『生徒会長はリリアン女学園の夢を見るか』
今朝、たまたま学校の正門付近で合流した朝風理沙と花菱美希は二人並んで時計塔に向かう。
時計塔が目的地なのは間違いないが、より正確に言えばその内部にある生徒会室である。
女子生徒しかいない生徒会室は女の花園であるが、来訪者は役員以外には少ない。
厳格に立ち入りを禁止しているわけではないが、それでも一般の生徒が来るのは稀れである。
――去年までは。
そんなことを二人は――普段する会話としては珍しく真面目な部類に入るであろう――
話しながら歩いていると、見覚えのある後姿を時計塔の前で視界に捉えた。
「おはよう、泉」
二人が片手を挙げて呼びかける。
瀬川泉は「はい」と返事をしながら、ゆっくりと全身で振り返った。
「ごきげんよう、理沙さん、美希さん」
「…………!?」
はたして三点リーダにエクストラメーションとクエスチョンの二つのマークを加えたものが
どのような音になるのか、いささか疑問だが二人は驚き、文字通り言葉を失った。
完全な不意打ちである。
「どうかされまして?」
言葉につまった二人に対し、泉は微笑みながら首をかしげる。
やけにゆっくりと発せられる言葉。
いつもの元気っ娘の印象は抑えられている。
表情もにこにことした笑顔ではなく、細目でどこか憂いを帯びており、背景には薔薇が咲き乱れていた。
「いっいやいや、いやいやいやいや、どうかしたのは私たちではなくおまえのほうだと思うぞ」
過剰気味に体をのけ反らせていた美希が言った。
「そっそうだそうだ、何かかどうかしてどうかなったのか?」
意味不明なことを口走る理沙も美希と同じような姿勢をとっている。
平たく言えば、二人は引いていた。
「頭でも打ったのか?」と美希。
理沙はそれに続けて、
「それとも落ちていた物でも食べたのか?」
「ちっ違うよ!」
さすがに自身の名誉に関わることだったせいか、泉はいつもの調子に戻り否定する。
ところで、なぜ人はいつもと違う言動をすると悪い物でも食べたのかと言うのだろう。
一種の定型句なのかもしれない。
「だったら、なぜ…」
三人並んでエレベーターに乗り込み、『閉』のボタンを押しながら理沙が尋ねた。上昇開始。
「うん、ちょっとね…」
言葉を濁した泉に、美希と理沙の目がきらーんという擬音語が似合いそうな光を放った。
二人はお互いに確認しあうように一言。
「男か」
「男だな」
「そっそうじゃないよ!」
泉は両手をぶんぶん振って否定する。
あごに手をあて、美希は言った。
「だとしたら、相手は誰だ?」
「それよりも、泉に先を越されるとは。こう見えて案外魔性の女なのか」
泉の言葉などすでに届いていなかった。
二人は勝手に推測して想像し、憶測して妄想している。
「相手は…、まさか大河くん!」
目を見開いて叫ぶ美希。
「いっ泉はショタだったのか!?」
理沙もそれに合わせるように叫び、二人は声をそろえて、
「なっなんだってー!?」
なんて。
このような遊び心があるということは本気で信じているわけではないだろう。
…たぶん。…きっと。…おそらく。
…冗談、ですよね?
「だから〜、違うって…」
根も葉もないショタコン疑惑をかけられたところでエレベーターの扉が無機質に開いた。
生徒会室にはすでに三人の人間がいた。この前の行事の後始末として報告書を作成している。
その報告書もすでに九割方完成し、後は不備が無いかチェックするだけだった。
「まったく、あの三人は何をやってるんだか…」
最後の行程が終わったところで桂ヒナギクは言った。
「いつものことでは?」
春風千桜がメガネを上げながら言う。
そう、いつものことである。
彼女たちは――意図的かどうかは定かではないが――終わったころにやって来ることが多い。
「まあ、そうなんだけど・・・」
ヒナギクもそのことに関しては今まで特に何も言わなかった。
いや、生徒会に入った当初は言ってた気がする。
慣れ――というよりは、諦めに近いのかもしれない。
「何か思うところがありそうですね」
とんとんとできあがった報告書の端を揃え、霞愛歌はヒナギクに視線を向ける。
「二年生になる以上、一年生のお手本にならなくちゃと思ってね」
「会長らしい良い心がけです」
「だから、三人にはもっと先輩らしくなってもらわなくちゃ困るのよ」
とため息を吐いたところで。
「あら、来たみたいよ」
エレベーターの到着の音に気づいた愛歌がそちらを向いた。
何やら雑談が聞こえてくる。
「ちょっとガツンと言ったほうがいいみたいね」
遅刻してきた上におしゃべり。
本来なら特に気にかけないが、今日は先輩になるという心構えがあったためか、
見過ごせるレベルではなかったのだろう。
がちゃりと。
ドアが開いた。
「あなたたち、二年生になるんだから今度からは遅刻しないこと」
これがガツンとした内容なのかは各々の判断に任せるとして、ヒナギクはその言葉を発――しようとしたが、
できなかった。
ヒナギクの前に泉が先に言葉を発したからだ。
「ごきげんよう、ヒナギクさん。おかわりなくて?」
え……?
美希と理沙同様三人は言葉を失った。
「実はある小説にはまっていてね。つい…」
生徒会の面々はソファに座り、優雅に紅茶を飲んでいる。
泉のしゃべり方が変わっていたのは好きな男の子ができたわけではなく、ただ単に小説の影響らしい。
ちなみにその小説がなんなのかはヒナギクと愛歌にはわからず、千桜だけが瞬時にわかった。
「まったく、子どもね・・・」
カレーライスは甘口のヒナギクが呆れた調子で言う。
「舞台となる学校がお金持ちの学校でね、生徒はお嬢様ばかりでどうも人事のように思えなくて」
「でも小説は小説。フィクションでしょ?」
人によっては「このリアリストが!」と言われてもおかしくない台詞だったが、
幸いというかそのような剛の者は今この場にいなかった。
「そこで」美希が紅茶をすする。「私たちも二年生になるわけだが」
「そうね」
自覚あったんだ、とヒナギク。少し感心。
「私たちももう少し淑女になろうと思うのだが、どうだろう?」
「どうだろうって……」
突拍子のないことだったが、まったくもって意味不明というわけでもなかった。
なにせ、この学校にはそういう方向に進む生徒が多数いるからだ。
淑女であることはプラスになっても少なくともマイナスにはならないだろう。
「ちなみにハヤ太くんが好きなのは熟女だ」
美希がすました顔で言った。
「そっそうなんだ……」
ヒナギクは「うわっ嫌なことを聞いた」という顔をしたが、周りは声を押し殺して笑っている。
「まあ、一理はありますね」
「そうですね」
笑いが治まった愛歌と千桜もそれに賛同したようにうなずいた。
「それに男の子はそういう女の子のほうが好きですしね」
愛歌がすました顔で言う。
ヒナギクは片手を腰に当て、
「でも、あなたたちがそんな淑女になれるのかしら?」
淑女とは程遠いとまでは言わない。
しかし――しかしである。
彼女たちが淑女になれる――のだろうか?
「ふふふ」理沙が不敵に微笑む。「意味ありげな微笑み」
自分で言って片手を広げ、「私たちはこう見えてもリアルお嬢様だぞ。それなりの教育は受けているさ」
「そういえば、そうだったわね」
そんな設定である。
すっかり忘れていた。
お嬢様に見えるのはその財力だけのような気もするが。
「ただ一つ問題が」と美希。
「なに?」
「理沙が言ったように私『たち』はそれなりの教育は受けているが……」
みんなの申し訳なさそうな視線がヒナギクに集中する。
「えっ…?」
「ヒナが淑女になれるかどうか」美希はアンニュイに息を漏らす。「問題だよな」
そうなのだ。
確かにヒナギクの家はお金持ちではあるが、美希たちほど――というわけではない。
淑女としての教養、マナー、モラルに関する教育など受けたことはない。
そのことを失念していた。
「わっ私だってちゃんと淑女らしくなれるわよ!」
ねえ、みんな――と、視線を美希から周囲に移すが、
「そう、だね…」
「そう、だな…」
「そう、ですよ…」
「そう、ですね…」
一応、賛同したのだが、なぜか目を合わせようとはしなかった。
「ちゃんと目を見て言いなさいよ…」
「というか、普段のヒナを見れば当然のことだと思うぞ」
美希が囁く。
「淑女なヒナ」口に手を当てるが、ぷくすぅと笑いを漏らし、「想像できん」
「うるさいうるさいうるさーい」
「ヒナちゃんシャナみたい」泉はうれしそうに言う。「灼眼のシャナならぬ灼眼のヒナ。なんちゃって」
「おっ、上手いこというな泉」と理沙。
「えへへ」
「と、いうわけでさっそく練習だ」美希は立ち上がる。「生徒会長が淑女らしく
振舞えなかったら話にならないからな」
少し広い空間に移動し、ヒナギクが中央に、美希を除く生徒会の面々は壁際、
美希はヒナギクと他の役員たちとのあの間に立っていた。
「まずは基本。あいさつからだ」
てってけてー。
生徒会による淑女講座――始まり始まり。
「愛歌さん頼む」
壁際に理沙、泉、千桜と並んでいた愛歌は「はい」と返事をしてから前に出る。
「朝晩昼夜を問わず、挨拶はごきげんようです。それでは実演を」
それは実に自然な動作だった。
違和感なくそのままの空気で。
流れるように。
「ごきげんよう」
みな心を奪われた。
似合いすぎる。
生徒会室が無音となるほどに。
「ほー、さすが愛歌さん、実に自然だ」
「うむ。ザ淑女って感じだ」
一瞬の静寂を美希と理沙が賞賛の言葉を投げて破り、泉は「すごーい」と手を叩いた。
それに合わせるように、千桜も――何か思うところがあったようだが――手を叩く。
「それでは、今度は会長がやってみてください」
「うっ…それじゃあ、いくわよ」
わざとせきをしてヒナギクは、
不自然ではないように。
上品に見えるように。
「ごきげんよう」
まあ、何と言うか…想像以上で。
がんばったのはわかる。が。
みんな一生懸命だった。
声を押し殺そうと――笑いをこらえようとしていた。
「えっ、えっとヒナ、なんかゴメン…」
「なんで謝るの!?」
「うん、なんかすみません…」
「理沙まで!」
そんなヒナギクに他の三人は優しい言葉を投げかける。
「よっよかったよ、ヒナちゃん」
「ええ、なかなかの淑女でした」
「良かったと思います」
「…なっなんだか無理やり言わせてる気がする…」
これでヒナギクが納得したかどうかはわからないが愛歌は壁際に戻り、
第二ステージへと移行することになった。
「次は後輩のタイ、まあスカーフだな、これを直してやる練習だ」
「? そんなの簡単じゃない」
冒頭に疑問符を置いたのは、そんなの取立て練習することではないと思っているからだろう。
そもそもなぜ、それを練習するのだろうか? とヒナギクには疑問である。
「これは…」
実演してもらう相手を探そうと美希の視線が宙をさまよう。
「はーい、私に任せたまへ〜」
泉が元気いっぱいに挙手して、前に出た。
「なら、私が後輩役をやろう」
理沙も壁際から離れる。
「ええと、協力してもらうのはうれしいんだけど、この練習は必要なの?」
ヒナギクが片手を広げてたずねた。
「何言ってるの、ヒナちゃん! とっっても大切だよ! 後輩のタイを上手く直せるか直せないかで
人生変わってくるんだからっ!」
「そっそうなんだ…」
そんなに重要なことなのか、とヒナギクは驚いて引き下がった。
と、いうよりは気圧されたのが正直なところである。
人生が変わるのか……。
………………。
うっそだぁ〜。
まだ半信半疑ではある。
「というわけで実演します。理沙ちん、後ろむいて」
「わかった」理沙がくるりと回転する。
「それじゃあ、いくよ」
寸劇の開始である。
「理沙さん」
背後から呼ばれ、理沙はまず「はい」と返事をしてから、全身でゆっくりと振り返った。
すばやく振り返ってはいけない。淑女たるもの上品に。
「なんでしょうか?」
泉はそれには答えず理沙に近づき、首の後ろに手を回し、タイを直して一言。
「タイが曲がっていてよ」
寸劇終わり。
拍手が巻き起こる。
「おお〜、読んでるだけはあるな。なかなかのお姉さまぶりだった」
「しかも普段とのギャップでかなりの萌えだったぞ」
美希と理沙の評価に泉は口元をほころばせた。
「えへへ、実は前から一度やってみたかったのだ」
もしかして練習してたのか、とヒナギクはつっこもうと思ったが、心の内に押しとどめる。
「じゃあ、次はヒナちゃんの番だよ」
ヒナギクは少しげんなりしたが、こんな感じで練習は続いていくのだった。
悪戦苦闘。
四苦八苦。
友情、努力、勝利の方程式。
その結果――、
「ごきげんよう、みなさん。おかわりなくて?」
意識して発せられた上品な声音。
"作られた"微笑み。
なんとも演じているということが丸分かりの所作だったが、
生徒会の面々が硬直するには十分だった。
やっぱり無理があるよな、と理沙は顔を引きつらせる。
もちろん、本人の前では言わない。せっかく乗り気…になったかどうかは怪しいのだが、
機嫌を損ねる必要は微塵もない。
しかし、硬直したのが生徒会の面々――つまり、この場にいる当事者以外の全ての人間なので、
理沙と同じように思っているのは彼女だけではないだろう。そもそもの発端となった人物さえ今は
賞賛の言葉を投げかけているが、一瞬固まったのだ。スタンド使いが近くにいる可能性も無きにしも非ずだったが、
この世界のリアリティレベルはそこまで許していなかった。
違和感。
まあ、似合っていなかったのだろう。
普段の行動が普段なだけに。
異質な言動は異質なだけであるように。
「あら、泉さん。タイが曲がっていてよ」
ヒナギクは凛とした声で泉に近づき、彼女のタイを直す。
と、そのとき――、
「失礼します」
「ヒナギクー、例の件だが――」
綾崎ハヤテと三千院ナギが顔を出す。
入室した二人が見たのは、
泉のタイを直すために彼女の背中に手を回したヒナギク。
ヒナギクにタイを直してもらっているため至近距離になり、恥ずかしさで目線を下げている泉。
近距離のヒナギクとだったわけで。
一見、ヒナギクが泉を抱きしめているようにも見えたわけで。
「…………」
ハヤテとナギは絶句。
その絶句の意味をヒナギクが理解するのに数瞬かかり、さっと泉から離れる。
「ちっ違うの! こっこれは!」
身振り手振りを交えて弁解を始めるが、
「ごごごゆっくりー」
「失礼しましたー」
二人は顔を赤らめ、あわててエレベーターに引き返す。
生徒会室には静寂だけが残された。
「うむ。今のは完全に誤解されたな」
「まあ、仕方ないさ」
やれやれ、と人事のような美希と理沙の言葉。
泉、愛歌、千桜が苦笑いを浮かべる中、ヒナギクはぷるぷると体を震わせて絶叫するのだった。
「もう絶対に淑女なんてならないんだからっーー!」
お約束。
というわけで今回の裏オチ。
下降するエレベーターの中。
「それにしても驚いたな、まさかあの二人が・・・」
「ええ。というか、今回は何も見なかったことにしましょう」
「そうだな…そうしよう。百合だったことは忘れよう」
「…………」
ナギの露骨な表現に、あえてその言葉を避けていたハヤテは言葉に窮したのだった。
《The dream to become the lady》 is the END.
おまけ
「おはよう、お母さん!! では、学校に行ってきまーす」
さわやかな朝、どこまでも高い青空に私の声がこだまします。
「えっ? 文ちゃん、また今日もこんな朝早くから!?」
「うん! だってじっとしてられないんだもん!」
お母さんの制止を聞かず、私は元気いっぱいに外に出ました。
「行ってきまーす!」
私、日比野文。高校一年生。
この春から私は白皇学院の生徒になりました。
何度となく見たことあるような出だしに見えたら、たぶんそれはデジャヴです。
ちなみにデジャヴの反対はメジャヴというそうです。
「さぁ、今日はどんな素敵な出会いがあるのでしょうか」
マジでキスする五秒前、MK5。
素敵な恋の予感。恋だなんて私にはまだ早すぎる気がしますが。
学校の広ーーい敷地をきょろきょろしながら歩いていきます。
「昨日のメイドさん、素敵な人だったなぁ…」
思わず息が漏れちゃいそうです。
あんな素敵な女性に私もなれるでしょうか。
「お待ちなさい」
凛とした聞き覚えのある声がします。
誰か呼び止められたようです。
だけど気にせず、私は素敵探しを続けます。
「って続けるんですか!」
あれま。
ツッコミを入れられてしまいました。
もう一ひねり欲しかったのはここだけの話です。
私は振り返ってその方を確認します。
「あっ、あなたは――」
ここは「誰でしたっけ?」というのがお約束なのですが、
あえて。
「私と一緒に時計塔を見学した人!」
「…………っ」
目を細めて見られてしまいました。
これはいわゆるガンを飛ばすという奴でしょうか。
にらむとも言います。
「私は見学者じゃありませんよ」
メガネを上げて、その方は言います。
「生徒会書記の春風千桜です」
なんと! 生徒会役員さんでしたか。
「私は日比野――」
文さんでしょ?と私が言い切る前に春風先輩は言いました。
「どっどうしてそれを? あなたはいったい…」
「さきほど生徒会書記の春風千桜と申しましたが」
と、先輩は一歩前に出ます。
「あなたのことは会長から聞いています」
会長。
つまり、生徒会長さんのことですね。
昨日のメイドさんと同じくらい素敵な方でした。
あの方が私のことを話したというだけでとてもうれしいです。
「それで、あの、私に何のご用でしょうか?」
先輩は私の質問には答えず、無言で私に近づいてきます。
もっもしかして、何か粗相をやらかしてしまったのでしょうか。
「持って」
先輩は手にしていた鞄を私に差し出します。私がわけもわからずそれを受け取ると、
先輩はからになった両手を私の首の後ろに回しました。
「?????」
なっ何が起こったかわからず、私は目を閉じ固く首をすくめます。
脳内はクエスチョンマークでいっぱいです。
もっもしかして、このまま膝蹴りを頂いててしまうのでしょうか。
私の首をつかみ、膝蹴りをくらわす春風先輩。
想像してみましたが、実にシュールです。
おそるおそるですが、そーっと目を開けてみると、そこには春風先輩のお顔が。
「タイが、曲がっていてよ」
「えっ?」
なんと先輩は、私のタイを直していたのです。
「白皇学院の生徒なる者、身だしなみはいつもきちんとしてください」
そう言って、先輩は私から鞄を取り戻すと、「ごきげんよう」を残して、
時計塔に向かって歩いていきました。
その姿は多少のイレギュラーはあったもののどこか満足したという様子です。
私は思わず、
「祥子さ――じゃないです、千桜さま!」
と叫びましたが、白薔薇のつぼみじゃないです、春風先輩はすたすたと
振り返ることなく歩いていかれました。
「マリア様の意地悪」
などと呟いてみましたが、この学校にはマリア様の像はありません。
これはまだ桜が咲き乱れる春先の出来事。
「ふふふ、これでまたノートに書くことが増えたわ」
と生徒会副会長、霞愛歌先輩が私たちの様子を秘密のノートに書いていたことが
発覚するのはこれより一週間後のことで、それはまた別のお話。