「私、やっぱり宿直室よってから帰る。ハヤ太くんはどうする?」
「いえ、僕は遠慮しておきます。お嬢様を待たせてはいけませんし」
「だからもう一人のお嬢様とは遊んでられないんだ…」
「えぇっ!?そういう意味では…」
「えへへ♪冗談だよ〜」
「うっ…」
「私はナギちゃんみたいにけちんぼじゃないから安心してよね!」
泉は両手を胸に当てる
「ハヤ太くんは、わたしにとって、大事な、大事な人だもん。ぞんざいには扱わないよ?」
「あはは、ありがとうございます。」
「うん!それじゃ、また明日、ハヤ太くん!」
「はい、また明日」
ーーごうかんか〜、ごうかんか〜♪
泉とわかれ、昇降口に着いたところで、ハヤテの携帯電話が鳴った。
「お嬢様からかな?」
画面を見る。
「ではありませんね。」
ハヤテは通話ボタンを押した。
「もしもし。」
『私よ、ヒナギクよ』
「えー、それは分かります。ところで、何のご用ですか?今まさに帰ろうとしてたんですが…」
『知ったこっちゃないわ!』
明らかに怒っている口調だった。
「あ、あの、僕、また何かやらかしましたか?」
ハヤテは怖じ気づきながらも質問してみる。
『自分の胸に聞いてみなさい!』
はて?とハヤテは首を傾げた。「ヒナギクに対して」何かした覚えは全くなかった。
「ごめんなさい、わかりません。」
ヒナギクの何かが切れた。
「…今すぐここに来なさい」
感情のない声で一言そう言うと一方的に電話を切ってしまった。
渋々生徒会長室までやってきたハヤテ。
扉の隙間から怒気が溢れでている。
『ヒナギクさんのことだから、とりあえず謝るってのはマズいよな。とりあえず話を聞いてからだ』
意を決して、ノックをする。
「は、ハヤテです」
途端に、怒気が更に濃くなった。ハヤテは全身硬直した。
暫くして、
「入りなさい」
許可が下りた。
「失礼します」
怒気に負けずになんとか入室した。
「そこに座りなさい」
ヒナギクはソファーを指差す。
「は、はい」
大人しく従うと、ヒナギクはテーブルを挟んで反対側に座った。
「はぁぁ〜〜〜〜っ…」
ヒナギクは重いため息をつく。ハヤテはそれにビクつく。
「あ、あの、僕は一体何を?」
ヒナギクはギロリと睨む。ハヤテは目をそらす。
逸らした先にゴミ箱があった。熊の絵が描かれた可愛いゴミ箱で、ちゃんとビニール袋も備わっている。
『やっぱりああいう可愛いゴミ箱なんだな、ちょっと意外…
でも、何であんなに丸まったティッシュが?』
そんなことを思っていたところで、ヒナギクが口を開いた。
「ほんっとうに、心当たりがないの?」
「はい…、ヒナギクさんに何か失礼な真似をした覚えはありません」
「ゔっ、ま、まあ、私が何かされたわけじゃないんだけどね」
「え?どういうことですか?」
「どういうって、それは…」
怒気が一気に引いていくのをハヤテは感じた。そしてヒナギクの顔が赤く染まる。
「あれ?ヒナギクさん、顔が真っ赤…」
「なっ!?ばっ、バカ!こ、これは違うの!べ、別に思い出しちゃったわけじゃ…」
「思い出す?」
「あ…」
ヒナギクは、しまったと言った顔をした。
「あの…さっきから話が見えないのですが、もし僕に非があるなら仰ってください
本当に心当たりがないんです」
ハヤテはヒナギクを見つめた。お願いする時は相手の目を見る。ハヤテの基本スキルだ。
ヒナギクは仕方なさげに頬杖をつく。
「たく、分かったわ。話すわ。生徒会長として貴方には反省してもらわないと」
「はい、お願いします」
ヒナギクはまた、今度はちいさく、ため息をつく。
「さっきまで、泉と居たわよね?」
「は、はい。日誌を書いてました。」
ハヤテは正直に答えた。
「ふーん…」
ヒナギクは探るようにハヤテの目を見る。
ハヤテはただただビクつくばかりだ。
「あなたが教室を出たのは、ついさっき。放課後になってから一時間半も経ってたわ。なぜ?」
「なぜって…」
ハヤテの頭に泉との出来事がフラッシュバックする。だがすぐに振るい捨てた。
「ひ、ヒナギクさんならおおかた予想がつくのでは?」
「むっ、まあそうね。」
ヒナギクが話を続けようとした時だった。
「あの、お言葉ですけど。泉さんの日誌に件については怒らないで頂けませんか?」
「え?」
思ってもみなかった発言に、ヒナギクはきょとんとした。
ハヤテは構わずに続ける。
「泉さんは、委員長として立派に働いてると思います。
泉さんは、なんというか、クラスのムードメーカー的存在だと思いますし、それに、えっと、ですね…」
ハヤテは慌て言葉を探す。ヒナギクはまたもため息をついた。
「別に泉のことで呼んだ訳じゃないわ。実際、貴方の言う通り泉はちゃんと委員長としての職務をなしてるしね。」
「え?」
「泉はね、今の所皆勤賞なの、小学校の時から。今まで一日だって学校を休んだことはないし、授業も皆勤。
委員長の仕事も毎日こなしてる。成績以外では優等生よ。私よりもね。」
「そう、なんですか」
自分が愛すると決めた人の意外な一面を知り驚く。そして、何も知らない自分を責める。
『彼女について知らないことばかりなんだな…』
普通の男主人公ならここで、「彼女のことをもっと知りたい」となるだろう。
だが、ハヤテはちがかった。
『やっぱり僕には女の子を養う甲斐性なんて、愛する資格なんて…』
これがハヤテだ。
ハヤテは肩を落とす。
ヒナギクは泉について語っている。
しかし、ハヤテにはそんな話が聞こえことはなかった。