「ふぁー……今日もクラス報告書をつけないといけないのかぁー……」  
授業も終わり生徒が帰宅や部活へと、散り散りに去って行くなか、  
泉はクラス報告書を眺めて、溜息をつきながら鉛筆を咥えていた。  
しかし泉は一人ではない、いつもの心強い(?)仲間が二人いる。  
「あっ、今日こそは二人にも手伝ってもらうからね〜!…………って、……あれ?」  
振り返ると、既にそこにはブルーとブラックの姿は無く、置手紙が置かれていた。  
 
『私たちはちょっと、用事を思い出したので帰ります。代わりに黄土色を向かわせておく』  
そう記された手紙を読み終わると同時に、教室の扉がガラッと開く……  
「あっ、泉さん。用事って何でしょうか?」  
おそらく二人に、まんまと騙されたであろうハヤテが教室へ踏み込むと、  
泉は涙を浮かべながらクラス報告書を前に突き出し、ハヤテの元へと駆け寄った。  
 
「きょ、今日も二人で……力を合わせて…………うえぇぇん……っ!」  
「えーっと……とりあえず事情は何となく分かったので……手伝いますから、泣かないでください」  
その言葉を聞いて泉の態度はコロッと変わり、にぱーっと笑い元気よく席に戻って行く。  
「よーし、それじゃあ早速始めよぉー!……まずは記入者の所に名前を書いて……っと」  
 
机を挟んで向かい合う二人。しかし元気よく始めたのはここまで。  
泉の口からは、クラス報告書の話題は一つも出ず、雑談ばかり。  
それでも楽しそうに話す泉を見ていると、ハヤテも報告書の話題を出すことができず、  
ついつい相槌をうちながら話を聞いてしまう。  
 
「それでねー、その時ヒナちゃんが凄かったんだよー!!」  
「へぇー……どう凄かったんですか?」  
「えっとねぇ、バーンってなってドーンってなって、それでどしーんって!!」  
ほとんど効果音ばかりで話の内容が分からない……でも話している本人は席から立ち上がり、  
身ぶり手ぶりで必死に話を続けていて、その姿を見ていると、内容は分からなくてもハヤテまで楽しくなってくる。  
しかし、時計を見ると既に5時過ぎ。もう1時間程も話をしている事になる。  
 
「あの、泉さん……楽しい話の最中に申し訳ないんですが、そろそろ作業を始めましょうか」  
「ほぇ? ……作業?」  
首をかしげて不思議そうな顔をする泉を見て、ハヤテは気づく……  
「クラス報告書ですよ。……もしかして忘れちゃってたんですか?」  
ハヤテにそう言われ、机の上に目をやる泉。そして真っ白の報告書を見て驚く。  
「ハ……ハヤ太君! 大変だよ! もう1時間も経つと言うのに、報告書が真っ白なんて……私たちは今までいったい何を……」  
 
驚く泉を見て、さらに驚くハヤテ。しかし、あえて何も言わずに泉を席に戻し、  
二人は再び向かい合って、今度こそ作業に取り掛かった。  
 
しかし作業はなかなか進まない。それもそのはず、  
このクラスには完全無欠のスーパ生徒会長、桂ヒナギクがいるのだから、問題なんて起きるはずがない。  
「クラスにあんな立派な生徒会長さんがいると、なかなか問題なんてありませんね……」  
「うーん……ヒナちゃんは何でも出来ちゃうからなぁ……」  
頭を悩ませる二人。まさかこういう形でヒナギクが、報告書の障害になろうとは思いもしなかった。  
 
「なんかもう、ヒナちゃんの完璧さが問題だよねぇ〜。……あっ、問題点はヒナちゃん……って書いちゃおっか?」  
「だ、だめですよそんなの! ヒナギクさんに怒られちゃいますよ」  
ヒナギクの機嫌を損ねてはいけないと、必死になって泉にそう言うハヤテ。  
するとその様子を見て、泉はまた突拍子もない事を言い出した。  
 
「ねぇ、ハヤ太君。ハヤ太君ってヒナちゃんの事好きなの?」  
ハヤテは突然の事に固まってしまい、思わず持っていたシャーペンを落とし、シャーペンは床をコロコロと転がって行く。  
泉がそのシャーペンを追いかけて拾いに行き、席へ戻って来た頃にようやくハヤテは口を開いた。  
 
「なっ、なな……どうして急にそんな事言いだしたんですか?」  
「どうしてって言われてもなぁ……何となく、女の勘ってやつだよ」  
勘……どうやら対した根拠は無いらしい。その言葉を聞いて、ハヤテは何故かホッと胸を撫で下ろす。  
 
「それはもちろん好きですけど、良きクラスメイトと言うか、お友達として好きって言う事でして……愛だの恋だのでは……」  
思いのほか真面目に答えるハヤテを見て、泉は次の質問を投げかける。  
「それじゃあ……歩ちゃんは?」  
「歩ちゃんって……西沢さんの事ですか?!」  
再び慌てふためくハヤテ。その姿を泉はニコニコしながら見ている。  
 
「西沢さんも、前の学校でも良くしてくれましたし、大好きですけど……ヒナギクさんと同じ感じで……」  
「ほぇ? そうなの??」  
その答えを聞いて泉は少し驚いた。  
あくまでも泉の個人的な予想ではあるが、ハヤテはこの二人のどちらかを好きなのだと思っていた。  
しかし、これを聞いて、泉の頭にどうしても気になる事が思い浮かぶ。  
 
「じゃ……じゃあっ、私の事は?」  
「えぇ?! 泉さんですか?」  
泉はコクコクと興味津津と言った様子で頷き、返事を待つ。  
しかしハヤテも、さすがに本人を目の前にしては言いづらそうにしている。  
「えっと……前の二人と同じ感じです」  
 
「えぇ〜! それじゃ分かんないよ。もっとハッキリ言うのだ! さぁ、観念しろハヤ太君!」  
どうも不満があるのか、泉はハヤテに詰め寄る。  
執拗に問い詰められ、ハヤテは恥ずかしそうに答えた。  
 
「だから、……その、…………泉さんの事も大好きですよ」  
 
 
――――カァァァァア――  
 
自分で言うように指示しておきながら、泉はその言葉を聞いて顔を真っ赤にしてしまう。  
「ハ、ハヤ太君……そんな事急に言われたら……私だって困ってしまうって言うか……」  
「えぇぇ?! 泉さんが言えって言ったんじゃないですか!」  
「……うにゃ? そうだっけ?」  
相変わらずの天然っぷりの泉に、ハヤテはどっと疲れて大きく息を吐いた。  
 
一方、泉の頭にはある事か浮かんでいる。  
(――ヒナちゃんと、歩ちゃんと同じくらい好きって事は……私にもチャンスはあるんだよね〜……  
 今、ちょうど二人っきりだし……何かアピール出来ないかなぁ……)  
泉はボーっと考える。自分のセールスポイントを……  
 
(頭の良さで勝負?……でも勉強でヒナギクに勝つなんて不可能だし。  
じゃあハヤ太君が好きと噂の普通の子で勝負?……でも普通に関しては歩に勝つのは不可能だよね。  
じゃあ自分にはいったい何があるんだろ……?二人になくて自分にだけある…………あっ!)  
 
二人に負けない自分の特徴を見つけた泉は、席を立つとハヤテへ近づいた。  
「ハヤ太君!私、こう見えて、結構おっぱい大きいんだよ!」  
泉は両手で自分の胸を掴んで大きさをアピールする。  
突然の事にハヤテは慌てて背中を向け、目を閉じた。  
 
「ななっ、何してるんですか! そんな……」  
「あー、信じて無いでしょ!……うぅ〜……、じゃあちょっと待ってて! …………よいしょっと……」  
この間、そしてこの雰囲気……何かとてつもなく嫌な予感がする。  
ハヤテは少しだけ目を開け、恐る恐る後ろを振り向いてみた。  
 
「わ……わぁぁっ!! ちょっ、泉さん! そんな事しちゃダメですよ!!」  
何が何だか分からないが、慌てて泉の手を押さえるハヤテ。  
それもそのはず、泉はワンピース型の制服のスカートを、お腹の辺りまで捲り上げていた。  
 
「ハヤ太君、ちょっと……離して。大丈夫だよ、スパッツは穿いてないけど、今日はパンツ穿いてるから……」  
「いや、そう言う事じゃなくて…………って、今日はパンツ穿いてるって、……いつも穿いてないんですか?!!」  
泉の爆弾発言に、ハヤテは思わずツッコんでしまった。  
しばしの沈黙。ハヤテにとって恐ろしく気まずい時間。しかし、泉はケロッとした表情で答えた。  
 
「うん、いつもは穿いてないよ〜。今日は体育があったから、仕方なく穿いてきたのだよ!」  
ハヤテは考えた。ツッコむべきか、ツッコまないべきか……  
しかしこのままでは、泉がとんでもない変な子になってしまうと思い、ハヤテは意を決してツッコんだ。  
 
「あの……一応下着は身に付けておいた方が良いと思いますけど……だって、ほら! 恥ずかしいじゃないですか」  
「そうなのだよ、見られたらどうしよう……って思うと恥ずかしいんだよねぇ〜…………エヘヘッ♪」  
「はぁ……そうですか」  
恥ずかしそうに……しかし何故か嬉しそうに笑う泉を見て、ハヤテはこれ以上ツッコむのを止めた。  
 
「……と言う事で、ハヤ太君! 今度こそ邪魔しないでよっ」  
そう言って再びスカートを捲り上げようとする泉。もちろんハヤテはそれを静止する。  
「もぉ――! ハヤ太君、邪魔しないでよぉ〜……!」  
「ダメですよ! 女の子がそんなはしたない事……っ」  
ハヤテの制止を聞かず、泉はスカートを掴んだ手を離さない。  
 
「そんな事言わないで、ちょっとだけ! どれくらいの大きさか、おっぱい見せるだけだからぁ〜!」  
「えぇ?! そ、そんな事しようと思ってたんですか?! ……なら尚更邪魔させていただきます!!」  
「そんなぁ〜! うわぁぁん……ハヤ太君のいじわる〜!」  
もともと力だけで言えばハヤテの方が断然上。  
泣き落としにも屈せず、ハヤテは泉の手をスカートから離させる事に成功した。  
 
とりあえず椅子に座らせ、ハヤテは事情を聴く。  
「どうして急にあんな事したんですか……?」  
「クスンッ……だって私、勉強でも、普通っぷりでも勝てないから……」  
「??」  
話の内容を理解できないハヤテは、頭に?マークを浮かべて、首を傾げ考え込む。  
その様子を泉はチラッと確認……  
……と、その時、泉は油断しているハヤテの手を取り、自分の胸へ押しつけた。  
 
「うわぁぁ! 泉さん、……ちょっと、手が胸に……」  
「ねっ! ねっ? ヒナちゃんや歩ちゃんより大きいでしょ?」  
ハヤテは思わず頭が真っ白になる。手に押しあてられる柔らかい胸は、ハヤテの手から少し溢れる程に大きく、  
男の悲しい性か……ハヤテは意識した訳では無く、気づかないうちに、その柔らかい胸をグッと揉む様に掴んでいた。  
 
「は……っ、んんっ……ハ、……ハヤ太君、そんなにしちゃ、だめぇ……」  
その声でハッと我に帰ったハヤテは、慌てて胸から手を離し、2・3歩後ろへ下る。  
「す……すみません! その、決してやましい気持ちは……」  
「うぅん、そんなの気にしなくて良いから。えっと……わ、私も気持ち良かったし!」  
一応フォローしたつもりのこの一言が、さらに空気をおかしくしていった……。  
 
「あの、それで私のおっぱい……どうだった?」  
「どうって言われましても……」  
俯いて視線を落としたまま、ハヤテは困りはてている。  
言葉を濁すハヤテを見て、泉は質問を変える事にした。  
 
「じゃあ、ハヤ太君はおっぱいが大きい子……好き?」  
「それは……個人的には好きですけど……」  
その言葉を聞いて、泉は満足げな笑顔を浮かべ、笑いながらハヤテの肩をバンバン叩いた。  
 
「さぁ、じゃあチャチャッとクラス報告書つけて、早くお家に帰ろぉー」  
ようやくやる気を出した泉。しかし、ハヤテは何か納得がいかず、……魔がさしたと言うべきか、  
やる気を出した泉の、作業を止めてしまう事を言ってしまった。  
 
「その……そう言う泉さんは、好きな人とかいないんですか?」  
「ほぇ? 好きな人?」  
「はい」  
 
別に深い意味は無かった。ただ、自分が相当恥ずかしい目にあわされた為、少し仕返しをしたつもりだった。  
しかし、その言葉を聞いた泉からは、先ほどまでの笑顔は消え、真剣な顔でハヤテの目を見つめる。  
何やら地雷を踏んだのか……と思い、ハヤテは慌てて前言を撤回する事にした。  
 
「あっ、あの、やっぱりさっきの事を忘れ……」  
「ハヤテ君」  
その言葉にハヤテは驚き、思わず聞きなおしてしまう……。  
「あの……今、なんて……?」  
 
「だから、私の好きなのは綾埼ハヤテ君。……キミだよ」  
 
ハヤテはとりあえず体の全回路を遮断。すべての神経を頭に集中させる。  
(綾埼ハヤテ?……それって僕の名前だよな。でも何かおかしいぞ……何か……  
 あっ、そうだ、名前! 今、確かにハヤ太君じゃなくて、ハヤテ君って……じゃあさっきのは気のせい?妄想??)  
しばらくの間、ハヤテは一人俯いて、ずっと何かを呟いていた。  
 
「お〜い、ハヤ太君? どうしたんだい?」  
俯くハヤテの顔を覗き込むように、泉は下からハヤテに話しかけた。  
その言葉でハヤテはハッと我に帰る。  
「あれ? ……今、ハヤ太君って」  
「ほぇ? そりゃハヤ太君はハヤ太君だから。どうかしたの?」  
「いえ、何でもありません。……あははっ、ですよね! 僕、ハヤ太君ですよね」  
「うにゃー? あははっ、変なハヤ太君。それじゃあ私は報告書を生徒会室に持って行くから、ハヤ太君は先に帰ってていいよ〜」  
 
そう言ってクラス報告書を手に取り、泉は教室を後にした。  
「はぁ……僕、疲れてるのかなぁ」  
一人教室に残されたハヤテは、さっきの事はすべて妄想と言う事で処理したらしい。  
しかし、ハヤテはもう一つの疑問に気付いた。  
「あれ? そう言えば報告書いつの間に書いたんだろう……?」  
 
一方、教室の前、廊下でへたり込む泉。  
「ふぁ〜……ちょっと調子に乗りすぎちゃったなぁ〜……結局報告書は真っ白だし……  
 う〜ん…………よしっ、これで良いや!」  
泉はサラッと一言書き、そのまま報告書をヒナギクに提出した。  
 
 
――――翌日  
 
学校に投稿してきたハヤテは、ヒナギクを見つけるといつも通り挨拶をした。  
「おはようございます、ヒナギクさん」  
「へっ……お、おはよう。……綾埼君、一つ言っておくけど、ココは学校! 勉強をする所なんだからねっ!」  
そう言い残し、ヒナギクはツンッとした態度で去って行った。  
 
(――あれ? 今、綾埼君って……また僕何かしちゃったのかなぁ……)  
そんな不安を抱えつつ、朝から暗い気分になってしまったハヤテ。  
すると、今度は後ろから追いかける足音が聞こえてくる。  
 
「おっはよー! ハヤ太君!!」  
声の主はレッド・ブルー・ブラックの3人だった。  
「あぁ、これはこれは……裏切り者のお二人と、泉さん。おはようございます。」  
ハヤテは満面の笑みで挨拶をした。  
 
「うっ、……ハヤ太君、なんだか笑顔とは裏腹に棘があるぞ……でわ、我々は急ぐのでまた学校で会おう!!」  
そう言ってヒナギク同様走りだす二人。それを追う泉。  
しかし、泉は一度立ち止まると、クルッとターンしてハヤテの方を振り返り、一言。  
 
「ハヤ太君、今日は体育が無い日だね〜♪」  
「えっ? あぁ、そう言えばそうですね…………って、まさか……!」  
「エヘヘッ♪」  
 
悪戯な笑顔を浮かべて立ち去る泉を、ハヤテは追わなかった。  
もし、走ってスカートが捲れでもしたら大変だから……  
結局この日、ヒナギクの不機嫌と、泉のスカートの中の事で頭が一杯で、ハヤテは授業が全く頭に入らなかった。  
 
 
 
 
 
 
 
――――クラス報告書    瀬川 泉  
 
 
今日は、ハヤ太君に「大きいおっぱいの子が好きだ」と言われ、おっぱいを揉まれた。  
でも、すごく気持ち良かった!  
 
(PS.ごめん、ヒナちゃん、後はたのんだ!)  
 
 
 

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