「それではナギ、また後で」
「うむ、ちゃんと迷わずに来るのだぞ?」
「大丈夫、もう道は覚え―――」
「どうか車で来て下さい。 ・・・ほら、その、最近は色々と物騒ですから」
「あ、はい・・・ハヤテ様がそうおっしゃるのでしたら・・・」
下校時刻を迎え、白皇学院の正門は家路につく生徒たちで賑わっている。
いくら名門のお坊ちゃま、お嬢様方とは言えやはり週末の放課後が楽しみなのは変わりないようで、
誰も彼も楽しげに喋ったり笑ったりしているのは同年代の一般人と変わりない。
だが、彼らの多くが校門前にずらりと並んだ高級車へ消えてゆく辺り・・・やはり名門である。
そして、ハヤテにやんわりと釘を刺されつつナギと別れた黒髪の少女―――伊澄もまた、
そのなかの一人であった。
彼女を乗せた黒塗りの高級車が走り去るのを見届けると、
「ではハヤテ、急いで帰るぞ」
「はい、お嬢様・・・でも、別にそう急がなくても、
伊澄さんが来るまでにはそれなりに時間があると思いますよ?」
「バカ! いくら時間があっても足りないものは足りないのだ!」
「へ? 足りない、ですか?」
「だっておまえ・・・! その・・・伊澄は泊まりで遊びにに来るんだぞ?
伊澄がいたら・・・で、出来ないじゃないか・・・」
初めはいつものまくし立てるような口調だったのが、後半は周囲の人に聞かれたくないのか、
それとも単に恥ずかしいのか・・・ぼそぼそと消え入るような声になってしまう。
だがそんな聞き取り難い、主語の欠けた言葉から、執事は主の意図をしっかり汲み取って・・・
「そうでしたね、では急ぎましょうかお嬢様。 さ、乗って下さい」
「う、うむ・・・では、頼むぞ」
「はいお嬢様、では・・・しっかりつかまっていて下さい・・・ねっ♪」
「ひゃうっ!?」
突如上がった悲鳴っぽい声に、下校中の生徒の数人がそちらの方を注目するが、
視線の先にいるのは執事服の少年と、彼の自転車の後部座席に座り、俯いて執事にすがりついている少女。
―――あー、あの子ってたしか運動が筋金入りで苦手の・・・
―――そうだねー、きっと落っこちそうになったんじゃないの?
どう見ても悲鳴が上がるような状況ではなく、誰もがすぐにそんなことなど忘れてしまう。
だが、当人はそれどころではない。
「ひ・・・いぅう! ハヤ・・・テぇ! やめ、こんな、ところで・・・スイッチ、いれちゃ・・・ぁ・・・」
「だってお嬢様、時間が勿体無いですからね。
こうしてお屋敷に着くまでの間に、しっかりほぐしておけば効率が良いと思いませんか?」
「だ、だからって・・・! こ、こんな、みんなの、いる前で・・・」
「大丈夫ですよ、お嬢様が声さえ出さなければ、誰も気付きませんから♪
では、いきますよー? しっかりつかまっていて下さいね!」
「ひぁ、ちょ、ちょっと、ま・・・ぁああっ! あ、っく! うぁ、ハヤテっ!
これ、自転車の、振動が、ぁ、あ、っあぁあ!」
走り出した自転車の後部座席には地面の凹凸を越えるたびに振動が伝わって、
それがナギの後ろの穴に仕込まれたままの“しっぽ”自体の振動と重なって、
彼女が思っていた以上の刺激がすっかり開発されてしまった不浄の穴を責め立てる。
「さぁ、飛ばしますよ〜♪」
「っひ! ぃあ、や、うぁ! ま、待て! お、しり・・・がぁ! ハヤ・・・っ、だめ、やめ・・・っうう!」
徒歩で家路に着く生徒たちを追い抜いて疾走する自転車から、少女の途切れ途切れの喘ぎ声が聞こえた気がして、
生徒たちは思わずその自転車を目で追おうとするが・・・
自転車は一瞬にして視界から消え失せて、誰もが“気のせいだろう”とすぐに忘れてしまうのであった。
「ただいま帰りました〜」
「お帰りなさい、お疲れ様でした・・・って、あらあら?」
普段より心持ち早めに帰宅したハヤテとナギを出迎えたマリアは、
彼の腕の中で息も絶えだえな主の様子にちょっと首をかしげ、それから“ぽん”と手を打って、
「もしかして今日は気分を変えてお庭で・・・でしたか?」
「あはは、それもたまには良さそうですが・・・今日は伊澄さんがいらっしゃるものですから、
それまでの時間を有効に利用したいというお嬢様のご意向に沿わせて頂きまして、
帰り道の間じゅう、これを」
そう言って差し出されたリモコンを見てメイドさんは全てを悟り・・・
「なるほど♪ では接客の準備は私がやっておきますから、
ハヤテ君は引き続きナギのお相手をお願いしますね♪」
普段より機嫌良さげな声でそう言うと、マリアは早速キッチンへ向かう。
伊澄が泊まりに来ると言うことは、今晩はハヤテを独り占めできる・・・
そう思うと、自然と声が弾んでしまうマリアのだ。
「ではお嬢様、あまり時間もありませんし、僕らも急ぎましょうか♪」
ハヤテもまた楽しげに言って、ナギを抱いたまま彼女の部屋へと歩を進めるが・・・
「ひ・・・ぅ、待って・・・ハヤ・・・テぇ、わた・・・っ、もう・・・」
ハヤテにお姫さまだっこされているナギは、別に甘えてそうしている訳ではない。
下校の途上で延々と後ろの穴を玩具で弄ばれ、その上わざとらしいまでの荒い運転による振動まで加わって、
ナギの秘所は触られてもいないのに蜜で溢れ、スカートやニーソックスまで濡らして染みを作ってしまっていた。
結果、感じ過ぎて足腰は立たず・・・要するに腰を抜かしているのだ。
「何を言っているんです、ちゃんとイっておかないと伊澄さんと寝てる時に悶々として、悟られちゃいますよ?」
「ば、バカ! それよりも伊澄がいつ来るかもわからんのに、そんなことしたら・・・!」
「そんなことを先にねだったのはお嬢様ですよ〜?」
「そ、それは! まさか、帰り道にあんなにされるなんて、思わなかったから・・・」
「ま、いいから行きましょう。 早くしないと伊澄さんが来てしまいますからね♪」
「だっ、だから―――」
「あんまり騒ぐとクラウスさんが様子を見に来ちゃいますよ?
そんなに制服を汚した格好、見られちゃってもいいんですか〜?」
「―――――――――っ!」
それ以上何も言えないナギを抱きかかえて、ハヤテは悠々と主の部屋へと向かうのだった。
それから一時間以上も経ってからのこと―――
「あら、ハヤテくん」
お茶の準備は整えたものの出すべき相手は一向に訪れず、
だがそれも相手が伊澄ならばいつものこと故、マリアは大して気にとめた風もなく夕飯のメニューなど考えていた。
「いつものことながら伊澄さん、遅いですねー」
「はい、いつものことながら」
既にナギと一戦、もしくはもっと、交えた後のハズのハヤテにお茶を淹れてあげながら、
「ところでナギはどうしました?」
「はい、どうも帰り道での“前戯”が効きすぎたみたいで、
普段よりかなり盛り上がってしまわれまして・・・今はお休みになられてしまいまして・・・」
「ふ〜ん、ハヤテ君も調子に乗っていつもより力が入っちゃったんじゃないんですか〜?」
マリアはややジト目気味に、悪戯っぽい笑みを浮かべ、
背後からハヤテの肩に身体を預けるようにして・・・
「ナギを可愛がるのもいいですけど・・・
頑張り過ぎて私とする時に元気がでない、なんて言うのはイヤですよ?」
艶めかしく、甘えるような仕草で迫るマリアに振り返ると、ハヤテは彼女の頬に指を這わせ・・・
「心配ですか?」
「少し」
だが、言葉とは裏腹にうっとりとした表情の彼女の前髪を指で梳きながら、
ハヤテもまた薄らと上気した頬を緩めて、吐息がかかる位まで彼女に顔を寄せて・・・
「ふふ、そんな心配はいりませんよ? それこそ、なんでしたら今からでも―――」
「あ・・・ン・・・」
ちゅっ、と軽く、一瞬だけ唇を交わし、互いに視線を絡ませて、すぐにもう一度・・・
「ん・・・む・・・っ、んぅ・・・」
「んん・・・! んっ・・・ん・・・む・・・」
今度は深く・・・開いたままの唇を重ねる。
争うように舌を絡め、混ざり合った二人の唾液を貪るようにすすりあって・・・
「ん・・・っ、ぷぁ・・・ぁ・・・はぁ・・・っ、もう・・・ハヤテくんったら・・・
えっちなキスがお上手なんですから・・・」
「ん・・・む・・・っ、でも、それを教えて下さったのはどなたでしたっけ・・・?」
「さぁ? 存じませんよ?」
濃密なキスを終え、軽口を叩きながらも向け合った表情は互いに蕩けきっていて、
どちらもその先を欲しているのを隠し切れていない。
・・・否、初めから隠すつもりなど毛の先ほどもない、と言うべきか。
ハヤテは座ったままマリアの方に向き直ると、おもむろに彼女の胸のふくらみに手を伸ばして、
エプロンドレスの上から適度な弾力の双丘をふにゅふにゅと揉みしだく。
「ん・・・っふ・・・あ・・・ぅ」
マリアはそんな行為を拒む素振りも見せず、
されるがままにハヤテの愛撫を甘受して上気した表情で切なげな喘ぎを洩らす。
そうしてしばらくの間、ハヤテは両手でマリアの胸の感触を堪能していたが、
不意にマリアにきゅっと抱き締められて、彼女の意図を汲み取ると・・・
「ぁ・・・あっ、んふ・・・っ、ひ・・・ぅ・・・」
胸から離した左手を細い腰に回し・・・スカートの上から、腰から尻にかけてさわさわと撫で上げる。
同時に右手を彼女の足元に伸ばし、ふくらはぎから膝の裏、そしてふとももへと・・・
スカートの裾を捲り上げながらしなやかな脚に指を這わせ、ゆっくりと彼女の中心へと近付けてゆく。
「は・・・ぁ、あ・・・ぅんっ!」
やがて、脚を登りきった指の先が二本の脚の間に触れると、マリアの身体が“きゅっ”とこわばる。
そんな反応を楽しみながら、下着の生地越しに彼女の秘裂に指を擦りつけていると、
次第にハヤテの期待した通りに・・・
「マリアさん、ここ・・・だんだん湿ってきましたよ」
「んっ、もう・・・ハヤテ君、あ・・・っ、そんなこと・・・言わないで・・・」
上質な生地のサラサラした触り心地は、次第に湿り気を帯びて粘つくようになり、
それでも執拗に愛撫を続けると、やがて蜜をたっぷりと吸い込んだ生地は、ぬるぬると滑るような手触りに変わる。
「ひ、ぁ・・・っ、ハヤテ、く・・・ん、もう、私・・・!」
それだけ念入りに愛撫されただけあってマリアの身体はすっかり昂ぶっていて、
息を乱しながら懇願するような声を上げる。
「ふふ・・・じゃあ、今度はこうしてあげます♪」
艶めかしい声にゾクゾクする様な興奮を覚えつつ・・・
ハヤテはじっとりと濡れた下着の端からその内側へと指を潜らせると何の躊躇もなく、つぷ・・・つぷぷ・・・と・・・
「ふぁあっ! あ、っく、んんんっ!」
解れた秘裂に一本、二本と指を挿れると、その中をくちゅくちゅと掻き回す。
「あ・・・ぅく! ひぁ・・・っ、ハヤテく・・・んん! ゆび、い、イイ・・・のっ!」
「喜んでもらえると嬉しいですね〜♪ では、もう一本♪」
「え!? や、ちょ・・・それは―――んぁああっ!?」
既に二本の指でキツくなっているところに、更に秘裂を押し広げるようにしてもう一本の指を挿入する。
三本の指はそれぞれ別々にマリアの中で捻れ、曲がり、媚肉を撫で、擦り、抉り・・・
もともと濡れていた秘所はもはや溢れんばかりに愛液を滴らせ、
ハヤテの手から手首までべっとりと濡らしてしまう程になる。
「んぁ! あひ・・・っひぅう! はや、て、く・・・っ! ゆび、多すぎっ!
そんな、あんっ! 掻き回しちゃ・・・っあぁ!」
マリアの足はガクガク揺れ出し、立っているのが困難になったのかハヤテにしがみついてくる。
椅子に座っているハヤテの顔に丁度マリアの胸が押し付けられる形になって、
―――これはこれで悪くないかも・・・
などと思いながらも、彼女の秘所を弄る指の動きは全く緩むことがない。
「マリアさん、そんなこと言いながら、凄い感じてるじゃないんですか〜?」
「や! そんな、こと・・・」
「マリアさんの蜜で僕の手首までびしょびしょに滴ってるんですからね〜♪ 今更隠せませんよ?」
その事実を突き付けるかのように、さらに指の動きを激しくして・・・
「んぁ! ひゃ、ダメ! ハヤテ君っ、こんな・・・ぁああ!」
「ほら・・・マリアさんの感じてる時の声・・・可愛いですよ?
それに大体、いつもしてることなんですから、もう恥ずかしがることでも無いでしょう?」
くす、と頬を緩めながらも、そんな表情とは裏腹に指での責めはより一層激しさを増し、
ぐちゅぐちゅと音を立ててマリアを悶え、喘がせる
「あ! んぁ! ん、く・・・ぅうぅ! は、恥ずかしいものは、あんっ! 恥ずかしいんですっ!」
マリアとはもう何度も身体を重ねてきたし、ハヤテとしても今更とは思うものだが・・・
「でも、そんな風に恥ずかしがるマリアさん・・・可愛いんですよね♪」
「や、んぁ・・・っ、もうっ! ハヤテ君の・・・ふぁあ! んく・・・っ、いじわるっ!」
上擦るばかりのマリアの声に、責める側のハヤテも昂ぶってゆく自分を意識しつつ―――
「はい、そうですね〜、意地悪ですからこんなこともヤっちゃいます♪」
「ひ、う――――――」
マリアの中で蠢かせていた人指し指、中指、薬指の三本をずぶっと奥まで突き入れて、
同時にぷくっと膨らんだ秘芽を親指でぐにっと捏ねて―――
「――――――っんあぁあああ!?」
それでマリアは一気に上り詰めてしまい、咥え込んだ三本の指をぎゅっと締め付けながらびくんびくんと震え、
そのままへたりとハヤテの膝の上に座り込んでしまう。
「・・・っは、ぁ・・・っ、はぁ・・・っ、は・・・ぁあんっ!」
目の前ではぁはぁと荒い息をつくマリアの中からじゅぽっ、と指を引き抜くと、
マリアは再び身体をびくんと震わせながらも・・・涙ぐんだ目でハヤテをじとっと睨んでいる。
だが、ハヤテは全く悪びれた様子も見せず、
「ふふふ、イってるマリアさんも凄く可愛いですよ♪」
と言ってにぱーっと笑う。
そんなハヤテの眩しい笑顔に、マリアはただ、
「・・・・・・もぉ」
とだけしか言えず、俯いてしまうと仕方なく甘えるように弛緩した身体をハヤテに預け、
カチャカチャとベルトを外し始め・・・
「・・・って、え?」
先ほどのハヤテ以上の躊躇いの無さと手際の良さで、彼のモノを両手で包み込んでいた。
「あ、あの、マリアさん?」
「なんですかハヤテ君? いつもやってること・・・で・す・よ・ね?」
「い、いや、そうなんですが・・・あはは・・・」
余韻に浸る間も与えずに、一気に形勢をひっくり返してしまうマリアさん。
メイドさんは甘くないのだ。
「では、今度はハヤテ君の声を聞かせて頂きましょうかね〜?
ご存知でした? ハヤテ君の感じてる時の声も、なかなか可愛いんですよ♪」
「い、いや〜、それは知りませんでしたが・・・
なんと言いますか、余り需要はないんじゃないかなー、とか・・・あは、あはは・・・」
「それはどうでしょうかね〜? まぁ、やってみればわかることですから。 では、失礼しまして・・・」
「え、う・・・ぅあ・・・!」
と、メイドさんの逆襲が始まりかけた、その矢先―――
リーンゴーン。
「あ・・・」
「マリアさん! お客様です、きっと伊澄さんですよ!」
訪問者の来訪を告げる呼び鈴の音に、ハヤテは好都合とばかりに膝の上のマリアをひょいっと降ろしてしまう。
マリアは明らかに不満げに頬を膨らませつつも、
「もー・・・・・・仕方ありませんわ・・・この続きはまた夜にたっぷりとさせて頂くとしまして・・・
出迎えは私が行きましょうか?」
「いえ、あの・・・お嬢様が、その・・・ぶっちゃけてしまうと、ヤりっぱなしなモノで・・・
身支度とか色々あると思いますが僕はそちらは疎いもので、マリアさんにお願いできればと」
「あー・・・わかりました、ではナギの方は任されましたので、
お客様・・・きっと伊澄さんでしょうけど、宜しくお願いしますね?」
「はい、わかりました! ではまた後ほど!」
「はい、また夜に、ですね♪」
「あ、はは・・・」
そういう意味で言ったつもりは無いのだが、とりあえず彼女はハヤテを見逃してやるつもりは無いらしい。
引き攣った笑みを浮かべながら来客を迎えに玄関へ向かうハヤテであった。
「ハヤテ様・・・遅くなってしまいまして済みません」
「いえ、別に大丈夫ですよ伊澄さん。 お陰で・・・あ、いや、何でもありません、あはは」
予想通りだった訪問者を迎え入れて、ハヤテは彼女にお茶など振舞いつつ雑談に興じている。
「・・・? あの、ところでナギは・・・?」
「あ、えーと、戻られてからちょっとお疲れのご様子で、伊澄さんがいらっしゃるまでお休みになると・・・
今、マリアさんが起こしに行ってますから、すぐに来ますよ」
「そうですか・・・ナギ、今週は一度も休まなかったから、疲れたのかも・・・」
「そ、そうですね、あはは・・・」
いろいろと複雑な思いを抱きつつ、曖昧に相槌を打っていると・・・
「それではまるで私がしょっちゅうズル休みしているようではないか」
「その通りじゃないですか」
「う、うるさいっ! あれにはその、ちゃんとした理由があるのだ!」
「そうですわね〜♪
ゲームの続きが気になるですとか、雨だからですとか、晴れだからですとか・・・
どれも立派な理由ですわね〜♪」
「う、うるさいっ!」
どうやら疲労もとれたらしく、何時もの調子のナギと、続いてマリアが部屋へと入ってくる。
「よく来たな伊澄、遅かったじゃないか」
「それは仕事・・・ううん、ちょっと用事が入ってしまって・・・」
「ふ〜ん・・・そんなこと言って、また迷ったんじゃないのか?」
「べ、別に迷ったわけじゃ・・・それよりナギ、体調はもういいの?」
「む? 体調?」
「えぇ・・・一週間無遅刻無欠席を達成したのはいいけど、
その反動に身体が耐えられなくて、床に臥せっていたのかと・・・」
「いやそこまでは言ってませんが」
保護者代わりのメイドや執事としては非常に複雑な気分である。
「全く・・・本来なら学校など週に一度くらい登校日を設けていればそれで十分なのだがな」
「それじゃあ夏休みですよ・・・」
そう突っ込む執事をじろっと睨んで、
「だが・・・ったく、どこかの誰かを一人で学校に行かせようものなら、
ヒナギクとナニをしでかすかわかったもんじゃないし・・・かといって屋敷に留めておいたら今度はマリアと・・・」
ぶつぶつと、さも不満げに愚痴をこぼすナギに、ハヤテはただただひきつった笑みを浮かべる以外に何も出来ない。
「生徒会長? マリアさん? いったい・・・何のこと?」
「あ、い、いや! 何でもない! 何でもないぞ! な!? ハヤテ!」
「そ、そうですよ! 別に何もやましいことなんかしてませんから!」
「・・・・・・」
そんな主と執事の不自然なやりとりを、伊澄は不思議そうな目で見ているのだった。
「そ、そうですわ、そろそろ夕食の支度にかかりますが、伊澄さんは何かご希望などありますか?」
「いえ、特には・・・」
「わかりました、では時間急いで支度しますので、準備が出来るまで、ゆっくりしててくださいね」
「あ、じゃあ僕も手伝います!」
「あら、それは助かりますわ♪」
そうしてマリアと共に厨房に向かおうとするハヤテだったが―――
「ま、待て! ハヤテはここにいるのだ!」
「へ? でも、僕もお手伝いした方が早く出来ますし、どうせ僕たちの食事も用意しなくちゃいけませんし・・・」
「い、いいから! 今はここで私と伊澄の相手をするのだ! わかったな!?」
「は、はぁ・・・」
「えーと・・・で、では食事の準備に参りますね」
「あ、お願いします、マリアさん・・・」
やや苦笑しながら部屋を後にするマリアに、ハヤテは少し申し訳なさげに声をかける。
ナギはナギで二人の使用人を交互にジト目で睨みつけていて、
そんないつに無く不自然な三人の様子を、伊澄はオロオロするでもなく・・・様子を窺っている。
とは言え、マリアは一流の上に“超”と付けても決して肩書き負けしないハイエンドクラスのメイドさん、
ハヤテの助けが無くとも、さして時間を要する事なくナギと伊澄の食事を作ることくらい訳もない。
「お待たせしました伊澄さん、ナギ、お食事の準備が出来ましたよ」
「あ、はい・・・」「うむ、わかった」
「ではマリアさん、次は僕が厨房を使わせて頂きますね」
「はい、ハヤテ君。 期待していますよ?」
「任せてください!」
「はい♪」
そんな風に楽しげに短く言葉を交わし、マリアと入れ替わりに今度はハヤテが厨房へと向かう。
そんな二人の使用人も、二人のやりとりを気に入らなさげに見やるナギも、
自分達の様子を表情の読めない目でじっと見つめる目があることに気付いてはいなかった。
「さぁマリア、用意をしてくれ!」
「はい、ナギ。 では伊澄さんもこちらに・・・・・・あの、何か?」
伊澄をテーブルへと促そうとしたマリアは、彼女と目があった瞬間、なんとなく違和感を抱いたのだが・・・
「いえ・・・」
「・・・?」
改めて様子を窺ってみても、そこには普段通りのぽやっとした雰囲気しか感じられなかった。
「・・・伊澄さんがヘン、ですか?」
「いえ、なんというか・・・ん〜、気のせい、なのかもしれないのですが・・・」
ナギと伊澄の給仕を終えたマリアは食器を片付けに厨房に戻り、ハヤテの用意した夕食を彼と二人でとっていた。
「なんとなく・・・一瞬、妙に鋭いといいますか・・・そんな視線を感じまして」
「伊澄さんが・・・鋭い?」
「ええ・・・」
そう言われて、ハヤテが想像するのは、キッ、とこちらを睨みつける伊澄―――
「・・・ぷっ」
その、余りの似合わなさに、ハヤテは食事中だというのに思わず吹き出しそうになってしまう。
とは言え、言い出したマリアとしても伊澄に対する認識はハヤテと同様なので、
「まぁ・・・そうですよね、ふふふ、何かの勘違いでしょうね」
「そうだと思いますよ〜?」
そう結論付けると、すぐに話題を移して普段通りの夕食の風景へと戻る。
世間話などしながらの食事とは言え、やはりそこは使用人だけあって手早く食事を済ませると、
二人で後片付けをして、マリアは寝室を整えに、ハヤテは見回りと戸締りなどにそれぞれとりかかる。
それらの仕事も問題無く終了し、ハヤテはナギと伊澄の様子を覗いにナギの部屋向かうと・・・
「失礼します」
「あ、ハヤテさま・・・」
「おおハヤテか、どうだおまえも一緒にやらんか?」
そう言ってナギが誘っているのは格闘モノのゲーム。
当然の如くナギvs伊澄ではナギの圧勝、しかも親友だろうが決して手を抜かないのは相変わらずらしく、
伊澄はふるふると震えて泣きそうになっている。
ここは執事として、ギリギリの闘いを演じつつ惜敗してお客様を満足させるのが勤めであろうと瞬時に判断し、
「そうですね、では失礼して一戦だけ・・・って、お嬢様?」
「どうしたハヤテ? こういうモノは負けたヤツが交代するのが筋だろう?」
「そ、そうでしたか・・・で、では・・・」
心の中で“うわーホントに相変わらず容赦ねー”とツッコミつつも、ここで主をたしなめられるハヤテではなく、
「すみません、伊澄さん・・・よろしいですか?」
「はい、ハヤテさま・・・仇討ちを、おねがいします・・・」
「はは・・・まぁ頑張ってみますよ」
それはそれでかなりムリな注文なのだが、
ムリはムリなりに全力を尽くすのが三千院家の執事のアイデンティティーでもある。
・・・が、それはともかく。
「・・・あの・・・ハヤテさま、何か・・・?」
「え!? あ、い、いえ! なんでもありません!」
先ほどの食卓での話をふっと思い出し、思わず伊澄の顔を見つめてしまったのだが、
もともとふるふる震えて涙ぐんでる上に真っ赤になってしまっていて、
とてもマリアの言った違和感が潜んでいるようには思えない。
やっぱりマリアさんの思い過ごしかな―――と改めて思いつつ、そのまま伊澄の泣き顔を見ていると・・・
「・・・おい、ハヤテ」
「あ、失礼しましたお嬢様、では・・・」
「・・・もしも伊澄にまで手を出してみろ・・・その時は48の殺人技に52のサブミッション、
ついでに魔界777つ道具も使ってお前を必ず殺すからな・・・」
「な、な、何を言ってるんですか! 別に僕はそんな・・・!」
「・・・私に・・・まで?」
「い、いやなんでもありません伊澄さん! ね? お嬢様!?」
「・・・いいから始めるぞ!」
「は、はいっ!」
と、何故か不機嫌なナギに急かされて慌ててゲームを始める。
・・・そのせいで、伊澄がいつに無く険しい―――まさにマリアが言った通りの視線で自分を見つめていることに、
ハヤテが気付く事はなかった。
「ふん! 話にならんぞ!」
「すみません伊澄さん・・・仇、討てませんでした・・・」
「いえ、お気になさらず・・・」
もともとやたらと強い上に、今日はそこに不機嫌まで上乗せされて、
ハヤテはまさに容赦なく叩きのめされてしまうのであった。
「えーいもう一度だ! 今日はとことん叩きのめしてやる!」
「は、はぁ・・・」
どうやら一度や二度叩きのめしたくらいではナギの機嫌は直らないようで、
暴走気味にゲームを続けようとするが、
「もう、ナギったら・・・一人で楽しんでも仕方ないでしょうに・・・」
そんな彼女をたしなめるような絶妙のタイミングでマリアが部屋へと入ってくる。
「何なら私が相手になりましょうか?」
そうなると、ハヤテがどうやってもナギに勝てないように、
ナギもまたマリアには絶対に勝てないことは、当人が一番わかっているから・・・
「え、ええい、ゲームはもういい! 伊澄、マリア、風呂に入るぞ! ハヤテは片付けをしておけ!」
「ええ、ナギ」
「はいはい♪」
ナギはおもむろに立ち上がり、伊澄もそれに倣う。
マリアもナギに返事をしてから、ひょいっとハヤテの耳元に顔を寄せて、
「・・・ところでハヤテ君、また何かナギの機嫌を損ねるようなことを?」
「い、いえ、ただ伊澄さんの顔を見ていたら、伊澄さんにまで手を出したら・・・とか、そんな感じで・・・」
「ははぁ・・・」
「おいマリア! 何してる、早くするのだ!」
「はい、今行きますわ。 ではハヤテ君、また・・・」
ぼそぼそとハヤテと内緒話をする様子が気に入らないと言わんばかりに声を荒げるナギに苦笑しながら、
主の声にしたがって部屋を出るマリアに、
「ハヤテさまと仲がよろしいのですね」
「はい? え、ええ、まぁ・・・同じお屋敷で働く間柄ですから」
「そうでしたね・・・では行きましょう、ナギをこれ以上怒らせてはいけませんから・・・」
「はぁ・・・?」
前を歩く伊澄から背中越しに声がかけられる。
その声がなんとなく普段の伊澄のイメージと違って、先ほど覚えた違和感のことをふっと思い出すが、
結局彼女が振り返ることは無く、どんな目をしていたのかを確かめる術もなかった・・・
そして夜も更けて、屋敷の灯かりが落ちてから―――
「・・・ナギ、今日はお話してくれないのね」
「あ、ああ、スマン・・・ちょっと、な・・・」
伊澄が泊まりに来たときはいつもマリアの変わりに伊澄がナギと一緒のベッドを使い、
どちらかが眠ってしまうまでは、
ナギが嬉々として語るオリジナルストーリーで大いに盛り上がるのが常なのだが・・・
今夜のナギは静かだった。
「ハヤテさまとマリアさんのことが気になっているのね」
「んな・・・!」
いきなり核心を突かれ、やや沈んだ面持ちだったナギの目が驚いて顔を上げる。
「い、伊澄、何故それを・・・!」
「あら、これでもそういうことには鋭いのよ?」
普段ならこれ以上ないくらいのツッコミどころなのだが、
何せ今回ばかりは本当に鋭いので、何も言うに言えない。
「ねぇナギ・・・ハヤテさまは・・・浮気をなされているの?」
「え!? いや、その・・・何と言うかだな、そういうワケじゃない! ハヤテが好きなのは私だけだ!
だが・・・その、マリアがな、ハヤテに変な遊びを覚えさせてしまって、
それで私だけじゃなく、マリアやヒナギクとまで、毎日のように・・・」
「変な、遊び・・・?」
「い、いやいい! 伊澄にはまだ早いことだから!
心配してくれるのは有難いが、これは私とハヤテやマリアとのことだから、伊澄が気にする必要は・・・」
「では、ハヤテさまとマリアさんは、今頃その“遊び”の最中なのかしら・・・」
「伊・・・澄?」
灯かりを落とした部屋ではその表情は読めなかったが、
今の伊澄が纏う雰囲気には、ナギを怯えさせる程の“何か”が込められていた。
「お、おい、伊澄!?」
「マリアさんにはそれとなく伝えたハズだったのですが・・・わかって頂けなかったようね・・・」
「な、何を言っている!? なぁ伊澄?」
「いけませんね・・・ハヤテさまはナギのものなのに・・・」
ナギの声が届いているのかいないのか・・・伊澄はそこで言葉を切ると、ベッドから身体を起こす。
「い、伊澄? どうした、お前まさか―――」
伊澄の雰囲気にただならぬものを察してナギも慌てて身体を起こしかけるが、
その額に伊澄の指が“ちょん”と触れ、何事かを呟くと同時に指先が淡く輝いて―――
ナギの声はそこで途切れ、どさりとベッドに横になって・・・寝息を立てていた。
「ご免なさいナギ・・・でも、目が覚めるまでにはちゃんと・・・ハヤテさまを連れてきてあげるから・・・」
伊澄はベッドから降りると、側に置いてあった荷物に目を留めて、
「ああ、あと・・・」
何かを取り出して袖に忍ばせる。
「マリアさんと・・・ハヤテさまにも、少しお灸を据えて差し上げなくてはいけませんね・・・」
クス、と微かに笑みを洩らし、伊澄は静かに部屋を出てゆくのだった―――