「綾崎ぃ! ハァハァ、大人しくオレのものになれ! 一緒に寝台特急とか中から揺らしまくろうぜ! ハァハァハァ」  
「うわああああああああああああああ!! 疾風のごとく! 疾風のごとく!!」  
 
広大な校庭にズギャーン!ズギャーン!!と効果音。  
鳥がバタバタ飛び立つ下で、荒く息をつく綾崎ハヤテは額の汗をぬぐった。  
 
「この変態ッ……! 地獄に落ちてください」  
 
キレるとヤクザになるという噂の執事も、暫定必殺技二連撃は流石に堪えたらしい。  
何故か幸せそうに微笑みながら、芝生に血だまりを広げてピクピクとしている。  
これだけ痛めつけても明日には復活するのだから一流の執事は恐ろしい。  
 
広がっていく血だまりに靴底が濡れる前に踵を返すと、首元を緩めながらハヤテはため息をついた。  
 
「暑……。今日はとりあえず安心かな……早く帰ろ……。うあ、カバン教室だ……」  
 
今日は最悪だった。授業が終わった直後に乱入した変態執事に迫られて窓から大脱出(グレートエスケープ)。  
以来今までハヤテは、貞操のかかった鬼ごっこをさせられていた。大袈裟じゃなく本当にかかってるから恐ろしい。  
前回のようにシャツを裂かれてボタンを全部すっ飛ばされなかったのは僥倖だった。  
どうやら戦闘執事としてのスキルを磨く訓練になってしまっているらしい。もちろん、ハヤテに感謝する気などなかったが。  
 
冬の日が落ちるのは早い。脱出時まだ薄青かった空は、しだいに赤くなりつつある。  
背後に横たわる骸(生きてます)から携帯の着信震動が聞こえたが、ハヤテは無視して教室に向かった。  
 
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ハヤテのごとく!! えーっと、よくわかんないけど、なんか冬頃のお話みたい。  
「綾崎ハヤテくんと瀬川泉さんの、サブタイトルが付けづらい下校風景」  
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長い影を伸ばす商店街に、男女一組の高校生が歩いている。  
といっても、少年のほうは執事服を着ているため、傍目には女子高生と執事が歩いているようにしか見えない。  
執事服の少年、綾崎ハヤテの隣を歩いてるのは、ハヤテのクラスのいいんちょさんこと、瀬川泉だった。  
 
二人が一緒に下校しているのには理由がある。  
カバンを取りにいったハヤテは、携帯片手に迎えが来るのを待っていた泉と出くわし、  
泉の迎えを担当していた変態執事を倒したハヤテが、代わりに送ることを提案した。  
泉は持ち前の明るい笑顔でそれを了承し、こうして二人並んで歩いているのだった。  
 
もともと明るく裏表のない性格の泉と、穏やかで気配りが出来るハヤテは相性が悪くない。  
とびきり盛り上がる話はなかったが、仲の良いクラスメート同士といった雰囲気で会話を楽しんでいた。  
無言でいるのが苦手なのか、話題を振るのは泉の方で、ハヤテが穏やかにそれに答えるという形が多い。  
傍目からは、二人は理想的なお嬢様と執事に見えた。  
 
「あ、たい焼きだ。ほらほらハヤ太くん。たい焼きだよ〜?」  
「わかりました。今日のお詫びに奢りますよ」  
「わ〜い♪ やー、虎鉄くんだと経費で落とされるから奢りって感じがしなくって」  
 
両手を挙げて心から嬉しそうに笑う泉に、ハヤテが苦笑する。  
ここまで素直に喜ばれると、奢り方としても悪い気はしなかった。  
 
「――って、たい焼き、経費っすか」  
「そうなの。カメラとかNゲージ? とかにお金使うみたいですごく細かいんだよー?」  
 
執事として、積極的に経費で落とす金銭感覚を覚えるべきか、ちょっと考えるハヤテ。  
購入を済ますと、個別に紙袋に入っているたい焼きを一つ手渡した。  
「熱いですよ」  
「うん。ありがと」  
泉は瞳を輝かせて、小さな両手でたい焼きを受け取る。  
頭をちょこんと出させると、湯気と共に甘くて香ばしい匂いが広がった。  
 
店を後にして歩くのを再開する。恐怖の鬼ごっこで空腹になっていたハヤテの口に、たい焼きの甘さが心地よく響く。  
その隣で、泉は小さな口であぐあぐとたい焼きを食べながら、話を続けた。  
 
「だから、ちょっとナギちゃんが羨ましいかなー」  
「――え? どうしてです?」  
「ほら、ハヤ太くんはお友達って感じがするから。側にいてくれたら楽しそう」  
 
経費に落とすのは隠れてするか控えるかのどっちかがいいのかな? とハヤテは思った。  
その一方で、いやでも執事的には、お友達に見られるというのは果たして良いのか悪いのか。とも思う。  
軽く考えこむハヤテの隣で、たい焼きの味に満足してか、泉ははぁっと白い息を吐いて、にこっと笑った。  
 
「たい焼きも奢ってくれるしね♪」  
「今日だけですよ?」  
「ちぇーっ。……あははっ」  
 
軽く諌めるように言うハヤテに唇を尖らせた泉が、楽しげに声を上げる。  
その屈託のない笑顔を見て、ハヤテもまた笑顔を浮かべた。  
 
学校のこと――主に外国語履修の大変さを話しながら歩いていると、不意に泉がハヤテを呼び止めた。  
商店街から一本外れた道にある小さな空間を指差し、首をかしげる。  
 
「ね、ハヤ太くん。あれ公園かな?」  
「えっと……みたいですね」  
 
袖を引かれたハヤテが指差すほうを見て答えると、泉は猫耳をひょこっとさせるように笑顔を閃かせた。  
 
「ちょっと寄っていこ?」  
 
                       ☆  
 
茜色に照らされた公園には、誰もいなかった。  
そろそろ陽が完全に落ちようかという時間帯なので、子供は帰宅したのだろう。  
夜遊びする子供が使うには早いし、今はちょっとした空白の時間帯になっているようだった。  
 
小さな滑り台、小柄なジャングルジム、小さなブランコ――公園には三つの遊具と、ベンチが一脚ある。  
公園の規模に対して、それが充実しているのかどうかはハヤテにはよくわからなかった。  
 
たい焼きの最後の一口を食べると、泉はぱたぱたと軽い足音で駆けていく。  
彼女が目指した先には、二つの椅子がぶら下がったブランコがあった。  
 
チャコンと金属音を立てて、ブランコに両脚を乗せる。  
「よっと……、わわっ……、よーしっ」  
バランスを保つと、身体を前後に揺さぶって、キィコ、キィコ、と立ち漕ぎを始めた。  
「よいしょ、よいしょ」  
制服に包まれた身体をせっせと動かす泉に、たい焼きの包み紙をゴミ箱に捨てたハヤテが追いつく。  
 
「スカート、気をつけてくださいね」  
「大丈夫だよー。今日は下にスパッツ穿いてるもん」  
 
上機嫌に応える泉に微笑んで、ハヤテは少し躊躇うようにしながら隣のブランコに手を触れた。  
キィキィと揺らしてから、そっと革靴の底を乗せてみる。感触を確かめて、両脚をブランコに乗せる。  
(あ、立てるかも ――んがっ!!)  
脚を伸ばして立つと、頭がブランコの上に走る支柱にぶつかった。  
ゴツッと鈍い音がしてブランコ全体に震動が走り、ハヤテの視界に星が散る。  
 
「いたた……」  
「あははっ! どうしたのハヤ太くんっ?」  
 
軽くピヨッて頭を抑えるハヤテに、泉が笑い声を上げる。  
赤面したハヤテが崩れ落ちるようにブランコに座ると、泉はぴょんとブランコから飛び降りた。  
髪留めで結われた小さな髪房がぴょこんと揺れ、スカートがひらりと舞う。  
 
「ちょっと失敗しました」  
「大丈夫? 怪我してない?」  
 
苦笑するハヤテが抑えている頭を、泉はそっと手を添えて覗き込んだ。  
少し運動した泉の身体から、汗と香水が混じった香りが漂ってくる。  
制服に包まれた胸が目の前に突き出されると、ハヤテは頬を染めて視線を外した。  
 
「大丈夫ですよ。いや、子供用の遊具って、結構小さいものなんですね」  
 
相手の体温を感じる距離に少し戸惑いながら、照れ隠しのように言う。  
それを聞いて、泉は嫌味のない明るい調子で笑った。  
 
「あはは、当たり前だよー、子供用だもん。……うん。大丈夫そうだよ」  
「ありがとうございます」  
「いいんちょさんだもん、これくらい当たり前だよー」  
 
礼を言われた泉は少し照れたように言うと、お礼のお礼をするように、ハヤテの頭をよしよしと撫でる。  
(うわ……頭撫でられてる……)  
それは、自他共に認める年上好きとしては、照れざるを得ないシチュエーションだった。  
検査を終えた泉がパッと離れると、ハヤテは撫でられた頭を、もう一度すりすりと撫でる。  
泉はぱたぱたと自分のブランコに戻ると、また底板の上に立ち上がった。  
今度は漕がずに、少し高くなった視界を楽しむように遠くを、夕焼け空を見つめる。  
薄い雲が流れる空には、どこかへ帰る鳥の群れの姿があった。  
 
珍しく無言の時間が流れたあと、キィコ、と小さく漕いで、泉が口を開いた。  
「いいんちょさん家はさー」  
少し変わった語り口を聞いて、ハヤテが顔を上げる。  
「結構過保護だったから、小さい頃はあんまりお外で遊べなかったんだー」  
視線に気付いて笑顔を浮かべ、前を見つめたまま言葉を続けた。  
「だから、こういう公園って少し憧れなの。……ハヤ太くんは?」  
少し踏み込んだ内容を誤魔化すように、キィコ、キィコと揺らす。  
 
「僕も、公園で遊んだことはほとんどないです。色々と稼がなきゃならなかったですから」  
環境は全然違うというのに、変わった接点があることが奇妙に面白くて、声を落とすことなくハヤテが答える。  
泉もハヤテの家庭環境には深く突っ込まず、相槌を打ったあと、少し間をおいてあっけらかんとした声を出した。  
「そっかー……うん、じゃあ決まりだね」  
「はい?」  
「一緒に遊びたまえ、ハヤ太くん。まずは靴飛ばしなどいかがなものか?」  
 
親指をビッと立て、ばちこーん☆とウィンクする。  
(さっきの導入は、この提案の照れ隠しですかー……)  
「はい。いいですよ。望むところです」  
元気に笑って提案するいいんちょさんに、ハヤテはなんだか可笑しくなって笑顔で応じた。  
 
                       ☆  
 
太陽が沈みきるまでの短い間、ハヤテと泉の二人は童心に帰って遊んだ。  
冬の澄んだ空気に明るい声が響く。公園に面した道に人が通りかかることがあっても気にならない。  
ハヤテは自分が過ごせなかった普通の子供としての時間を、少しだけ取り戻せたような気がした。  
 
ひとしきり遊んだ二人は、ジャングルジムのてっぺんに並んで座り、星が瞬き始めた空を見上げる。  
遊びの余熱と余韻が引いた頃、泉は少し迷った後に口を開いた。  
 
「そういえば、ハヤ太くんは西沢さんとはまだ付き合ってないんだっけ」  
「――え? な、なんですか藪から棒に」  
 
突然降って沸いた恋バナに、ハヤテが素っ頓狂な声を上げる。  
急に話題を振った泉は、少し言葉を濁しながら、それでも話を続けた。  
 
「んー、いや、なんとなく聞いてみよっかなって」  
「思いつきですかー…」  
 
諦め混じりの苦笑を聞いて、泉はクスクスと笑う。  
隣に座りながら空を見て話すという距離感は、悪くないものだった。  
ハヤテに顔を向け、人差し指を立てながらウィンクする。  
 
「まあ諦めたまえ、女子高生の会話の半分は恋バナで出来てるんだよ♪」  
「それは、仕方ないですねー…。はい。付き合ってませんよ」  
 
冬の乾いた風が吹き、まだ熱を持っていた身体を撫でていく。  
髪を柔らかくなびかせる執事服の少年は、ちょっとだけ大人びた顔をして答えた。  
 
「金銭面で面倒を見る甲斐性を身に付けなきゃいけないんだもんね? 大変だ♪」  
「そうですね。大変です。……でも、好きになるとか、付き合うっていうのが、良くわからない部分もあるんです」  
 
ハヤテが泉の方を向くと、二人の視線が合う。  
軽く微笑むと、ハヤテは泉をじっと見つめながら質問した。  
 
「瀬川さんは恋人が出来たら、どんなことをしたいですか?」  
 
真剣とも冗談ともつかない、軽い口調の質問だった。  
自分から話を振ることが多かった泉は、ここに来て話を振られてちょっと戸惑う。  
しかも話題は恋愛話。ピンチ度はかなり高かった。  
 
「え、わ、私?」  
「はい」  
 
尋ね返す泉に、ハヤテは相槌を打って退路を断つ。  
自分から振った恋バナ、しかもハヤテに悪気はないだけに逃げられない。  
 
うーんと、と真剣に自分の心に尋ねたあと、答えに辿り着いた泉はこくこくと頷いた。  
 
「私は、遊びたいかなー」  
「遊びたい?」  
「うん。一緒にたくさん楽しいことして、一緒に笑うの。きっとすごく楽しいと思うよー」  
 
肩を竦めるようにして両手を膝の上で合わせ、にこっと笑う。  
少し照れたようなその笑顔は、暗くなった空の下で見るには惜しいほど可愛らしいものだった。  
 
「なるほど……遊ぶ、か……」  
 
ハヤテはなにか感じるところがあったのか、少し目を丸くしてから真面目な調子で頷いた。  
なにやら真剣に吟味されている様子に、赤面した泉がわたわたと手を振る。  
 
「いやいやいや、そんなに真剣に考えないでよ、もー! 恥ずかしいじゃんかー!」  
「え、あ……すいません。そんなつもりは」  
 
伸ばした手でバシバシ叩かれてグイグイと押されると、ハヤテも考えを中断して笑顔を返す。  
からかわれたと感じたのか、今度は泉がハヤテに質問した。  
 
「もー…今度はハヤ太くんの番だよ! ちゃんと考えないと怒るんだからね?」  
 
頬を膨らませる泉に少しすまなそうに微笑むと、ハヤテは空を見上げて考える。  
暗く透き通る青い空には、白く小さな星がちらちらと瞬きはじめていた。  
泉がじっと待っていると、ややあってハヤテが口を開く。  
 
「そうですね。僕は、側にいたいです」  
「側に?」  
「はい。好きな人に必要とされて、側にいられることが出来れば、幸せなんだと思います」  
 
ハヤテの言葉に、泉は少しキョトンとした顔をしていた。  
それがハヤテなりに真剣に考えた末の答えだということは理解していたが、  
お互いの感覚に大きな隔たりがあって、内容を上手に理解することができない。  
 
「……なんだか、女の子みたいな答えだねー。…………でも」  
 
少し困ったような顔をして応えたあと、空を見て、うん、と頷く。  
 
「ハヤテくんの恋人になる人は、きっととっても幸せになれるんだろうねっ」  
 
にこっと笑って、ハヤテの気持ちを肯定した。素直に褒められたハヤテの頬が染まる。  
笑顔を緩めて優しい表情をした泉と、少し驚いた表情のハヤテが見つめあう。  
ハヤテの表情に気付くと、泉が小首をかしげた。  
 
「どうしたの? ハヤテくん」  
「いえ、ちゃんと名前を呼んで貰えたから、ちょっと驚きました」  
「え――? ありゃ!?」  
 
どうやら無意識のうちに出てしまったらしい。  
自分の言葉を思い返して、泉自身が驚いた声を上げた。  
あからさまに驚いたリアクションをして、手を口に当てる。  
 
「あれ? あれ? なんでだろ。えーとえーと、ハヤ太くんハヤ太くんハヤ太くん……」  
 
眉間にシワを寄せて必死に修正しようとすると、今度はハヤテが驚く番だった。  
 
「わー! 待ってください! そんな必死に言い直さなくても!!」  
「いや、これはいいんちょさんのアイデンティティに関わる重要な問題だよ!!」  
「そんなぁ! 意地悪しないでくださいよー!!」  
 
ハヤ太ハヤ太と繰り返す泉を、ハヤテは必死になって揺さぶった。  
 
                       ☆  
 
夜が少しずつ深まっていき、外が深い紺色に覆われはじめた頃。  
二人はジャングルジムから降りて、服を軽くはたく。  
思ったより長くなってしまった寄り道が終わりを告げる。今日はもう帰る時間だった。  
 
「それにしても、僕の名前、ちゃんと覚えてはいたんですね」  
「あはは、バレちゃったかー。でも大丈夫! これからも仲良しさんらしくニックネームで呼ぶから!!」  
「はぁ、もう諦めましたよ…………。でも、たまには本当の名前で呼んで欲しいです」  
「どうしよっかなー……あははっ! 考えとくよ」  
 
ジャングルジムに立てかけていたカバンを手にとって、帰宅の確認を軽く目配せをする。  
街頭の白い明かりに照らされながら、身なりを整えた泉がそれに応える。  
 
「じゃ、行きましょうか」  
「うん。そうだね」  
 
泉を伴ってスタスタと歩き出したハヤテがふと見ると、ベンチに一人の若い男が座っていた。  
やや体力ゲージが尽きかけている風情のその逞しい執事は、ハヤテをじっと見つめながらシャツのボタンを外していく。  
 
「あ、綾崎……や ら な い「疾風のごとく!!」 ぎゃあああああああああああああああああ」  
 
ズガーン!! と住宅と商店が立ち並ぶ街の一角に衝撃波が走る。  
ノータイムで暫定必殺技を発動したハヤテは、ぜーぜーと肩で息をしていた。  
我が身に降りかかる不幸をひとしきり呪うと、はーーーーーーーーーーっと深い息を吐いて考えを切り上げる。  
嫌なことは早く忘れたほうがいい。というか、どうかなかったことにさせてくださいサンタさんとかカバー裏とかにいる神様的な人――!  
 
ハヤテは何事もなかったように振り返ると、呆然としていた泉に声をかける。  
「さて、オチもついたことですし、帰りましょう」  
「え、あ――――うん、そうだねっ」  
心を立て直して明るく笑う泉に微笑を返してから、視線を動かして公園を一望する。  
 
親の代わりに働いていたハヤテは、確かに公園で遊ぶ子供たちを羨ましいと思っていた。  
けれど、遊んでいる子供たちに対して、他にもう一つ羨ましいと思っていたことがあった。  
優しい親の――誰かの、出迎え。  
それは時間を見つけたハヤテが誰もいない公園で遊んでも、決して得られないものだった。  
 
寂しかった頃のことを思い出し、少し落ち込んでしまったハヤテは、俯いて前髪で表情を隠す。  
そんなハヤテの執事服をちょいちょと摘み、泉がにこっと笑顔を浮かべた。  
 
「今日はありがとうね、ハヤテくん。やー、美樹ちゃんたちとはこーゆー遊びできないから助かったよ。  
 ハヤテくんだったら、きっと呆れないで付き合ってくれるって思ったんだー。思った通りだったよー♪」  
 
屈託のない笑顔だった。感謝が伝わるようにだろうか、こだわっていたあだ名を今は使っていない。  
その明るさに照らされるように、ハヤテも心の調子を取り戻していった。  
「――……。はい。僕の方こそ、楽しかったですよ」  
ハヤテも心からの言葉を返し、お互いに笑顔を浮かべる。  
 
「――さぁ、では、帰りましょうか、瀬川さん」  
「うん。では、帰ろうか、ハヤ太くん」  
 
少し近づいた距離を整えてクラスメートに戻るように言い、二人は公園を後にする。  
商店街はいくつか店が閉まり、人影も減って少し寂しい雰囲気が漂っていた。  
ハヤテの隣をてくてくと歩いていた泉は、不意に思い出したように口を開く。  
 
「それにしても、『側にいたい』、かー。私の考えってちょっと子供っぽいのかなー。なんか恥ずかしーよー」  
 
うーっと照れながら考えこむ泉に、ハヤテが苦笑する。  
自分の答えの原因に、ハヤテは気付いていた。公園を振り返ったときに抱いた寂しさ。  
それが誰かの側にいたいという願望を生んでいることに。だからこそ、泉の単純で前向きな答えが響いていた。  
泉に心変わりをしてほしくなくて、ハヤテが口を開く。  
 
「そんなことないですよ。一緒に遊ぶっていう考え、素敵だと思います。僕は遊ぶのが苦手だから、すごく参考になりました」  
「……ホント?」  
「はい。こんなことで冗談は言いませんよ」  
 
一瞬だけ隣を歩く泉と視線を合わせて、再び前を向く。  
心の内を見せた言葉を受け入れるように穏やかに肯定されると、泉の頬が赤く染まった。  
「そっかー。じゃあさ」  
頭の後ろを撫でながら照れたように笑っていた泉は、てててっと少しだけ駆けて先を歩く。  
革靴の爪先を立てて、くるっとターンすると、照れを隠すように、とびっきりの笑顔で言った。  
 
「ずっと側にいて、一緒にたくさん楽しいことができれば、完璧だね♪」  
「――――はい。きっとそれが一番です」  
 
ハヤテも心からの笑顔を返して、相槌を打った。  
星が瞬く空の下、執事服の少年と制服姿の少女は、穏やかに話をしながら帰路についた。  
 
 

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