午後5時を回った冬の空は既に真っ暗だけど、  
わざわざ空を見上げなくちゃそんなことにも気付けないくらい、街中はきらびやかな光で満ちている。  
街灯やネオンやイルミネーションや・・・たくさんの灯りに照らされて、街行く人々も皆楽しげで・・・・・・  
そんな中、MTBに跨って必死の形相で爆走する私はかなり目立っているんじゃないかなと思う。  
でも実際、必死なんだからしょうがない。  
 
ヒナさんから電話をもらったのは30分ほど前のこと。  
ついこの前、勇気を振り絞った二度目の告白が玉砕に終わった後、  
そのことをヒナさんにだけは伝えて・・・電話口でわんわん泣いてしまったものだから、  
もしかすると心配して電話をくれたのかな? くらいに思ってたんだけど・・・  
その内容は簡潔で・・・そして、もの凄いショッキングだった。  
・・・・・・失恋のショックでちょっと引き篭もり気味だったハズの私が、こうして街中を走り回るくらい・・・  
 
 
『いきなりでごめん、歩・・・・・・いい? よく聞いて』  
「は、はい? どうしたんです?」  
『今・・・ハヤテ君に会ったの』  
「え・・・・・・そ、そうですか・・・」  
 
 
ハヤテ君の話題は、今はまだちょっと胸に痛かったけど、  
ヒナさんがハヤテ君と会っていた、というのもなんとも言えず悩ましかった。  
なんたって今日はクリスマスイヴ、そしてヒナさんは・・・ハヤテ君のことが、スキなのだ。  
 
知り合って間もない頃、私の恋を応援してくれると言った彼女だけど、  
気が付いたらヒナさんもハヤテ君のことが好きになっちゃったみたいで・・・  
自分にも、私にも、嘘はつけないって・・・謝られたっけ。  
 
ヒナさんはハヤテ君の好みのストライクゾーンど真ん中なヒトだし、  
正直言ってショックは大きかったけど、  
そういうことを包み隠さず言ってくれたヒナさんはやっぱり格好よくて、  
それに・・・私自身、ヒナさんのことを友達として好きになっていたから・・・  
結局、私たちは親友で、そして恋のライバル、みたいな関係になっちゃっていた。  
どういう結果になっても、お互いに恨みっこもナシ、みたいな。  
 
だからヒナさんがクリスマスイヴにハヤテ君と会ったと言われたら、  
やっぱりそっちの方向に想像が進んじゃうのも仕方ないんじゃないかな、って思うんだけど・・・・・・  
お話は、それどころじゃなかった。  
 
『ハヤテ君・・・三千院のお屋敷を追い出されたって・・・』  
「え!? じゃ、じゃあ、三千院ちゃんと離れ・・・るのはいいとして、  
 ハヤテ君、これからどうするのかな?」  
『・・・・・・』  
「ええと・・・ヒナさん?」  
『うん、ゴメン・・・・・・わからないの・・・・・・』  
「へ・・・? それはまだ、決まってないとか・・・?」  
『わからないけど・・・ただ・・・・・・もう、私たちとは・・・・・・二度と会えない・・・・・・って・・・』  
 
 
ちょっと突拍子も無いお話だったけど、  
電話の向こうのヒナさんの声が今まで聞いたことも無いような涙声だったことに気が付いて、  
そのお話が真実なんだって、わかってしまった。  
そして思い出すのは・・・・・・一年前のこと。  
ある日突然、何も言わずに私の前から姿を消してしまったハヤテ君・・・残された私・・・・・・  
そんなことが頭の片隅をふっとよぎって―――  
 
 
「ひ、ヒナさんっ! どこで! どこでハヤテ君と会ったんですか!?」  
『え、あ・・・その、ウチの近所の・・・それで、駅の方に歩いていって・・・』  
「わかりましたっ!」  
 
もう、じっとしてはいられなかった。  
二度も振られて流石にちょっと悩んでたハズだったんだけど、  
やっぱり私は・・・どうしようもなくハヤテ君のことがスキみたいで・・・・・・  
 
『あ、ねぇ、歩!』  
「は、はい?」  
 
速攻で携帯を切って外に出ようとした私の気配を察知したのか、  
ヒナさんが慌てて声をかけてくる。  
 
『あの・・・この前あんなことがあったばかりで、こんなこと頼むのは酷だってわかってる、けど・・・・・・  
 ごめん、歩・・・ハヤテ君をお願い・・・・・・私じゃ、止められなかった・・・  
 けど、あなたなら・・・・・・』  
 
それについては、どうだろうって思う。  
何せ私は振られたばかりで、私なんかが例えハヤテ君を見つけられて、引き止めたとしても、  
無駄なんじゃないかな、とも思うんだけど・・・・・・でも!  
 
「わかりました・・・任せてください!」  
 
それで諦めちゃうくらいなら、多分二度も告白なんかしないんじゃないかな・・・って。  
だから私は、ただハヤテ君に会いたい一心で家を飛び出して、MTBで駆け巡っている訳なのだ。  
とは言え・・・こんな都会のど真ん中で一人の男の子を探し当てるのはやっぱり至難の業で、  
一時間も漕ぎ続けて、流石にへばってきた・・・丁度そんな時だった。  
綺麗な金色の髪を二つに結んだ、もう一人のライバルと出会ったのは――――――  
 
 
「三千院ちゃん! 三千院ちゃんじゃないかな!?」  
 
後ろから大声で声をかけてみても、無視しているのか聞こえてないのか・・・彼女は振り向いてくれない。  
だけど甲高いブレーキの音を響かせながら彼女を追い越しざまに急停止すると、  
流石に何事かと思ったのか、顔を上げてくれた。  
 
「・・・なんだ、ハムスターか」  
 
上げてはくれたけど・・・私の顔をみた三千院ちゃんはそれだけぼそ、と呟くと、  
すぐにまたうつむいて歩き出そうとする。  
 
「ちょ、ちょっと待ってよ! そのスルーっぷりはないんじゃないかな!?」  
 
慌てて彼女の肩を捕まえると、  
三千院ちゃんはさも鬱陶しそうに振り返り、  
 
「私は今、忙しいのだ・・・ハムスターなんかに構っているヒマはない」  
 
そういうもの言いは相変わらずだけど、  
普段この子に備わっていた傲慢さとか絶対の自信みたいなものが、今日の彼女には全くなくて・・・  
 
「・・・全然そうは見えないかな」  
「う、うるさい! とにかく今は誰とも話したくはないのだ!」  
 
少しも気圧されることなく、彼女と向き合うことが出来た。  
三千院ちゃんが自信無さ気なのもいつもと違うけど、  
私も私でこうやって普段の様な虚勢―――って認めちゃうのもどうかと思うけど―――とは違う、  
堂々とした態度でこの子と向き合うこと自体、なかなかありえないことだったから、  
そこに違和感と・・・そして、その理由にもすぐに思い当たったみたいだった。  
 
「ええい、離せ! 私はお前に用など無いのだ!」  
 
それこそいつもの私みたいに、落ち着きなく声を上げてじたばたするのは・・・  
私が何の話をするつもりなのかわかっていて、  
その話をしたくない、という意思表示なんじゃないかなと思う。  
でも、それで遠慮なんかしてられない。  
今日の私は堂々としてるんじゃなく・・・必死なのだ。  
 
「ゴメンね、でもどうしても聞かなきゃならない・・・聞くまでは放さないよ」  
「・・・・・・っ」  
 
そんな必死さが伝わったのか、三千院ちゃんは悔しそうに私を見て、  
もがくのをやめると・・・諦めたように顔を伏せてしまう。  
それで私は少しだけ間を取って、焦る心を落ち着かせて・・・・・・  
 
「ハヤテ君のこと、追い出したって・・・本当、なのかな?」  
 
最初から核心に入る。  
・・・うん、やっぱり全然落ち着いてないかな、私。  
でも、仕方ないんじゃないかな・・・うん。  
三千院ちゃんはうつむいたまましばらく黙っていたけど、  
だんだんその肩が震えだして・・・  
 
「おまえの知ったことじゃないだろっ!」  
「なくないよ!」  
 
キッ、と私を見上げて声を荒げる三千院ちゃんに、  
間髪入れず同じ調子で言い返す。  
 
その勢いに驚いたのか、三千院ちゃんはちょっとだけ引いて・・・  
 
「だいたい・・・なんでおまえがそんなこと・・・知ってるんだよ」  
「うん、ヒナさんに聞いたの。  
 偶然ハヤテ君と会って、それで・・・・・・お別れを言われたって・・・・・・  
 ・・・本当、なのかな?」  
 
三千院ちゃんは何も言わないけど、その沈黙が・・・そのまま答えになっていた。  
 
「どうして・・・なんでそんなことになっちゃったのかな・・・  
 三千院ちゃん、ハヤテ君のこと、スキだったんでしょ?」  
「う、うるさいっ! あんなヤツ・・・あんな裏切り者なんて知らないっ!」  
「裏切り・・・?」  
 
口を滑らせたってことなのかな、三千院ちゃんはハッとしたような顔をして、  
また顔を伏せてしまうけど・・・  
 
「ねぇ、三千院ちゃん・・・一体、なにがあったの・・・?」  
「・・・・・・」  
「裏切りって・・・・・・ハヤテ君がそんなこと、するワケ―――」  
「だって裏切られたんだ!」  
 
下を向いたまま吐き出された彼女の叫びは・・・涙声になっていた。  
 
「ハヤテは・・・ハヤテは初めて会った時に私に告白してくれたんだ!  
 ハヤテは私のことがスキで! 私もハヤテのことがスキで!  
 私たちは恋人同士で・・・そのハズだったんだ!」  
 
話がよく見えないけど・・・なんとなく、わかることはわかる。  
それは、つまり・・・・・・  
 
「私は・・・ずっとスキだったのに!  
 ハヤテのこと・・・出会ってからずっと、毎日、いつだってスキだったのに!  
 なのに・・・なのに・・・・・・アイツは・・・・・・  
 なんで・・・どうして私じゃないんだ・・・・・・  
 どうして・・・・・・どうしてマリアなんだっ!」  
 
そういうことなんだ・・・  
うん・・・確かにあのヒトはハヤテ君の好みにピッタリだ。  
 
「そっか・・・ハヤテ君・・・マリアさんのことが・・・スキ、だったんだ・・・」  
 
ぼそり、と独り言のように呟いた私に、三千院ちゃんはいきなり睨みつけるような目を向けてきて、  
 
「そうだよ! ハヤテは・・・私より・・・マリアを選んだんだよ!  
 だからおまえだって!  
 アイツの・・・・・・ハヤテの心の一番奥に・・・居場所はないんだ・・・  
 ふんっ! ざまあみろだ・・・・・・」  
 
それは私に対する憎まれ口だったけど、  
でも・・・多分私が憎たらしいんじゃなくて・・・・・・  
誰かに当たらないと辛いから・・・胸が張り裂けちゃいそうだから、なんじゃないかなって・・・思う。  
だって、口でいくら酷いことを言ってても・・・  
泣き腫らして真っ赤になった目は、いままで見たどんな三千院ちゃんよりも・・・辛そうで、苦しそうだったから。  
 
・・・でも。  
同情なんて、しない。  
気持ちはわかるけど・・・それに私だって、同情して欲しいくらいだけど・・・・・・しない。 いらない。  
今はそんなこと、したりされたりしてる場合じゃない。  
私と、ヒナさんと・・・・・・この子の為にも――――――  
 
「だから・・・・・・追い出したの?」  
 
憎まれ口に全く動じない―――どころか、多分ちょっと・・・私にしては怖い顔をしてると思う―――私に、  
三千院ちゃんはちょっと驚いた顔をして、  
ぷい、と顔を背けてしまう。  
 
「そっか・・・」  
「そうだよ・・・あんなヤツ、もう知るもんか!  
 どこへでも行っちゃえばいいん―――」  
 
乱暴だとは、思う。  
思いながらも、捕まえていた三千院ちゃんの両肩を思い切り揺すっていた。  
 
「本当に・・・そう思ってるのかな・・・?」  
「う・・・・・・う、うるさいっ! だって・・・だってハヤテは・・・!  
 だいたいなんだよ、偉そうに!  
 おまえだって・・・ハヤテには選ばれなかったんだぞ!?  
 それなのに・・・・・・」  
 
体裁も何もなく、今にも泣き出してしまいそうな顔で喚き散らす三千院ちゃんの姿は、本当に・・・  
 
「ハヤテ君のこと・・・スキだったんだね」  
「あ・・・・・・」  
 
瞬間、彼女は硬直して――――――ちょっとだけ赤くなって、  
 
「う・・・うるさいっ!  
 あんな・・・あんなヤツ・・・!」  
 
そこで言葉を区切ったまま、口を開いたまま・・・三千院ちゃんは黙ってしまう。  
感情が昂ぶりすぎて、言葉に変換できない・・・って、そんな感じ・・・かな・・・?  
だけどそれもだんだん落ち着いてきて・・・  
 
「・・・スキだったよ・・・  
 マリアよりも、おまえなんかよりも・・・ハヤテのことを一番スキだったのは私なんだ!」  
「でも・・・今はもう、キライなの?」  
 
ハッと三千院ちゃんは泣き腫らした目を見開いて私を見て、  
すぐに視線をそらして・・・  
 
「だって・・・ハヤテは・・・」  
「ハヤテ君がマリアさんのことをスキだってわかったから?」  
「・・・・・・」  
 
多分、そんなこと考えてもいなかったんじゃないかな。  
真っ先に“ハヤテ君に裏切られた”って言ってたし・・・  
きっとそれだけで頭が一杯で、何も考えられなかったんじゃないかな。  
 
「ねぇ、三千院ちゃん」  
 
その気持ちは、わからないこともないんだ・・・  
この前・・・ハヤテ君に二度目の告白をして、振られたとき・・・  
抱いた感情の種類は全然違ったけど―――  
 
「もしかしたら聞いてるかもしれないけど・・・  
 私ね・・・ハヤテ君に告白して、フラれたんだ」  
 
あはは、なんて情けない笑いがつい出てしまう。  
っていうか、笑い話にでもしないと、やっぱり重いんだよね・・・  
 
「それも二回も」  
 
唐突に始まった私の告白に三千院ちゃんは、ちょっとは驚きつつ・・・  
でも半分くらいは呆れつつって感じで、  
 
「だから何だよ・・・なんの自慢にもならないぞ、そんなもの」  
「はは・・・うん、そうだね」  
 
雑な口調で突っ込みを入れられたけど、  
それ以上はなにも言わない。  
続きがあるってわかってて・・・聞いてくれるってことなのかな。  
 
「一度目はね、三千院ちゃんと会う前のこと・・・突然いなくなったハヤテ君が学校に来たときに、  
 もう会えない、みたいに言われて・・・思わず、だったんだ・・・フラれたけどね」  
「・・・ふん」  
「それでね、二度目はついこの前。  
 ほら、クリスマスってやっぱり・・・スキなヒトと過ごしたいなーって思ってさ、  
 でも多分普通に誘っても断られるだろうなって・・・だからね、勇気を出して二回目の告白をしたんだ・・・」  
 
結果はまぁ・・・前述のとおり、かな。  
別に勝機があったから告白したワケじゃなかったし、こうなることは覚悟してはいたけどね・・・  
やっぱり、本当にショックで・・・  
 
「ダメ、だったんだろ?」  
「うん・・・・・・流石に、ちょっと辛くてね・・・試験休みの間、ずっと引き篭もってたんだ・・・」  
 
こんな辛い思いは沢山だと思ったよ。  
だからもう、ハヤテ君のことは諦めようかって・・・本気で考えたりもした。  
 
「でもね・・・  
 ヒナさんからハヤテ君がいなくなっちゃうって聞いて・・・気が付いたら家を飛び出してたんだ・・・  
 やっぱりまだ私・・・ハヤテ君のことが・・・・・・スキ、みたい・・・」  
 
三千院ちゃんは、何も言わない。  
呆れてるのかもしれないけど・・・  
 
「さっき、実感しちゃったんだ。  
 フラれたばかりでも、振り向いてもらえなくても・・・  
 やっぱり・・・私、ハヤテ君のこと・・・スキなんだって・・・  
 だって、ずっと・・・三千院ちゃんよりずっと前からスキだったんだから!」  
 
なんでこんな話、してるのかな・・・ハヤテ君を探さなきゃならないのに・・・  
 
「三千院ちゃんは・・・ハヤテ君が自分のことをスキだったから、スキだと思ってたから、  
 ハヤテ君を好きになったのかな?」  
 
でも・・・うん、三千院ちゃんには、気付いてもらわなくちゃいけない。  
 
「ハヤテ君が他の誰かを・・・マリアさんのことをスキだってわかったら、もう嫌い・・・なのかな?」  
 
この子が許してくれないとハヤテ君には帰る家もない、っていうのもあるけど・・・  
それより・・・同じヒトをスキになった者同士だから、かな・・・放っておけないや・・・  
 
「・・・私は、スキだよ。  
 ハヤテ君のこと・・・大スキだよ・・・  
 フラれても・・・・・・ハヤテ君が他のヒトのことをスキだってわかっても! それでも大スキだよっ!」  
 
いけない・・・涙、出てきそう・・・  
でも・・・うん、まだ我慢しなきゃ。  
 
「だから・・・ハヤテ君に会えなくなるのは・・・寂しいよ・・・  
 二度と会えないなんて・・・そんなの・・・イヤだよ・・・」  
 
考えるだけで泣きそうだよ・・・  
だけど、あと一言・・・・・・  
 
「三千院ちゃんは・・・いいのかな・・・  
 ハヤテ君と、もう二度と会えなくなっても・・・顔を見ることも、お話することも・・・出来なくなっても・・・」  
 
うぁ・・・ダメだ・・・涙、出てきちゃった・・・うう・・・年下の子の前で泣きたくなかったのになぁ・・・  
でも・・・きっと伝わったと思う。  
だって私達は―――  
 
「・・・・・・会いたい」  
 
―――うん。  
当たり前だよね。  
 
「会いたいよ・・・会いたいに決まってるだろ!」  
 
私達は、同じヒトを好きになった者同士・・・  
思うことは・・・・・・一緒だよね。  
彼女の答えを聞いて、私は涙を流しながら、それでも思わず微笑んでしまう。  
けど三千院ちゃんは・・・  
 
「だが・・・私は・・・ハヤテに出ていけって・・・  
 二度と顔を見せるなって・・・だからもう、ハヤテはきっと、私のことなんて―――」  
 
その台詞を最後まで言い終える前に、  
三千院ちゃんの肩に置いた手に、ぎゅっと力を込める。  
驚かせる為じゃなく、私の思いが・・・伝わるように、って。  
 
「本当に、そう思う?」  
 
ハヤテ君のこと、スキだったんでしょ?  
今でも・・・スキなんでしょ?  
だったらハヤテ君のこと・・・よーく知ってるハズなんじゃないかな?  
 
「私のスキなハヤテ君はね・・・すっごく優しくて、包容力のあるヒトで・・・  
 だからさ、きっと・・・許してくれるんじゃないかな?」  
 
・・・そう言った次の拍子だった。  
それまでの不安げだった三千院ちゃんの泣きそうな顔が、途端にぴくっと引きつって・・・  
 
「わ、私のスキなハヤテだってそうだ!  
 オマエが知ってるよりずっと優しくて、親切で、度を越してお人よしで・・・!」  
 
うん・・・なんだか・・・やっといつもの三千院ちゃんに戻ってきたかな。  
 
「だったら・・・」  
「む?」  
「三千院ちゃんも・・・ハヤテ君のこと、許してあげなきゃね・・・」  
 
いったい“何”を許すのか、“どこまで”許すのか・・・  
それはもう私がどうこう言うことじゃない。  
後は彼女次第だから、その顔をじっと見ながら答えを待つだけ。  
三千院ちゃんは考え込むように目を伏せるけど・・・もう、その顔はさっきまでの泣き顔じゃない。  
その目はどこか一点を睨むような強い光を帯びて、  
かと思えば辛そうに眉をひそめ、目を細め、  
やがてぎゅっと目を瞑り―――  
最後に、ぽろり・・・と涙を一粒だけ落として・・・  
 
そして見開かれた瞳には、もう迷いの色は見当たらなかった。  
私の知ってる―――いつもの三千院ちゃんだった。  
 
だから今更、彼女の決心を聞くまでもなかったし、  
そうなると今一番大事なのは・・・  
 
「じゃあ三千院ちゃん、二人でハヤテ君を探そう!  
 きっと、ううん、必ず見つかるから!」  
「いや、それは無駄だろ」  
「・・・・・・へ」  
 
あれ?  
ええと・・・私・・・もうちょっとこの子の心に響くようなコト、言ったつもりだったんだけど・・・・・・  
 
「・・・な、なんて言ったかな、三千院ちゃん?」  
「だから私とオマエでハヤテを探すなんて、今更無駄だと言った」  
 
・・・がーん。  
そ・・・そ、そ・・・  
 
「それはないんじゃないかな三千院ちゃん!?  
 ヒトが折角、ちょっといい感じに喋ってみたっていうのに、もーちょっとなんとか―――」  
「ええい五月蝿い黙っていろ!」  
 
・・・・・・  
なんだかがくっと膝を落としそうになった私なんかに興味ないとばかりに、  
三千院ちゃんは携帯を取り出して・・・  
 
「・・・私だ、クラウス、まだ外出中か?  
 うむ・・・そんなのは放っておけ! いいか、ハヤテを探せ! 今すぐにだ!」  
 
あ・・・・・・  
 
「これは最優先事項だ! 他の仕事も付き合いも後回しで構わん! 手段を選ぶ必要も無い!  
 とにかくあらゆる手を使って、何が何でも! 一秒でも早く!  
 絶対に探し出せ!  
 発見次第私もそこに向かう! いいなっ!?」  
 
多分相手のヒトはほとんど何も言えなかったんじゃないかなって思うくらい、  
三千院ちゃんはもの凄い剣幕でまくしたてて、  
ぴ、と通話を終える。  
そして顔を上げた彼女はなんとなく恥ずかしそうな顔つきをしていて、  
 
「・・・まぁ、そういうワケだ。  
 オマエなんかが一晩その自転車で走り回るより、よっぽど確実だろう」  
「ん・・・そうだね」  
 
本音を言えば、自力でハヤテ君を見つけたかったかな、とも思ってる。  
でも・・・うん、そうだよね。  
ヒナさんにああ頼まれはしたけど・・・今のハヤテ君を止めることが出来るのは、  
やっぱり三千院ちゃんしかいないからね。  
だからちょっと悔しいけど―――  
 
「いいか? ハヤテは三千院の名にかけて、私が必ず連れ戻す!  
 ・・・・・・だから、まぁ・・・・・・安心しろ」  
「・・・うん?」  
 
あれ・・・ちょっと三千院ちゃんにしては・・・なんと言うか・・・安心しろって・・・・・・私に?  
 
「だがな!」  
「は、はい!?」  
「いいか・・・連れ戻すのは私の為だからな!  
 マリアにも、そしてもちろんお前にも・・・・・・ハヤテを渡すつもりはない! わかったな!」  
 
びしっ! と私に指を突きつけて言い放つ彼女の姿は、  
ちょっと無理しているのかもしれないけど、それでもやっぱり・・・三千院ちゃんらしくて・・・  
 
「わ、私だって! まだまだこれからなんだからね! 勝負だよ三千院ちゃんっ!」  
 
私も私で、踏ん反り返って突きつけられた指と彼女の視線を受け止めてみる。  
お互いに目は泣き腫らして真っ赤だし、ほっぺたには涙の跡がついてるしで、  
そのくせこんな空威張り合戦みたいな感じになっちゃって、  
端から見たらさぞかしおかしいんじゃないかな、とも思うけど・・・  
でも、なんだろう・・・今まででいちばん、三千院ちゃんと分かり合えたような気がする・・・かな。  
 
・・・と、そんなことをふっと考えたとき。  
 
キキ―――――――――ッ!  
 
「うわ!?」  
 
唐突に、もの凄いスピードで黒塗りの車が数台、私達目がけて走ってきて、  
ブレーキ音を響かせて停まったかと思いきや、今度はやたらいかつい黒服の男性達がワラワラと降りて来て・・・  
 
「お嬢様、お迎えに上がりました!」  
「ん、ご苦労。 ハヤテの居場所は見つかったのか?」  
「既にある程度は絞り込めています。  
 正確な場所はまだですが、時間の問題と思われますので・・・」  
 
あぁ、三千院ちゃんのところの人達か・・・どおりで見覚えがあるわけだよ。  
・・・なんだか捕まえられたり追いかけられたり、イヤなイメージしかないんだけどね・・・  
でもとりあえず・・・どうやら安心して良さそうな雰囲気かな。  
あとは・・・ちょっと悔しいけど、三千院ちゃんに任せるしか・・・  
 
「わかった、では早速その近辺に向かうぞ」  
「はっ!」  
「あ―――あと、その前に」  
「は、なんでしょう?」  
「いや、オマエじゃなく・・・・・・」  
 
と、それまでテキパキとコワモテの大男達に指示を出していた三千院ちゃんの声が止んで・・・  
 
「おい」  
「・・・・・・わたし?」  
 
不意にまた私に声がかけられた。  
不意に、というのは・・・まぁ、私があのSPさん達が怖くてそっちを見ていなかったから、なのだけど。  
 
「さっきからオマエ、さっきから私のことをイチイチ三千院、三千院って、  
 長ったらしくて聞いててイライラしてくるのだ!」  
 
いや、そ、それは・・・あなたの苗字だし・・・  
 
「私にはちゃんとナギという名前がある! わかったな、歩!」  
 
あ・・・・・・  
 
「よし、では行くぞ!」  
「はっ!」  
 
私が彼女の言葉に込められた意味にちょっと遅れて気付いたときには、  
彼女は黒塗りの車のドアを今にも閉めようとしていたけど・・・・・・  
 
「さんぜ・・・・・・ナギちゃん!」  
 
慌てて、そして精一杯の思いを込めて・・・・・・  
 
「ハヤテ君のこと・・・お願い!」  
 
ナギちゃんは、ちら、と私の顔をみてからそっぽを向いて、  
ふん、と鼻をならして・・・・・・  
 
「任せておけ、歩」  
 
やっぱりちょっと恥ずかしそうに言って、  
そしてすぐにドアを閉めた。  
彼女を乗せた車はもの凄いスピードで走り出し、  
テールライトはすぐに他の車に紛れてわからなくなってしまう。  
後には夜空を背景にやたら明るい街並みがあるばっかりだったけど、  
ナギちゃんを乗せた車が走り去った、そっちの方向にハヤテ君がいるのかなって思うと・・・  
 
「お願いだよ・・・・・・ナギちゃん・・・・・・」  
 
いつまでも・・・その景色から目を離すことは、できなかった。  
 
 
 
 
 

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