「ハヤテ……」
月が真円に近い夜、明かりは乏しくただ月明かりのみ。 調度品に照らされて反射している。
そんな自室のベッドの上で私はハヤテに覆われている。 ハヤテの表情は曖昧で、私の目にも明らかな異変を映し出していた。
返答に戸惑い、ただ名前を呼んだだけの私の態度に、なんだか気に入らないことがあるかの様相でハヤテは接近してくる。
恐怖とも畏怖とも取れない、なんというか恐れの一歩手前。 表面張力でコップから溢れそうな水にコインが投じられる刹那。
そのような奇跡のバランスで私の胸中は埋め尽くされていた。
なおもにじり寄ってくるハヤテの顔が、この室内では上手く読み取れない。 でも、たぶん口元は歪んでいる。
気配でわかる。 きっとハヤテは嗤っている。 そして、それはハヤテ自身に対してなのだ。
ハヤテのキレイな顔を歪ませてしまった責任は私にあるのだろう。 つりあがった口角がそれを物語っていた。
いったいどうして……このような状況になってしまったのだろうか?
深く考えるまでのことではない。 それならば――――
「よし! 次はD○A4で勝負するぞ! 私はか○みを使うからお前は隠しキャラのア○ンな!」
「なぜ○インなのかは置いておきますが、か○みより大きい(胸が)キャラもいると思うのですが…せめてゲームの中くらいは……」
クラウスの手配したこの13号とやらは中々よく気が回るヤツだった。 ただ、容姿まで似せていたせいか軽口をも搭載していた。
しかしコレは生身の人間ではない。 無機質なモノなのだ。 人工知能を用いてあったとしても所詮それはプログラム。
感情を込めて発せられる言葉とは違い、感動は薄く、感傷にひたることもない。 でもとりあえず一発殴っておいた。
ゴン!
「くっ…この鉄頭め……」
滲む痛みに耐えながら私は捨て台詞を吐いた。 と、同時にゲームに興じる意識も薄れていく。
仮にも今は期末試験中。 世間的には遊びにかまけていていい時期ではない。 まあ、私は危惧することはないが、問題はハヤテだ。
赤点などを取ろうものなら、またクラウスがとやかく言ってくるのは目に見えている。 だから私はハヤテに暇をやったのだ。
だが、私にとっての血涙を流す決断もハヤテには届いていなかったのだろうか。 杞憂であればよかった。
理性を持って理解を示してくれるものと思っていたのだが、ハヤテの闇は私の思うところより深かった。 自分に嫌悪する。
なぜなら、私が痛めた右手を擦っていたら、どこからか見ていたらしいハヤテが飛び出してきたからだ。
(まったく…おとなしく勉強していろと言ったのに……)
「お嬢様ッ!! 大丈夫ですか!?」
その時に労いの言葉でもかけてやればよかった。 だが、痛みと心のもやもやで気が立っていた私は、つい言ってしまった。
「なんともない!! それよりハヤテ!! お前には休みをやっているはずだ、いいからしっかりと勉強でもしていろ!!」
「あ――は、はい……」
しゅんと項垂れたハヤテを尻目に私は踵を返し部屋へと戻る。 そこには先ほど怒りをぶつけた相手が無意味な笑いを浮かべていた。
その表情には本当に意味などはなかったのだろう。 でもハヤテの心理状態から考えるに察するとその意味は違っていたのだ。
後悔の念も躊躇わずに私は神速で振り返った。 ハヤテは曇った瞳の焦点も定まらぬままに、呆然と立ち尽くしている。
しばらく私は掛ける言葉も見つけられずに、もごもごと口元を動かしているハヤテを眺めていた。 次第に生気を帯びてくる瞳。
ふと互いに交錯する。 瞬間、ハヤテは私の目の前から姿を消していた。
「あ、あぁ――ちょっと待っ」
聞く者がいない言葉ほど虚ろなものなどない。 ぞわぞわと胃の辺りから焦りが込み上げてくる。 それに遅れて身震いをも伴う。
身体の震えを両腕で押さえつけてからなんとか口を開いた私だったが、ただ、やはり冷静な判断は――無理だった。
「おいお前!! ハヤテを探してきて――」
消失。
私がしまった、と思うよりも速く、奴はもういなかった。 私の心を読みでもしないことには、こうは動けないはずだ。
コレが『天の道を往き総てを司る』ということなのだろうか。 奴が望みさえすれば、運命は絶えず奴に味方するのか。
だが、無秩序の思考までをも読み取るというのは少々暴走気味のような気がしないでもない。
本質ではない不意に出されたモノであっても、奴は解析を終え、最適な行動を選び、ただ実行をしただけなのにも拘らず。
たとえそれが民衆の意思に反していたとしても、その存在にはあまり関係のない無意味なコードなのかもしれない。
自立している思考。 他者の意思を反映せずとも行動をとれる。 トータルな視点。 確立されたブランド。
高度な策略と貧弱な資金。 溢れる才能と堕落した地位。 いや、もともと最底辺なだけだ。 これ以上堕ちることはない。
だいたい例の名を冠するモノにはろくなものがない。 正直待つことも、期待することも――もう疲れた。
ともあれ、私はもう何もかも遅いように感じていた。 が、それでもなお前進せねばならないと精一杯に自分をせきたてる。
ハヤテのためにと考慮していたことが結果としてハヤテに傷をつけた。 痛み悔やむ。 いまさらなのは承知している――だが痛む。
ならばその痛みを身体の推進器に押し込めて揚力を得よう。 私にできることは今はそれだけだ。 閉じていた目をすぅと見開く。
「マリア!! 私も出るぞ!!」
後方で成り行きを見守り続けていたマリアに私は声も高らか、この自ずから開幕せしめた舞台に参加を告げたのだった。
「というわけですので、いっしょにお屋敷に戻りましょう」
「…………」
「ほら、顔を上げてください。 嘘は言っていませんから」
「――――は、い」
結論
自分で蒔いた種は常に他人に刈り取られた後の祭り
どうしていつもこうなんだ。 私が何かしらの行動を起こそうとすると、必ずといっていいほど惨事になり、周りがそれを沈静。
今回もそうだった。 私がマリアにハヤテの居場所を聞いて、そこに赴こうとした矢先だ。 ハヤテは13号に伴われて帰館した。
「すいませんでした、お嬢さま。 僕はこれからまた勉強に戻りますので」
「あ…あぁ……」
気の利いた言葉の一つもかけられずに私はその場に流されてしまう。 ハヤテの目に何か訴えてくるものがあったからだ。
そう、ハヤテの瞳を眺めていたらなぜか上手く考えがまとまらなくなった。 だから何も言えなくなったのだ。
私は焦点が徐々にずれていくような感覚になり、あわててピントを合わせる。 目の前には先ほどと変わらずハヤテと13号がいた。
そのあと、奴はハヤテの代わりとして再び執務に戻り、ハヤテは勉学に勤しむため、咲と一緒に部屋へと戻った。
その彼らの後姿を傍観しつつ、錯覚だろうか、と思う。 私の目が捕らえているのは――――誰なんだろうか。
(ふっ…アホらし……)
見ればわかることなのに、こんな考えをしてしまう私が妙に馬鹿らしくて、つい腑抜けてしまった。
別に何もおかしい所なんてないのだ。 きっと少し疲れているだけなのだろう。 そう自分に言い聞かせてこの場の幕を閉じた。
それからしばらくは互いの時間となった。 だがやはり気にかかることがある。 些細な違和。 その感覚は心にしこりを残している。
(ハヤテはあんなにも無表情に喋る奴だったか?)
釈然としないままに私は日常を過ごしていた。 そしてマリアが一線を越え、咲が自宅に戻り、漫然とした喧騒からも抜け落ちる頃。
他人に刈られた種がむくりと芽を出し始めていたのを私は感知することができなかった。
私は自室に戻り、一人で先日に発売された新刊などを読みながらくつろいでいた。
まさかこれほどまでに加筆されているとは驚愕だ。 ココまですれば単行本の売り上げもかなり違ってくるだろう。
なぜだか、えもいわれぬ嫉妬がうずまいてくるな…… まったく!! 少しは見習えばよいものを!! まったく!!
それにしても、漫画の初版というものは出荷数がある程度に抑えられているから困る。 ――玄人好みのあつかいにくすぎる漫画。
ふとそんなフレーズが頭を通り抜けていくが、まあ置いておく。 それに出版業界だけの話ではない。 他種の業界でもそうなのだ。
企業の体制を取り繕うためとか、とりあえず何をしてでも実績を欲しがってみたりなどと、市場および消費者のことなど二の次だ。
希望に応えようという姿勢こそ垣間見れるが、それならばもっと視野を広く、そして目線を下に落とした考え方をするべきなのだ。
だいたいだな、数が足りていないんだ。 一流の企業ならば自社の製品を欲しがっている人間の数など簡単な調査で出せるはずだ。
それなのに!! 絶対数が足りてない!! そのおかげで市場は迷走の体をみせ、ヤ○オクまでもが炎上する羽目になどなるのだ!!
――――これではもう、物を売るというレベルではない。
(…………)
そういえばマリアはどこだろう。 さっきは13号と一緒だったような気もする、けど…けっこう仲がよさそうにも見えたな……
「――――」
強烈なイメージが脳裏に浮かんでは消えていく。 でもたまにはマリアにだってストレスを解消させたい時があるだろう。
はたしてそれがきちんと解消できているかどうかは疑問ではあるが。
コッ、トントン
「ん?」
ページを捲る音だけが響いていた部屋にノックの音が到来する。 ふと時計を見ると結構な時間になっていた。 たぶんマリアだ。
(そろそろ風呂に入るか)
私は今日一日を振り返りながら扉の向こうへと相槌を打つ。 ややあってからキィと軋んで扉は開いていき、外気を導入し始める。
「お嬢さま……」
「……え?」
ハヤテの姿が扉の向こうにはあった。 私はてっきりマリアだとばかり思っていたものだから、少しばかり動揺した。
何もせず、ただ呆然と立ってる私に向かってハヤテはパタンと扉を閉じ、おもむろに部屋の明かりを――落とした。
「あっ!?」
一瞬にして闇夜に閉ざされる世界。 目を開けて突っ立っていた私は暗順応を待つこともできずにその場に座り込んでしまった。
目を瞑り、ぺたんと床に座るのみの私にひたりひたりとにじり寄ってくるハヤテ。 ハヤテだとわかっているのに恐怖を覚える。
やがて、すぐ傍までに距離を詰めてきたハヤテが私の肩に手を落とす。 その感触はとてもやわらかでなぜだか少しは安心できた。
肩に手を置いたままで、ハヤテはスッと腰を落としてから私の正面でやんわりと呟いてくる。
「お嬢さま…今日はありがとうございました」
「あ、ああ……」
さきほどの気恥ずかしいやり取りが思い浮かぶ、きつく手を握り締めてハヤテに届けばいいと思って放った言葉。 私の本心。
『私の執事はお前だ!!』と、強く強く語りかけた。 おそらくそのことに対しての謝辞なのだろう。
暗くて顔はよく見えなかったが、そのハヤテの真意は、おぼろげにだが汲み取れた。
「おかげさまで勉強も集中してできましたし……」
「そ、そうか、うん、そうだな……」
ハヤテとの会話が、明かりの落ちたこの部屋で淡々と続けられていく。 その間もハヤテは私の肩に手を置いたまま。
その置かれた手にほんの少し、ほんの少しだけ力が込められたような気がした。 その直後、ハヤテの口から漏れる。
「お嬢さまの執事は…僕でいいのですよね……」
同じことの繰り返し。 私があれほどの想いをぶつけたというのに、なおもコイツは聞いてくるというのか。
少し呆れる。 が、それでもそんなところがハヤテなのかな、と思ってしまう。 われながら重症なのかもしれないな。
それならば、もっとハヤテが安心できるように、心を落ち着けて悲壮な想いにたゆたわぬようにと、私は言葉を紡いだ。
「だから…私の執事はお前しかいない…と言っただろ」
やさしく、微小に上昇していく体温を伝えるように、このぬくもりごと手渡すように、ハヤテに流し込んだ。
その言葉を受けてか、ハヤテは沈黙した。 張り詰める空気。 そして空気が揺らいだと思った瞬間、私は宙に浮いていた。
「――――っ!!」
一瞬何事かと思ったが、それは私がハヤテに抱き抱えられているのだということがすぐにわかる。
ゆらゆらとした浮遊感に身を任せ、私は事の成り行きを傍観者のようにただ見ることしかできなかった。
ぽすん
やわらかい感触が背面に広がる。 私はハヤテの手によってベッドの上に寝かされ、天上を眺める形となった。
「どうした?」
ハヤテの行動があまりにも突然だったから私は思わずその行為に対しての返答を求めていた。
「でも…僕は優秀ではないですし…だったら…こうすることでしか…僕の意味は……」
――キシ
言い終えるのを待たずに、衝撃を緩和するための音が微かに響く。 ハヤテは私に覆い被さる格好で身体を詰め寄せてくる。
その表情は曖昧で、上手く読み取ることができない。 でも、たぶん自虐的な顔になっているのだろう。 なんだか切なくなる。
「ハヤテ……」
私は答えに戸惑い、雑然とした思考のままでハヤテの顔を見つめていた。 さらに距離を詰めてくるハヤテに対して無意識。
多雑な意味で追い詰められているような形式になるが、ごくごく自然とハヤテの手を取って、胸の一番奥から感情を引き摺り出す。
「馬鹿だな…ハヤテは十分に私のために働いてくれているではないか、それ以外にも私はハヤテじゃなければダメなのだ。
だから…そんな顔をしないでくれ、いつものように笑顔を見せて欲しい。 私を導びくことができるのは、お前だけなんだからな」
自分でも意外なほどに甘く、僅かな温度で溶けてしまいそうな言葉。 でも――それほど恥ずかしくはなかった。
私の想いをただただ伝えたかった。 重なる手をそっと胸に置き両手のひらで包む。 そして私からハヤテの唇を奪いに行った。
ちゅ……
「んっ、っうん…っはぁ……」
唇と唇が交差した接点。 軽く触れ合っただけなのにその密度は収縮されている気がした。 だからなのだろうか熱量が高く感じる。
その熱を逃すまいとして、私はもう一度自分からハヤテの唇を捕食するために、右手をハヤテの頭に回してグイっと引き寄せた。
そして左手を頬に添えて、ハヤテへの想いを懸け、これからのことに思いを致しながら、私はゆっくりと瞳を閉じていった。
ちゅっ、ちゅちゅ、ちゅふっ……ちゃぷ……
「ふっ…んんっ…れろ……」
過去の何回目かの経験から私にも余裕分がある。 それでもまだキスは慣れないこともあるが、今はそんな羞恥はどこにもなかった。
自室ということもあるし、心にゆとりも持てる。 それに一番大事なことはハヤテに対して今この瞬間の私の態度を示したかったら。
だってハヤテだから。 私の執事のハヤテだから。 私だけのハヤテだから。 とても大事な、大切な――ハヤテだから。
くちゃ…ちゅる…ぴちゃ…ちゅちゅっ……
「れろ…んふぅっ…ぷふっ…ちゅぅ…ぢゅっ……」
動作に不慣れな舌を懸命に蠕動させる。 脳から送られてくる指令はそのことだけに占領される。 なおも継続して命令を下す。
反転して感覚は緩慢になるが、それでも舌からの刺激だけで純粋に細胞まで広がっていく。 身体全体が舌になってしまうかの錯覚。
ハヤテの口腔から舌だけを目指して絡めていく。 唾液で唇を潤わせてずるずると這わせていく。 稀に擦れ合うカチンとした触感。
そんなアクセントすらも心地よかった。 そして十分にほぐれた唇を離していく。 つぅ、と繋がりを形作る口付けの後のしるし。
「ぷはっ、はぁっ、はぁっ……あ」
なんだかとてもキラキラしていてキレイだ。 頭と顔がボーっとして熱くなってきた。 身体も同時に熱を帯びていくのがわかる。
高まる感情を抑え切れそうにない。 私はこんなにも淫らな女なんだ。 ハヤテのことを想うと……理性が……
もう…ダメ…… 我慢ができそうにない。 正直な所、スゴイ怖くもある。 …でも、ハヤテといっしょにいたい――――
「抱いて…ほしい……」
「お嬢さま……僕でいいんですか?」
わりとありふれた意思の疎通をはかるための会話。 それを実際に口にする日が来ようとは、夢には見ていたが思ってはいなかった。
なんとなく気恥ずかしい。 が、嬉しくもあった。 ハヤテの同意を得られたことが、至極歓喜の鐘を鳴らしていた。
「ん…ハヤテだから…いいのだ」
「――はい」
にっこりと、ようやく笑顔を取り戻したように思えたハヤテが応えてくれた。 やはりハヤテには笑っている顔が一番だ。
胸の奥から嬉しさや楽しさ、切なさや恐怖、不安、期待などが一度に大挙してくる。 動悸が激しさを増していく。
鼓動を隠すようにして私はハヤテに抱きついた。 だけど冷静になって考えると抱きついたほうが相手には余計に聞こえてしまう。
それでもハヤテのぬくもりを手放すなんてことはもう私にはできない。 できるわけが――ない。
「や、やさしく……してくれないと、駄目だからな」
「うっ…が、がんばります――では……」
頼りなくもほっこりと微笑んでくれた。 そのままハヤテは私にキスをしてくれて、それから上着を脱がし始めてくる。
次にシャツ、キャミソールと薄紙を剥ぐようにそーっと震える手で捲くってくる。 一枚、また一枚と剥がされていく私の装束。
その拘束から解かれていく私の胸中は不思議と穏やかだった。 なぜこんなにも冷静なのだろうか。
もしかしたらハヤテのことを想うあまり達観してしまったのだろうか。 わからない。 でも一つだけはわかる。
私がハヤテのことをもし、仮にだが、万が一のことで見捨ててしまうようになってしまったら、ハヤテは――――また一人。
そんな悲壮な仮定を実現させてはいけない。 暗く悲しいのはいけないんだ。 だからなのだろうか、少し冷静になっている自分は。
「スマンな…こんな身体で……」
自分のあまりにも起伏に乏しい身体を恥じる。 でも生まれ持ったものなのだから仕方がない。
問題はハヤテの好みに合わないだろうということだけ。 ベッドに寝かされ上半身を晒している私は両腕を胸の前に交差させていた。
「…そんなことありません、お嬢さまはとても魅力的ですよ」
スッと手を絡めてくるハヤテ。 私は両腕を弾かれて胸のすべてを露見させられた。 ハヤテはそのまま両手を握り締めてくる。
じっと見つめられている薄い私の胸。 堪らなくなり顔を横に背ける。 それからおもむろにハヤテは先端に唇を近づけてきた。
ぺろ…ちゅ…ちゅば……
「ひゃっ! やっ、ぅんっ……」
ハヤテの生暖かい舌触りが私の乳首を責め立てている。 胸の中で唯一の突起をぺろぺろと舐めまわしている。
舌が触れた瞬間に私は声を上げていた。 外気に肌を晒して敏感になっていたのも相まってか背中からぞくぞくと粟立ってくる。
ハヤテは乳首を舐めながら私の乳房に手を寄せてきた。 情けなくも貧相なので手のひらで抑えるような格好になってしまっている。
それでもさわさわとまさぐられていると、大した脂肪も備えていないのに揉まれている気分になってくるのがおかしな感覚だった。
ふに…もにゅもにゅ…ちゅちゅっ…ちゅっ……
「ふぅっ…ぁん…あっ…ふぁっ…はぁっ……」
右手はいまだに繋がったままで、もう片方の手で断続的に愛撫が続けられていく。 私は揉み上げられていく快楽を受け入れていた。
ハヤテに触られている。 ハヤテに触ってもらっている。 ハヤテに――快感を与えてもらっている。
気持ちいぃ……なんだか身体全体の産毛がぞわぞわと逆立ってきそう…あぁ…もうこのままずっと触っててもらいたい……
はぁ…はぁ…はぁ……も…う、よくわからなくなってき…て……る……
ふにっ、ふにっ、くにゅっ…くりくり……
「ぁん! ふぅぁっ…あぁっ…ひゃん! ひゃぅぅっ!!」
清流の流れのような愛撫にただ身を任せていた私は、突然急流に投げ込まれたかのように身体をビクンッと仰け反らせた。
ハヤテが胸の先端、私の乳首を指でなぞったかと思ったら、くにくにと弄び始めたからだ。 予期せぬ悦楽に身をよじる。
くにっ…くりっ…ちゅぢゅっ…ちゅぱっ……
「ひゃぁ! ひゃゎぅっ! あっあっ…あぁ…はぁっはぁっ……」
左の胸をまさぐられ右は乳首を吸われている。 決して均整の取れたリズムではなかったけれど、そんなことを考える余地はない。
そして交互に、稀に同時にと断続的に快楽が襲い掛かってくる。 私はそれに抗うことはできず、またしようとも思わなかった。
はぁっ…はぁっ…もう…だめ…もう…胸は限界かも……んっ…これ以上…触られたら…きっとおかしくなる……
でも…あんっ…止めて欲しくはないような…続けて欲しいような…はぁん…いったい…私はどうしたらいいのだ……
「お嬢さま…スカート、よろしいですか?」
「ふぁ? あ、ああちょっと待て……っと」
ぷちっとスカートの止め具を外してから私は恥ずかしくなってきた。 いや確かにこのあとの行為のことを思えば必然なのだが。
それでもこう自ら行為のために、というのがちょっと気恥ずかしくもある。 そんな私の気配を察したのかハヤテが手を掛けてきた。
するっ
腰に手を回されて片手で簡単に下ろされてしまう。 これで私に残されたのは下着と靴下だけになってしまった。
それも下着には恥ずかしい染みがきっとついているに違いない。 私はおもわず手で顔を隠していた。
「あ、あんまり…見るな……」
「大丈夫ですよお嬢さま、コレはお嬢さまの身体が正常な証拠です」
そう言われると余計に恥ずかしくなるではないか…もう……でも、まあハヤテがそう言ってくれるのだからいいか……
んっ…あんっ!
ちゅくっ……
「あっ、ぁぁ…ゃんっ!」
下着の上から指が這われる。 そこはすでに十分過ぎるほどに湿っていた。 ちゅくちゅくと湿り気を帯びた卑猥な音が室内に響く。
その音が妙に生々しくて、私は異様な興奮を覚え始めていた。 自分の身体の密かな変化をハヤテに知られているからかもしれない。
すりっ…ちゅく…ずっ……ちゅく……
「ひっ…ひゃぁっ…あっ、あっ、はぁっ、はぁっ」
繰り返し繰り返し擦られる。 下着の上からでも快楽は変わらない。 純粋に気持ちがいい。 ただ恍惚とするのみだ。
ここにきてようやく心に安寧が訪れていた。 さきほどの服を脱がされていく時の精神状態に近かった。
なんといってもハヤテと一つになれるのだ。 これほど嬉しいことはない。 ただ、やっぱり多少の恐怖もある。
ハヤテを全部受け入れられるのだろうか? 私のこの矮小な身体で納まりきるのだろうか? ハヤテを満足させられるのだろうか……
すっ
「あっ……お嬢さま……」
自然と私の手はハヤテのズボンに伸びていた。 焦り――なのかはわからないが、とにかくハヤテにも気持ちよくなって欲しかった。
開いている左手でズボンの上から擦る。 もうすでに硬く張り詰めていて苦しそうにしているハヤテのあそこをこすこすと摩った。
「くっ、ぁあ――」
ハヤテが喘いでいる。 相変わらず可愛い声で鳴いていた。 そんな状態でもハヤテは私にも愛撫を忘れてはいなかった。
ぺろ…ちゅ…ぢゅく……くちゅ……
「んんっ! んっ、んっ、ぁんっ……あっあっ、あぁっ、あっ……」
舌で、指で、手のひらで、乳房と乳首とあそこを責め立てられる。 自分の残響が頭の中を白く霞みがけていく。
理性を失う前に私はハヤテに言うことがあった。 考えられなくなる前に言わなくてはいけない。 ごくっと喉を鳴らして口を開く。
「はっ…は、ハヤテ…んっ…ハヤテも…ひゃっ! ぬ、脱いで……あんっ!」
しどろもどろになり、喘ぎながらもなんとか紡いでいく。 おそらくはしっかりと伝わっているはずだ。
ただその様子がおかしかったのか、ハヤテはクスッと軽く微笑みながら自らの執事服に手を掛けていく。
「はい、では少しだけお待ちくださいね」
ちゅ
唇に軽いキス。 ますますハヤテに惚けてしまう。 きっと顔中、茹で上げたロブスターのようになっていることだろう。
それなのにハヤテは自分の服を器用に脱ぎながらも唇から首筋、胸元からおへそ、そしてもっと下へと、つつと唇を這わせていく。
ちゅ…ぺろぺろ……れろ…れろ……
「ひゃっ…あくっ…あっ…はぁん…ああっ、あっあっあっ……」
ほぼ全身に近い部分を嘗め尽くされながら、私はハヤテの裸を網膜に焼き付ける。 こんな機会は今までにはなかった。
これから先のそう遠くない未来には幾らでも見れることはあるかもしれない。 でもこの瞬間は今しかないのだ。
するりするりとキレイに剥ぎ取られていくハヤテの衣服。 ぱさりぱさりとベッドの脇に積み上げられていく。
じぃーっと見つめてハヤテの様を観察する。 徐々に露わになるハヤテの白い肌。 徐々に離れていくハヤテの頭。
そして最後の一枚まで全部脱ぎ終わった時、ふとハヤテと視線が絡み合った。
「――――」
無言のままで、つい、とハヤテは顔を押し下げて私の間に潜っていく。 下着に指が掛けられてずるずると引き摺られていった。
私のあそこから恥ずかしい体液がつぅーっと引かれていく感触がわかった。 でも、もう何も恥ずかしいことはないのだ。
ハヤテとこういう行為をしていることで沸き起こる自然な生理現象なので、コレは自然なことなのだ。 自分を言い包める。
くちゅ…くちゅくちゅ……
「ふぁっ! あっ…はぁんっ、ああぁっ!!」
「お嬢さま…こんなになってます…そんなに気持ちよかったんですね…それなら……」
ハヤテの指が私の大事な部分に侵入してくる。 そこには異物感よりも先に快感のほうが流れ込んできた。 たまらずに声が漏れる。
『それなら』といったハヤテはさらに舌を伸ばそうとしていた。 私は思わずこれから来るであろう快楽に身構えていた。
ちゅぴ…ちゅ…じゅる…ぢゅ…ぺろ……
「ゃぁっ…はぁんっ!! ひゃあぁああ! ああぁ……あっああっあぁああ!!」
ハヤテの責めを受けながら絶叫に近い喘ぎをだらしなく垂れ流している人物がいる。 まるで他人事。
いったいコイツは誰だ。 こんな声を出せるなんて私は知らない。 知らなかった。 まるで別の人。
迫り来る興奮の波の中、客観的になっている自分もいた。 理解に苦しい。 だがこれも事実、そして私自身なのだ。
現実を受け止める、というのは語弊がありそうだがすべては最初から知っていたことになる。 わかっていたことだったのだ。
いやらしい自分を認識することで、軽く受け流すことにした。 それからはもう――ただ夢中になって戯れるだけ。
ぢゅっ…ずっ…ずるずる…ずずっ――ぢゅっ!
「あっあっあっあっ…ああっ……ああぁっ!!」
無意識にハヤテの頭に足を絡め、強欲な獣となって快楽を貪る。 それに応えてハヤテの舌もその激しさを増していった。
膣を抉るように、深く、深く。 上、下、左右と縦横に食んでいく。 怖い。 自分も怖いが無限にも思われる快楽が――怖い。
ぐちゅっ…ぐちゅっ…ずるっ、ぞずずず……
「いやぁっ! あああああぁっ!! あはぁっ、はあっはあっ…はあぁぁぁ……」
先があるのにも係わらずに、私は完全に快楽の虜となってしまい、あそこを舌で弄られただけで軽く達してしまった。
消耗し磨耗され、少しぐったりとしてしまう。 己の体力の無さが身に応えた。 それでもまだ身体はハヤテを求めている。
心がハヤテを求めている。 ――――いつかきっと叶う。 そう思い続けて信じてきた。
「はぁっはぁっ、ハ、ハヤテぇ…もう…そろそろ…………ぃれて」
「大丈夫ですか? もう少しほぐしたほうがいいかなと思ったんですけど……」
「平気……全部…全部受け止められるから……大丈夫だから……」
決意を胸に押し込めて私はハヤテを引き寄せた。 そのまま頭を抱え込む形でなでる。 すると私もハヤテになでられた。
見つめ合い、キスを交わす。 瞑られる瞳からは溢れ止まらぬ涙。 感情の堰はもうぼろぼろに壊れてしまっていた。
足の間から迫り来る感覚。 ぴたっと宛がう感触が心の堰を止めてくれた。 すぅっと引いていく涙が頬に跡を残す。
何も言わずにそんな所にまでハヤテはキスをしてくれた。 それに応えるようにして私はハヤテを少しづつ分け入れていった。
ズッ
「ぅくっ……」
ズッ
「ぅゎっ……」
ズッ
「ひゃっ……」
ズッ
「…ぃた……」
ズッ――
止まる。
「いいから…大丈夫だから……」
はたしてこれはどちらに対しての言葉だったのか――――おそらく二人にだろうと思う。
「――――」
「――――」
語らず、言葉も掛けず、聞かず、応えず、ただ愛する。
ズズッ……プッ!
「――――ッ!(くっ……)」
これがハヤテに対する私の答え。 純潔を捧げることによる有意の証。 無意な生などあってたまるか。
だからハヤテに意味を持たせるためにあげた。 だって…もっと自信を持っていて欲しい……私の傍にもいて欲しい……
それが答えの半分。 残りは……自分の我儘かな……
「ゆっくり…しますね」
ずずっずずっと牛歩並みの速度で埋もれていくハヤテ。 まるで焼けた鉄のように熱く私を焦がしていく。
実際に焼ける痛覚を私は下腹部に捉えていた。 痛い痛いと聞いてはいたが本当に痛い。
それでもかなりゆっくりとハヤテが動いてくれているおかげで、その間隔はそれほど酷いものではなかった。
ズッ……ズプッ……ズッ……
「んんっ…っはぁ……んんっ…っはぁ……」
我慢をしていると思われたら嫌だな……でもハヤテは気付いてるだろうな……うぅ…痛い……
でもやっぱり我慢しなくては…ハヤテにもっと気持ちよくなって欲しいし……って気持ちいいはずだよな?
痛みに対して気を紛らわそうとして、とりとめもないことを考えながら天上を眺めていた。
ズッ、ズズッ……グチュ…グチュ……ッズク
「うっ…っくはっ…はぁっ、はぁ……ふうぅぅぅ……」
胃の下の辺りが何かに突き上げられ、そこでその何かは腰を下ろす。 ハヤテがぴったりと私の膣内に収まってくれたということだ。
受けきれた喜びと、じんじんとした止まぬ痛みとの両方が拮抗している。 だが、しだいにそのバランスは崩れ、ある一方へと傾く。
(あ…少し楽に……このまま…このまま繋がったままで…もう少し…もう少しだけだから……)
「無理をさせてしまいましたね……少しこのままでいましょうか」
ほぅっとする魅了の声が私の耳を突く。 途端に穏やかになれる、魅惑的な声。 私は胸とお腹の両方の奥から熱を感じていた。
痛みがじんわりとしたものに変わってくる。 心もじんわりと温かくなってくる。 やがてその熱は身体全体に広がっていった。
「馬鹿もの…これは私が望んだことなのだ。 無理などしていない! それに…半分はハヤテのためなんだぞ」
「え?……それってどういう……」
「あまり気にせずとも良い……ただの戯言だ」
私が少し自嘲気味に言い放つと、ハヤテのほうからキスを迫ってきた。 断る理由などあるわけもなく応える。
ちゅっ…くちゃ…ぴちゃ……
「んふっ…ちゃぷっ…ふっ…ぷはっ」
唇を絡め、舌を巻き込み、吸い付き、互いに貪りあった。 その間もずっとハヤテは私の中で沈黙を守っていた。
膣内でも知覚することができるということに感動を覚える。 硬さや熱さなど、挿入され始めた時より遥かに感じ取ることができた。
「――お嬢さま」
「ん?」
「やっぱりお嬢さまは僕の一番大事な人です」
ニコッと笑うハヤテの顔は本当に穏やかなものになっていた。 その笑顔を見ているだけでますます身体が熱くなってくる。
じわぁっとした感触と共に、あそこの奥からも熱を感じ取っていた。 痛みはもうほとんど消えかけている。
ただ単に感覚が麻痺していただけかもしれない。 それでもいいからと、もっとハヤテと深く繋がりを求めて私は促すように言った。
「動いて…いいぞ……もっとハヤテを感じたいから……」
「――はい」
私の中に入っているモノが引き抜かれていく。 あそこから溢れている体液(と、おそらく血液)が潤いを加速させてくれていた。
おかげで大した引っ掛かりもなく、ぬるりとスムーズに私の膣内から離れていこうとしている。 そしてまた、戻ってくる。
おかえり、と言いたくなるのを堪えてハヤテを全身で感じようと集中する。 グッと手を握り締め、ぎゅっと目を瞑った。
づちゅ…ずっ、ずりゅっ……くちゅ、ずっ……ずっ……
「ふぁっ! ぁん…あっ、ひゃっ……あふっ……」
ハヤテからの蠕動を私の大事な部分で受け続ける。 一つ、また一つと全ての行為の意味を余すことなく、漏らすことなく。
初めは不安だった。 まともに事に及ぶことはできないのではないかと危惧したりもした。 でも今となっては杞憂だった。
キシ――ちゅくっ…にゅちゅっ… キシ――ぢゅくっ…ぢゅくっ…
「はぁっはぁっはぁっはぁっ」
「あっ…あっあぁっあぁぁっ」
僅かに、でも確実に速度を増していく振り子にも似た運動。 その振動が私を揺さぶり貫いていく。 溢れてくる淫らな体液、音。
もう一度私はハヤテを引き寄せてキスをせがんだ。 幸せなキスを夢中になって啄ばみ合った。 継続される卑猥な音が部屋に響く。
ギシッ――ぱちゅっ、ぱちゅっ… ギシッギシッ――ぶぢゅっぶぢゅっ…ちゅぶっちゃぶっ……
「ハッハッハッハッ、ハァッハァッ……」
「アッ、ンアッハァッ…アッアッアァッ」
呼吸は乱れ、髪も振り回して、ハヤテと私のトーンが高く――上がる。 すでに互いを見ていないのかもしれない。 なぜなら――
繋がっている部分、ただ其処だけが――至福なんだと。
ギッギッギッギッ――ぐちゅっぐちゅっぐちゅっぐちゅっ
「ハァッハァッ、ハッハッ…ハァッハァッ……」
「ハァッ、んはぁっあぁっふぅ…ひぃゃぁっ!」
私はもう限界だった。 初めての体験に体力のほうが賄えなくなり、ついていけなくなってしまった。 鼓動が不規則に刻まれる。
(あ、と…もう、ちょっとだ…け……)
ずぷっずぷっずぷっ…ずちゅっぐぷっずちゅっぐぷっ……きゅぅっ!
「く…ぁあぁぁ、お、お嬢さま…すごく…締まって……」
「はぁっはぁっはぁっはあぁっ…はぁぅ……ひゃっ!?」
突然の事態に思考も、もうついていけない。 身体が急激に縮小されてハヤテとの接点に凝縮されてしまいそうだった。
永劫に吸い込んでいく。 間隔も待たず、永続に流れ込んでくる圧倒的な熱量が次々と私の中で分裂を繰り返している。
「くぅぅっ…も、もう出……お嬢さまっ!!」
「いゃぁ! あ、あぁぁぁ! ハヤテぇ!!」
びくっ…びゅるっ、ぶびゅるっ、びゅくっびゅくっ! ビクンッ!
「あぁぁぁぁぁぁ――――」
はぁ……はぁ……熱い。 何もかも。 こんな…こんなことって……んぁっ!!
ふっ……ふぅっ……やっと…これで本当の意味で、一つに……なれた……かな?
余韻を味わうことで実感がにじり寄ってきた。 ようやくハヤテの全てを受け止めることができた嬉しさ。 それが半分。
――――そして
こんな幸せそうなハヤテの顔を見れたことが、もう半分。
「お…さま――お嬢さま?」
「――――え?」
私があまりにも呆けていたものだから心配してハヤテが訊ねてきた。 かなり疲れてはいたが、意識はもう正常に戻っている。
だから、その心づかいに感謝を込めてやわらかいキスをした。 唇をそっと重ね合わせて、そこで初めて気がついた。
ハヤテの左手と私の右手は――――最後まで繋がったままだったことに。
―閑話―
そこはマリアの部屋。 その室内の光源から上品なカーテンに映しだされる影が二つあった。
一つは線の細い、それでもしっかりとした、おそらく青年だろう。 もう一つは、形容しがたいシルエットをしている。
互いに寄り添いなにやら囁きあっている様が浮き彫りにされていた。 ふと、青年の方が扉の遥か向こうをしきりに気にしている。
離れる二人。 青年は扉の方へと赴く。 表情までもは読み取れないがどうやら楽しそうな雰囲気。 彼は目的を窺うことなく戻る。
そしてまた、再び二つの影が重なり合った。
「ふぅ…ほんの少し生存願望を意識させてあげただけなのに……やれやれ、人間は複雑なのか単純なのか」
「んー、13号くん何か言いました?」
―閑話休題―
「あっ!!」
そういえばすっかり忘れていた。 時間的にもそろそろマリアが寝室にやってきてもいい頃だった。 私の背筋から嫌な汗が流れる。
(まさか…気づかれた?)
勘が働くマリアのことだ、もしこの部屋の前まで来ていたとしたら、きっと中の様子に気がついて気を利かすことぐらいはしそうだ。
(でも、まあこうしてハヤテと結ばれたことに関しては、マリアだったら何も言わずに祝福してくれるんじゃないかな……)
繰り返してきた日常が記憶として蘇ってくる。 マリアと過ごしてきた日々。 マリアも私にとって、とても大切な存在。
私がそう思っているのだから絶対にマリアも私のことを大事に思ってくれている。 ……自惚れかな?
(うーん…確認してみるか)
私は隣で眠っているハヤテに気づかれないようにするっとベッドから抜け落ちた。 するすると着替えを済ませ廊下に出る。
下着は着けていない。 それでも歩きづらい。 痛みも若干残っているし、まだハヤテのあそこが入っているような錯覚がする。
それでもなんとかひょこひょこと歩き向かう。 この時間なら自室だろう。 もうお風呂は済んでいてもいいはずだ。
そして私はマリアに会うために一人、歩みを進め、ようやく辿り着く。 と、なにやら騒がしい。
「わー、やっぱりマリアさまは何をお召しになっても、とてもステキです!!」
「もう…13くんったら……でもさっきはいったいどこに行こうとしてたんですか?」
「ははは、まあまあ――では、次はこのお洋服も着てみてもらえませんか?」
「え? こ、こここんな派手で生地の面積も少なくて、何やら色々とオプションも付いている服も、き、着るんですか?」
「ええ、おそらくこの服はマリアさまにしか着こなす事ができません!!
いや…マリアさまに着られる為にのみ存在すると言っていいでしょう!! ですから……ほら」
「あ…ちょっと急にそんな……」
マリアの自室を前にして私は立ち往生してしまった。 なぜだか知らんが部屋の中からとても艶やかな会話が聞こえてくる。
「――――」
しばらく思案したあとで、くるりと踵を返し私は自室へと戻る事にした。
「さて、と、ハヤテのために何か飲み物でも取ってくるか」
この様子ならおそらく一人と一体の夜はまだまだ続きそうだ。 私は台所を経由してからハヤテの可愛い寝顔を堪能するとしよう。
それにしても…長い一日だったな。 なんだか二週間くらい過ごしていたようだ。 ……でも試験が無事に終わればよしとするか!
私はほくほくと一人微笑む。 だって試験後にはもっとステキなことが待ち構えていそうな予感がしたのだから。
(了)