その晩。屋敷のPC室のなかで、長い髪を二つ分けにしている大富豪の少女は  
百面相をしていた。  
 PCに接続されたカメラ。何の変哲もないソレは撮った画像を30インチの大画面液晶に  
映し出している。  
 
「お嬢さま、何をなさっているんですか?」  
「うわあああぁぁあっ」  
 突然背後から声を掛けられて、ナギは後ろに飛びのく。  
 当然声を掛けてきた執事、綾崎ハヤテとは激しく衝突するわけだ。特に顎とか。  
 頭頂部を両手で押さえながら  
「と、突然声を掛けるな! ノックぐらいしたらどーなんだ!」  
 と怒鳴るナギ。  
「しましたよ? 声もお掛けしましたが、返事がないので入らせて貰いました。  
驚かせてしまって申し訳ないです」  
 と綾崎ハヤテ。  
 
 頬を赤く染めているご主人様を無視しているのか気づかないのか、執事の少年は  
PCを覗き込む。  
「へー。最近のパソコンはビデオカメラにもなるんですねえ……え?!」  
 画面の中のウインドウに映っているのはPC室の壁と、その前に佇む一人の青年。  
 歳の頃は二十才位だろうか、優しそうな目をした青年がその画面に、執事の制服を着て  
立っていた。  
 
「え? これって? え?」  
 
 慌てたハヤテは手を振ったり、カメラを指差してみたりするが、液晶画面の中の  
執事の青年はハヤテと全く同じ動きをしている。  
 自分と同じ服を着た、自分と違う顔の人間。  
 パニックに陥っているハヤテにナギが言った。  
 
 
 
 
「それは五年後のハヤテだ」  
 
 
 
 
「本当にこうなるんですか? オトナじゃないですか」  
「五年後なんだから、ハヤテは21歳だろ。オトナに決まってるだろ」  
 呆れたようなナギの声。  
「あ、そうか。そうですよね」  
 へー。とかほー、とか言いながら百面相をしたり、笑ったり、手を振ったりしている。  
 PC画面に映っているのは今の丸顔がほんの少しだけ面長になっているハヤテ。目も口元も  
キリっと引き締まっていながら、目の優しさは今と変わらない。  
――今でもカッコいいけど、今より数倍はカッコいい。いや数倍は言いすぎか。  
ハヤテは今だってカッコいいからな。いやでもそれよりもカッコいいってことはやっぱり  
何倍かはカッコよくなってるんだろう。うん。そうだ。  
「あのロボットを作ったアイツ……」  
「牧村さんですか」  
「そう、そいつの研究所で作らせたソフトだ」  
 自分のことでもないのに無い胸を張るナギ。  
「人間の顔の特徴を検出して、骨格から判断して年齢に応じた修正をするんだ。  
95%以上の確率で――」  
 
 聞きかじりの知識をひけらかしているナギだが、ハヤテの反応が全くない。  
 訝しく思ってハヤテの方を振り向く。  
 
 ハヤテは呆けたような顔で画面を見つめている。  
 カメラの前にいるのはハヤテと、ハヤテに聞きかじりの知識を解説しているナギ。  
 カメラのフレームにはハヤテとナギの上半身全てが収まっている。  
 
 
 そして、PCの画面に映る女性にハヤテは見とれていた。  
 
 
 卵型の顔。ふっくらとした唇とほっそりとしたあご。  
 明るい色の髪の毛を垂らした細い首筋。大きな瞳。  
 どこからどうみても美人としか言いようのないナギがそこにいた。  
 
 ハヤテに見られている、と気づいたナギは緊張した声で尋ねる。  
 
「…………ど、どうだ?」  
「……」  
 ハヤテの無言の回答は、何よりも雄弁だった。  
 30インチ液晶のほぼ全面に拡大されたウインドウの中に、ハヤテの視線は釘付けになっている。 呆けたような表情で、どこか陶然とした目の色で、将来のナギの姿を  
食い入るように見つめている。  
 
「お…嬢……さま……? よろしいですか」  
 ハヤテはナギの肩を掴んで、カメラの正面に立たせる。  
 身体の前にナギを据えて、頭の上からカメラと画面を眺める。  
 
 大人になった自分に寄り添っているかわいい女の子。  
 今よりももっとカッコよくなっている執事の少年に抱きかかえられる未来の自分。  
 ハヤテとナギが画面の中に見ているのはそんな風景。  
 
 
――なんて言うんだろう。この人を見ていると胸の中がかあっと熱くなって、  
ドキドキして。息が苦しくなって。でも目を離せない。全身の骨が熱くなって  
痒くなる感じがする。こんなキレイな人を見たのは……生まれて初めて……  
 
 雪の日に自転車で轢かれたときの記録(マリアさん)をすっかり更新した新記録。  
 ハヤテの中でその画面の中の人は赤丸急上昇トップ1入りどころか殿堂入りの  
永久欠番級の美人さんだった。  
 
 ぽかんとした表情で画面の中のナギを見つめるハヤテ。  
 
「どうだ?」  
 震える声で、ナギが尋ねているのに気づくハヤテ。  
 
 如才ない少年にしては珍しく、ぽそりとホンネを口にしてしまうハヤテ。  
「お嬢様は、大人になってもそれほど大きくならないんですね」  
「なッ……」  
 絶句するナギ。  
 胸元が、こう、今よりは多少は豊かにはなっているものの今現在十七歳のマリアよりは  
格段に見劣りがする状態であることに気づいていたからだ。  
 そんな絶望感と哀しみに囚われていたナギだが、ハヤテの言葉でその暗雲は晴れあがる。  
「でも、女の子はこれくらいのほうが可愛いですよ」  
「そ……そうか?」  
「ええ」  
「でも、マリアはもっと……大きいぞ」  
「そうですか?」  
「そうだ」  
「でも、お嬢さまはこれくらいが丁度いいと思います」  
 ハヤテは貧乳スキーだったのか!とナギは驚く。  
 だったら毎晩飲んでいる牛乳一リットルはもうやめよう、と決意するナギ。  
 
「女の子はそれほど背が高くないほうが可愛いと思いますし」  
 
 ハヤテが胸のことではなく身長について言っている、ということに気づいて  
ナギは赤面する。  
 
「た、たしかに……こ、このくらいの……身長差のほうが……いいよな」  
 二人で一緒に歩いたときのことを考えてナギが頬を赤らめる。  
 すると、画面の中の大人ナギも頬を染める。  
 普段見慣れている少女の、大きくなった姿。  
 子供っぽさは消え、少女の中の可愛らしさと綺麗さを何十倍にも増幅したような、  
そんな美女が画面の中で恥らっている姿。それを目にするとハヤテの動悸は激しくなってしまう。  
 
「お嬢さま……可愛いです」  
 大好きな執事の少年が、初めてそう言ってくれた。  
 
――ただ誉めただけなのに、ナギお嬢さまはぴくんと小さく震えたみたいだった。  
 
――可愛い……  
 
 その感情が画面の中のナギの将来像(18歳)に対して感じた思いなのか、  
それとも今自分の前にいる小さな女の子に対して覚えた感情なのか、ハヤテには  
わからなかった。  
 
 熱に浮かされたような表情で、ハヤテはそっと手を動かした。  
 
 ノースリーブの肩を後ろから掴んでいたハヤテの手が、二の腕に下がってくる。  
 ナギは執事の掌の感触にドキドキしている。  
 掌は両肘を撫でるようにかすめると、みぞおちの辺りでハヤテの手が合流する。  
 今ナギがいるのはハヤテの腕の中。  
 後ろから軽く抱きしめられている。  
 執事の制服越しに感じるハヤテの身体の熱さにナギは緊張と興奮を同時に感じている。  
 へその少し上に当てられた掌からじんわりと伝わる熱。  
   
 その熱がナギの身体を溶かしてしまう。緊張しているのに、身体からは力が抜けていく。  
   
 
 画面の中の女性は頬をばら色に染めながら、うっとりとした潤んだ瞳で画面の中から  
ハヤテを見つめてくる。  
 その顔は見てるだけでハヤテの心臓はドキドキしてくる。息が苦しくなってくる。  
 
 
 ハヤテは潤んだ瞳で「お嬢さま」と耳元に囁く。  
 ナギの臍の前あたりで組まれたハヤテの腕に力がこもってくる。  
 
 ハヤテの腕に包まれながら。  
 ハヤテの声が背中から響く。  
 触れ合った肌がビリビリと震え、ハヤテのかすかな体臭がナギの鼻腔を刺激する。  
――どうなってもいい。  
――どうにでもして欲しい。  
――ハヤテに、好きなようにして貰いたい。  
 チリチリと痺れるような感覚がナギの子宮から溢れてくる。  
 熱い熱がナギの身体の芯を蕩けさせていく。  
 
 あと数十秒。  
 それだけの時間があったら、この二人の関係に決定的な何かが生まれていたかもしれない。  
 
 そんな二人の仲を引き裂いたのは――  
 
「ナギ? お食事の用意ができましたけど「うわあっ」「な、なんだマリアッ」」  
 慌てて離れながら、ハヤテとナギは同時に叫んだ。  
 
「よ、用事があるのならノックをしろっ!」  
「ノックしましたけど?」  
 と、マイペースな美人さんは言う。  
 
 
「あら? それはなんです?」  
とマリアさんはカメラを覗き込む。  
 
 画面のウインドウにはマリアさんが映っている。  
 今の姿と変わらないマリアさん。  
 
 ……五年後?  
 ……このカメラって、五年後を映すカメラだったんじゃ!?  
 
 二人の脳裏に同じ疑問が浮かぶ。  
 
「もしかしてプリクラでもなさってたんですか」  
「ま、そ、そんなとこだっ」「え、ええ……」  
 

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