人間万事塞翁が馬とはよく言ったもので、己の立ち位置がどうなっているのかは、その時点になってみなければ分からないものだ。  
 昨日は昨日、明日は明日。  
 そんな風に割り切ってしまう利便的な人格が必要とされる時代なのかなーって思う今日この頃。  
   
 紆余曲折があったにせよ、私とハヤテ君がその……こ、恋人であることは事実だから、休日の一時を一緒に過ごしたっておかしくはないのよ。  
 むしろ当然だと思っていいくらい。  
   
 横顔を想像して、事あるごとにポーっとなっちゃったり、待ち合わせの2時間前から待っていたなんてことは絶対にない……ないったらないっ!  
   
 それにしても、声を掛けてくる男が後を絶たないわね。  
 ……やっぱりちょっと早く来すぎたかしら?   
 でも、ここで憧れていた台詞を言わないことには始まらない。  
 ここまで頑張ったんだから、もう少しくらい……  
 
「あ、ヒナギクさんもう来てたんですか」  
「い、今けたとこ……」  
 噛んだ……  
 
 
 
 
〜にかいめ〜  
 
 
 
 
 事の発端は一昨日の金曜日に遡る。  
 相変わらず多忙なルーチンをこなしているヒナギクさんが、仕事の合間を縫って掛けてきた電話から。  
「えっと……日曜日なんだけど、二人でお出掛けしない?」  
 前後の会話なんて、その言葉ですっぽりと抜け落ちてしまった。  
 電話口の向こうで、頬を真っ赤に染める彼女の表情が容易に想像できる。  
 僕自身もご他聞に漏れずフリーズしてしまったことは言うまでもないわけで。  
 結局詳細は曖昧なまま、約束の時間だけを脳裏に刻み込むのが精一杯だった。  
 そんなこんなで至ったのが、この状況だったりする。  
 
 
「どうしたの? ボーっとしちゃって」  
 大きな通りからは少し離れた陽当たりのいいオープンカフェで、差し向かいに恋人を置いてのランチに興ずるなんて、  
ちょっと前の僕からしたら、想像もできないことだろう。  
「いえ、何か幸せすぎて信じられないなって」  
 心底そう思う。  
 そもそも下手したら、命すら危うい状況だったのだから。  
   
 僕が零した言葉は、そのままヒナギクさんのツボにも嵌ったみたいだった。  
 ボンッという擬音が聞こえそうなほど、瞬間的に赤く染まる彼女の表情。  
 うーん、嬉しいんだけど何か体に悪そうな気がする。  
 
「へえ……でも本当は、ハヤテ君なんかただの荷物持ちで、本命は他にいるかもしれないわよ?」  
 またまた……天邪鬼なんですから。  
 頻繁に話すようになって、彼女の人となりが何となく分かってきた。  
 いわゆる筋金入りの負けず嫌い。   
 恐らく僕の言葉に振り回される自分が許せなかったんだろうな。  
 だからこうやって嘘をついて僕の反応を楽しんで、にやにやしながら窺っているんだ……  
「あれ?」  
 場に相応しくもない思いつめた表情……って、それはヒナギクさんは本気だということで、僕はどうすればいいのでせう?  
   
 パニックに襲われる頭が、ぐるぐると思考をかき乱す。  
 あれ、嘘ですよね? 嘘でなきゃ困るなー、……嘘だと言ってよバーニィ!   
 いやいやいや、ここまで持ち上げといてそれはないじゃないですかヒナギクさん!  
 
「ちょ、ちょっと! 冗談をそんな本気にしないでよ」  
 その言葉を聞いて、やっと全身の力が抜ける。  
 全く、心臓に悪いですよ。  
 
 僕の百面相がよほど面白かったのか、涙を浮かべて笑っているヒナギクさんを見て、彼女と付き合っていくのは  
色々と大変なんだろうなと思ってしまった。  
   
 ……だからそこで、「勝った」なんて握りこぶしを作らないで下さいよ。はぁ……  
 
 そこからの半日はあっという間だったように思う。  
 デートなんて経験が皆無に等しい僕からすれば、ヒナギクさんをエスコートすることなんて考えられなくて。  
 眩しい笑顔を湛える彼女にドキドキしながら、終始引っ張られていた。  
   
 CDショップを冷やかし、ゲームセンターでプリクラを撮る。  
 小悪魔なヒナギクさんに下着売り場に引っ張り込まれてあたふたしたり、ばったり出くわした東宮君を軽くあしらって、  
「やめてよね。本気を出したら東宮君が僕に勝てるわけないだろ?」何て、自由に乗る調整者の如く調子に乗ったりもした。  
 ソフトクリームを片手に、「おし〜りやすりでふっきふき《うおっ、血!?》」などと、某お昼の人気番組やサングラスの森田さんに  
喧嘩を売るような替え歌を口ずさんでいた泉さんを見たときは、どうしようかと思ったけど。  
   
 総じて心から楽しい時間だったと断言できる。  
 願わくば、ヒナギクさんにとってもそんな時間であっていてくれれば嬉しいかな。  
 ……聞くだけ野暮ですね。満面の笑みと、僕の掌を包む彼女の優しい感触が、全てを物語っていた。  
 
 
「今日は楽しかったです。誘ってくれて有難うございました、ヒナギクさん」  
 歩幅に合わせてゆっくりと流れていく景色は、馴染み深いものに変わってきた。  
 もう少し――あと一つ路地を曲がれば彼女の家に着く。それが楽しかった旅の終着駅だ。  
「あら、特別なことじゃないでしょう? だって私達恋人同士なんだ、し……」  
 尻すぼみに小さくなっていく声と、照れ隠しに握る力を強めた手の感触が、壮絶な自爆を物語る。  
 自分で言った台詞に撃沈されているヒナギクさんという滅多に見れない姿だったが、観賞している暇はなかった。  
 ……だって、そんな攻撃を受けて、僕が無事でいられるわけないじゃないですか。  
   
 家の前まで辿り着く。  
 数週前の出来事が夢のようにぼんやりと思い出される。  
 この場所で一世一代の大立ち回りに臨んだことは記憶に新しい。  
 
「じゃ、明日また学校で」  
 幾分か名残惜しさを感じつつも、ヒナギクさんに不快な思いはさせられぬとばかりに、殊更明るい声を発した。  
 だけど、その考えはどうやら彼女はお気に召さなかったようで――  
「むー、ハヤテ君ちょっと淡白すぎ」  
 なんて、頬を膨らませてしまわれました。  
「あ……え? うーんと……あはは」  
 思わず愛想笑い。昔から内心を隠すために、ポーカーフェイスの代わりとして笑顔を貼り付ける癖がついてしまっているせいか、  
困ったときは思わず出てしまう。ここでも同様だった。  
 ……うーん、これは直さなければいけませんね。  
 
「……のよ」  
「え?」  
 思わず内省モードに入っていたためか、ヒナギクさんの言葉を聞き逃してしまった。  
「だから、今日は家に誰もいないって言ってるの!」  
「あ、そうなんですか」  
 反射的に答えて、それから彼女の言葉の意味を考える。  
 あれ? これはつまり……  
「つっ!」  
 時間差で漸く理解が追いつく。  
「嫌なの?」  
   
 綾崎ハヤテ、ここに陥落。  
 ヒナギクさんが不安そうな表情で見上げてくるけど、そんな不安は全くのお門違いで、  
惚れた弱みを握られている僕からしたら、断る術なんか持ち得るわけがないのでした。  
 
 
 時計の針が時を刻む音だけが、凛とした静寂の中、ただ響き渡る。  
 お互いの体温を感じ合う様に触れ合う肌の向こうから、とくとくと可愛らしい鼓動が聞こえてきた。  
 
「はぁ……」  
 漏れる溜息は、さながら女神の吐息か。  
 僕の腕ですら回りきってしまう華奢な体躯をすっぽりと包んで、まるで存在を確かめるかのように、二人の空間を詰めていった。  
   
 まずはキスから。  
 お互いの体温を感じ合う様に、頬と頬をくっつける。  
 そこから一端顔を離して、にこりと微笑みあう。  
「ん。ハヤテ君だー」  
 幸せそうな表情が、僕の気持ちを溶かしてくれた。  
   
 最初は軽く触れ合うような啄ばみ合い。  
 唇同士が触れ合う柔らかな感触が、僕の背筋をぴりりと抜けていく。  
 興が乗り、おもむろに彼女の唇を割る。  
 そして素早く舌を絡ませた。  
 始めはびっくりしたような反応を見せたけれど、鼻に掛かった吐息と共に迎え入れてくれた。  
 
「ん……はぁ……」  
 溶け合うように、お互いの存在を刻み込むように。  
 激しく舌先でお互いを理解していく。  
 それは得も言われぬ高揚感と共に、神聖な感慨を僕に抱かせてくれる。  
   
 どのくらい唇を合わせていたのか。僅かな身動ぎが契機となって、体を離す。  
 暗い室内に、僕とヒナギクさんを繋ぐ銀の橋がきらりと光る。  
 普段は決して見せないだろうとろんとした目つきで、名残惜しそうに見上げてくるヒナギクさんの姿が、僕の最後の理性を粉々に砕いてくれた。  
   
 ベッドに腰掛けるヒナギクさんの裸身はとても綺麗で。  
 ある意味勢いに乗っただけで余裕なんて全くなかった最初の交わりの時には、知覚することが敵わなかった美しさ。  
「そ、そんなにじろじろ見ないでよ……」  
 思わず陶然と見詰めていたらしい。  
 僅かに羞恥を含ませながら抗議してきた。  
   
 目線を合わせ、もう一度キス。  
 同じようにベッドに腰掛けて、彼女の隣に移動。  
 そのまま手探りで可愛らしい意匠のブラジャーのホックを外し、優しく彼女を横たえた。  
 その目に宿るのは、期待と不安。  
 初めてではないとはいえ、慣れることのない愛の行為への恐れはあるだろう。  
 だが、仰向けになった彼女の小ぶりな乳房は、それを遥かに上回る期待へと打ち震えている。  
   
 思わずその桜色の蕾にむしゃぶりたくなる衝動を必死に耐える。  
 そして、大事なものに触れるように、先端に優しく口づけた。  
 
「うあっ……」  
 敏感に反応を返してきたヒナギクさんの体を全身で感じながら、口付けの箇所を鎖骨へと移す。  
 同時に細くしなやかな腰を、柔らかな背を、引き締まったお尻を、優しくゆっくりと愛撫していく。  
 そしてその矛先を緩やかな脚線美へと向けると、硬く閉ざされていた足は、力なく開かれた。  
   
 羞恥に耐えるように閉じられていた口からは、徐々に官能の色を含んだ吐息が漏れ始め、彼女の心が緩やかに開放されていくのを感じることが出来る。  
 ショーツ越しに彼女の一番敏感な部分を刺激すると、甲高い嬌声と共に、背筋をぴくりと伸ばした。どうやら軽い絶頂を迎えたらしい。  
 白い肌を桃色に染めながら朦朧としているヒナギクさんの姿を眺めながら、機を見るに敏とばかり、一気にショーツを脱がせる。  
 そして、彼女が抵抗する意欲をなくしている間に、両足の間に顔を埋める格好で、まだ完全には成熟していない女の子の部分を見詰める形になった。  
 
「え……ちょっと、いやぁ」  
 意識を取り戻したヒナギクさんが、羞恥に耐え切れず懇願の色を含んだ悲鳴を上げて、再び足を閉じようとする。  
 けれども僕がそれを許すわけもなく、更なる侵攻とばかりに、彼女の秘所へ舌での愛撫を開始した。  
 
「ひぁっ! やだやだ、ハヤテ君止めてよぅ……」  
 両手を使って懸命に頭を退けようとしてくるヒナギクさん。  
 だけど、彼女が本気であるならば容易に押しのけられるはずなのに、掠れた声を上げる体にはその力がない。  
 それを肯定だと良いように解釈した僕は、そのまま愛撫を続けていった。  
   
 淡く慎ましやかに繁る彼女の草叢は、とめどなく溢れてくる愛の雫と僕の唾液によって濡れて皮膚に張り付き、体の中心を通るクレバスは半ば剥き出しに。  
 決して経験が豊富ではない彼女の亀裂も、絶え間ない刺激によって、徐々にその花弁を開いていく。  
 そして、普段は決して現れる事のない壁の向こうから、ぷっくりと膨らみ始めた敏感な蕾が萌芽しはじめた。  
 
「ひっく……え、ハヤテ君? ん……」  
 羞恥の涙を唇で受け止め、飾らない想いのたけを、彼女の耳元に囁く。  
 それは不器用だといわれようと、不恰好に見えようと、自分を伝える大切な行為。  
 頬を真っ赤に染めたヒナギクさんを視界で受け止めて、視線だけで想いを交し合う。  
 そして生まれる素敵な笑顔。  
 幸せな気持ちを胸に、再び貪るように舌を絡ませ合った。  
 
「あっ……はぁ……」  
 指の腹の部分で、過敏な肉芽を刺激する。決して力を入れすぎることなく、慎重に。  
 触れるたびに、まるで落雷でも受けたかのように震え、未知の快感に怯えるように僕にしがみついてくる。  
 あぁ、愛しいという言葉は、こんなときのためにあるんですね。  
 全身で愛情を示してくれるヒナギクさんのいじらしさに、涙が溢れそうになった。  
 
「ん……ハヤテ君、何か当たってる」  
 当たってるといわれても、それは僕のアレ以外にないわけで……  
 それに気付いたヒナギクさんも、頬を赤く染めて照れ隠しの笑みを浮かべた。  
 意識してしまえば、自分の分身が如何に危険な状態にあるのかが分かる。  
 痛みを伴うほどに膨張してしまった肉径は、ともすれば暴発してしまいそうだ。  
 はけ口を探したかのようにヒナギクさんのクレバスをトランクス越しに叩いて、くちゃりと淫靡な音を立てた。  
   
 良いですか? と訊ねる。  
 ここまでやっておいて今更ではあるのだが、一応意思を確認。  
 僅かに瞳を伏せて肯定の意を示したヒナギクさんを見て、最後の鎧を脱ぎ去った。  
 
「うあっ!」  
 文字通り杭で穿たれたように、衝撃に背を逸らすヒナギクさん。  
 経験に乏しい秘所は、華奢な体躯と相まって、僕を受け入れるのには痛みを伴う。  
 まだまだ未成熟な交わりに、熱に浮かされたように声を上げた。  
 愛するヒナギクさんが苦痛に耐える表情は、僕に罪悪感を与えながらも、心のどこかで嗜虐心を喚起させてしまう。  
 それを必死で押し殺しながら、ゆっくりと律動を開始した。  
 
「あっ……ハヤテ君、ハヤテ君!」  
 決して届くことの無い存在だと思っていた。  
 幸福とは全く対極に生きる僕には、鮮やかで眩しいヒナギクさんは、云わば虚構の偶像であったとすら言える。  
 そんな彼女が、可憐な肩を震わせながら僕を受け入れてくれる。  
 その事実に、これまで生きてきた中で最高の充足感を得ることが出来た。  
 
   
 とても狭く、抵抗の激しい彼女の中を、リズムを刻むように突き続ける。  
 膣道を押し広げ、僕の形を刻み込むように進んでいく。  
 そして遂に一番奥、ヒナギクさんのもっとも神聖な部分に辿り着く。  
「何か変だよ、私……」  
 本能的に快楽を畏れているのだろうか。  
 自分の体の変化にびっくりしたのか、涙を浮かべながらイヤイヤと首を揺らすヒナギクさん。  
 前後運動で突き上げられるたびに、お尻が持ち上げられるような形になり、結合部分が嫌でも視界に入ってしまうのだろう。  
 これ以上見ていられないとばかりに、必死で僕の首にしがみついてきた。  
 その姿に、ますます愛しさを感じてしまう。  
   
 苦痛が主だった喘ぎ声には徐々に悦楽の色が混じり始め、彼女が零す暖かな粘液が、律動を滑らかにしていく。  
 始めは欲望のままに突き上げるだけだった僕の動きも、彼女の内壁が解れていくにつれ、徐々に変化を付けていった。  
 様々な角度から打ち込み、より敏感な部分を擦るように動かしていく。  
 
「あぁ……っく!」  
 何かに耐えるようにきゅっと口を閉ざすヒナギクさんの耳元で、感じたままの声を聞かせて欲しいと懇願した。  
「そんな……だって、恥ずかしいし……」  
 言葉とは裏腹に、嬌声は激しさを増していく。  
 突き上げるたびに結合部から甘い蜜が飛び散り、おなかの辺りまで跳ねるようになった。  
 その光景がお互いの潤滑油となって、ヒナギクさんの声が昂ぶり、また切羽詰ったものに変わっていく。  
 
    
 もう、言葉は要らない。  
 最後の時が近づいてきたのを感じた僕は、軽く触れるだけの口付けを置き土産に、ラストスパートに入った。  
 全身そのものを叩き込むように、激しく腰を打ち付ける。  
 ヒナギクさんも、流れるような髪を振り乱しながら、嵐のような律動を全て受け入れるように包み込む。  
 お互いにきつく腰に手を廻したのは、決して離れないという意思表示。  
 
「あっ……ハヤテ君、何か来る! 怖いよぅ……」  
 互いの境目すら消えてなくなり、文字通り一つに解け合ってしまうのではないかという感覚。  
 それを経て更に深く繋がろうと、溶け合おうとお互いを強く引き寄せた瞬間――  
   
 未知の絶頂に子宮を収縮させるヒナギクさんを感じながら、僕は愛しさを解き放った。  
 
 
 
 
 
「私ってえっちな女の子なのかしら」  
 僕の腕を枕に、胸に熱い吐息を掛けながら、そんなことを言った。  
 
「どうしてですか?」  
「だって……あんなに乱れちゃうなんて思ってもみなかったし……」  
 真っ赤に染まった表情を隠すかのように、胸に顔を埋めてくる。  
 
「可愛かったですよ、凄く」  
「もうっ!」   
   
 
 
 見えないものは移ろいやすく、形あるものはやがて壊れていく。  
 そんな唄を歌っていたのは誰だったか。  
 でも僕は、そんな儚いものばかりじゃないと、高らかに宣言したい。  
 だってほら、僕の宝物は、慈愛の表情で包み込んでくれる。  
 この愛しさをそんな簡単に手放すわけがないだろう。  
   
   
 二人で紡いでいく物語を、容易に断ち切ることは許さない。  
 幸せを繋ぎとめるように、今一度、愛しい彼女を抱きしめよう。  
 
 ――胸の中で、ヒナギクさんが眠るまで。  
 
 
 
 
〜fin〜  
 

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