低く垂れ込めていた雨雲も東へと流れ去り、入道雲がゆっくりと顔を覗かせる空模様。  
まだ残る梅雨の湿気が初夏の熱気と混じり、うだるような暑さを予感させる。  
ギラギラとまぶしい日差しの中、かすかに聞こえ始めたセミの声。  
今年も、夏がやってくる。  
 
 
桂ヒナギクの憂鬱 第6話  
熱中症候群  
 
 
「……はぁ」  
いつもの放課後。  
生徒会室には私とハヤテ君と、珍しく美希もいた。  
今日は特に急ぎの仕事もなく、なんとなくのんびりムード。  
書類に走らせていたペンを止め、ハヤテ君の淹れてくれたアイスティーを一口飲む。  
わざわざ冷たいものを用意してくれる細やかな気配りは、本当にハヤテ君らしい。  
そのことを嬉しく感じながらも、やってくる夏を思うと少しだけ憂鬱な気分になってしまう。  
「さっきからどうしたんですか? ヒナギクさん」  
少し心配そうな顔で聞いてくるハヤテ君。  
その気持ちは嬉しいけど、ハヤテ君自身に話せるようならそもそも悩んだりしない。  
だから私は曖昧な返事をする。  
「別に。そろそろ夏だなぁ、って」  
「?? 夏が来るとわけもなく悲しくなったりするんですか?」  
「わけもなくってわけじゃ……」  
よくわからない理屈に思わず反論を……しまった、そのまま流してしまえばよかった。  
「もうすぐプール開きがあるものね?」  
「?」  
「ちょっと、美希」  
割り込んできた声に静止の言葉を告げる。  
それを聞いた美希は小さく笑って自分のアイスティーへと視線を戻した。  
そのまま退屈しのぎのポーズを見せつけるみたいに、ストローをくるくると回し始める。  
そんな風に余裕のある態度を見ていると、なんだか何もかも見透かされてるような気がしてしまう。  
「プール……?」  
「別に、なんでもないわよ……」  
話は終わりとばかりに止まっていた手を動かす私。  
でもハヤテ君は納得してくれなかったみたいでまだ考えてる。  
こんな風に些細なことも真剣に考えてくれるのは嬉しいけど、今はちょっと困ってしまう。  
そもそもどうして水泳の授業はクラス合同で行われるのかしら……なんて、今更文句を言ってもしょうがないわね。  
「まさか泳げないなんてことは……」  
「あるわけないでしょ」  
ハヤテ君の憤慨ものの憶測を即座に否定する。  
マジメに考えてるかと思えば……まったく。  
「あ、じゃあ胸が小さいから水着を着るのが恥ずかし……ッ! ごめんなさいなんでもないでうひゃあっ!?」  
ああ、なぜだかペンが折れてしまった。寿命ってやつかしら?  
しょうがないのでそれをゴミ箱に放り込んだ。  
私とゴミ箱の斜線上にいたハヤテ君が何か言ってた気がするけど……まぁ、いいか。  
 
「ま、ある意味間違ってないわね」  
「美希!」  
黙ったハヤテ君の代わりのように、美希がとても無邪気そうな―――陰謀めいた笑みを浮かべて、話を続ける。  
いろんな苛立ちをぶつけるような大きな声も、全く役に立たない。  
「いいじゃない。当日いきなり知るほうが驚くと思うけど?」  
「それは……」  
わかってるけど……そんな楽しそうな顔で言われても納得できない。  
「ハヤ太君、生徒手帳持ってる?」  
「あ、はい、一応……」  
でも美希は沈黙を納得と受け取ったのか、ハヤテ君へと視線を移して続きを語り始める。  
「なら、98ページを見てみて」  
「えっと……『コンピューター室の利用規則について』?」  
「その下」  
……どうしてそんなに正確に覚えているのかしら。  
「ええと……『体育の授業時における服装について』ですか?」  
「水泳の授業について書いてある所、読んでみて」  
「『水泳の授業時は原則的に学校指定の水着を着用することが望ましい。それ以外の水着を用いる場合も、華美なものは不可とする』」  
これがどうかしたんですか? みたいな顔で美希を見るハヤテ君。  
今ならまだごまかせるけど……そんなことしてもしょうがない、か。  
そんな私の心境を察したのか、美希がじらすのを楽しむようにゆっくりと言葉を続ける。  
「その校則、今じゃほとんど意味がなくなってるの。みんな自分で買った水着を着ようとするから」  
「はぁ……でも、どうしてですか?」  
理由がわからなかったのかハヤテ君が不思議そうに尋ねる。普通わかりそうなものだけど……  
これは男の子だから、じゃなくてハヤテ君だから、なんだろうな。  
「ではハヤ太君。学校指定の水着といえば?」  
「え? それはやっぱり……ああ」  
ハヤテ君の顔にやっと納得の色が浮かぶ。  
そんな鈍さを微笑ましく思いながら、美希が核心に迫るのを見守る。  
知られてしまうのは恥ずかしいけど……確かにそのうちわかってしまうことだし。うん。  
「ま、そんなわけで、学校指定のスクール水着を着てるのは一部の趣味人を除けば約1名しかいないわけ」  
「約1名……?」  
言葉とともに美希の視線が私に向けられる。つられてこちらを見るハヤテ君。  
楽しそうな目と、不思議そうな瞳に見つめられる。  
まったく……  
「いいじゃない。私、生徒会長なのよ? 校則を守るのは当然のことでしょ」  
確かに可愛いとか綺麗とかそういう水着じゃないけど、そんなのは些細なこと……だったのよね。  
そんな私の言葉を聞いて、楽しそうな目はそのままに、不思議そうな瞳は納得の表情へと姿を変えた。  
……や、やっぱり恥ずかしい。  
「なるほど……つまり、その……ヒナギクさんの水着は……」  
「そういうこと」  
そう言いながら顔を見合わせ、同じタイミングでこちらを見た後、また見つめあう2人。  
「しかも……旧スク!」  
「な、なんですって!?」  
そんなやり取りを交わしてまたこちらをじっと見る2人。  
なんだか腹立つわね……  
 
「じゃ、実際に着てみましょうか」  
「なんでそうなるのよ。そもそも今水着なんてあるわけないじゃない」  
いきなり何を言い出すのかしら。  
唐突な提案をしてくる美希に、腹立たしい気持ちを隠さず答える。  
「大丈夫、ここに用意してあるから」  
そう言って、どこからとも無く取り出された……  
「な! な、な、なんで美希が私の水着を持ってるのよ!」  
「ふ……こんなこともあろうかと」  
……一体どんなことがあるって言うのよ。  
「……私、美希が何を考えてるのか時々わからなくなるわ」  
「もちろんヒナのことだけど?」  
ジト目で放った呆れ声を真顔で返されて思わず絶句する。  
「……とにかく、着ないから」  
「そう? でも……」  
でもこのまま沈黙してると間違いなくなぜか着ることになってしまう。  
あわてて抗弁を続ける私からふいに視線をそらした美希がハヤテ君のほうを……あ。  
「さっきからハヤ太君が、一番星を見つけた子供みたいにキラキラした目でこっちを見てるんだけど?」  
「ぐはっ!?」  
美希の言葉に吹き出すハヤテ君。その音は図星の意味を持っていた。  
「……ハヤテ君?」  
「い、いやあの、決してそういうわけでは!」  
どういうわけなのかしっかり理解してる時点で語るに落ちてると思うけど。  
あんまりあわてられると……からかってみたくなるわね。  
「……そんなに見たい?」  
「ぅ……ぁ……」  
とたんに真っ赤になって固まるハヤテ君。  
そんなハヤテ君の目の前で、持ち主と一緒に汗をかいてしっとりと濡れたコップから、氷が崩れる音が聞こえた。  
それを合図にしたように、ハヤテ君は小さくうなずいた。  
うん、素直でよろしい。  
「いいわよ、見せてあげる」  
たったそれだけのことで上機嫌になる現金な自分に苦笑してしまう。  
そんな私の言葉に、ハヤテ君はますます赤くなって、視線をさまよわせた。  
恥ずかしがるように。あるいは、何かを秘めるように。  
切なげに、けれど凛々しく。  
そんな葛藤の中で、瞳が揺れていた。  
あれは……えっちなことを考えてる時の顔ね。  
まったくもぉ……男の子なんだから。  
まぁ、今なら美希もいるし、そんなに変なことにはならないと思うけど……  
「さて、そろそろ帰るわね」  
「え?」  
そんな私の考えを見抜いたようなタイミングで、美希が別れの挨拶を口にする。  
「今日は5時から『振り返れば奴がいる気がする・鬼隠し編』の再放送があるから」  
ああ、あの医療現場の闇をホラータッチで描いたサスペンスドラマ……じゃなくて!  
そんなの見てるなんて聞いたことないわよ!?  
「じゃ……ごゆっくり」  
止めようとする暇もない。  
口元に笑みを浮かべながら、美希は呆然とした私を置いて一瞬でエレベーターの中へと消えていった。  
まさか……最初からそのつもりだったんじゃ……  
……どうしよう。  
「……ヒナギクさん」  
「な、何!?」  
単なる呼びかけの言葉。だけどそこにこめられた意志は明確だった。  
反射的に出た大声。それにもやっぱりこめられた意志。だけど……  
「ダメ……ですか?」  
どの道そんな顔をされた時点で、私に勝ち目なんてなかったのだ。  
 
 
着替え終わった時には、夕暮れが近づいていた。  
「えっと……」  
深呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと開けた扉の向こう。  
素早く振り向いたハヤテ君の真っ赤な顔が見える。  
「どう……かしら?」  
本当はその顔を見た瞬間にわかったけど、直接聞きたくてそんなことを口にする。  
そんな私のワガママに応えてくれるハヤテ君の笑顔は、夏の夕焼けのようにまぶしく、そしてやさしかった。  
「すごく……素敵です。ヒナギクさん」  
だからそのまま抱きしめてくる腕に、素直に甘えてしまう。  
陽だまりのような、温かい体温。私が一番安心できる場所。  
できればそのまままどろんでしまいたいけど……それは、また今度ゆっくりと。  
ハヤテ君の腕が私をソファーに横たえる。  
「ヒナギクさん……いい、ですか?」  
真剣な顔と、いつもの言葉。この瞬間の力強く静かな声だけは、ずっと変わることがない。  
絶対に口には出さないけれど……私は、この時のハヤテ君の顔が、大好きだったりする。  
だからそんなハヤテ君に、私もいつものように合図を返す。  
「うん……好きにしていいわよ」  
笑顔になったハヤテ君が、返事にキスをひとつくれた。  
「ん……っ」  
キスを続けたままハヤテ君の舌が私の唇をノックする。  
「ん……んむぅ……」  
合図に応えて、唇を開いて迎え入れる。  
「ふむ……ん……ん……」  
自分の舌はいつも口の中にあるはずなのに、ハヤテ君の舌は全然違った感触がする。  
「んむっ……ふむっ……んんんっ」  
上あごをくすぐられる。くすぐったくなって舌を絡ませ制止する。  
「んっ……ふむ……むぐ……ん、ん……」  
そのままハヤテ君の口まで押し戻す。柔らかい舌の感触と硬いエナメル質の感触を同時に感じて不思議な気分になる。  
「んんっ、んっ……んくっ……んく……ふぁ」  
唾液と吐息が混ざり合う。濡れた唇が引き寄せあう。  
まるで熱を飲み込んでいるみたいに、口から体中に熱が広がっていく。  
「ん……ふぁ……」  
熱をもてあまして身じろぎする私に、ハヤテ君の手がそっと触れてきた。  
いつものように胸に、それから胸の上で少しだけ滑らせて……不意に手を止める。  
「……どう、したの?」  
ただそれだけのことを不安に思う自分に苦笑しながら、それを隠さず不安そうな口調で言う。  
「いえ、いつもと手触りが違うな、って」  
そんな私の言葉に、ハヤテ君はふんわりと微笑んでそう答えてくれた。  
「そんなに違う?」  
ただそれだけのことを嬉しく感じながら……思わず普通の口調で言ってしまう私。  
……やっぱりまだ全部はうまくいかない。  
 
「スパッツと似てますけど、少しだけ違う気もしますね」  
だけどハヤテ君は笑みを深くして、言葉を続ける。  
そのままハヤテ君の指が、私の胸元やおなかの上を滑らかに往復する。  
「なんと言うか……ペタはテラより大きいって、よくわかる気がします」  
「な、何か……ぁ、変なこと、言ってる……?」  
握り拳でも作りそうな表情になりながら、手を動かし続けるハヤテ君。  
意味はよくわからないけど、ものすごく失礼なことを言われてるような……  
そんな私の疑問を無視して、ハヤテ君の指が胸の横から背中に回って、肩甲骨をくすぐった後、背筋をゆっくりと下って行く。  
「このあたりはそんなに変わらないかもしれませんね」  
「ふぁっ、そ、そこはくすぐったい、から……ぁ」  
本当はくすぐったいだけじゃない。けれどそれを口に出せずに固まる私。  
おしりに触れたハヤテ君は、そんな私を解きほぐすように指先を手のひらに変えて揉むように回すように撫でて。  
「なんだか……感触はいつも通りなのにいつもよりぴっちりしてて……不思議です」  
「あっ、なにか……ぁん! いつもより……っ!」  
どうしてかしら。水着とはいえ服を着ているはずなのに、いつもよりえっちなことをしているような気がする。  
そんな私の戸惑いを後押しするように、ハヤテ君はまた指だけで触れて弧を描きながら腰周りを経て、そこから―――  
「あ……ここは一緒かも」  
「きゃんっ!?」  
私の一番敏感な部分に、触れてきた。  
「ふぁっ! ちょ、ちょっと待っ……ひゃん!」  
おかしい。いつものように触られてるはずなのに、いつもよりも声が出てしまう。  
思わず伸ばした私の手が虚空をつかむ。  
「では、ここはまた後で」  
そう言いながら上へとかわしたハヤテ君の指先が、おなかの下で裾の部分に引っかかる。  
「あ……ここって本当に穴が開いてるんですね」  
発見、ではなく納得、の口調。どうしてハヤテ君が女の子の水着の構造を知ってるのかしら。  
「いつも思ってるんだけど……そういうのってどこで聞いてくるの?」  
「へ? あー……全然全くさっぱりちっとも知らなかったので調べてみないと!」  
あんまりにもあんまりなごまかしをしながら、ハヤテ君が裾からさらに上へと手を滑らせ……内側へともぐりこませてきた。  
「やっぱり、こっちのほうがいいですね」  
ハヤテ君の手のひらがおなかの上で水着にはさまれる。あまり伸びない生地だから、押し付けられるように密着してしまう。  
「や、っ、あ、んっ!!」  
そのままハヤテ君の右手が、握り締めるように動いた。  
実際にはほんの少し指先で引っかく程度の動きだったけど、まるでおなかを全部掴み取られたように感じてしまう。  
「あ……今、ヒナギクさんのおなかがきゅってなって……」  
「そ、そんなことしてないわよ!」  
「でも……」  
水着の内側でさっきまでの繊細さをなくしたハヤテ君の手が、私のおなかを捕らえる。  
撫でる手のひらは捻じ込むような振動に、くすぐる指先は強くかきむしるような動きに変わる。  
それはまるで力ずくで私の中をこじ開けて侵入してくるみたいに感じられて……  
 
「ひゃんッ! 待っ、んぁ! ちょっと、強すぎ……ふあっ!」  
「あれ……ヒナギクさん、さっきより……」  
手の動きを止めないまま、不意にイジワルな笑顔になるハヤテ君。  
そのままハヤテ君の顔が近づいてきて……思わず目を閉じた。  
「……やっぱり、こういう感じのほうがスキなんですか?」  
耳元でささやかれる。二重に不意打ちだったせいで、不覚にも動揺してしまう。  
「ば、ばかっ! そんなわけ……ぁん!」  
言葉だけの否定を、ハヤテ君の右手が握りつぶす。  
「……本当、ですか?」  
「〜〜〜ッ!」  
吐息が耳にかかる。その熱に犯される。  
「……イジワルなことされるのは、困る、けど……」  
「けど?」  
ハヤテ君の背中に腕を回し、頬をくっつけて顔を隠す。  
そのまま熱で曖昧な意識で、うわごとのように口にした。  
「イジワルなハヤテ君は……嫌いじゃないわよ」  
きっと、私、今、すごく……えっちな顔してる。  
……って、ああもぉ、笑うな!  
思わず拳を握り締め、ハヤテ君の背中を何度も叩く。  
だけどなぜか叩くごとにハヤテ君の笑い声はますます大きくなってしまう。  
「じゃあ……どれくらい『嫌いじゃない』のか確かめてみましょうか」  
そう言って、ハヤテ君が体を起こす。そのままなんとか怒ってる顔を見せる私に笑いかけながら、左手だけでベルトをはずした。  
確かめる、って……まさか……  
「この状態だとヒナギクさんのおなかの中がどうなってるのか、よくわかりますから」  
「な……そ、そんな恥ずかしいことしなくていいから!」  
思いっきり叫ぶつもりが、小さな声しか出なかった。  
おなかに力を入れると、それが伝わってしまいそうだったから。  
右手を水着の内側に入れたまま、左手で下の布をずらして、ハヤテ君が体を傾けてくる。  
「え? やっ、その……ちょっと!」  
足だけでバランスを取ってるのはすごく器用なことだけど……当然、両手が使えない以上ブレーキがないも同然なわけで……  
「―――ッ!!」  
そのまま一気に貫かれた。  
「あ……いつもより、きつく……っ!」  
そう言いながら、ハヤテ君の右手が私のおなかを押さえる。そのせいで、私もいつもより余裕がない。  
「だっ、て……ぁん! そんなに、押さえつけられたら……」  
「へ? そんなに力、入れて……」  
私の抗議を聞いたハヤテ君は、一瞬不思議そうな顔をして……  
「そうですよね、こんなに押さえてたらきつくなっても仕方ないですよね」  
不意にイジワルな笑顔になる。  
 
「わ、わかってるなら……ッ!」  
そう言いながらハヤテ君は手のひらにますます力を入れ、動き出す。  
引き抜かれてもその分ハヤテ君の手に押し込まれる。  
狭くなった私の中を、また貫いてくるハヤテ君。  
繰り返されるごとに、どんどん、どんどんきつくなっていく。  
「……ッ! やっぱり、すごく、きついです……っ!」  
「それは……んんっ! ハヤテ君の、手、が……ぁん!」  
ハヤテ君が笑う。イジワルに、だけど柔らかく。  
「それじゃあ……もっと、きつくしてみましょうか?」  
そう言いながらハヤテ君が動く速さ、押さえる力はそのままに、指先を強く折り曲げる。  
「やっ、これ以上は、ホントに……っ!」  
ハヤテ君の指に翻弄される。自分の体が自分の思い通りにならない。  
体の主導権が消失する。その場所に、ハヤテ君の存在が流れ込んでくる。  
どちらが動かしているのか。どれが自分の体なのか。それすらわからないくらい、ハヤテ君を近くに感じる。  
「なら……やめましょうか?」  
不意に動きを止め、イジワルな言葉をイジワルな笑みで言うハヤテ君。  
ここで本気で嫌だって言えば、きっと本当にやめてしまうだろう。  
それはハヤテ君の優しさで……だからこそ、拒否できない。  
ああもぉ……ずるいなぁ。  
「……ばか」  
すねた子供のような態度で、短く発した言葉。だけどそんな自分を見せられることが、少しだけ嬉しい。  
それを聞いたハヤテ君は、心から安心したような微笑みを浮かべた。  
「じゃあ……思いっきり、いきますね?」  
そう言いながら、ハヤテ君が再び動き始める。  
加減を考えないまま、暴走しているように荒々しく。  
さっきよりも強く、ハヤテ君の存在を感じる。  
「うんっ、きて、きてぇ……っ!」  
「あ……また、ちょっと……きつく……ッ!」  
だから、私も少しだけ素直になれる。  
「あは……こういうヒナギクさんも、可愛いですよ」  
「ば、ばかぁ……そんなこと……んぁっ!」  
そんな私の何もかもが、ハヤテ君に手のひらから伝わってしまう。  
それを恥ずかしく、嬉しく思いながら、どんどん早くなっていくハヤテ君の動きを受け止める。  
「そろそろ……いき、ます……ッ!」  
そして、ハヤテ君が熱を解き放つ。  
「ぁ……私も、もう……っ!」  
その熱さをハヤテ君の手のひらから隠すように、奥深くまで飲み込んでいた。  
 
 
いつの間にか、夕日は沈んでいたらしい。  
オレンジと黒の境目の時間。地平線の向こうから、かすかに届く穏やかな光。  
その光に鎮められたように、あれほど激しかった私たちの動きも止まっていた。  
お互いの息遣いだけがあたりに響く。熱の余韻に浸りながら溺れかけたみたいな荒い呼吸を繰り返す。  
……まぁ、ある意味とっくに溺れてるけど。  
「でも、ちょっと残念な気もしますね」  
私より早く息を整えたハヤテ君が、穏やかに言う。  
「……何が?」  
少しだけ間を置いて、私も答える……しかたないけど何か悔しい。  
「いえ、その……もうすぐ皆がヒナギクさんの水着姿を見るんだな、って」  
残念、と言いながら、ハヤテ君は笑っていた。  
そんな風に独占欲みたいなものを覗かせてくれるのは珍しい。  
そのまま優しく、そして丁寧に髪を撫でてくれる。  
「でも……こういうことをするのは、ハヤテ君とだけよ?」  
目の前に、私の好きな笑顔をしたハヤテ君。  
そんな合図に応えて、私は自然と微笑む。  
「じゃあ、今のうち、ということで……」  
だからハヤテ君は安心したように、深く静かな熱を伝えてくるようにふっと息をつき、言葉を続ける。  
「もう1回、いいですか?」  
それは質問じゃなくて確認の言葉……今日は何度『もう1回』があるのかしら?  
「もぉ……しょうがないわね」  
そっとささやき溜息ひとつ。  
そんな私の、贅沢な憂鬱。  
 
もうすぐ、夏がやってくる。  
 
 

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