その日、ハヤテは朝から体のあらゆる箇所がONの状態になっていた。
「困りましたね、これじゃ学校に行けません」
「ハヤテ、私もONになってるぞ。おそろいだな!」
「はい、お嬢さま!」
「嬉しいぞ!」
「いやー、一時はどうなることかと思いましたよ。でも、お嬢さまもONなのなら、僕も安心です」
「うむ、私もだ。でも、ひょっとすると、ヒナギクたちもONになっているかも知れんな」
「ええっ!いくらなんでも、それは…」
「急いで確かめに行くぞ!マリア、車の用意をしてくれ!!」
「まあ、何ですか。朝から二人してそんなところをONにして…」
「あれっ!よく見れば、マリアさんもONになってるじゃありませんか!!」
「あら!嫌だわ…、いつの間にこんなに…」
ナギたちを乗せた黒塗りの大型セダンは白皇学院へと爆走し、
その後をクラウスが運転するセダンがピタリと追尾する。
その時、ナギの携帯が鳴った。
「ハヤテ、咲夜からだ…」
「お嬢さま…。もしかして…」
「うむ。そうかもしれん…」
ピッ
「ナギ!ウチ、朝起きたら、体中がONになっとるんやけど、ナギは…」
「おお!咲夜もか!!私もハヤテも同様だ。
今、学校に行って、他の者たちがどうなっているのか確かめるところだ」
ナギは、携帯をハヤテに渡す。
「もしもし、僕です。咲夜さん、大丈夫ですか?」
「ああー、借金執事か…。ウチ、全身ONになってしもて、これからどないしたらええねん…」
「大丈夫です!!僕も、今朝起きたらいきなりONになっていてびっくりしましたが、
僕は、『お嬢さまとおそろいだ』と思うと嬉しくなりましたよ!」
「そんなもんやろか…」
「そうですよ!学校について、みんなもONになっているかどうか確認したら、
こちらから電話を差し上げますから、まずは落ち着いてくださいね」
「そうか…。お前が、そういうてくれんのやったら…」
ハヤテは携帯をナギに返す。
「そうだぞ!とにかく後で連絡するから、
それまで、軽はずみな行動はくれぐれも慎むのだ!わかったな!」
ナギたちの車が、生徒たちがあわてて避ける中、白皇学院の正門に滑り込む。
勢いよくドアを開けながら、ナギが叫ぶ。
「ヒナギク!ヒナギクはいないか!!」
「お嬢さま、ご覧ください…」
ハヤテに促されるまま、ナギは車を遠巻きに取り囲んでいる生徒たちの様子を見る。
ほとんどのものが、全身ONの状態になっているではないか!
「なんてことだ…。ハヤテ、すぐに咲夜にこのことを伝えろ!
それら、ヒナギクを探すのだ!」
「はい!!」
もう、一刻の猶予も許されない。
事態がここまで進行してしまった以上、すぐにでも楽しみ始めなければ、
この場にいるもの全員が○×△で一杯になってしまう恐れがある。
全身ONになった生徒たちの人垣を掻き分けながら、
ハヤテは携帯で咲夜に連絡を取ろうと試みる。
だが、呼び出し音が長々と鳴るばかりで、咲夜は一向に電話に出ない。
「手遅れですか…」
まだ望みが全て失せたわけではない。
ヒナギクの様子がまだ分からないのだ。
「ハヤテくーん!!」
ハヤテを見つけたヒナギクが、走り寄ってくる。
「ヒナギクさん!!」
ヒナギクの全身を見たハヤテは、思わず息を呑む。
ヒナギクも、全身残らずONになっていた。
事態はハヤテが思った以上に進行しているようだ。
いや、最早絶望すべき状態なのかもしれなかった。
「ヒナギクさん!今、校門のところにうちの車が来ています。
ここは一旦、三千院のお屋敷に難を避けてはいかがでしょうか?」
「そうね、じゃあ、踊り終わったらすぐに行くことにするわ」
もう、弁当を食べるどころの騒ぎではない。
このままでは、おやつすら食べられなくなるかもしれないのだ。
ドジョウ掬いを一心不乱に踊り続けるヒナギクを横抱きにすると、
ハヤテは、校門へ向けて駆け出した。
「執事長ーーー!!」
「綾崎!無事だったか!」
見れば、車の横に、ナギの姿が見当たらない。
「お嬢さまは?」
「ああ、理事長のところへ、歳暮を届けに行かれてな…」
「ええっ!」
「何でお止めしなかったのですか!今の時期だったら、お中元ですよ!!」
「そう責めるな。お前だって、この間、お嬢さまと一緒に“秋休み”を二ヶ月間もとったではないか」
「あれは、掃除が全部済んだ後の話でしょう?
それに、僕は好き嫌いはあまり無いほうなんですから…」
そこに、
一学期の間ずっと理事長に取り上げられていた算数のドリルをやっと取り返したナギが、
うなぎパイを両手にたくさん抱えて戻ってきた。
「全身がONでほんとによかったな、ハヤテ!!」
一人でワルツを踊り続けるヒナギクを乗せ、
ナギたちの車は猛スピードで校門を後にする。
「おい、このまま咲夜のところへ行ってくれ」
運転しているSPが、野太い声で、はい、と返事をした。
「若ーーーー!」
「サキーーーー!」
『レンタルビデオ タチバナ』の二階では、
やはり朝起きると全身がONになっていたワタルとサキが、
楽しそうにパンにハムを挟んで食べている。
「サキ、お前のON、なかなか似合ってるぜ」
「ありがとうございます!若も、とってもお似合いですよ!」
サキの携帯が鳴る。
伊澄からだった。
「あのー、ワタルくんも、やっぱりONになっているのでしょうか?」
「はい、お待ちください、今、若に換わりますから」
「おお、伊澄か。どうした?」
「わかっているくせに、ワタルくんの意地悪…」
「いや、悪い悪い。久しぶりにキャビアを食べたら、特売のタラコみたいな味がしてさ。
だから、さっきまでバグダットに料金を気にしながら国際電話を掛けてたんだよ」
「もう、ナギには連絡したの?ほんとは、とってもお腹が好いてるんでしょ?」
「なんだよ!こんな事になるんだったら、あん時、お前のストールで鼻をかんどきゃよかったよ」
「そんなに優しくされたら、カップラーメンのかやくだけでも上げたくなってしまうわ…」
「サキがそばで聞いてるから、今日は、もう切るぜ。じゃあな」
「ええ。今度遊びに行くときは、粉末スープを半分持ってゆくわね」
二人の気持ちは、もう、誰も止めることは出来ない。
そこに、咲夜の服を脱がせ終わったマリアが駆けつけ、
『東京○ィ×■ーラドン』と書かれた招待券で腋の下を隠しながら、選手宣誓を行った。
「我々は、一人の英雄を失ったか失わなかったかよく分からないですけれど、
三千院家が掲げる、『甘いものは甘く』という理念は、忘れていいかもしれません。
これは勝利であって、皆さんが立ったり座ったりしてくださるなら、
必ず歴史は『ジーク、三千院』といってくれると思うのですが、
皆さんの今日の夕食は、このお話が終わった後でやっつけ仕事で作ります!!」
どうも雲行きが怪しくなってきた。
ハヤテは、
マリアさんが冷蔵庫の一番下の段の隅っこに隠しておいたプリンをこっそり食べたのが、
今になってバレたということを直感で感じ取った。
三千院家の門の前に集結している警官隊は、
年齢に似合わない咲夜の胸の大きさにあてられて、じりじりと後退し始めている。
このまま事態が悪化し続ければ、機動隊の出動を要請しなければならないだろう。
いや、本当に事態がこのまま加速度的に拡大し続けるなら、
我が国の自衛隊の治安出動が現実のものとなる公算が極めて高い。
もしそんなことになれば、在日米軍も動き出すかもしれない。
ハヤテは携帯を取り出すと、いっぺんパカッと開いて時刻を確認した。
もう、時間がない。
どんなものであれ、何か結論を出さなければならない。
掴み合いを始めたクラウスとマリアに、
爪が手の平に食い込むほど拳を握り締めたハヤテが、
にこやかに呼びかけた。
「ここから先へ進みたければ、どうぞ遠慮なく進んでください」
ハヤテは知らなかったが、この時点では飛行機にはまだ空席があった。
「右向けーぇ、右ッ!!!」
ピザが届いたようだ。
こんなこともあろうかと、タマがこっそり頼んでおいたのだ。
ハヤテは、そのピザを思い切り地面に叩きつけると、
箱のふたの裏側に油性マジックでいろいろな願い事を書き始める。
「水性を使うと、ピザの油ではじかれちゃいますからね」
その場に居合わせたもの全てが、目に涙を浮かべながら深く頷いた。
ようやくこの国に、夜明けが訪れようとしていた。
「どうでもよいことだけど、どうでもよくないことだってあるんだよな、ハヤテ」
「はい!何でこんな事になっちゃったんだろうと思っても、
そのまま芋を食べ続ける勇気が必要だっていう経験は、僕はしたことがありません」
「人は何でレ×ブロックを何万個も使ってお城とかを作ろうとするのかな?」
「お嬢さま…、
それは、資本主義の不均衡発展によって全世界規模で矛盾が拡大した結果とは、
なかなか言えない様な気がするのですが…」
ここで、学園内に井戸をたくさん掘ることで、
少しでも風水の環境をよくしようとする生徒会の立場を代表する形で、
ヒナギクが発言の許可を求めた。
「さっきのピザだけど、ハヤテ君が拾って、その白い大きな猫に乗せればいいんじゃない?」
もう、時間切れだった。
装甲車を先頭に押し立てて、機動隊が屋敷の中へ進入を開始した。
屋敷の上空には報道機関のヘリが何機も群がっていたが、
それを警察のヘリが追い払った。
みんなの緊張が、あっという間にほぐれていく。
「天気って、大体、西の方から崩れてくるんですよね」
ハヤテは、もしポケットの中に隠したタバコが見つかったときには、
「これは、友達のを預かっただけだ」って言おうと決めた。
屋敷の門の内側で、咲夜の乳と機動隊のガチンコ勝負が始まった。
機動隊の装甲車は、
咲夜の乳の勢いを削ごうと硬くなりかけている乳首めがけてピュッピュピュッピュと放水する。
咲夜も、負けるもんかと母乳をシャーシャーと噴き出させて応戦する。
両者共に一歩も譲らぬ一進一退の激闘が繰りひろげられている。
その横で、マリアもクラウスも股を広げている。
マリアの股間には擦り切れた茶色の亀の子たわしがくっついていたし、
クラウスの股間には、しなびたエリンギと白髪交じりのジンジロ毛が生えた牡蠣がぶら下がっていた。
ハヤテの携帯にメールの着信。
差し出し人は「公衆電話」になっている。
メールの中身は、「非通知設定」の一言だけだった。
何度叱られても同じいたずらを繰り返す子供のように、
ナギは、Hな同人誌をハヤテに見つかる前に全部☆フ×■で売り払おうと考えた。
だが、ほんとはそれを盗み読みしていたハヤテが反対した。
「もうすぐ港にボロボロの貨物船を改造した救難船が到着します。
どうか、お嬢さまだけ乗ってください」
「いやだ!!一緒に…、一緒に入ろう。
私は、回転寿司屋に入るのは初めてなのだ」
「いえ、それはいけません。でも、大丈夫ですよ。
僕なんか、生まれてこの方、寿司なんて握ったことはあっても食べたことはありませんから。
この騒ぎが収まったら、僕は一人で新幹線かお屋敷のヘリで回転寿司屋に行きますね」
炉心が、臨界に達したようだ。
白衣を着た技術者たちが、そこらにまい散る書類に足をとられながら、
我先にと一目散に中央制御室の出口に殺到する。
「何やってるの、みんな!
あなた達、それでもジ○※軍の軍人なの!!
御飯茶碗の中に、まだこんなにお米の粒が付いてるじゃないの!!
ちゃんと全部拾わないと、今日のおやつはあげないわよ!!」
ワタルの携帯に
「国境の検問所が開いたらしい」というメールが届いたのは、この時だった。
それを見たワタルは、もの凄くイライラし始めた。
その理由は、何度やっても、どうしても麻婆豆腐に入れた豆腐がグチャグチャに崩れるから、
どうしても国境を警備している兵士に賄賂を渡さなければいけなかったのに、
これからはもうその必要がなくなってしまったからだ。
そんなワタルの様子を見かねたサキは、
物売りに変装して基地に忍び込むと、戦車の陰に隠れてそっと小便をして帰ってきたが、
うっかり戦車の大砲にパンティーを掛けておいたのを忘れていたことに気が付いたのは、
ワタルに尻を見せてからだった。
本当の戦いは、これからだ…