クリスマスイヴだからといって特に予定のない私は、  
普段より少し豪華になる予定の夕食を準備する為、買いものに出かけていて、今はその帰り道だった。  
美希達からクリスマスパーティーの誘いも受けてはいたんだけど、  
賑やか過ぎるのは苦手だし、家族とゆっくり過ごしたいからと断っていた。  
それは嘘じゃないんだけど・・・でも、少しだけ期待していたのも、否定はできない。  
 
―――もしかすると、あのヒトが誘ってくれるかもしれない・・・・・・って。  
 
だから、その帰り道で彼と出会ったとき・・・  
この巡り会いにちょっとした運命じみた幸運を感じてしまったのも、仕方ないことだったと思う。  
 
「あ、あら、ハヤテ君」  
「あ・・・・・・ヒナギクさん」  
 
期待を抱きつつも、あからさまにそれを顔に出すような無様なマネなんて出来ないし、  
さも・・・本当に何でもなさそうな感じを装って、彼に声をかけた。  
・・・彼の反応もまた、そっけないというか、上の空っぽかったのが気に入らなかったけど、どうしてハヤテ君がそんなだったのか・・・  
明らかに様子がおかしいことにすぐに気付けなかったのは、やはり私が幸運に浮かれていたから、なんだと思う。  
 
「珍しいじゃない私服だなんて。 どうしたの?」  
「いやぁ・・・はは・・・・・・実は、お屋敷を追い出されてしまいまして・・・」  
 
聞いた瞬間、“びびっ”と私の中に電気が走った。  
それはつまり、きっといつかみたいに2、3日ばかりお屋敷に帰れなくなったというコトで・・・  
その通りならそれは私にとって・・・とてもチャンスなコトなのだ。  
 
「そ、そうなの? 大変ねぇ。 じゃあ・・・また、ウチくる?  
 ちょうど家族でささやかなパーティーでもしようかってところなんだけど、  
 ハヤテ君ならお義母さんも大歓迎だろうし、またこの前みたいに泊めてあげられると思うけど・・・」  
 
前にもあったことだから、別に深い意味はないのよ?  
―――等と念を押しながら、私は勝手に想像した展開にすっかり酔っていて・・・  
 
「ありがとうございます、でも・・・今回は甘える訳には参りません、すみません」  
 
なんて返事が返ってくるなんて、全然考えてはいなかった。  
だから、きっと露骨に残念そうな顔をしてしまったと思うんだけど・・・  
ハヤテ君は、それで特別な反応をしたりもしなかった。  
私はまず、自分が浮かべたであろう表情にハッとして慌てて取り繕って、それからやっと・・・  
 
「ねぇ、ハヤテ君・・・あなた、どうかしたの?」  
 
彼の様子が明らかにおかしいコトに今更ながら気付いた。  
いつものように優しげな笑みを浮かべてはいたけど・・・それは、その・・・私のスキな彼の笑顔とは、なんだか違う。  
なんて言うか・・・そう、虚ろだった。  
 
「いえ、別に・・・」  
 
そう、何でもなさそうに・・・はとても見えない様子で答えようとしてから、  
不意に、なんだろう、なんだか思い詰めた様な、凄く感情のこもった目で見つめられて・・・  
 
「いえ・・・なんでもなく、ないですね。 ヒナギクさん・・・」  
「え、な、ナニ!? どうしたの!?」  
 
思わず勘違いの期待に胸をバクバクと高鳴らせてしまった私にかけられたのは―――  
 
「お別れを言わないといけません・・・今まで、お世話になりました」  
 
そんな、余りにも突然過ぎる・・・別れの言葉だった。  
 
「え・・・? ちょっ・・・ど、どういう、コト?」  
 
自分で聞き返しておいて、浮かれた気分を一掃して改めてさっきまでのやり取りを振り返り・・・  
ハッとする。  
 
「ねぇ、もしかして・・・その、追い出されたって・・・本当に?」  
「はい。 もう・・・戻ることは、出来ません・・・ですので・・・」  
「じゃ、じゃあ学校は!?」  
 
ハヤテ君は何も言わず、ただ首を横に振る。  
自分から聞いておいて何だけど、それはそうだろう。  
借金を抱える身で、そのうえ特待生でもない彼に白皇の学費を払えるハズがなく、  
故に当然、学費は三千院家が・・・ナギが賄っていたことになる。  
 
―――そう、ナギ。  
いつか、教会の地下のダンジョンなんてとんでもないところに行った時のことを思い出す。  
あのひねくれ者が、あんなにもハヤテ君を気遣っていた。  
あの子にとって、ハヤテ君はそれだけ大切なヒトだったハズだ。  
そう、今更ながらだけど・・・もしかすると私みたいに・・・彼に特別な感情を抱いていたのかもしれない。  
なのに、どうして・・・・・・  
 
「ナギと・・・何かあったの?」  
 
ハヤテ君の浮かべる虚ろな笑みに辛そうな陰が差して、  
言葉はなくとも“そう”なのだと、わかる。  
 
「お嬢様を傷つけてしまいました・・・酷く」  
「そう・・・・・・」  
 
一体どんなことをしたのか、私には想像もつかない。  
ナギとハヤテ君は端から見ていても強い絆で結ばれているのが良くわかった。  
特にナギがハヤテ君に寄せる信頼は一方ならぬ・・・とても深いものだと思っていた。  
だからこそ・・・そんな絆を覆してしまうようなことだ。  
きっと込み入ったことで、ハヤテ君はそれについて答えてはくれないだろう。  
だが、今はそんなことは重要ではない。  
私にとって切実な問題は、ただ一つ。  
 
「これから・・・どうするの?」  
 
ハヤテ君が別れの言葉を口にした時から、  
背筋に冷たい何かが伝い落ちるような・・・・・・気持ちの悪い寒気がしてやまない。  
思い出したくも無い、あの記憶・・・・・・  
 
「ねぇ、もし行くところが無いのなら、やっぱりウチにこない!?  
 ほら、前にも言ったけど、お義母さんとお義父さんは両親に捨てられた私たちを引き取ってくれたヒトだし!  
 だから、ハヤテ君だって事情を話せば、学校に通うのは無理かもしれないけど、それでも―――」  
「すみません」  
 
自分でもわかるくらいに必死になりかけていた私の言葉を、ハヤテ君の静かな、だけど・・・  
覆せない重みを帯びた声が、遮る。  
 
「ヒナギクさんの気持ち、本当に嬉しいです・・・でも、折角の申し出なんですが・・・受けられません。  
 お嬢様がなんと言おうが借金は返さなくてはなりませんから、  
 どこかで仕事を探さねばなりません」  
「それでも、仕事をするにしたって家は必要でしょう!?  
 ウチから通えばいいし、それなら食費や家賃だって・・・」  
 
本当に、必死だと思う。  
でも、必死にだってなる。  
だって・・・もし、ここで彼を引き止められなかったら・・・また・・・私は・・・・・・  
 
「すみません・・・・・・でも、やっぱりダメなんです。  
 ここにいては、お嬢様と何の拍子に出会ってしまうかもわかりません。  
 お嬢様は僕の顔なんて二度と見たくないと思いますし、  
 それに・・・・・・僕にはもう・・・お嬢様と合わせる顔がありません・・・・・・」  
 
あくまで悲しげな微笑を浮かべたまま話すハヤテ君の声は、  
その表情と一緒で、大切なものが欠落してしまったような・・・虚ろな響きだった。  
 
「それでは・・・・・・」  
「待って!」  
 
ここで話を終わりにしてしまう訳には行かない。  
終わりにしてしまったら、きっと・・・それが私とハヤテ君の、絆の終わり。  
多分もう・・・二度と会えない。  
また私の前から・・・スキなヒトが去っていってしまう・・・・・・そんなのはイヤ・・・・・・絶対にイヤ!  
 
「ハヤテ君、覚えてる?  
 私の誕生日に・・・見せてくれた、夜景のこと・・・」  
 
私ははっきりと覚えてる。  
あの夜景も、握っていてくれた手の温かさも・・・  
 
「過去に囚われていた私に・・・目の前の景色に目を向けることを・・・  
 すぐ傍にある素晴らしいもの、大切なものに気付かせてくれた・・・」  
 
無意識に閉じ込めていた、あなたへの想いも・・・  
 
「ナギとの間に何があったかは、私にはわからない。  
 借金だって大変だとは思う・・・でも!」  
 
ハヤテ君の表情は変わらない。  
でも、私だって諦めない。  
 
「ハヤテ君が言ってくれたことよ? 今の景色は・・・そんなに悪くないって!  
 そう思うなら、あの言葉がただの方便じゃないのなら!  
 また・・・戻ってこれないの? 何年もかかるかもしれないけど、それでも・・・  
 借金を返して、ナギとだってきっかけがあればまた・・・!」  
 
私の言葉にハヤテ君は微かだけど、嬉しそうに表情を崩してくれた。  
 
「ありがとうございます・・・  
 あの時言ったことに、嘘はありませんよ。  
 あれは僕の本心で・・・今だってその思いは変わりません。  
 ヒトに言ったら引かれるくらいの酷い経緯はありましたけど、そんなこと気にならないくらい・・・  
 お嬢様との、お屋敷や学校での生活は楽しくて・・・かけがえのないものでした」  
 
相変わらず虚ろな笑みを浮かべたままのハヤテ君の表情は、それでも少しだけ、楽しそうで・・・  
その言葉が本心からのものだって、よくわかった。  
その、楽しかった頃を振り返っているのか・・・ハヤテ君は遠くを見るような目をしていた。  
 
「あの生活はお嬢様が僕にくれたものでした。  
 だから僕は執事として精一杯お仕えしようとしました。  
 そして・・・出来るだけ、前向きでいようと思っていたんです。  
 僕が今いるここは、本当に素晴らしいところで、  
 僕はこうしていられることに感謝しています、満足していますって・・・お嬢様に伝わるようにって」  
 
なんとなく、わかった。  
あの時、ハヤテ君が私に言ってくれたことは、そのまま・・・ハヤテ君が感じていたことなんだ。  
だからあんなに胸に響いたんだって。  
 
「ですが」  
 
綻んでいたハヤテ君の表情は、いつのまにか悲しげな微笑みで覆われてしまっていた。  
 
「お嬢様が僕に求めていたものと、僕がお嬢様に応えようとしていたものは・・・・・・違っていたんです。  
 一年間も一緒にいながら・・・僕はそのことに気付けずに・・・・・・  
 お嬢様と、そしてもう一人・・・・・・本当に大切なヒトを・・・傷つけてしまいました」  
 
ハヤテ君の顔を覆っていた悲しげな微笑みもまた、新たな表情によって隠れ、見えなくなってしまう。  
自責の念―――だと思う―――で歪んだ、辛そうな表情で。  
 
「三千院の・・・お嬢様の執事として眺める世界は、輝いていました・・・とても、素敵でした。  
 でも、僕には・・・・・・その景色を眺める資格は・・・無かったんです」  
 
血を吐くように・・・ハヤテ君はその言葉を口にする。  
 
「お嬢様が僕に抱いてくれていた想いに・・・僕は応えるどころか、気付くことすらできませんでした。  
 一年もの間・・・僕はお嬢様の気持ちを・・・・・・踏み躙り続けていたんです・・・・・・!」  
 
自責というより、もっと激しい・・・ハヤテ君が滅多に見せることのない、怒りという感情。  
それが今、彼自信に向けて抑え難いほどに湧き上がっているのが、伝わってくる。  
 
「そして僕は・・・・・・お嬢様の気持ちを知っても、その気持ちに・・・応えることは、出来ないんです」  
 
ナギがハヤテ君に抱いていた気持ち。  
それがなんなのか、敢えて言葉にされなくても、私にはわかる。  
私がハヤテ君に抱いているものと、同じモノだと・・・直感できる。  
そして・・・・・・ハヤテ君がそれに応えることができない、ということは・・・・・・  
 
「・・・だからもう、お嬢様と顔を合わせることは出来ません・・・」  
 
それで言うべきことは全て言った、ということなのか、  
ハヤテ君は“ふっ”と小さく息をついて、  
 
「ではヒナギクさん・・・これで、さよならです」  
 
これまでに比べたら、随分いつもの彼らしさを取り戻したように見える笑顔を見せて、  
ハヤテ君はそう言った。  
まるで、せめて最後くらい、笑顔で別れましょう・・・とでも、言いたげに・・・・・・  
 
「ダメよ・・・」  
 
そんなハヤテ君と向かい合った私には、悪いけど・・・笑顔なんて浮かべられない・・・  
浮かべられるワケが・・・ない・・・  
けど・・・それでも・・・!  
 
「ダメよハヤテ君! だってあなた・・・」  
 
いっそのこと・・・最後になるのかも知れないなら、この想いを伝えてしまいたい・・・  
でも・・・彼には・・・きっと・・・  
 
「ナギの気持ちに応えられないくらい・・・  
 スキなヒトがいるんでしょう!?」  
 
それが誰なのかは私にはわからないし・・・少なくとも・・・私じゃない。  
でも、今はいい。  
誰でもいい・・・ハヤテ君を繋ぎとめてくれるなら、それだけでいい・・・だから!  
 
「そのヒトのことはいいの!?  
 あなたの気持ち、知ってるの!?」  
 
必死で叫んだ私の声にハヤテ君の笑顔は凍りついたように固まって・・・  
 
「・・・どうにもならないんです」  
 
それから、ぼそりと・・・それだけ言った。  
理屈も何も無い、本当に投げやりなその一言に、私は・・・それ以上何も言えなかった。  
 
「すみません、本当に・・・最後まで気を使わせてしまって」  
 
私はきっと、酷い顔をしていたんだろう。  
今いちばん辛いはずのこのヒトから、気遣うような顔をされてしまったのだから。  
 
「でも、ありがとうございます・・・誰にも会わずに行くつもりだったんですが、  
 ヒナギクさんと偶然にでもこうしてお話ができて・・・よかったです」  
 
そう言って、ハヤテ君は手を差し出してきた。  
私は同じように手を出そうとして、一瞬、腕が止まる。  
この手を握り返してしまったら・・・それはさよならのしるし・・・別れの、握手。  
でも・・・・・・もう私には言うべきことは何も残されていない。  
結局、私は右手を差し出して、差し出された手を握った。  
あの時と同じ・・・・・・愛しいヒトの、温かい手。  
 
涙が、こぼれそうだった。  
子供のように泣き出してしまいたかった。  
 
「ではヒナギクさん、どうかお嬢様のこと・・・これからも宜しくお願いします。  
 学校の皆さんにも・・・・・・あと、そう・・・西沢さんにも」  
 
その時・・・何かが私の心をよぎった。  
 
あの子なら、きっと・・・諦めない。  
それで、泣き出してしまいそうだった私は少しだけ踏みとどまって・・・  
 
「・・・・・・わかったわ・・・任せておいて・・・でもね!  
 必ず・・・いいわね!? 必ず帰ってきなさい! 必ずよ!  
 その時は・・・私もあなたに言いたい事があるんだから! だから必ずよ!」  
 
こぼれそうな涙を必死に堪えて・・・しっかりと、言い切った。  
そして少し驚いた顔をしたハヤテ君の返事を促すように、彼の手を握る手に、ぎゅっと力を込める。  
 
「・・・・・・はい」  
 
そして、どちらともなく手を離し・・・  
 
「では、どうかお元気で・・・さようなら」  
「うん、ハヤテ君も。 またね」  
 
ぺこり、と頭を下げてハヤテ君は私の横を通り過ぎ・・・・・・行ってしまった。  
つ・・・と、涙が頬を伝い落ちてくるけど・・・・・・  
泣き出すにはまだ早い。  
彼女にだけは、すぐに知らせなくちゃいけない。  
私は携帯を取り出すと、今にも溢れ出しそうな嗚咽を堪えながらナ行のアドレスを辿り、  
探し当てた友達の名前のところで発信を押す。  
 
『・・・・・・はい、もしもし〜』  
 
3回目の呼び出し音の途中で電話に出た彼女の声は、  
つい先日、失恋したという割にはなんとなく呑気な声で・・・それがなんだか安心させてくれる。  
 
『もしもし? ヒナさん?』  
 
それに・・・もしかしたら彼女なら・・・  
私なんかよりずっと前から彼のことを知っていて・・・想っていて、  
想いを告げられる勇気と、振られても諦めない強い想いをもっているあの子なら、  
“もしかしたら”があるかもしれないから・・・  
 
「いきなりでごめん、歩・・・・・・いい? よく聞いて――――――」  
 
 
 
 
 

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