「さぁーて、皆が出かけてるうちにこっそりケーキ食べちゃおっと♪」  
コタツの上にケーキを置き、今まさにフォークを突き刺そうとした瞬間、歩の携帯電話が鳴り始めた。  
 
『綾埼 ハヤテ』  
 
着信の名前を見て大慌ててフォークを置き、携帯を手に取り電話に出る歩。  
「も、…もしもし!」  
「あっ、西沢さん。こんにちわ。」  
「どうしたのかな?こんな時間に…。」  
普段は仕事を終えた夜にしか電話はかかってこない為、歩は嬉しいながらも不思議に思っていた。  
 
「いえ、お嬢さまの御使いで近くまで来たんで、…もしよろしければ少しだけ会えませんか?」  
「うん!私もハヤテと会いたいよ!…えっと、今どこにいるのかな?」  
「それが…西沢さんの家の前なんですけど。」  
「え?…家の前?」  
 
玄関に向かい扉を開ける歩。そこには携帯電話を耳に当てているハヤテがいた。  
「えっと……電話切ってもいいのかな?」  
「そうですね。…もう会っちゃってますし。」  
 
電話を切ると、「立ち話もなんだから」…と言って、歩は手を引いてハヤテを家へ連れ込み、  
リビングのコタツに入る様に言って、自分が先程食べようとしたケーキを差し出す。  
「コタツっていいですよね。…こう、あったかくて気持ち良くて……。」  
「そうそう!私なんてしょっちゅうコタツで寝ちゃうんだよ。…こうやって横になっちゃうとすぐに……」  
歩はそう言いながらコタツの中へ吸い込まれてゆく…。  
 
「あっ、気持ちいいからって…ダメですよ西沢さん。コタツで寝たら風邪ひいちゃいますよ?」  
「…ハヤテくん、私の事心配してくれてるのかな?」  
「当たり前です!だから早くちゃんと座って下さい。」  
 
ハヤテがそう注意すると、歩は座る所かどんどんコタツに潜り、ついには頭の先まで見えなくなってしまい、  
この謎めいた行動にハヤテは首をかしげている。…すると今度はハヤテの足元がもぞもぞと動き出し、  
そこから歩がヒョッコリと頭を出すと、ハヤテにもたれかかる様にして座った。  
「えへへっ、一度こうして座ってみたかったんだ…。」  
 
そう言ってご満悦の表情を浮かべる歩。ハヤテは結局その体制のまま、先程差し出されたケーキを食べ始める。  
「うん、このケーキ凄く美味しいですよ。」  
「でしょっ!…でも限定50個で、人気があるから一人1個しか売ってくれないんだよ。」  
「え?じゃあこのケーキって西沢さんが……」  
「あっ…、私はいいの!またいつでも食べれるから。だからハヤテくんが食べてくれるかな…。」  
 
そうは言っても、食べたそうにこちらを見る歩の前で、  
一人だけケーキを食べるなどと言う残酷な事はハヤテには出来なかった。  
 
「あの…やっぱり一緒に食べませんか?一人だけ食べるのも悪いですし。」  
「でも一個しか買ってな……」  
「はい、あーん…して下さい。」  
 
そう言ってケーキをすくったフォークを、歩の口元へ近づけるハヤテ。それはハヤテが使っていたフォーク…  
つまり、これを食べるとハヤテと間接キス……口をあけ、中にケーキが運ばれると同時に固まる歩。  
 
「やっぱり二人で食べた方がおいしいですね。」  
「そ、そだねっ…えっと、いつもより美味しく感じるね!」  
本当は歩の頭は間接キスの事で頭がいっぱい……顔は赤くなり、ケーキの味なんてほとんど分からない。  
そしてそのフォークが再びハヤテの口に入るのを見ると、歩は更に顔を赤くする。  
ケーキを食べ終わる頃には、歩の顔は茹でダコの様に真っ赤に染まっていた。  
 
「さて、じゃあそろそろお屋敷に戻りますね。」  
その一言で歩は我に帰る。  
(―――そうだ、ハヤテくん…今日は仕事の間にちょっと立ち寄っただけなんだ…。)  
たった30分…あっという間の楽しい時間。ハヤテが帰ると聞くと淋しくなり、思わず抱きしめてでも引き止めたい。  
…しかしハヤテの仕事の邪魔をする訳にはいかない。歩は引きとめたい気持ちをグッと我慢し、ハヤテに別れを告げる。  
 
「それじゃあ……次はいつ会えるかな?またすぐに会えれば良………はわ…っ!…どど、…どうしたのかな?」  
突然後ろからギュッと抱きしめられ慌てる歩。ハヤテは、しばらくそのまま何も言わずただ歩を抱きしめ続けた。  
「ハ…ハヤテくん?!あの…えっと……」  
「すみません。…こうして座ってるとどうしても抱きしめたくなってしまって…。もう少しだけ良いですか?」  
「う…うん、良いよ。…あのね、私もこうして欲しいと思ってたの!ハヤテくんは超能力者なのかな?」  
「あははっ、そんな大袈裟な。」  
そう言いながら笑うハヤテの目を、歩は体をひねって振り返ると真剣な目で見つめ始める。  
 
「ハヤテくん……今、私がどうして欲しいか…分かるかな?」  
ハヤテにそう言うと、歩は顔を赤くしたまま目を閉じてあごを少し上げる。  
3秒…5秒……目を瞑って待つ歩の元へ、なかなかハヤテの唇はこない。  
「あの…やっぱり僕は超能力者でもありませんし…分かりませんよ。」  
 
ハヤテが鈍感なのは分かっていた。…だがその一言にガッカリする歩は、目を開きハヤテに抗議を始める。  
「ど、…どうして分からないかな!こういう風にしたらして欲しい事なんて決まっ………ん…っ!」  
その抗議を止める様に、一瞬唇が触れる程度の不意打ちのキス。しかし抗議を止めるにはそれで十分だった。  
 
「西沢さんがどう思っていたかは分かりませんでしたけど……さっきの西沢さんを見て、僕はキスがしたいと思いました。」  
恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべるハヤテ。…どうやら本当に歩がどうして欲しかったのか分かっていなかったらしい。  
「…もう、本当にハヤテくんは鈍感なんだから……。」  
「???」  
「ほ…ほら、早く御屋敷に帰らないとナギちゃんに怒られちゃうよ!」  
「あっ、そうだった。…それじゃあまた夜にお電話しますね。」  
 
急いで屋敷へ帰るハヤテ。その姿が見えなくなるまで外で見送る歩。  
 
「ハヤテくん。また……すぐに会えるよね。」  
 
 
おしまい。  
 

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