私は一体、何をしているのだろう。
裏切られたと思った。
私の心を弄んだ、って・・・そう思った。
許せなかった。
本当にスキだったから、だからこそ・・・絶対に許せなかった。
・・・そのハズなのに・・・
今、私はハヤテを探している。
ハヤテの元に向かっている。
裏切られたっていう思いはまだ消えてはいないし、
歩に言われたように・・・許せるかどうかもわからない。
例え私がハヤテを許せたとしても・・・私がハヤテに許して貰える保証なんて、ないのだ。
でも・・・アイツと話していて、ひとつだけハッキリした。
私はまだ・・・ハヤテのことがスキだ。
嫉妬や絶望で千々に乱れていた私の心にも、その気持ちはちゃんと残っていた。
だからこれは・・・間違いない、私の本心。
本当の、想い。
だから・・・これだけは伝えなきゃ。
「お嬢様、そろそろ目的地に到着します」
「む・・・」
もう、か・・・
正直、ハヤテと会う前に心の準備のため、もう少し時間が欲しかったが・・・
「そこにハヤテはいるのだな?」
「は、恐らく」
「・・・恐らく?」
ハッキリしないな。
「は。 この周辺で綾崎ハヤテとおぼしき人物が目撃されたとの証言は得ているのですが、
場所が絞り込めていないのに加えて、この場所ですから場合によっては・・・
と、とにかく! 現在、継続して捜索中です!」
頼りにならないSP達にイラつきながら、
同時に酷く不安になる。
歩と別れてから一時間程も車を急がせてやってきたここは・・・港。
いつかハヤテが言っていたことを思い出す。
『―――遠洋漁業にはよく行っていましたが・・・』
あんな風に出ていったハヤテだから、たぶん無一文に近い状況だろうし、
それにアイツのことだ・・・借金だって返す気でいるに違いない。
そんなハヤテが生活費をかけずにまとまった収入を得られる手段を選ぶであろうことは、想像するに容易かった。
ハヤテが屋敷を後にして、既に4時間は経っている。
もう、この中のどれかに乗り込んでいるかもしれないし・・・
もしかすると、もう・・・出港してる可能性だって――――――
「何をしている! お前らもとっとと捜しに行かないか!」
「で、ですがお嬢様をお守りするのが我々の役目・・・」
「ええいうるさい! いいから捜すのだ! 私も捜す!」
「な!? お嬢様!? それは危険―――」
「だからうるさいと言っている!
いいか!? とにかく必ずハヤテを捜し出せ! ちゃんと手分けして捜すんだぞっ!
私についてきたりしたらクビだからなっ!」
そう思ったら、もうじっとしてなんていられない。
心の準備どころじゃない!
SP達に怒鳴り散らすと、私はすぐに車を飛び出す。
倉庫に、桟橋に、甲板に・・・
どこかにハヤテがいないかと・・・いてくれないかと思いながら、
必死になって捜し回った。
・・・・・・
10分捜しても、ハヤテの姿はみつからなかった。
クリスマスの夜、人影もまばらな郊外の港をいくら走り回っても・・・アイツには会えなかった。
20分経っても、ハヤテを捜し出すことは出来なかった。
どこかの船から出航を知らせる汽笛の音が聞こえる度に、
そこにハヤテが乗っていたらという思いが頭をよぎり・・・不安な鼓動が胸をギシギシと締め付ける。
疲れて足はガクガクするし、既にもう・・・手遅れかもしれない・・・
でも・・・それでも歩き続けた。
捜し続けた。
例えハヤテがどこへ行こうとも、
三千院の力を使えば世界中どこにいたっていずれ見つけることは出来る。
連れ戻すことだって、きっと容易い。
でも・・・それではダメだ。
ハヤテがここを旅立ってしまったら、きっとその時点で・・・終わってしまう。
強引にハヤテを屋敷に連れ戻したとしても、
ハヤテにとってそこにいる私達は・・・・・・多分、過去の存在でしかなくなっていると思う。
そう割り切らないと・・・ハヤテ自身が、辛すぎるハズだから・・・・・・
私もハヤテも、埋まらぬ溝に悩み・・・そして結局、ハヤテはまた屋敷を出て行くことになると思う。
私と・・・・・・マリアをおいて。
マリア・・・・・・
マリアにも、酷いことを言った。
裏切られたと思った。
ずるいと思った。
許せないと・・・・・・思った。
例えハヤテを連れ戻せなくても、マリアはずっと私の傍にいてくれるだろう。
・・・罪滅ぼしという、自分への罰の意識のもとに。
でも・・・そんなのは・・・・・・イヤだ。
ハヤテをとられたのは悔しい。
本当に悔しいし、恨めしいし・・・ずっと隠し事をしていたと思うと・・・・・・!
・・・・・・でも、歩に言われたことを思い返したとき・・・アイツの言葉は、
私にとってハヤテだけに当てはまるものじゃなかった。
マリアは・・・・・・私のことを誰よりも理解してくれた・・・・・・大切にしてくれた・・・・・・
私の―――家族なのだ。
もし・・・もしも、万が一!
今夜・・・・・・ハヤテに会えなかったら・・・連れ戻すことが出来なかったら・・・
きっと私は、二人の大切なヒトを永久に失ってしまう。
一人とは、二度と会えなくなって・・・
もう一人とは、二度と・・・・・・心を通わせることが、出来なくなる。
そんなのは・・・イヤだ。
そうなったら、私は一人になってしまう。
友達はいても・・・家族はいなくなってしまう・・・
・・・・・・だから!
私は走って・・・そして、30分程経った頃だと思う。
―――見つけた。
立ち並ぶ倉庫の間、細く開けたその先にある、船の甲板。
こんなに遠く離れているというのに、絶対に見間違い等ではないという確信と共に・・・
私は、ハヤテを見つけたのだ。
「――――――ハヤテぇえっ!」
駆け出していた。
もう疲れきって足は棒のようになっていたハズなのに、
視線の先にいるアイツに向けて全力疾走する。
なかなか縮まらない距離がもどかしい。
でも、それでもだんだんアイツの姿ははっきりしてきて・・・
ボ―――――――――ッ
聞こえたのは、汽笛の音。
聞こえてくるのは、正面から。
ハヤテを乗せた、あの船から・・・
「ハヤテっ! は・・・っ、ハヤテぇ!」
今まで出したこともないような叫び声をあげながら、私は必死で走る。
こんなに走ってるのに、心臓が爆発しそうなくらい苦しいのに、
ハヤテの姿はなかなか近付いてこない。
私の声にも気付いてくれない。
ハヤテはただ、どこか遠くを眺めている。
それはもしかすると、私達が一緒に暮らした屋敷の方かもしれない。
どこかへ去っていくその前に・・・最後の名残を惜しんでいるのかもしれない。
その姿は、まるで私のことを・・・私達のことを過去のものとするための、儀式をしているかの様に見えて・・・
「ダメだ! 行くな! ハヤテっ! ハヤテ―――っ!」
ありったけの声を張り上げる。
精一杯、走る。
船はまだ動かない、けれどハヤテとの距離も、なかなか縮まらない。
それでも走って―――
「―――あぅっ!?」
何かに足をとられた・・・と思った次の瞬間、身体が宙を泳ぎ・・・・・・すぐに、堅い地面の衝撃。
後ろで何かがガラガラと崩れる音。
・・・つまずいて、思いきり転んでしまったようだ・・・くそっ!
我ながら・・・情けない!
「うく・・・いつ・・・・・・っく!」
ええい!
転んでる場合じゃない!
痛がってる場合じゃないっ!
すりむいた膝と手の平に力を込めて身体を起こし、
顔を上げて、真っ先にアイツの姿を探して――――――
「・・・ハヤテ」
その姿は相変わらず遠くにあったけど、
ハヤテの顔は―――こちらの方を向いていた。
いや・・・はっきりと、私を見ていた。
積み上げた木箱が崩れた音を聞いたか、視界に入ったか・・・
だが今はそんなことはどうでもいい。
大切なのはただ一つ・・・・・・ハヤテが、私に気付いたのだ。
「ハヤテっ! そこを動くな! 今行くからな・・・ハヤテぇえ!」
転んだ痛みも疲れも忘れて、もう一度走り出す。
ハヤテが気付いてくれた・・・ならば、まだ間に合う・・・私の声は・・・・・・まだ届く!
「はぁ、は・・・ぁっ! ハヤテ・・・ハヤテっ!」
少しずつハヤテの姿が大きくなる。
アイツも何か叫んでいるようだけど、声はまだ聞こえない。
聞こえはしないけど・・・よかった・・・ハヤテは逃げないでいてくれる。
だからあとは、声が届くところまで・・・船が出る前に!
走るのは苦しいけど、すりむいた膝も痛いけど・・・
走っていると、こんな時だっていうのに、マラソン大会のことが思い出される。
折角ハヤテがチャンスを作ってくれたにもかかわらずゴール直前で私は逆転されてしまい、
そのせいでハヤテはクビになりかけてしまった。
もしもあの時、あと一歩前に出ていられたら、あんなことにはならなかったのだ・・・
だから・・・今度は必ず・・・絶対に間に合って見せる!
倉庫と倉庫の間の、狭い路地のような通路、
その向こうに見えていたハヤテの姿もだいぶ近付いてきた。
倉庫の壁の切れ目までならあと僅か、そこまで出れば・・・・・・きっと声も届く!
だから、走って、走って――――――
倉庫の間の路地を抜け、一気に視界が開けた・・・そのとき、
ハヤテの声が、届いた。
「危ないお嬢様――――――!」
え・・・?
やっと届いたハヤテの言葉の意味は・・・横から照り付けるヘッドライトが教えてくれた。
路地から飛び出した私は、スピードに乗った巨大なトレーラーの目の前に踊り出て――――――
あ・・・
景色が・・・・・・ゆっくり、進む。
絶望的なスピードで迫り来る真っ白な光に呑み込まれながら、私は――――――
「・・・ハヤテ・・・」
最後にぽつりと呟いて、
衝撃、そして――――――
・・・・・・
・・・