あれだけ泣いたからでしょうか。
それとも・・・もう、決定してしまった、覆せない結末に・・・全てを諦めてしまったのかもしれません。
私は自分でも不思議なくらい冷静に、ナギとハヤテ君を自分の部屋へと誘い・・・
全てを、話しました。
二人の出会い、まさにその時に生じた致命的なあの誤解のこと、
私だけがそれを知りながら何も出来なかったこと、
そして・・・それを知っていながらハヤテ君に恋心を抱き・・・
想いを秘めたままに出来なかったことを。
全てを知って、ナギは愕然とし、怒り、泣き・・・そのまま俯いて・・・顔を上げませんでした。
ハヤテ君はただただ呆然として・・・その表情は徐々に、自分を責めるように苦々しく歪み・・・
そして、その顔に最後に残ったのは・・・諦感。
全てが明らかになって・・・ハヤテ君に残された道は、一つしかないのです。
私が全てを話し終えた後、誰も口を開こうとはしませんでした。
ハヤテ君も私も、そしてナギも・・・
誰もが、この話の結末を知っていました。
知っているからこそ、慌ただしくも楽しかったこの一年の思い出を惜しんでいたのかもしれません。
誤解という危うい支えの上で、奇跡とも言えるバランスを保ち続けていた・・・・・・魔法のような日々を。
そして・・・この魔法は今・・・
「なあ、ハヤテ」
「・・・はい、お嬢様」
ナギの顔には、いかなる表情も浮かんではいませんでした。
怒りと悲しみと、恐れ・・・そして、微かな期待・・・・・・
そんな感情がせめぎあって、どんな顔をすればいいのかわからない・・・といったところでしょうか。
それでも、ナギは続けます。
夢を終わらせる、魔法を解いてしまう―――その言葉を。
「ハヤテは・・・今からでも!
私のことを・・・」
テーブル手をついて乗り出したナギの顔に、
僅かな・・・一縷の望みにすがるような色が浮かびます。
そしてハヤテ君は・・・
「・・・・・・すみません」
ただ一言、搾り出すようにして、言いました。
ぎゅっと握り締められたナギの手は小さく震えて、
「わかった・・・」
それだけ言うと、顔を伏せて・・・・・・
「今までご苦労だった。 もう、いい・・・・・・出ていけ」
必死で涙を堪えていることがすぐにわかる・・・そんな声で、ナギはそう、言いました。
ハヤテ君は俯くことなく、ですが悲痛な顔でナギの言葉を受け止めて・・・
「・・・・・・わかりました」
低い声ではっきりと、そう答え・・・・・・
「借金は、必ずお返し―――」
「いらんっ! そんなの知らん! もう関係ない!
だから・・・もう二度と・・・私の前に現れるなっ! とっとと・・・・・・出て行けえっ!」
最後まで顔を伏せたまま・・・テーブルに、涙の雫を落としながら・・・
ナギはそれだけ叫ぶように言い切って、あとはただ声にならない嗚咽を漏らすばかりでした。
「それでは・・・お嬢様・・・」
ハヤテ君は立ち上がると泣き咽ぶナギに申し訳なさそうな顔を向け、
「お世話に、なりました・・・このご恩は一生忘れません。
そして・・・本当に、すみませんでした」
そして私には、済まなそうな・・・今にも泣き出してしまいそうな悲しい笑みを向けてくれて・・・
「マリアさん・・・最後まで、ご迷惑をおかけしました。
一年間、ありがとうございました・・・どうか、いつまでも・・・お元気で・・・・・・」
「ハヤテ君・・・・・・」
これは、わかっていた結末です。
だから・・・今更、私には何を言う資格もありません・・・
これで、もう・・・・・・最後なのに・・・・・・名前を呼ぶことしか出来ないなんて・・・・・・
ハヤテ君は扉へと向かい、そこで、最後にもう一度こちらを振り返り、
悲痛な陰の差す、でも・・・それでも魅力的な笑顔を浮かべ―――
「・・・・・・お世話になりました!」
深々と頭を下げて、
そして・・・部屋を出て行きました。
私の・・・私たちの前から、綾崎ハヤテ君という少年は・・・・・・去ってゆきました。
ナギも、私もその場から動こうとせず、ただ俯いたまま、時間を過ごしました。
やがて・・・屋敷の門が開き、閉じる音が、ハヤテ君が本当に出て行ったことを私たちに実感させた、その後。
「マリア」
「はい・・・なんでしょう」
俯いたまま、涙声のナギがぼそり、と声をかけてきました。
「ハヤテと一緒に行きたかったんじゃないのか?」
・・・それは・・・考えました。
いえ、今だって、そうしたいって、そう言えばよかったって・・・思っています。
でも・・・・・・
「いいえ・・・」
無理です。
そんなことは出来ません。
それは、ナギを一人にするということ。
この子を見捨てることなんて・・・絶対に出来ません。
何より・・・ハヤテ君が、許してはくれないでしょう。
ハヤテ君は自分がナギを酷く傷つけたと思っています。
その上、ナギから私を奪うような真似など・・・・・・出来るハズがありません。
「・・・ナギを一人にする訳には、参りませんわ」
そう答える私に、ナギは俯きっ放しだった顔を向けると、泣き腫らした目で睨みつけて、
「ウソツキ」
ただ一言、それだけ言って席を立ち・・・
バタン!
と叩き付けるように扉を閉めて、部屋を出て行きました。
この結末は・・・予想通りのことでした。
私が抱いてしまった恋心は、あのヒトを傷つけました。
抑えきれなかったこの想いで、あの子を裏切りました。
そして私には・・・・・・何も、残りませんでした。
すべてを失って、独りになって・・・・・・泣き崩れること。
それが、今の私に出来る――――――全てでした。