―――ピンポーン。  
 
「あっ!きたきた♪」  
インターホンが鳴り勢いよく台所から玄関へ駆けだす歩。この日は休暇をもらったハヤテが家へ遊びに来る約束の日。  
玄関を開けるとそこには執事服ではなく、私服を着たハヤテがおみやげを持って立っていた。  
「こんにちは……って、西沢さん?!ど…どうしたんですかその服!?」  
「エヘヘッ、ックリしたかな?」  
驚くハヤテの目の前には、ハヤテとは逆に私服ではなくメイド服に身を包んだ歩が立っており、  
ハヤテが驚いたのを見て、嬉しそうにくるっと一回転して見せた。  
 
「コレね、昨日雑貨屋さんで見つけたの!今日は私がハヤテ君のメイドさんになってご奉仕してあげるからねッ!」  
「そうだったんですか、…とてもお似合いですよ!その、すごく可愛………ん?…何か焦げくさくありませんか?」  
台所から香る焦げくさい匂いにハヤテが気がつくと、歩はハッとした顔をして慌てて台所の方へ向かう。  
どうやらフライパンに火をかけっ放しで玄関に飛び出して来てしまったらしい。  
 
「ご、ごめんハヤテ君!!私お料理の途中だったんだ!早く火を止めなきゃ!!」  
「あっ!西沢さん、そんなに急いだら…」  
「大丈夫、転んだりしないから!」  
「えっと…そうじゃなくて、…スカートが短いので下着が……」  
 
ハヤテの言葉に反応して慌ててお尻を押さえ、歩はゆっくりとハヤテの方を振り向く。  
「…み、……見えちゃったかな…?」  
「えっと…その、……ほん少しだけ…。で、でも凄く可愛いパンダの下着で西沢さんにお似…」  
「うぅ…柄まで分かってるって事はハッキリ見えたんじゃないのかな…?もー、ハヤテ君のえっち!!  
 …って、こんな事してる場合じゃ無かった。早く火を止めなくっちゃ!」  
 
そう言って台所へ再び駆けだす歩。しかし無情にも台所には半分炭と化したハンバーグが出来上がっていた。  
深いため息とともにガックリと肩を落とし、歩は真っ黒焦げのハンバーグを眺めている。  
(―――はぁ…せっかくメイドになってハヤテ君をもてなして、ご褒美もらおうと思ってたのになぁ…。)  
 
結局歩は作ったハンバーグを流し台の三角コーナーへ放り込み、電話帳のあたりからピザ屋のチラシを取り、  
ハヤテの前へ差し出した。  
「ごめんね。お昼御飯にハンバーグ作ってたんだけど焦がしちゃって……宅配ピザでもいいかな?」  
「僕の方こそ来るタイミング悪くてすみません。…あの、良かったら少し冷蔵庫を拝見させていただいても宜しいでしょうか?」  
「それは構わないけど…何にもないよ?」  
歩の了解を得たハヤテは、冷蔵庫の中を少し眺めた後、いくつかの食材を取り出した。  
「よし、これだけあれば十分ですよ。少し待っていてくださいね!」  
 
 
20分後、凄い手際の良さで料理を仕上げたハヤテは、料理を机に並べて行く。  
「す…すごいよ!あんな残り物でこんな御馳走が出来ちゃうなんて…っ!ハヤテ君はお料理作る仕事とかしてたのかな?」  
「いえ、家では親はご飯作ってくれた事なんて無かったですから…。小さい時から自分で作っていたんですよ。  
 さぁ、冷めないうちにどうぞ。お口に合うかわかりませんけど。」  
「それじゃあ、いただきまーす。…あむっ。……もぐもぐ。」  
 
大きな口で料理を食べる歩を見ながら、ハヤテは感想を待つ。  
「…おいしぃ……これすっごく美味しいよハヤテ君!!…あむっ、……もぐもぐ…パクッ。」  
「喜んでもらえて良かったです。…でも御屋敷のメイド、マリアさんの料理はこんな物じゃないんですよ。」  
「そんなっ!ハヤテ君の料理はおいしいし、それに私はハヤテ君の手料理が食べれてすごく幸せだよ!  
 …メイドさんの料理が美味しいのは仕方ないよ、お料理はメイドさんの仕事なんだも………ん?」  
 
自分で喋りながら歩は気づく。今もてなされているのが、客のハヤテでは無くメイドの自分だと言う事に。  
このままではいけないと、必死に何かもてなしを考える歩。しかし何も思いつかい。  
そこでハヤテに普段マリアが何をしているのか聞いてみることにした。  
 
「あの、ハヤテ君。普段メイドさんってどんな仕事してるのかな?」  
「メイドさんですか?…そうですねぇ……。御屋敷のお掃除に、御庭やお花の手入れ…あとお料理ですね。」  
「そ、そう言うのじゃなくてさ、もっとこうご主人さまの為って言うか……ご褒美がもらえる様なお仕事は無いのかな?」  
「ご褒美?……ナギお嬢様の為と言えば…マンガの感想を言ったり、たまにゲームの相手をするくらいでしょうか。」  
「それだよ!!」  
 
歩は急に元気になると、一気にご飯を口に頬張り、荒い物もそのままにハヤテの手をひいて自分の部屋へ向かった。  
「ハヤテ君はちょっとここに座っててくれるかな?」  
歩はそう言うと最近していなかった為、棚の上の方に置いてあったゲーム機を背伸びして取ろうとしている。  
「あの、西沢さん、」  
「大丈夫。今日は私がハヤテ君をもてなすんだから、ハヤテ君はゆっくりしててくれるかな……うぅーん…もうチョット…!」  
「…えっと、そうじゃなくて、そんなに背伸びをしたらまた下着が……」  
 
歩は再びハッとした顔でお尻を押さえて、ハヤテの方を慌てて振り向く。  
「…もしかして…また見えたかな?」  
「それは…その、本当に少しだけ……ホントですよ!!」  
「そっか…少しだけなら仕方ないかな…。……こ、この下着の象さん可愛いでしょ!」  
「はい、それはもう!ピンク色の小さな像なんて変わっていて素敵ですよ!」  
「……どうしてピンク色で小さいって分かったのかな?……どうしてかな?」  
 
歩の言うピンクの像…それはパンダの柄よりさらに上の腰の辺り。そして小さいプリント。  
つまり丸見え…しかもその小さな柄に気づく程にしっかり見られてしまった事になる。  
「ハ…ハヤテ君のえっち!!…もう、見てないで手伝ってくれるかな!」  
さっきと言っている事が180度違う歩だったが、ハヤテは気まずかった為ツッコミを入れずにゲーム機を取り、手早くセットする。  
 
そして歩がセットした今回のゲーム…それは対戦物の格闘ゲーム。歩が一番得意とする物だ。  
コレでハヤテと勝負し、自分は適当なところで手を抜いて、ハヤテに気持ちよく勝ってもらう…それが歩のもてなし。  
…その予定だった。しかし、始まってみると日々ナギに相手させられているハヤテの強さは異常、  
手を抜くどころか、何度やっても到底歩がかなう様な相手ではない。  
 
「はぅぅ…どうしてハヤテ君そんなに強いのかな?」  
「僕は毎日お嬢様にゲームの相手させられていますからね…。気がついたら達人の域まで達していたんですよ。」  
「た…達人?!……そんなぁ…私のご褒美が……うぅ…グスッ、」  
「???」  
 
見事に作戦は失敗し、涙ぐみながらゲームを続ける歩を見て、ハヤテは負けて悔しいのだと勘違いしてしまう。  
そう思ったハヤテは、途中までいい勝負をして適当に手を抜き、歩に勝たせる事にする。  
「…もうちょっと、ここでこうして……あっ!勝てた!私、ハヤテ君に勝てたよ!!」  
「いやー、僕の負けですよ!悔しいなぁ。」  
「やったー!やっと勝てたよー!嬉しい、私も達人なのかな!…………あれ?」  
 
勝って喜ぶ自分の姿を笑顔で眺める負けたハヤテ。  
(―――あれ?これって作戦が逆になって私がもてなされてる…?)  
ようやくその事に気づいた歩は、コホンッと咳ばらいをして突き上げた手を下げ、ゲームを片づける。  
 
「ハヤテ君、他にメイドさんは仕事とかないのかな?」  
「コレくらいと思いますけど。……あっ、でもナギお嬢様は怖がりなので、一応添い寝も仕事の内でしょうか?」  
「?!!どうしてそんな大事な仕事、黙ってたのかな!」  
「大事って……うわぁぁ!」  
 
再びハヤテ手を引いて、今度は二人してベッドに入る。  
「えとっ、ゲ…ゲームもいっぱいしたしお昼寝した方がいいと思って……その…  
 わ、私が添い寝してあげるから!…ハヤテ君は怖がらずに寝ていいんだよ…。」  
「えぇ?!…あの、僕は別に怖がりでは……」  
「い、いいから!」  
 
こうしてハヤテは半ば強引に、添い寝のもてなしを受けることになった。  
 
「…どうかな?」  
「どうと言われましても…」  
布団から一人顔をだしているハヤテ。  
自分から添い寝をすると言いだした歩は、恥ずかしくて布団にもぐって隙間からハヤテを見上げている。  
しかし布団の中からハヤテを見上げるその仕草は、恐ろしい程殺傷能力がある可愛さで、ハヤテの萌えゲージをMAXにしていた。  
 
「こ…こうしてると思いだしますね。」  
「?」  
何とか適当に話をして気を紛らわせようとするハヤテ。しかしその考えは全力で間違った方へ行く。  
 
「いや…、このベッドで僕は西沢さんとエッチな事したんだなぁ………って、そうじゃなくて!!あの、…その……っ!」  
慌てるハヤテ、しかし時すでに遅し。歩は貝の如く隙間を閉じて布団の中に閉じこもってしまった。  
 
「ど、どうしてそう言う事言うかな!……すぐそんな事思い出すなんて、ハヤテ君はやっぱりえっちな子なのかなっ!」  
「そ…そう言う訳ではなくてですね…っ」  
「もう知らないんだから!ハヤテ君のえっち!!」  
 
あぁ…今日はいったい何度エッチと言われたのだろう……ハヤテはボーっとしながら考えていた。  
その間、歩も何も喋らず布団にもぐっている。  
この重い空気に、たまらずハヤテが布団をめくり口を開く。  
「あの…西沢さん?」  
「……………スゥー…。」  
ハヤテが布団をめくると、歩は目をとじたまま寝息を立てている。それはハヤテにでもすぐに分かる三文芝居…タヌキ寝入りだ。  
そうとわかればハヤテは話を続ける。  
 
「今日は一日とても楽しかったです。ありがとうございました。」  
「…スゥ……。」  
「西沢さんのメイド姿…とてもお似合いで可愛くて、目のやり場に困っちゃいましたよ。」  
「…ス、…スゥ……。」  
「こんな可愛い顔で寝られたら…いくら健全な男子である僕でも西沢さんの事襲っちゃうかもしれませんよ?」  
「?!!…なっ、何言ってるのかな!!………あっ。」  
 
目を開いて慌てる歩を、笑顔で見ているハヤテ。歩もすぐにハヤテにからかわれた事に気づく。  
「ハ、ハヤテ君私が起きてたこと気づいてたのかな…?」  
「なんの事でしょう?」  
「もぉー!…からかってイジワルしないでくれるかな!」  
「アハハッ、すみません。…でも全部ウソじゃないですよ?今日は西沢さんといれて凄く楽しかったし、  
 メイド服は可愛くて…スカートが短いので目のやり場に困りましたし、  
 それにあんな可愛い顔して寝られたら、本当に襲ってしまうかもしれません。」  
 
その言葉に歩は顔を赤くしてしまい、言ったハヤテも同様に顔を赤くしている。  
 
「ハ…ハヤテ君。……今日は楽しかったって言ったよね?」  
「はい、とても楽しかったですよ。」  
「あのね、…私メイドとして今日は頑張ったから……えっと、ご主人さまからご褒美が欲しい…かな。」  
「ご褒美?……どんな物が良いんでしょうか?」  
 
歩は唾をゴクリと飲み、ついに欲しいご褒美……キスをして欲しいと言う決意をした。  
「えとっ、あの……キ…キキッ………キ…」  
「キ…?」  
「キ……キッ………ギュってして欲しいの!」  
 
『キス』この一言が言えない自分が情けなくなり、歩はため息をついて俯きションボリする。  
「えっと……こうでいいですか?」  
その言葉と同時に歩を抱き寄せるハヤテ。歩の頭はハヤテの胸へ押しつけられ、ハヤテの鼓動が歩へも響く。  
 
「ハヤテ君…すごくドキドキしてる。…緊張してるのかな?」  
「そ、そりゃそうですよ!こうして大好きな西沢さんを抱きしめてるんですから…。」  
「エヘヘッ…、そう言ってもらえると嬉しいかな…。私もね、ハヤテ君の事…大好きだよ。」  
 
そう言ってハヤテの背中に自分も手を回そうとする歩。…しかしその寸前にハヤテの体から引き離されてしまう。  
(―――あぅぅ…なんで今日はこう上手くいかない事ばかりなのかなぁ……。)  
しかし、再び落ち込む歩の肩を持ったハヤテは、何やら真剣な顔をしている。  
 
「西沢さん、今日は僕が料理を作ったり…その、執事としても働きましたよね。」  
「えっ、…うん。そうだね。」  
「それでは僕にもご褒美をもらう権利があると思うんです!」  
「そ…そう言われれば……何が良いのかな?」  
 
歩がそう言うと少し黙り込むハヤテ。しかし意を決したように話しだす。  
「西沢さんと…・・西沢さんとキスがしたいです。」  
『好き』もまともに言えなかったハヤテの口から出たこの言葉に、歩は慌ててしまう。  
「キ…キスってあの…唇と唇が重なるアレの事かな?」  
「はい、それです。」  
 
歩は慌てながらも頭を整理していく。良く考えれば自分がしようと思っていて出来なかったキスをしてくれると言っている。  
しかもあのハヤテがだ。こんな事は次いつあるか…。  
そう考えると、歩が出す答えなんて一つしかなかった。  
 
「えっと…じゃあ……お、…お願いしようかな。……じゃなくて、してもいいよ。…ご褒美上げるね。」  
 
目をキュッと強く閉じ、少しあごを上げる歩。……少し後、その唇へハヤテの唇が重ねられる。  
唇と唇が触れるだけの軽いキス。…それでも唇が離れると、二人は顔を真っ赤にしてしまう。  
歩は放心状態で、そのままパタリと倒れて枕に顔を埋める。  
少し前にこのベッドで記憶を失っていたハヤテとエッチをした。…でもその時以上に恥ずかしい。  
 
「ハヤテ君。……キスってした後、恥ずかしくて気まずいね…。」  
枕に顔を埋めたまま、もごもごと喋る歩。  
そんな姿もまたハヤテにはたまらなく可愛く映り、気がつくと歩の頭を撫でていた。  
「はわっ…ど、どうしたのハヤテ君?…その、くすぐったいって言うか……気持ちいいって言うか…」  
「本当に西沢さんは可愛いなぁ…と思いまして、つい。…これもご褒美みたいなものですよ。」  
「そっか…、エヘヘッ、…こんなにご褒美がもらえるなら……私これからもずっとメイドさんしようかな?」  
 
その言葉を聞いた後、恥ずかしそうに頭を掻くハヤテ。  
「どちらかというと僕は、将来的には西沢さんにメイドではなく、お嫁さんになってほしいのですが…。」  
「?!…ど、どうしてそんな恥ずかしい事平気で言っちゃうかな!…もー、ホント信じられないんだから!!」  
そう言って再び貝と化した歩は、布団の中へ潜って行く。  
そしてしばらく沈黙の後、歩は小さい声で呟くように返事をする。  
 
「……いいよ。」  
 
はたしてその返事はハヤテに届いたのか…。歩は気がつくと、そのまま本当に眠ってしまった。  
「ふぁ〜……あれ?私…寝ちゃったのかな?……ハヤテ君?」  
起きた時、その場にはハヤテの姿は無く、机の上に置手紙が置かれている。  
 
『急に仕事が入ってしまい、お屋敷に戻ることになってしまいました。  
気持ちよさそうに寝ているので、起こさずに失礼します。きっとこの埋め合わせはまた後日。』  
 
その手紙を見てがっかりする歩だったが、ふと自分の姿を見てその考えは一転する。  
「うわぁ、メイド服なんてなれないもの着て寝たから服がぐちゃぐちゃ……どういう寝方したらこんな風になるのかな…?」  
歩のメイド姿は見る影もなく、スカートは捲り上がり、胸のあたりは大きくはだけている。  
自分の寝相が悪くて服が乱れたと思う歩は、着替えを済まし何も考えずそのまま二度寝をした。  
またハヤテと会える日を夢見て。  
 
「僕がああ言って、西沢さんは寝ちゃったんだから、…そう言う事だったんですよね…?」  
屋敷に戻る途中のハヤテは、歩に自分が言った言葉を思い出しながらそう呟き屋敷へ向かっていた。  
 
 
 
ハヤテが歩に言った言葉。  
 
『こんな可愛い顔で寝られたら…いくら健全な男子である僕でも西沢さんの事襲っちゃうかもしれませんよ?』  
 
 
 
 
終わり。  
 

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