「いい?ハヤテ君!これがほんとに最後のチャンスよ!
防具をつけるか、さっきの言葉を取り消すか、選ばせてあげるわ!」
「さっきから何回同じ質問をするんですか?
ひょっとして、この勝負に怖気づいたから、時間稼ぎですか?」
一体、何のつもりなんだ、ヒナギクさんてば!
なんか今日は、さっきから
「ナギの気持ちも考えなさい!」とか、
「ほんとはナギのこと、どう思ってんの?」とか、
「ハヤテ君がはっきりしないから、ナギがかわいそう!」とかさ!
ナギお嬢様は僕の大事なご主人様だもの。
ヒナギクさんにそんなにしつこく言われなくたって、
僕なりに、お嬢様のことをきちんと考えながらいつだって誠心誠意お仕えしてるよ!
それにさ、なんで、僕が“はっきりしない”と、お嬢様が“かわいそう”なことになるっていうんだ!?
その挙げ句の果てに、僕が、
「お嬢様のことは、お嬢様ご自身に決めていただきます。
僕はそれに一切関知しないし、関知出来ません」て言ったら急に怒り出して、
「一生、ナギの傍にいるって約束なさい!」って、なんなんだよ、全く!
あんまりヒナギクさんがしつこい上に訳が分からないから、剣道の勝負を申し込んだのさ!
そしたら、
「私が勝ったら、ハヤテ君は、一生ナギの傍にいるって約束するのよ!
もしハヤテ君が勝ったら、ハヤテ君の言うことを何でも聞いてあげる!」なんて言い出すし。
僕の言うことを何でも聞いてくれるんだったら、
「もう二度と、僕とお嬢様の関係に余計な口を出さない」って約束してもらう!
僕は一度も剣道を正式に習ったことはないけど、得物の扱いには慣れてるんだからね…
ハヤテ君は、優柔不断過ぎるのよ!
それに、その気もないのに、女の子がキュンと来るようなセリフをサラッと言ってのけるし。
一度でいいから、そういうことを言われた女の子の身になってみるといいんだわ!
それより何より、ナギは、ハヤテ君のことが好きなのに、
毎日、そんなに近くにいるのにその気持ちに気が付かないなんて、鈍感にも程ってもんがあるわよ!
それに…
ハヤテ君のことが好きなのは、ナギだけじゃないんだから…
ハヤテ君のことを諦めなきゃならない私の気持ち…
どうしてくれるのよ…
「じゃ、遠慮しないわよ。いいわね!」
「ええ、ご存分に…」
防具をつけたヒナギクと執事服のハヤテが、間を置いて向かい合う。
普段の二人からは全く想像できない、びりびりした闘気がその場を支配する。
ヒナギクは、スッと正眼に構える。
ハヤテは、竹刀を無造作に掴んだ右腕を、ダラリと下げたまま。
左腕にも全く力が入っていない。
まるで仁侠映画で長ドスを持つ主人公のように…
「舐められたものね…」
「また、時間稼ぎのおしゃべりを始めるんですか…」
ヒナギクは、ふんっ!という気合いとともにハヤテに打ってかかる。
空気を裂いて上段から振り下ろされるヒナギクの竹刀。
それを、ハヤテの竹刀が下からバシリ!と重々しい音を立てて受け止める。
ハヤテはそのまま思い切り自分の体ごと竹刀を握っている手首を捻り上げると、
ヒナギクの竹刀を巻き取るように掬い上げた。
「きゃっ!!」
竹刀はヒナギクの手を離れ、剣道場の天井にバスン!とぶち当たった後、
カチャカチャと軽い音を立てながら板張りの床に転がった。
「勝負、ありましたね…」
「うっ…」
「何なら、もう一本いきますか?」
「剣道の作法を知らない野蛮な人が相手だと、やりにくくてしょうがないわ!」
「その、作法を知らない僕が持ちかけた剣道の勝負を受けたのは、ヒナギクさんですよ。
僕は防具も付けてないし、完全アウェーです。」
「わかったわ。もう手加減なんかしない…」
「さっきは『遠慮しない』で、今度は『手加減しない』ですか…」
「脳震盪、起こしても知らないわよ…」
でやーっ!!!という気合と共に、ヒナギクは下段から竹刀を繰り出す。
その竹刀を、ハヤテはまたしても脱力姿勢からの凄まじい一撃で横薙ぎにする。
ヒナギクの竹刀は、今度は壁の腰板にバシャリと叩き付けられて、そのまま下にガシャッと落ちた。
「もう一本、いえ、ヒナギクさんの気が済むまでやりましょうかね…。
何度やっても、結果は同じだと思いますけど…」
ヒナギクを小バカにするようにチョイチョイと竹刀の先を動かしながら、
ハヤテは不敵にニヤリと笑った。
ハヤテの太刀筋は、繁華街の裏通りでその身に嫌というほど染み付いた、命ぎりぎりの“喧嘩剣法”だ。
とても、“お上品”な正規の剣士が敵うものではなかった。
「わかったわ。私の負けよ…」
「じゃあ、僕の言うことを何でも聞いてくれるんですよね?」
「そ、そうよ。約束は、守るわよ」