「何か……言いまし……た?」  
 本来ならそんな《芸人なんかヤメちまえっ!!》と、昔気質の師匠がいるいれば、間違いなく拳骨付きで怒鳴られたろうか細い声。  
 自信なさげな弱々しい囁きが、他人の耳に普通は届くわけがない。  
 だがこの幸薄い借金執事は、色々な意味で、そう、本当に色々な意味で、《普通》という言葉とは、とことんまでも無縁である。  
 敬遠されてるといっても過言ではない。  
 だから声の調子こそは、咲夜以上に張れてなく、情けないほど上ずりキョドってはいるが、  
 ググゥ………ググッ……グググッ………  
 しっかりと聴こえてるみたいだった。  
 放ったばかりだというのに、もう股間は呆れるというか何というか、完全に、いや、むしろさっきより雄々しくそそり勃っている。  
「あの、何て……言ったんですか?」  
 でも基本的に小心者なのだ。  
 聴こえてるのはモロバレなのに、わざわざ咲夜に聞き返したりする。  
「咲夜さん?」  
 勿論ハヤテには意地の悪い下心はない。  
「…………」  
 それは咲夜にもわかってる。  
 わかってはいるが、それを正直に言うことが、どんなに乙女にとって恥ずかしいか、この借金執事は全然わかってない。  
「顔がメチャメチャ気持ち悪い」  
 改めて訊かれて、咲夜はちょっとだけ、このニブい男に腹が立ってきた。  
 これ見よがしにぷいっと、そっぽを向いたりする。  
 ナギの前ではおねーさん風を吹かせてるのに、そのわかりやすい拗ねてる仕草は、何だか幼い子供みたいで微笑ましかった。  
「はい…………すいません…………すぐに拭きます…………から」  
 とはいえ今眼の前にいるこの咲夜を、ハヤテはとてもではないが、子供扱いなんぞできそうもない。  
 むわっと濃すぎる臭いが立ち込めてる。  
 顔を汚しただけでは飽き足らず、年齢にしては豊かな咲夜の胸元へと、じわりじわりと、密かに侵食しようとしている白濁液。  
 ぶっちゃけありえないくらいにエロかった。  
 それに男は何故かつれない態度に心ときめくという……。  
 超人硬度だったら――10。  
 ハヤテの勃起はいまやガンガンと、気持ちよく豪快に釘が打てそうだった。  
 内心の動揺を隠してポケットからハンカチを出すと、ハヤテは《失礼します》と断って、咲夜の顎にそっと優しく手を掛ける。  
 
 くいっと軽く持ち上げても、  
「…………」  
 不機嫌な顔こそ崩してはくれないが、栗毛のお嬢様は少しも逆らわなかった。  
 右に左にと首を振られても、借金執事にされるがままである。  
 どころか気持ちよさそうに目を細めていた。  
 でも、  
「……違う」  
「えっ?」  
「そうやない」  
 ハヤテの手を取って押し留めると、咲夜はずずいっと、顔、ではなく唇を、キスでもせがむように突き出す。  
 目蓋は閉じられていた。  
 思わずごくっと喉が鳴ってしまったのは、思春期の男の子だからして致し方がない。  
「舐めぇや」  
「へっ?」  
「うちはちゃんと舌で舐めたんやで? 自分はハンカチなんて可笑しいやろ? そんなんは不公平やと思わんのんか?」  
 羞恥の色。  
 とでも形容するのだろうか。  
 とっくのとうで赤くなっていた咲夜の顔色が、言葉を紡ぎながら、さらにさらにどんどんと綺麗に赤くなっていく。  
 台詞はちょっと早口だった。  
「いや、でも、その」  
「もしかして自分? 人の顔に盛大にぶちまけといて、うちにはでけへん言うのんか?」  
「ああ……っとですね」  
「早くぅ」  
 手首がぎゅっと握られる。  
 それと同時にハヤテは気づいた。少女の睫毛がふるふると、小刻みに震えているのに。  
「……わかりました」  
 そしてそこまでさせてモジモジするほどには、ハヤテはダメ人間でもなければ、情けない男でもなかった。  
 逆に咲夜の両の手首を握ってテーブルに座らせる。  
 抵抗がないといったらそれは嘘だ。  
 できるならしたくはない。  
 自分の放ったのを舐めるなんて、それはいくらなんでも極めすぎてる。その世界は十代で踏み込むにはまだ早い。  
 だが少女に募る愛しさはそれ以上だった。  
 
 舌を伸ばして顔を近づける。  
「………あ」  
 吐息を感じたのか、ぴくんっと、咲夜が小さく首をすくめた。  
 ぺろ……  
「んッ!?」  
 ほっぺに付いてるクリームを、ハヤテは意を決し、舌を伸ばして掬うように舐め取る。  
「…………」  
 正直味については考えたくもない。ないが、最初のハードルさえ越えてしまえば、何とか、我慢できないこともないこともない。  
 とりあえず複雑な味である。  
 ぺろ……ぺろり……ぺろ………ぺろ……ぺろり…………  
 ハヤテはこんなところでも職業病が出たのか、随分と甲斐甲斐しく、丁寧に丁寧に咲夜の肌に舌を這わせた。  
「んッ………ぅう……ンンッ……」  
 少女は照れているのか、それとも単純にくすぐったいのか、自分でやれと言ったのに、舌先から首を振って逃げようとする。  
「くすっ」  
 零れる笑い声。  
 ハヤテはその初心な反応に愉しくなてきてしまった。  
 ドラゴンでもなければハムスターでもなく、オトコの守護獣はやはりオオカミ。  
 誰にも見えていないがバックでは、ぐるる〜〜っと、本能剥き出し、涎をだらだらと垂らして唸ってる。  
「くぅん……」  
 紅い唇を舌が這ったときは、特に咲夜の反応は大きかった。  
 ハヤテもそこには念入りに舌を這わせて、口を少しだけ開けて吸いつく。  
 ちゅ〜〜〜  
 そんな笑いを誘う間抜けな音さえも、いまの二人をドキドキさせるには十分だった。  
「ん……んッ………はぁッ………ン……んぁッ………ぅんッ…………」  
 ハヤテの舌はぬるぬると唾液の航跡を引きながら、咲夜の耳朶や首筋など、あっちこっちに丹念に這わされる。  
 むずがるように顔をしかめているが、《次はここを》とでもせがむみたいに、咲夜は右に左にとさりげなく首を振っていた。  
「……くんッ…ふぅ……ぅあッ……は………んぅッ!!」  
 しかしこの執事はいつまでも忠実ではない。  
 手首を掴んでいた手は、素早く器用に、ブラウスのボタンを外している。  
 汚れを取るという名目だったはずなのに、唇は軽快に下へと降りて、ふかふかの乳房へと鼻先を突っ込んでいた。  
 ちなみに咲夜の手はハヤテの肩。  
 
「ん……んぁッ……んふ………はぁッ………ン……んふぁッ……」  
 声のボリュームが上がるたびに、爪がきりきりと肩へ食い込んでいく。  
 確実にハヤテの肩には傷跡が残るはずだ。女の子の力といっても、それほどまでいくと結構痛い。  
 が。  
 ハヤテはそんなものには気づかぬほど夢中になっていた。  
 何に? とは明記するまでもないだろう。  
 仕える小さな主人には大変に悪いが、目の前にあり舌で味わっているものは、ブラの存在意義を考えさせられるぺったん胸ではない。  
 大きな声で胸を張って《おっぱい》と呼べる代物だ。  
 舌で突くとたゆんたゆん揺れて、無性にプリンが食べたくなる。  
 だからリピドーに従ってハヤテは大口を開けると、  
 あぐっ!!  
 やはり良家の子女とは、こういうところにこそ気を遣うのか、高いと一目でわかるが、品のいい小洒落たブラジャーに噛み付いた。  
 
 
 

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