その日も、ハヤテの目を覚まさせたのは小鳥のか細いさえずりだった。  
 窓の近くの一本木に、ヒバリが巣を作ったのだ。カーテンを開けると、親鳥がパタパタと、  
忙しなさそうに飛び立っていくところだった。  
「ん〜っ! ふぅ、今日もいい天気だなあ!」  
 思わず口に出してしまうくらい、気持ちのよい目覚めだった。  
 カーテンを開けた向こうの空も澄み切っている。  
 今日は何か良いことが起きそうな、そんな予感がする朝だ。  
   
 ハヤテは顔を勢い良く洗い、すっかり着慣れた執事服を軽やかに身にまとう。  
 時刻は朝6時。執事の朝は早い。朝食を準備し、主の身支度を整え、……そしてその主に、  
今日も頑張って学校に行ってもらえるよう説得しなければならないのだから。  
「昨日は張り切っていらっしゃったからな……今朝のお嬢様には苦労させられるかも」  
 セリフとは裏腹に、意気揚々と鼻歌を歌いながらハヤテは台所へと向かう。  
 こんなにテンションの高い朝も久しぶりだった。  
   
 炊事場からは、トントントン……と包丁の小気味良いリズムが聞こえてくる。とくに  
お互い起床時間を決めているわけではないが、マリアはたいていハヤテより早く起きて  
先に朝食の調理を始めている。  
「ラン、ランララランランラン、ラン、ランラララン♪」  
 ドアの前に立つと、『王蟲との交流』を口ずさんでいるのが聞こえてきた。  
 選曲はともかく、どうやらマリアもなかなかご機嫌な朝らしい。  
「おはようございます! マリアさ……」  
 ドアを開け放ち、元気よく挨拶をしたハヤテの目に飛び込んできたのは。  
 
「んー? おお、ハヤテ。お早う。ちょうどよかった、お醤油が切れてしまったのだが、  
 買い置きはどこにおいてあるのだ?」  
 
 ……制服に着替え、エプロンをし、湯気立つ鍋の前でお玉をかかげる三千院ナギの姿だった。  
 
「え……、えええええええええええぇぇぇぇ!!??」  
 
 
『ナママナ』  
 
 
「――っ、どうしたのだ一体いきなり素っ頓狂な声を上げて!」  
「す、素っ頓狂なのはお嬢様のほうですよ! どうしたんですか!? え、6時、今、  
 朝の6時だよな? こんな朝早くにお嬢様が起きて、しかも制服、うわあああちょっと、  
 何やってんですかーっ!」  
 ハヤテはナギの元に慌てて駆け寄ると、お玉を半ば強引に奪いつつ、ナギを火のかかる  
鍋の前から遠ざけた。  
「ちょっ、な、ハヤテ! 何をするのだ!」  
「何って、お嬢様が料理なんてそんな、……あれ?」  
 動揺するハヤテの鼻を、ふわっと湯気に混ざる麹の香りがつつく。  
 目の前の鍋の中には、乳褐色の味噌汁がことことと煮えている。油揚げといちょう切りに  
された大根が中でゆらゆらと踊っていた。  
 怪訝な顔をしながら、ハヤテは恐る恐るお玉で汁をすくい、そっと味見する。  
「あ……」  
 美味しい。鰹節でとった出汁の香りが良く、味噌の加減もちょうどいい。  
「まったく、なんだというのだ。そんなにお腹が空いたのか? だったら手早く済ませる  
 から、食卓の準備でもしていてくれ」  
 眉に少し皺を寄せつつ、ナギは既に茹でてざるに揚げてあったほうれん草を刻み始めた。  
 トントントンと、手際よく。  
「あ、あわ、あわわわわ……」  
 有り得ない。ありえない。アリエナイ。  
 ナギのその、ともすれば凛々しくも見える横顔に、ハヤテはこの世ならざるものを  
見たかのように後ずさる。  
 いや、実際有り得ないのだ。ナギがハヤテよりも早起きし、マリアもいないのに制服に  
着替え、台所に立って自ら朝食をこしらえるなどということは。  
 ハヤテが口をパクパクさせている間にも、ナギはてきぱきと調味料を整え、色味も美しい  
ほうれん草のおひたしを小鉢に盛り付けた。  
「さて、次は……」  
「マ、マリアさあああああんっっっ!!」  
 目の前の信じられない現実に、ついにハヤテは台所から駆け出していた。  
 
「お、お嬢様が、あんなご立派に……、ああ、もうっ! 本来喜ぶべきことなのに有り  
 得なさ過ぎて!」  
 すっかり混乱したハヤテは、マリアの部屋にノックもせずに飛び込んだ。  
「マ、マリアさん聞いてください、お嬢様が……!」  
 何の涙かわからないが、潤んだハヤテの目に飛び込んできたのは。  
   
「ん〜? あ、ハヤテ君、おはよ〜ございます。あ、またF○E……。初見で飛び込むのは  
 やっぱり危険ですかね? それとも危険を省みず踏み込んでこそ真の冒険者でしょうか?  
 う〜ん……」  
 ごっそり布団に身を包み、顔と手だけをひょっこり覗かせながらニン○ンドー○Sに  
興じるマリアの姿だった。  
「何ぁにやってんですかマリアさーーんっ!!」  
 部屋に飛び込んだ勢いそのままにハヤテはマリアの布団を引っぺがす。  
「きゃっ、も〜、ちょっと、よっ、何するんですかハヤテくん……。あ、ガードしたのに  
 最大HPのダブルスコア持っていかれましたよ、やっぱここは避けるべきでしたね、  
 リセット、と……」  
 奪われた布団を速攻で取り返して潜りなおすマリア。あまりの自堕落ぶりに、一瞬見えた  
ネグリジェの色気も一気に冷めてしまった。  
「ま、マリアさん、そんなことより大変なんですよ! お嬢様がこんな時間に早起きして、  
あろうことか朝食までお作りに……!」  
「いいことじゃないですか……、じゃあ今日は私何もしなくていいですね、街に戻ったら  
 セーブして二度寝しましょうか……」  
「は、はぁ?」  
 呆気に取られるハヤテをよそに、マリアはもうすっかり2つのディスプレイに集中して  
いた。  
「ま、マリアさん……。え、えっと、せ、洗濯物とか溜まってるんですけど……」  
「あー、そうですね……。よっぽど気が向いたら……干したり干さなかったり……」  
 気のない返事。動かない視線。  
 昨晩まで非の打ち所のない万能メイドのはずだったマリアは、一晩にして絵に描いた  
ようなダメ人間に堕ちてしまっていた。  
 
(いや待て、何気ない現実のすぐ隣にはいつも奇妙な世界が顔を覗かせているとタ○リも  
 言っていたように……、これはまたいつも通り妙なことに巻き込まれていると見た……!)  
「いやー、また何か面白いことになっとるみたいやな」  
「お、おわっ、咲夜さんいつの間に! ていうか、まだ朝の6時半ですよ!?」  
「ウチのネタレーダーは24時間広範囲をカバーしとんねん。全国津々浦々、おもろいことが  
 あったらどこでも駆けつけるでー」  
 中学の制服に身を包んだ咲夜は、親指をビッと立てて白い歯を見せて笑う。  
「そんなことより、これはどうしたことなんやろなあ、これじゃまるで……」  
「ええ、自堕落腐敗ニート万歳のナギお嬢様が、いきなり品行方正優良児童になり、完璧  
 赤マルメイドさんのマリアさんが、一人暮らしで自由の味を占めた大学生のようにナマケ  
 モノに……」  
「ナギがマリアでマリアがナギで、といったところか……。そこらへん、どうなんや伊澄  
 さん?」  
「え〜……、ナギと……、マリアさん……の、波が、交じり合って……、ふああ」  
 細々とした声が聞こえたかと思うと、咲夜のすぐ横で壁にもたれかかるようにして伊澄が  
立っていた。  
「い、伊澄さんまで。……だいぶお眠のご様子ですが」  
「ええ、咲夜に、無理矢理起こされて……。ハヤテ様は早起きなのですね……」  
「伊澄さん、それは僕じゃなくてコ○ン像です。で、伊澄さん、波が交じり合ってるって?」  
 質問するハヤテに、何とか意識を保とうと顔をぺちぺち叩きながら伊澄が答える。  
「そうですね……、簡単に説明すると、2人の魂が何らかの原因で中途半端に混ざり合って  
 しまっている状態なんです。これが完全に入れ替わると、見た目がナギで中身がマリアさん、  
 という現象が起こったりするんですが……」  
「漫画とかやとよく有るシチュエーションやな。まあ今回はそうやのうて、ざっくり言って  
しまえば、キャラだけ入れ替わってしもうとるっていうこっちゃな」  
「いくらユル系コメディ漫画のパロSSだからって、そんなご都合主義的なことがいきなり  
 起こるだなんて……」  
「それが、2人の魂の状態が何故か非常に不安定なんです。つい最近、何か2人が大きな  
 ショックを受けるようなことは……?」  
「ショック……、……! そう言えば――!」  
 
「「そう言えば……?」」  
「――昨晩は、お嬢様の手料理フルコースだったんですよ……」  
「……まさに、魂の震える料理やったっちゅうこっちゃな……」  
 
 
「む? なんで伊澄と咲夜が来ているのだ? まったく、来るなら来ると言ってくれないと、  
 またアジを焼かないといけないじゃないか……」  
 食卓に料理を並べるナギは、眉をハの字に下げる。  
「いえ、お構いなくナギ。ここに出ているだけで十分だから……」  
「ほんま、これ全部ナギが作ったんかいな……」  
 食卓の上には、煮物、きんぴら、サラダ、浅漬けと、地味ながら栄養と味のバランスに  
抜かりのないメニューが並んでいた。  
「む、マリアはまだ起きてこないのか。まったく、いつまで経ってもネボスケで困る」  
「今のセリフ、マリアさんに聞かせたらショックで元に戻るんやないか?」  
 ナギは眉に皺を寄せつつ、甲斐甲斐しく全員分のご飯をついでいる。  
「よし、みんな席に着け。はい、いただきます!」  
「いただきます……」  
「いただきます、って、なんかナギに仕切られると調子狂うなぁ……」  
「まあまあ咲夜さん、ほら、おいしそうですよ」  
「言うても、ナギの料理やからなあ、油断は……」  
 訝しげに咲夜は、まず煮物に箸を延ばし、ひょいと口に運ぶ。  
「……美味いやんけ」  
「うん、とってもおいしいわ、ナギ」  
「ふふーん、しっかり味わって食べるのだぞ。おかわりもあるからな」  
「これをナギがなぁ、ほんま妙なことも起こるもんや……、……何泣いとんねん」  
 咲夜の隣では、ハヤテがぼろぼろと涙を流しながら味噌汁をすすっていた。  
「ずず……、くっ、いえ……、このような事態とはいえ、お嬢様のお作りになった料理で、  
 みなさんにこんなに喜んでいただけるなんて、執事冥利に尽きます……、ぐすっ、  
 うおおおおぉぉぉっっ!!」  
 
 涙を撒き散らしながら、ハヤテはものすごい勢いでご飯をかっ込む。  
「お嬢様、おかわりです! 今日の僕の胃袋は小宇宙に繋がっています!」  
「うむ!」  
「いや、じぶん執事やろ……」  
 あまりの感激にすっかり自分の仕事も忘れて主人にご飯をついでもらうハヤテ。  
   
「むぐ、むぁあ確かに、んぐ、ナヒはこのままでもええんひゃうかな、んむ、誰が困る  
 わけでもなひ、あつつ」  
 ぴたりとナギは箸を止め、箸置きにすっと置くと、咲夜を睨み据えて低いトーンで  
口を開いた。  
「……サク」  
「んぅ?」  
「食事中におしゃべりするなとは言わん、しかし口に物を入れたまま喋るというのは、  
 仮にもお嬢様と呼ばれる立場の人間としてどうなのだ? 親しき仲にも礼儀あり、  
 最低限のマナーは守らないといかん」  
「あ……、あはは、なんや厳しいなぁ、さすがナギVer2.0は違」  
「それに、その納豆。まさかやっぱり食べない気か? 臭いが苦手というのはわかるがな、  
 納豆は優れた発酵食品であり、普通の食物からは得にくい栄養素が摂取できるのだから  
 食べたほうがよい。それに、食べる前に何百回もかき混ぜることによって風味も良く  
 なるとあ○あ○でも――」  
「……ハヤテぇ」  
「はい……」  
「ウチ、こんなオヤジくさいナギ嫌や……」  
 なおもクドクドと説教を続けるナギを前に、咲夜は少し涙目だった。  
「はは……、ま、まあ頼もしいじゃないですか」  
「それにな、じぶん、多分忘れてるフリしとるんやと思うけど」  
「はい?」  
 その時、ハヤテたちの背後のドアがぎぃと重々しく開いた。  
 のそのそと現れたのは、寝ぐせのついた髪と寝巻きをそのままにしたマリアだった。  
 
「ま、マリアさん……」  
「ふあ〜ぁ、……あら、みなさんお揃いで、おはようごふぁいま、ふぁ〜……ふぅ」  
 まだ眠気が治まらないのか、何回もあくびを繰り返して席に着く。  
 その腑抜けっぷりたるや、普段の毅然とした彼女を知るものなら一見しただけで愕然と  
してしまうだろう。というより、すでにしている。  
「あ、あああ、あの、マリアさ」  
「めずらしく早いじゃないかマリア。朝ごはんはどうするのだ?」  
「んー……、この後また3度寝しますから……、ヨーグルトだけで結構です……」  
「まったく、朝くらいはちゃんと食べなきゃダメだぞ」  
 机に突っ伏すマリアの頭をペシッと叩きながら、それでもヨーグルトを取りに台所に  
向かうナギ。  
「……この有様を見てもこのままの状況でええと?」  
「は……、はは……、ま、マリアさんも、たまには、羽を伸ばしても……」  
 釣りあがった口がヒクヒクと痙攣している。  
「それにな、ウチもっと恐ろしいことに気づいたんやけど」  
「な、なんですか?」  
「ナギはな、まあ引きこもりや不登校や言うても、いち白皇の生徒であり、本分は立派な  
『学生』や」  
「はあ」  
「しかしや。マリアさんはもう立派に自立しとる。それがメイドもやらんとただこの屋敷に  
 おるだけの人間になってみ? それは完全無欠、ほんまにただの……」  
   
((ニート……!!))  
 
「あー……、なんだか息がするのもめんどくさいですわねぇ……」  
 ショックで呆然とするハヤテの横で、濁った魚のような目をしてマリアが呟く。  
「聖母の名をつけた女が、そこまで堕ちてええもんなんやろか……」  
「だあああぁぁぁっ!! やっぱり駄目だ! お嬢様とマリアさんには、元のお二人に  
 戻っていただかないと!」  
 
「ふぅ……、ごちそうさま。――その言葉が聞きたかったのです、ハヤテ様」  
 口をナプキンできゅっと拭うと、きりっとした表情に切り変わって伊澄が言い放つ。  
「伊澄さん、ほんまマイペースな」  
「このままでは魂が入れ違いになったまま固定されてしまって、非常に危険です。  
 私も今日は学校をお休みして、なんとか解決を図りたいと思います」  
「ウチも今日は欠席するわ。こんなおもろそうなこと見逃せんしな〜」  
「みなさん……、ありがとうございます、約一名の動機がとても不純ですがありがとう  
 ございます……」  
 ハヤテはよよよと嬉し泣きする。  
「さて、となるとまずは……」  
「何を騒いでいるのだー? さっさと食べないと学校に遅刻するぞー?」  
 マリアにヨーグルトを渡しながら、ナギが言う。  
「しまった、いつもの調子ならナギに学校を休ませることなど赤子の手にちゅーするくらい  
 簡単なことやったが……」  
「今日のお嬢様は……、違う!」  
 席に着いて自分も悠然とヨーグルトを頬張るナギを見て、ハヤテたちは息を呑む。  
 そんなことはどこ吹く風で食事を終えたナギは、  
「よし、じゃあ支度するか」  
「ま、待ってくださいお嬢様ー!」  
 部屋を出て行こうとするナギの腕をとっさにハヤテは掴む。  
「な、い、いきなりどうしたのだハヤテ……。みんなが見ているというのに……」  
「頬を赤らめている場合ではありません。お嬢様、お願いがあります」  
「な、なんだ?」  
 ハヤテはすぅっと息を吸うと、  
「学校に……、行かないでください」  
「……あぁ?」  
 下唇を突き出し、何言ってんだうちの執事は脳が沸いたかという気持ちを顔面いっぱいに  
表すナギ。まあもっともだ。  
 
「なんだそれは、何か理由があるのか?」  
 お嬢様とマリアさんのキャラが入れ替わってるからなんですよー、などと言ったら余計に  
話がこじれるに違いないので言えない。だからそもそも、こんな直球に話を仕掛けること  
自体が間違っているのだが。  
「ほんま、説得とか説明とかとことん下手な人間やな借金執事……」  
「でぇ、ですからあのですね」  
「理由はないんだな、じゃあ行く」  
 振り切ろうとするナギに追いすがるように、再びハヤテは腕を取り、引き止める。  
「ちょ、待ってください! とにかく、今日のお嬢様は学校に行っちゃいけないんです!」  
「何を言っておるのだ! 学生が学校に行くなど 当 然 の こ と で は な い か !」  
「うわあああああぁぁん!!?」  
「ちょ、ハヤテ! ナギから真人間のセリフが聞けたからゆうて感涙してる場合やないて!」  
 引き止める2人(残る2人は食卓でまどろみ中)とナギの膠着状態が解けたのは、それから  
30分後のことだった。  
 
 
「……で? ここまでして私を引き止めて何をさせようというのだ?」  
 書斎の椅子に足を組んで腰かけるナギは、漫画的な青筋マーク全開、言葉の端々に怒気が  
こもって顔の半面がピックピクしていた。  
「えーと……」  
「どうするんでしたっけ?」  
 青筋が破裂した。  
「そうか、ハヤテは知らない間にとってもユカイな人間に育っていたようだな……、お嬢様は  
 うれしいぞ……」  
「ちょっ、すいませんお嬢様! いつの間にか手にしているその物々しいグラーフ○イゼンは  
 しまってください!」  
「でも実際どうするんや、伊澄さん? それぞれ自転車に乗せて正面衝突でもさせるか?」  
「そのネタ何人に通じるんでしょうね……。あれ入れ変わるの外見ですし」  
「? 何の話かわかりませんが、そういった外的ショックで戻すのはやはり危険なのです。  
 運がよければ元に戻りますが、最悪完全に入れ替わってしまうかも……」  
 
「ギャンブルやな。じゃあどうするんや?」  
「幸い、2人の人格はまだ残っています。お互いに、本来の自分を思い出させるような体験を  
 起こせば、こう、しゅるっと」  
「巻尺みたいやな、魂……」  
「元のお嬢様を思い出させる、ですか……。よし、やってみましょう!」  
 ハヤテはぐっとガッツポーズ。  
「おーい……、全然話が見えないのだが」  
 
「作戦その1。テレビゲーム!」  
 まず最初に足を運んだのは遊戯室。  
「なんや、ただゲームするだけか? 確かにナギがいつもやっとることやけど……」  
「ふふふ……、ちがいますよ咲夜さん。今から僕は、対戦ゲームでお嬢様をぼっこぼこに  
 してやん……、します!」  
「な、なんやてー」  
「気のない返事をありがとうございます。その結果お嬢様はどうなるか? 負けず嫌いの  
 お嬢様です、『ハヤテのバカー!』 ピシャーン! ……これですよ」  
「これですよ言われてもなあ。だいたい、じぶんゲームでナギに勝てるんか?」  
「不思議と負け知らずでして……、さっきのも実体験です」  
「……ごくろうさん」  
 
「よし、行きますよーお嬢様!」  
「まったく、何故学校を休んでまでこんなこと……」  
 不満を垂れつつも、いざ試合開始となると、ナギの眼光はゲーマーのそれに変わる。  
 画面では、マ○オとス○ークが戦いの火蓋を切っていた。  
「ま、お手並み拝見やな」  
「どきどき」  
 
 30分後。  
 
「ゼェ……ゼェ……はぁ……はぁ……」  
「どうしたハヤテ、そんなものか?」  
「馬鹿な、僕がこんなに消耗させられるなんて……!」  
 結果。20勝0敗。ナギの。  
「……駄目やん」  
「ハヤテ様、あまり気を落とさないで……」  
「そんな、だって僕はこのゲームで手加減以外でお嬢様に負けたことなんてないのに……!」  
「おそらく、ナギもゲームの腕自体はそれほど悪くないのです。ただ、熱くなると冷静さを  
 欠いてしまって……」  
「今はマリアさんのあの冷酷、もといクールさがあるから真の実力を出せるっちゅーことか」  
「そんな……」  
 ハヤテはがくりと肩を落とす。  
「何してるんですか、あ、もう、私抜きでみんなで楽しんでー」  
「うわ、ちょっ、マリアさん!?」  
 いきなり部屋に飛び込んできたマリアは、部屋に飛び込みハヤテの横に陣取る。  
 どこに行っていたのかと思ったら、いつの間にかメイド服に着替えている。  
 しかし、エプロンはくしゃくしゃ、襟元は乱れて、いつもの毅然とした雰囲気はカケラも  
感じさせない。寝ぐせも満足に取れていなかった。  
「ま、マリアさん、その、近いですよ……」  
「えー、嫌なんですか?」  
「い、いえ、決して、そのようなことは」  
「じゃあ大丈夫ですわね♪ さ、負けませんよー」  
 マリアはノリノリでメタ○イトを操る。天真爛漫な、子供のような笑顔で。  
「鼻の下伸びとるでーハヤテ。……しかし、どうしたんやマリアさん」  
「ほら、ナギもさびしんぼうだから……」  
「それも伝染ったっちゅーわけか。しかし……」  
 
「あー、負けちゃいました。もう、ハヤテくんのばかっ」  
「え、ええっ、いや、すいません。あはは……」  
 
「……人が違うだけで、随分と威力が違うもんやな」  
「……ぶすっ」  
(お?)  
 
「さ、作戦その2! 真っ暗闇!」  
 パチン!  
「おわっ、な、何も見えへん!」  
「お嬢様は暗闇を怖がりますからね、これで」  
「は、ハヤテくぅ〜〜ん!!」  
「おわっ、ま、マリアさん!?」  
 この暗闇でどう位置を悟ったのか、マリアはがばちょとハヤテに抱きつく。  
 鼻をすすり、(見えないが)3秒ですでに涙目だった。  
「ですから、ナギの好きなものも嫌いなものもすでに入れ替わっていますので……」  
「……ていうか、わざとやろ借金執事」  
「そ、そんなことありませ、えへへ、うわ、ちょっとマリアさん、当たってますってば」  
「……むむむ……」  
(あらあら?)  
 
 
「こほん、作戦その3。……え〜と」  
「なんや、もうネタ切れかいな」  
「と言われましても……、むぅ」  
「やっぱコイツで1回パシコーンッとしばいてみるっちゅーんは」  
「咲夜さんそのハリセン鉄製ですから凶器ですからそんなもんで叩いたら魂まるごと彼方に  
 飛んでっちゃいますから!」  
 3人して頭を抱え込む。もともと目標からして曖昧なのだから、具体的な解決方法など  
思いつくべくもない。  
 しばらくの沈黙の後。  
「ハヤテくーん……」  
「へ? あ、マリアさん、どうしました?」  
 いつの間にかハヤテの後ろに立っていたマリアは、ぶすっとした顔でハヤテの袖を引っ  
張っている。  
「みんな何やってるのかわかんなくてつまんないです。それよりもっと一緒にゲームしま  
 しょうよー」  
 
 甘えた声を出しながら、マリアはぐいぐいと腕を引っ張ってくる。  
「むー…………!」  
「ちょっと、マリアさん、今大事な話をしているんですから……!」  
 けんもほろろに突っぱねられたマリアは、  
「ハヤテ君……」  
「……なんですか?」  
 眉を不機嫌そうに下げて、顎を引いてやや上目遣いに、  
 
「私の言うこと、聞いてくれないんですか……?」  
 
「ぐはっっっ!!」  
「こ、これはいつも通りのわがままナギのセリフ……、しかし年上兼現在ダメ女属性の  
 マリアさんが用いることによって、ナギとはまた方向性の破壊力を発揮しとる……!」  
「咲夜、誰に説明しているの?」  
 発光しそうなほど上気した顔と呆けた表情でしばらく固まっていたハヤテは、  
「い、行きましょうか……」  
「そしてハヤテが負けた!」  
 マリアに腕を引かれ、ハヤテはだらけた足取りで屋敷へと向かう。  
   
 と、その眼前に立ちはだかったのは。  
 
「ハ〜〜ヤ〜〜テ〜〜の〜〜……、」  
「お、お嬢様? あれ、なんだかその身に纏った紅く禍々しいオーラには見覚えがありますよ?」  
「バッッ……、カアアーーーッッ!!!!」  
 顕現させたクラブを一閃、ハヤテは空中で2回ホップして彼方へと飛んで行った。  
「まったく、ハヤテはほんとにまったく!」  
「あら、私何を、……って、あれ、やん! 私ったらなんてふしだらな格好で……!」  
「うーん、これも愛の力、っちゅーことなんやろか?」  
「さあ♪」  
 
 次の日。  
   
「お嬢様〜、ナギお嬢様〜?」  
「むー、ハヤテ……、あと5時間……」  
「単位をもうワンランク下げてもらえますか、ほら学校に行きましょう!」  
 今日も今日とて、三千院家の主はベッドに張り付いたように動こうとする気配がない。  
 マリアは既に朝食の準備を進めているし、いつも通りの三千院邸の朝だった。  
   
「もう、うるさいな〜。だいたい、私が学校に行かなければいけないなどとどこの誰が  
 決めたのだ、何時何分何秒?」  
「まあ時間まではわかりませんが、どこの誰かくらいは……」  
「あ? 何を言って……」  
『何を言っておるのだ! 学生が学校に行くなど 当 然 の こ と で は な い か !』  
「ぶふっ!?」  
「お嬢様、ご自分の言われたことには責任を持ちませんと、ね」  
「ば、馬鹿な、寝言か何かに決まってる! 自他共に認め誇る生粋ニートの私がそんな  
 こと、うわああああ!?」  
「はいはい、さあ行きましょう行きましょう☆」  
「何かの間違いだああぁっ!」  
 
「ほんま、ぶっ飛ばされてもタダでは起きん執事やな……」  
「ですね、……くー」  
 
 
-END-  
 

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