「ヒナさん、あそこですよ」  
「ね、ねえ、歩……本当にやらなきゃ、ダメなの?」  
「当然じゃないですか〜♪」  
 
 楽しそうに笑う歩を前にして、ヒナギクは諦念を抱いた。どうせ、もう歩に逆らうことなどできないのだ。この2週間ほどで、“そういう風”にされてしまった。  
 
「ほら、早く早く♪」  
「わ、わかったわよ……」  
 
 ヒナギクが向かわされる先、そこは……レンタルビデオタチバナ・新宿本店だった。  
 
 
 
 レンタルビデオタチバナは、現在キャンペーン中である。様々な特典が用意されているが、その内の一つに、「新規に会員登録した場合、旧作2本を無料でレンタル」というものがある。  
 ヒナギクは、その特典を利用して、あるビデオを借りてきて欲しいと歩に頼まれたのである。それだけのことだった。  
 
 
 
 ビデオを借りるだけにしては大層な覚悟を決めて、ヒナギクは店内に足を踏み入れた。すぐさま、店員のものと思しき声がかかってくる。  
 
「いらっしゃいませ――って、あれ?」  
 
 ヒナギクにとっては不幸なことに、その店員の声はどこかで聞いたものだった。  
 
「会長さんじゃねーか。何やってんだ、こんな所で」  
「た、橘君!?」  
 
 2年生に上がって同じクラスになった、橘ワタルであった。そういえば、何やら“店長”をやっているという話を聞いていたが……。  
 
(あ、歩……! このことを知ってて……!?)  
 
 ヒナギクとしてはそう疑いたくもなる状況だったが、この事について歩は不関与である。歩はワタルが白皇の生徒だという事すら知らない。全ては偶然と世間の狭さが齎したものだった。  
 
「まさか会長さんが来てくれるなんてな。今会員登録すると、色々とお得だけど?」  
 
 商魂逞しいというか、ワタルは思わぬ遭遇には然して動揺した様子も見せない。  
 
「そ、そうね。じゃあ、お願いしようかしら」  
「よしきた。ちょっと待っててくれよ」  
 
 手続き用紙に名前やら住所やら、必要事項を書き込みながらも、ヒナギクの動揺は一向に治まる気配を見せない。  
 
(で、でも……ちゃんとやらないと……お仕置き、されちゃう……)  
 
 じゅん、とアソコが熱く潤むのを感じる。  
 ワタルが目の前にいるのに、気付かれたらどうしよう、そんなことを考えれば考えるほどに、愛蜜が溢れてくる。  
 
「よし、登録完了、と」  
 
 ワタルの言葉に、ヒナギクはハッとする。出来上がった会員カードをヒナギクに渡してから、ワタルは一通り規約の説明をすると、最後にキャンペーンの説明を付け加えた。  
 
「そういうわけで、新規会員の会長さんには旧作を2本までタダで貸せることになってるから。適当に何か選んでみなよ」  
「そ、そうね……」  
 
 ワタルに見送られながら、ヒナギクは店の奥へ歩いていく。  
 借りる物は歩から指示されているから、迷う必要はない。だが、ヒナギクの足取りは重かった。  
 
 
 
「お」  
 
 十分ほど経った頃。借りる物を決めたのか、ヒナギクがレジまで戻ってきた。手には、DVDを2枚持っている。  
 
「良い物は見つかったか?」  
「ま、まあね……」  
 
 ヒナギクの歯切れの悪さを疑問に思っていると、ヒナギクはそのまま店の外に出ようとしていた。ワタルが、慌てて呼び止める。  
 
「おいおい、いくら無料だからって勝手に持ってかれたら困るよ。何を借りてくのか、確認させてもらわないと」  
「そ、そうよね……私ったら、何やってるのかしら。あはは……」  
 
 力無く笑うヒナギクにはやはり違和感があったが、ワタルは、まあそういうこともあるだろう、程度にしか思わなかった。  
 
「じゃ、じゃあ……これ、借りたいんだけど……」  
 
 ヒナギクは、2枚のDVDケースを綺麗に重ねて、カウンターの上に置いた。  
 さて、会長さんはどんな物を見るのかな、と好奇心半分、仕事半分の心持ちで、ワタルはまず上に置かれたDVDのタイトルを確認した。  
 
「……『魔法少女リリカルな○は』? へ、へぇ。会長さんもアニメなんて見るんだな」  
「ま、まあ、たまにはね」  
 
 一見、そう不自然でもないやりとりに見えるが、ヒナギクの耳にはすでにワタルの声は届いていなかった。  
 ワタルは一枚目のDVDを横に置いて、下に置かれた、二枚目のDVDを確認する。この時点で、ヒナギクは顔どころか全身が真っ赤に染まっていたが、幸か不幸か、ワタルはそのことに気付いていない。  
 ワタルがついに、二枚目のDVD、そのタイトルを読み上げた。  
 
「……『執事と生徒会長、禁断の放課後 〜愛欲の生徒会室〜 』……は? え? ちょ、な……え、ええ!?」  
 
 ああもう死んでしまいたい。それが、ヒナギクの率直な心情であった。  
 当然のことであるが、先ほどのアニメのDVDは、本命であるこの二枚目を隠すためのカムフラージュである。  
 しかし、ヒナギクの講じたこの苦肉の策、全くの逆効果である。こんな事をした所で結局はバレるというのに。むしろ、その隠蔽工作自体が恥ずかしいものとなってしまっている。  
 ワタルの方も、今になってヒナギクが挙動不審だった理由、そして今、ヒナギクが顔を真っ赤にしている事に気付く。むろん、アニメのDVDがカムフラージュだということも察していた。  
 
「あ、あの、会長さん……」  
「橘君!」  
「は、はいっ!?」  
 
 ほとんど泣き出しそうなヒナギクを前にして、ワタルは思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。  
 
「こ、この事、絶対、誰にも言っちゃダメだからね!?」  
 
 ある意味、この状況において、ワタルはヒナギクにとって最悪の相手であった。何しろ、どういうわけか交友関係が被りまくっているのである。  
 同じ飛び級生だからか、ナギと親しく(許嫁だとまでは知らない)、それはつまりハヤテとも親しいということである。ハヤテにだけは絶対に知られたくないというのに。  
 他にも、ワタルは美希達が所属している動画研究部の部長でもあるという話だし、最近は愛歌とも仲良くやっているようで、とにかく危険な人物なのである。  
 
「い、言わない、言わねぇよ!」  
 
 そんなヒナギクの剣幕に押されてか(もっとも、真っ赤な上に涙目ではあまり迫力がない)、あんたまだ16歳だろ、の一言で片付くことにも気付かないワタルだった。  
 
「そ、そう。なら、いいんだけど。じゃあ私、もう行くから」  
「あ、ああ……ありがとうございましたぁ……」  
 
 足早に店を出て行くヒナギクにお決まりの言葉をかけると、ワタルは椅子の背もたれに寄りかかって、放心状態に陥った。  
 別に、恋愛感情を抱いていたとか、そういうことはない。ただ、他の大多数の生徒同様、強く美しい彼女に多少なりとも憧れを抱いていたのは事実だし、3つしか違わないのに生徒会長としての職務を完璧にこなしていることについても、尊敬していた。  
 
 その、ヒナギクが。あんな、モノを。  
 
 ワタルだって、年頃の少年である。職業柄、あの手のDVDは容易く手に入るし、サキの目を盗んでは度々楽しんでもいた。いや、だからこそ、だろうか。アレがどのようなモノか知っているだけに、余計信じられなかった。  
 
「あの、若? どうしたんですか?」  
「…………」  
 
 お遣いに出ていたサキが戻って来たことにも気付かない辺り、ワタルが受けたショックはかなりのものであるらしかった。  
 
「ちょっと、若。本当にどうしたんですか? 若―!?」  
「……お……」  
「お?」  
「……お、オンナって……オンナって……うわあああああっ!!」  
「ちょっ、若!? ど、どうしたんですか、若ぁ!?」  
 
 この後、ワタルは三日ほど寝込むことになるが、それは全くの余談である。  
 
 
 
「あ、やっと戻ってきた」  
「あ、あゆ、あゆむっ……! あ、あなたって人は……!」  
 
 ヒナギクの様子がおかしい――まあ、おかしくさせることが目的なのだが、目論みとは別の方向に――事に気付いて、歩は少しばかり焦る。  
 
「ど、どうしたんですか、ヒナさん」  
「どうした、ですって!? あなた、橘君のこと知ってて……!」  
「へ? 橘君って……ワタル君のことかな? って、もしかして。ヒナさん、ワタル君と知り合いだったんですか!?」  
 
 本気で驚いている様子の歩に、ヒナギクは拍子抜けした。本当に知らなかったらしい。憎むべきは、この世間の狭さか――。  
 と、そう考えている内に、ヒナギクは歩に引っ張られて人通りのほとんどない裏路地まで連れて来られていた。  
 
「そっかそっか、知り合いだったんですか。じゃあヒナさん、さぞかし恥ずかしい思いしちゃったんでしょうね〜♪」  
「そ、それはっ……」  
 
 歩にとって、二人が知り合いだということはそれなりに驚くべき事実であったが……同時に、ヒナギクを可愛がるための道具の一つにもなりえる。  
 歩はヒナギクをビル壁に押し付けると、まずは問答無用で、その桜色の可憐な唇を奪った。  
 
「んふぅ!?」  
「……ちゅ……んん……ちゅぷ……」  
 
 すぐさま歩の舌がヒナギクの口内に侵入し、その中を存分に暴れ回る。  
 いきなりのことに最初は抵抗していたヒナギクだったが、十秒も経たない内に大人しくなってしまった。  
 
「……は、あ……んん……くちゅっ……んぅ……」  
「……ちゅぅ……あむ……っぷう。大丈夫ですか、ヒナさん」  
「はぁ……はぁ……う、うん……」  
 
 常なら強い意志を湛えている瞳はとろんと垂れ下がり、誘っているかのように潤んでいる。  
 ヒナギクがすっかり出来上がってしまったのを確かめて笑みを浮かべると、歩はヒナギクのスカートを捲り上げる。  
 
「やっぱり濡れちゃってますね〜」  
「や、やだ、あゆむ……こんなところで……」  
「大丈夫、誰も見てませんよ。それより、ヒナさん……もう太腿に垂れちゃうぐらいまで濡れてるじゃないですか。いくらヒナさんが変態だからって、あんな短いキスだけでここまで濡れるわけないですよね?」  
「そ、それは……あんっ」  
 
 ショーツの上から割れ目を撫でられて、ヒナギクは小さく愉悦に満ちた声を漏らした。  
 歩には、そんなヒナギクの表情が、もっといじめてほしいという期待に満ちたものにしか見えないし、事実、ヒナギクは羞恥を感じながらも、そうされることを望んでいた。  
 だから歩は、まずは言葉でヒナギクを徹底的に辱めることを選んだ。  
 
「ヒナさん、AV一本借りるだけでこんなに濡らしちゃって、どうするんですか?」  
「ち、違う、そんなんじゃ……」  
 
 そうしたヒナギクの口ごたえがポーズに過ぎないことを、歩は知っていた。身体だけでなくその心もとっくに陥落しているというのに、毎回無駄な抵抗を繰り返すのは、“無理やり犯されている”というシチュエーションを作り出すためだ。  
 ヒナギク自身がそのことに気付いているかは定かではない(仮に自覚してやっているとしたら、大した演技力である)ものの、この2週間ヒナギクの調教を続けてきて、歩はそう断定していた。  
 こんな関係になるまではまるで気付かなかったが、ヒナギクは天性のマゾ気質らしい。  
 
「ワタル君、ヒナさんのことどう思ったでしょうね。淫乱な生徒会長さんだと思われて……これから会う度に、ワタル君からそういう目で見られちゃうかも」  
「や、やだっ! そ、そんなの……! あっ、あん! ひやぁあぁぁんっ!?」  
「私に言われても困っちゃいますよ。そういう風に見られるのが嫌なら、ワタル君に直接言わないと。私淫乱なんかじゃないの、変態なんかじゃないの、って」  
「あ、んああっ! やっ、あん、あっ、あうん……ふああっ!」  
「あはっ。でも、説得力がないから無理かな? だってヒナさんったら、いくら人に見られないからって、外でこんなに気持ち良さそうに喘いじゃってますもんね」  
「だ、だってぇ! ふああっ、あぅん、あ、あゆむがぁっ! ひ、ぃん! あ、あぁん、ひゃああっ、き、きもちよく、するんだもんっ、あ、あ、あああああっ!!」  
 
 言葉責めがそれほど効いたのか、軽い愛撫にも関らずヒナギクは絶頂に達してしまったらしかった。  
 ぐったりと寄りかかってくるヒナギクを軽く抱き締めながら、歩は小さく溜息をつく。  
 
(まだ何も脱がせてないのに……この様子じゃ、しばらく休ませないと無理、かな)  
 
 とりあえず乱れた衣服を直してやって、呼吸が整うのを待って声をかける。  
 
「ヒナさん、大丈夫かな?」  
「……う、ん」  
「立てます?」  
「はぁ……はぁ……ん、だい、じょうぶ……」  
 
 壁を支えにしながらゆっくりと立ち上がるヒナギクの様子を満足気に眺めながら、歩は非情にも言ってのけた。  
 
「じゃあ、私の家に行きましょうか。今日、誰もいないんですよ」  
「え……」  
 
 いや、非情、というのは間違いかもしれない。一瞬ヒナギクの顔を過ぎったのは、明らかに期待の色だったのだから。  
 
「せっかくだから、ヒナさんが借りてきたAVがどんなにえっちで変態なのかも確かめましょうよ。そしたら、ビデオの中と同じこと、私がヒナさんにしてあげますから♪」  
「え、あ……そ、そんなの……」  
 
 ヒナギクが借りてきたAV、『執事と生徒会長、禁断の放課後 〜愛欲の生徒会室〜 』。借りてきた本人であるヒナギクは、当然そのパッケージを目にしている。  
 執事の毒牙にかかってしまった生徒会長の裸体は……荒縄で、キツく縛られていた。  
 同じように、歩によって衣服を全て剥ぎ取られ、痛いほどにキツく縄で縛られる自分の姿を想像して、ヒナギクは――  
 
「……うん」  
 
 新たな悦楽への期待に身を震わせながら、小さく頷いた。  
 

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