ、と言わんばかりにヒナギクの眼が座る。  
それから、ふぅ、とため息を一つ付き、空気をリセットする。  
開口一番の問いは、ありきたりにも、「こんなところで何をしているの?」という質問。  
ハヤテも手慣れたものなのか、「実はですね―――」という節に続けて、今の事情を説明した。  
「またナギに追い出されちゃったの?」  
「ええ、恐縮ながら」  
「全く、貴方達は……」  
呆れた、という様子でヒナギクは台詞を吐き出す。  
しかしそれで幻滅すると言うわけでは当然無く、彼女はやや頬を上気させてハヤテの顔から視線をそらす。  
「それで、今日泊まるところはあるわけ?」  
「いえ、まだ決めていませんけど―――マリアさんの援助で所持金は潤っているので」  
ここで互いに、一度会話を切る。  
二人は、互いに互いの出方を伺っているような素振りで沈黙を共有していた。  
(勢いだ―――)  
ふと、つい昨日の薫の台詞が脳裏をよぎった。  
そして何がそれを成したか、二人は全く同じタイミングで口を開く。  
「だったらまた家に泊めてあげようか?」  
「あの、出来ればまた止めていただけると嬉しいのですが」  
さて、交渉成立。  
二人は互いに驚いたように目を見開き、パチクリとしばらく瞬きだけを繰り返していたという。  
 
はてさて、再び桂家に来訪したハヤテは表面上の平静と心中の動揺の差異で摩耗しそうな勢いだった。  
なんであんなことを言いだしてしまったのだろう―――と、自問自答を繰り返すも、答えは見つからない。  
椅子に座り、出されたお茶を手に持ちつつ、台所に向かうヒナギクの背中を見つめる。  
一方のヒナギクも、今から料理に感けてよう、というふりをしつつちらりと脇目でハヤテを見ている。  
互いに、先の発言の是非を自らに問いているようだ。  
(……まさか、昨日の今日でまた二人きりになれるなんて――――)  
ヒナギクは浮かれていた。  
流石に、好きな男の子と二人きりというシチュエーションならば。  
彼女もまた、恋する乙女。  
だからこそ(以前と違い若干下心のあるヒナギクと違って)ハヤテの申し出では規格外の何物でもなかったのだろう。  
「ハヤテくん、何か食べたいものある?」  
くるっとターン。  
笑顔も忘れず、女の子をアピール。  
このあたり、余念がありません、流石は生徒会長。  
しかし、ハヤテはいつの間にか深い思考に沈んでおり、彼女の健気な努力は水泡に帰す。  
(ひょっとして、ヒナギクさんのこと考えてたからあんなことを……。  
 だったら、今が良いチャンス――――って、あれ? この場合、どっちが先なんだ?)  
はてさて「自分がヒナギクをどう思っているのか」という疑問と「泊まりたいとヒナギクに申し出た」という事象。  
前者のために後者を働いたのか、はたまた後者があったが故に前者を求められるのか。  
どちらが先か。どちらが真理だったか。気づくとハヤテはそんなどうでもいいことを考えていた。  
思春期の少年の心は移ろい易い。  
「ちょっと、聞いてるの!?」  
「あ、はい、何ですか?」  
そしてヒナギクの声に引き戻される。  
彼女は、先に反応を空かされた関係で少しむすくれている様子だった。  
可愛らしい―――と言えばそうなのだが、ハヤテの思考は残念ながらそこには行きつかない。  
「もう、一体何を考えてたの?」  
「あー……えっとですね」  
答えあぐねて。  
「鶏と卵について考えてました」  
「何がどうしてそう言う話が出てくるのよ」  
再び呆れた表情で、ヒナギクはハヤテを見ていた。  
もっとも上の論に対して「鶏と卵」は例示として正しくない。  
ちなみに、夕食は親子丼に決まったそうな。  
 
夕食を済ませ、ヒナギクは風呂に入った。  
居間に取り残されたハヤテは、相も変わらず進展しない思考を繰り返していた。  
(確かに、いつもよく世話してもらったり助けてもらったり、ありがたいとは思ってますけど……。  
 でも、そう言うのはまた別の話で、今大切なのは僕がヒナギクさんをどう思ってるかっていう―――)  
ぽーっと、部屋にいないヒナギクの姿を頭の中で像に結んで見る。  
前々からわかっていたことだが、やはり彼女は美人だ―――と、ハヤテは頬を染めつつ空想する。  
白皇学院の生徒会長、こうして親しくしてもらっているが、現実には自分などが手を伸ばしても届くはずのない高根の花。  
だが、しかしその高嶺の花と二人きりで遊園地に行ったのはほんの昨日の出来事である。  
(ヒナギクさん、可愛かったよなぁ。最初は余所余所しくてどうなるかと思ってたけど―――)  
「ハヤテくん、百面相の趣味でもあるの?」  
「へ? あ、ヒナギクさん……あがってきたんですか」  
「『へ?』じゃないわよ、ボーっとしちゃって。もっとしっかりなさい」  
風呂から上がってきたヒナギクは寝間着姿だった。  
上にガウンを着ている。まだ依然泊まった時と同じ格好だ。  
だが、風呂上がり直後だからだろうか、熱で薄桃色に染まった頬や肌が妙に色目かしく見える。  
ハヤテは頬が紅潮するのを感じて、スッと視線をそらす。  
一方のヒナギクは、真っ直ぐ冷蔵庫に向かい、開ける。  
彼女はまず牛乳を取り出し、それから冷蔵庫の開き戸側にある洒落た瓶に入った飲料を見つけた。  
ラベルに「cidre」と書いてある。やや色付きだから恐らくジンジャエールか何かなのだろう。  
ヒナギクはコップにそれを注ぎ、ハヤテに渡す。  
「ほら、これでも飲んで、シャキッとしなさい?」  
「あ、どうも……」  
ドギマギとしながらコップを受け取る。  
ごくごくと牛乳を飲み干すヒナギクをポーッと眺めながら、ハヤテはここに来て喉の渇きを感じる。  
考え事をしていたからだろうか。彼は、コップの中で揺らぐ面をじっと眺めた。  
ままよ―――と、色々なものを放棄するかの如く、ハヤテは一気にコップの中身を体内に流し込んだ。  
(こ、これっ!?)  
刹那に広がる甘い香りと、何とも言えない開放感。  
ハヤテが気付いた時にはすでに遅かった。  
理性を砕く魔性の誘いが、ハヤテの意識を霧の中へと引きずり込んでいく―――。  
 
「ハヤテくん? 顔が、赤いけど大丈夫?」  
「大丈夫ですよぉ……。それより、もう一杯頂けます?」  
「ん? あ、別にいいけど」  
ハヤテに催促されるがまま、ヒナギクはハヤテの空のコップに液体を注ぐ。  
と、ここでヒナギクははっと何かに気がついた。  
(この匂い……アルコール!?)  
彼女もまた、時既に遅し。  
二杯目もすでに一気に飲み干された後だった。  
ヒナギクはサイダー、もといジンジャエールだと思っていた瓶のラベルを良く見てみた。  
何のことは無い。仏語の「cidre」はサイダーとリンゴ酒を示す語である。  
しかも果実酒、発泡酒なのに異様ににアルコール度数が高い。(流石は金のある家と言うべきか)  
つまり……。  
「ハヤテくん、酔ってるの?」  
「酔ってないですよぉ〜」  
ハヤテは酔っていた。  
ヒナギクは、しくじった、とばかりに声にならない声を漏らす。  
しかしそんな隙をついてハヤテは更にもう一杯を勝手に煽ってしまった。  
未成年が、アルコールの強いお酒三杯を連続で一気飲み。  
これは不味い―――と、ヒナギクはハヤテからコップと瓶を奪い取る。  
「ああん、ヒナギクさぁ〜ん」  
「女の子みたいな声上げないの!」  
「だってぇ、ヒナギクさんの方が女の子らしいじゃないですかぁ」  
不意打ちだった。  
ハヤテの(女の子にとってはとても嬉しい)一言で、ヒナギクはぴくりと動きを止める。  
だが、この程度で陥落してなるものか、という意地もあるのだろう。  
「馬鹿! 何言ってるのよ! と、とにかく、そこでじっとしてなさい!」  
頬の紅潮を隠しつつ、台所へ。  
ひとまず酔ったハヤテに飲ませるため、新しいコップに水を注ごうと蛇口に手を掛けた。  
「何やってるんですかぁ〜?」  
「ひゃうっ!?」  
だが、その瞬間、否応無しにハヤテが後方から抱きしめてきた。  
あまりにも規格外の奇襲のせいで、ヒナギクは驚いてシンクの中にコップをとり落した。  
ガンッ―――という音が響き、それから静寂。  
「は、ハヤテくん……離れて、くれない?」  
「嫌です♪」  
一蹴。横柄な態度もここまで来ると見上げたものか。  
まさかまさかの展開に、ヒナギクはガンガン体温が上昇していくのを感じた。  
耳元にハヤテの吐息がかかる。後ろから回された手がむず痒くて、温かい。  
「ヒナギクさん、暖かい……それに、とっても良い匂いがします」  
「あ、あのね! いい加減にしてくれる!?」  
バッと強引にハヤテの手を振り払って、距離を置く。  
するとハヤテは、置いてきぼりにされた子供の様にしゅんとした表情になった。  
やや涙目上目遣いで、ヒナギクの方を見る。  
「だって…ズルいじゃないですかぁ」  
「ズルい?」  
「ボクがこんなにヒナギクさんのことで悩んでるのに……ヒナギクさんにとってはどこ吹く風なんですよぉ?」  
「え、私のことで悩んでたって――――――」  
再び、思わぬ台詞に虚を突かれる。  
まさかハヤテが自分のことを、と思うところがあったのだろう。  
段々と驚きが嬉しさに様変わりしていく。  
「ヒナギクさんは勉強もスポーツも出来て、人望もあって優しくて美人で…。ボクなんかが手を伸ばしても、  
 届きっこないのに……でもこうやって、僕を泊めてくれたり、遊園地や映画に行ったり、身近にいるような錯覚を覚えてしまう。  
 みんなボクを囃し立てて、ボクもちょっと考えてみたりして……なのに、ヒナギクさんは点で無頓着なんですから」  
愚痴愚痴と、まるで恨み辛みを吐き出すかの如く、ハヤテの口は動く。  
唖然としたまま、しかし心の中にどこかこらえ切れない嬉しさから来る昂揚感を抱くヒナギク。  
二人が見つめ合ったまま時は流れ、すーっと、ハヤテの眼から涙が落ちる。  
ヒナギクは辛そうな、切なそうな表情をしたハヤテに心折られたのか、そっとハヤテに寄り添った。  
 
「私だって――― 考えるわよ」  
「ふぇ?」  
指先で、ハヤテの頬を伝う涙を拭う。  
それから互いに、鼻先の間隔が10cmにも満たないような至近距離で見つめ合った。  
互いに熱っぽい瞳で相手の瞳を見つめる。  
言わば合わせ鏡。二人の瞳の合わせ鏡の中には、すでに二人しか存在しない。  
「今だけは……」  
「え?」  
刹那、唇に感じる温かい感触。  
ヒナギクがそれの存在を知覚するまでに、約3秒。  
ハヤテは、自らのそれでヒナギクの唇をふさいでいた。  
「んっ!」  
思わず声をあげる。  
が、封じられた口から洩れるそれは返ってハヤテの欲情を掻き立てるだけ。  
一瞬、彼の唇が離れた隙に息を吸い直す。だが、二発目は間髪入れずにヒナギクに襲い掛かった。  
(だ、駄目っ―――こんなの!)  
次第に、ハヤテの舌が口内に侵食してきた。  
頭の感覚がポーっとしてくるのを感じ、なんとか我を保とうとヒナギクはハヤテの服を強く握る。  
ハヤテもキスを迫る際に彼女の両肩を掴んでいたから、もはやカップルが抱き合って接吻しているようにしか見えない。  
何度も何度もハヤテからの深い口付けを受け入れる内、段々ヒナギク自身からハヤテの舌に舌を絡めるようになっていた。  
そして、二人の唇がようやく離れる。唾液が糸をひいて、床に滴った。  
「こ、こんなこと……私が―――」  
「ヒナギクさん、キスも上手なんですね〜」  
「…」  
「とっても、可愛かったです♪」  
荒い呼吸を整えながら、唇の周りの唾液を手の甲で大雑把に拭う。  
そんな状況下でも、ハヤテの言葉攻めは終わらない。  
彼の一言一言に、胸がキュンと締め付けられる。  
すると今度は、ガバッと正面から抱きついてきた。  
「きゃっ! ちょっと!!」  
「据え膳食わぬは男の恥って言うじゃないですか〜」  
「私を勝手に膳にしないで! あっ! ん……」  
ハヤテの手が、ヒナギクの尻の方に伸びた。  
抱きしめて、ハヤテの吐息も耳に諸にかかる。  
もはや狂ったメトロノームの様に不規則に激しく脈打つ心臓。  
そして、時折重ねるようにキス。  
ヒナギクは、ハヤテから受ける動作の一つ一つに、言い知れない甘い感触を抱いていた。  
「ヒナギクさん、緊張してるんですかぁ?」  
「そ、そんなこと……」  
「心臓がバクバク鳴ってますよ……」  
服の上から胸部の双丘に手を這わせてくる。  
毎晩の牛乳の力も虚しく、今一ボリュームに乏しい。  
ハヤテは、包むように胸に手を重ね、ヒナギクの心臓の鼓動を感じていた。  
「ダメェ……そんな、あまり触らないで」  
「そんなこと言われても――――ヒナギクさんのせいなんですよ?」  
「わ、私の…?」  
「ヒナギクさんが、魅力的すぎるんです―――。ボクだって男なんですよ?」  
「そんな……貴方の方から一方的に迫ってきたくせにっ」  
「ええ、そうですよ〜? だってボクはヒナギクさんにメロメロなんですから♪」  
「この酔っ払いっ…」  
「抵抗するヒナギクさんも、可愛いです」  
何所まで酔っているのだろうか? 会話がまるで噛み合っていない。  
抱きしめたまま、ヒナギクの体中に手を這わせるハヤテ。  
一応抵抗はしてみるものの、されるがままのヒナギク。  
そしてとうとう、ハヤテの手が、服の襟元にかかった。  
 
「ちょっ!」  
「服、脱がせますね」  
そしてハヤテの手が、寝間着のボタンにかかる。  
酔っているとは思えないほどの手際の良さで、どんどんボタンが外れていく。  
ここから先は、本当に冗談ではすまない。  
それを察したからか、ヒナギクは怖いものでも見たかのようにギュっと眼を瞑った。  
(こんなこと――――こんなことっ!)  
ここに来て、ヒナギクはハヤテの手首をつかむ。  
殆ど胸を晒しているような状態のまま、しかし完全に外れ切らない残りのボタンを死守するかの如し。  
恐怖が理性を呼び覚ましたのだろう。  
「ヒナギクさん……?」  
(駄目よ……こんな、こんなことでどうするのよ、私――――)  
抵抗。それも露骨な。  
ここまで流れに任せていい調子で来ていたハヤテは、酔って赤くなった顔で不貞腐れたように頬を膨らませる。  
しかし、今のヒナギクには通用しない。  
(何やってるのよ、私……。私たちはまだ高校生じゃない。それに――――)  
眼を開け、ハヤテの顔を見る。  
愛しい人が目の前にいる。  
この手を退ければ、そのまま2人は結ばれるだろう。  
だが、ヒナギクのプライドはそれを許さなかった。  
(こんな形でハヤテくんと結ばれるなんて、断固御断り!)  
「ひょっとして、強引にやってもらう方が良いんですかぁ? 仕方ないですねぇ……」  
(ごめん――――ハヤテくんっ!)  
次の瞬間、ヒナギクが正宗―――と叫ぶ。  
それから10秒とたたないうちに、状況は一変。  
気が付くと、乱れた服で正宗を持ち、呼吸を荒げたヒナギクの前に、ハヤテが気絶して横たわっていた。  
玄関の方から、夜勤から帰ってきた桂母の声が聞こえた。  
(……どうせお酒が入ってなかったら、いつも通り見向きもしないのに―――)  
今更ながら、このまま流されてもよかったのでは、と思い始める。  
だが所詮は酒の魔力。ハヤテ自身の本当の気持ちとは違う。  
そんな形で想いを為すなど―――、と思いつつ、千載一遇のチャンスを投げ出したのでは?―――という後悔も。  
切ない表情で倒れたハヤテを見つめるヒナギクは、はぁ、と深いため息を一つ吐く。  
そして、母親が部屋に入ってくる前に急いで衣服の乱れを直した。  
 
目を覚ました。シャンデリアの光がまぶしい。  
いまいちはっきりとしない意識と、妙に気だるい体。  
ハヤテは、覇気の無い表情で上半身を起こした。  
やや頭が痛い。  
「あれ、ここは……御屋敷?」  
ハヤテは、屋敷のベッドの中にいた。  
確かヒナギクの家にいたはずなのに―――と、ハヤテは首をかしげた。  
その時、部屋のドアノブが回る。マリアが入ってきた。  
「ハヤテくん。眼が覚めたんですね」  
「あ、はい……えっと、なんでボクはここに?」  
「ヒナギクさんが屋敷までおぶって来てくれたんですよ」  
「へ? ヒナギクさんが? おぶって?」  
全く記憶にありません。すべて秘書が(ryと言わんばかりにすっ呆けるハヤテ。  
やはりお酒で完全に記憶が無くなっているらしい。  
マリアはやれやれと言う風に首を振る。  
「間違ってお酒を飲んで、ヒナギクさんのお宅で大暴れだったそうですよ?」  
「なっ!? ボクがですか!?」  
「他に誰がいるんですかっ!」  
マリアは叱りつけるかのように少し声のトーンを上げた。  
どうやらヒナギクはこの一件を「暴れた」と称してマリアに伝えたようだ。  
無理もない。流石にこんな官能領域寸前の事物をそうそう人に教えられようものか。  
だが、この「酒を飲んで」というフレーズが今の頭痛とかみ合ってか、ハヤテに疑う余地は無かった。  
「とにかく、ヒナギクさんには後でしっかり謝っておいた方が良いですよ。  
 顔が真っ赤でしたからね……『よほどのこと』をしてしまったんでしょう」  
「顔が、真っ赤……」  
各々の台詞の後、マリアは赤く、ハヤテは蒼くなる。  
まぁ、暈して話を伝えたとしても受け手がその話をそのまま取るかはまた別問題ということだ。  
その後、マリアはそのまま部屋を退出し、ハヤテもそのまま床に就く。  
(ああ……顔が赤くって――――そんなに怒らせちゃったのかぁ……)  
ヒナギクを怒らせた。しかも自分の暴走のせいで。  
マリアからの話をそう取ったハヤテは後悔と自責を感じ、布団の中で身を震わせた。  
 
(お酒が入ると『素が出ちゃう』からなぁ……変なことしてなければいいんだけど――――とにかく明日謝らないと)  
 
 
 〜 Speculative(?) finale 〜  
 
 
 

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