昼休みのチャイムが鳴ると、教室は喧騒に包まれる。  
 そんななか、僕の席の前に立った女の子が話しかけてくる。  
「綾崎君、今日もお弁当作ってきたんだよ」  
 西沢さんのいつもどおりの明るい声。  
「いつもありがとう」  
 お礼を言うと、西沢さんは頬を染めて照れたように視線をそらす。  
「べ、別に…お礼なんていいよ。私が好きで作ってるだけだし…」  
「いや、ホントにありがたいんですよ」  
 お弁当を入れたポーチを受け取って、ついでに西沢さんの手も握る。  
 毎日いろいろなおかずの入ったお弁当を作ってくれる、ホントにありがたい彼女だ。  
 いつもながら、西沢さんは表情を見ているだけで面白い。  
 喜怒哀楽がくるくるとすぐ表に出るのが、なんだかハムスターみたいで  
とても可愛いと思う。  
 今は「照れ」から「ショート」に一転してそのあとで「焦り」モードに  
入った感じだ。  
 
「おうおう、なにラブシーンぶちかましてんだぁ?」  
 クラスメイトの宗谷君がからかってくる。  
「なっ、なっ、そそ、そんなじゃないんだって!」  
「…宗谷君も可愛い彼女を作ればいいんですよ」  
「うッ…ハヤテも結構言うじゃねえか」  
 傷ついた、とorzする宗谷君を尻目に僕はまだ真っ赤になっている西沢さんと  
手をつないだまま一緒に教室を出た。  
 
 中庭のベンチに二人で座ってお弁当を食べている。  
 西沢さんはわりと小食で、小さいお弁当を食べているさまはホントに小動物みたいだ。  
 そんな西沢さんがちらり、と僕のほうを見る。  
「…美味しい?」  
「ええ。とても。この昆布巻きなんか、味が染みてるのに形もキレイで、ほんと美味しいですよ」  
「ヘヘヘ……ホント? お母さんに教わったの」  
 心の底から嬉しそうな顔で微笑む西沢さん。  
 きっと幸せな家庭で育ったんだろうな。西沢さんはそう思えるような優しい女の子だ。  
 怒ると怖いけど、優しいお父さん。料理が上手で、お父さんを尻に敷いているお母さん。  
 バカで煩いけど、可愛い弟。  
 西沢さんの家族の話を聴いていると、なんだかその団欒の風景が想像できて面白い。  
 お弁当を食べ終わって、中庭のベンチで西沢さんの話を聴いていると、なんだか  
この幸せが怖くなってきた。  
 
 幸せな高校生活。幸せな毎日。可愛い彼女がいて、友達がいて、  
ちっとも働きはしないけど両親が一応いて、ボロアパートだけどとりあえず家はあって、  
バイトは忙しいけどお給料はもらえてて……満ち足りているはず。  
 それなのに、なんだろう。なにか足りない気がする。  
 こんな毎日は幸せすぎて、これ以上を望むのは天罰を喰らうような欲張りなことだというのは  
わかってはいても、それでも何か、大切な何かを忘れているような気がする。  
 
「綾崎君?」  
「……はい?」  
「なにか、気になることでもあるの?」  
「…そう見えました?」  
「うん。なんか、最近…なにか悩んでるように見えるんだよ」  
 ちらり、と上目遣いで僕の顔を見ながら、心底心配そうに西沢さんはそう口にした。  
 
 ドキっとした。西沢さんはホントに僕のことを良く見ているんだな、と思う。  
「うーん…いや、別に…疲れてるだけだよ、たぶん」  
 気にしている「何か」のことは西沢さんには何故だか言えない。  
 
 それを聴いた西沢さんは僕の顔を覗き込みながら、心配そうな顔で言う。  
「……そっか、綾崎君、毎日バイトだもんね」  
「いや、もう慣れっこだから平気ですよ」  
「私ね、毎日心配なんだよ? 綾崎君が身体壊すんじゃないかとか、事故に  
遭うんじゃないかとか…」  
「ありがとう。でも大丈夫だから」  
「……」  
 突然、西沢さんが僕の胸に飛び込んでくる。  
「綾崎君…」  
 西沢さんの潤んだ目が僕を見つめている。  
 目に映るのは西沢さんの唇。  
・・・・・・キス、しなきゃいけないのかな?  
 
 
 
・・・・・・キス、しなきゃいけないのかな?  
 
 
 
 どうしてだろう。  
 突然、だれかの顔が脳裏に浮かんだ。  
 キツイ目をしたちびっ子。  
 後ろにトラを従えた、小学生くらいの女の子が悲しそうな目でこっちを見ている。  
 
 
 
 誰だっけ?  
 この…お嬢様は?  
 
 お嬢さま?お嬢さま…って誰だ?  
 そのお嬢さまの悲しそうな目。  
 ダメだ。泣かせちゃいけない。  
 
 
 
 
「お嬢さま!」  
 そう叫んだ瞬間、部屋の天井とお嬢さまが目の前に突如現れた。  
 ナギお嬢さまはなんだか心配そうな顔をして僕の顔を覗き込んでいる。  
 その顔がいきなり泣き顔に変わり、涙目で飛び込んできた。  
「え?」  
 状況が掴めない僕に、目の前のナギお嬢さまは泣きながら抱きついてきている。  
「ハヤテッ!!!!」  
 え?これって?  
 ナニ?ナニが?さっきまでのは夢?  
 ナギお嬢さまが首にしっかりと抱きついてきててなんかいい匂いがするけど  
それはそれとしてどうなってるんだコレは?  
 僕はソファに寝たまま、ナギお嬢さまに抱きつかれてて…ここはお嬢さまの部屋?  
 
「ハヤテ君は、ナギを庇ってあの箱を頭で受けたんですよ」  
 混乱している僕に、マリアさんが教えてくれた。  
「あの…箱?」  
 ひしゃげた白い箱が部屋の隅っこ、クローゼットのそばに転がっている。  
 あれ?あれは…どっかで見覚えが…  
 
 そうだ。  
 お嬢さまが部屋のクローゼットの奥から「ファミリートレーナー」を取り出そうと  
背伸びをして荷物を引っ張っているうちに、一番上の段の棚に乗っていた  
XBOX360がお嬢さまに落ちてきたんだった。  
 お嬢さまは背が小さいのに、踏み台を使うのを面倒くさがるから。  
 
 僕はお嬢さまを庇おうと必死に走って、お嬢さまに覆い被さって……  
……あの無駄に重い、白いゲーム機を脳天に受けて…そこから先は覚えていない。  
 
「お医者様は『ただの脳震盪だ』と言っておいででしたが、  
ナギは救急ヘリまで呼ぶと言い張って…」  
 …屋敷の庭でバタバタと言っているのがそれなんだろうか?  
 
 えぐえぐ泣きながら僕にしがみつき、「よかった」「ハヤテ」「ゴメン」を  
繰り返しているお嬢さま。  
 戻ってこれた。  
 大切なお嬢さまがいるこの幸せな日常(借金塗れだけど)に帰ってこれた。  
 僕の胸の中が暖かい気持ちで満たされていく。  
 あの夢の中で欠けていたのはこのお嬢さまだったんだ。  
 
「お嬢さま」  
 首にしがみついているお嬢さまの両肩を持って顔を覗き込んだ。  
「…ハ、ハ゛ヤ゛テ゛…」  
「どうか泣かないで下さい。心配かけてすいませんでした」  
 お嬢さまの顎に掌をあてて、頬にキスをする。  
 
 ナギお嬢さまのほっぺたは、滑らかでとてもいい匂いがした。  
 真っ赤になって、くったりと全身から力が抜けるお嬢さま。  
「…っ!!」(///)  
 横でマリアさんがなんかびっくりしてるけど、気にしないことにする。  
 
 ごめんね、夢の中の西沢さん。  
 僕にはこのお嬢さましかいないんだ。お嬢さまもたぶんそうなんだろう。  
 
「…ヤテ…」  
 僕の身体の上で脱力していたお嬢さまが僕の顔を見つめている。  
 ナギお嬢さまは涙に塗れた瞳を閉じて、そっと顔を近づけてくる。  
 唇をタコみたいに「ちゅー」の形にしてしまっているのがなんとも可愛い。  
 
 僕はそれに応えることにした。  
 
「…んまっ!!」(///)  
 マリアさんが目を白黒させている気配がしているが、そんなのはやっぱり  
気にしないことにする。  
 
 
 
 
唐突に終わる。  
 
 
 
 
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「こんなのって、こんなのってひどいよー!!!!!」  
「フン、泣くなハムスター。ハヤテと私はこうなる運命だったのだ」  
「………ナギは幸せそうだけど、これでよかったのかしら…  
ハヤテ君、実は幼女性愛者(ロリコン)なんじゃ…」  
 
 
 
「…コレで良かったのかな? どう思うタマ」  
「まあ、お嬢が幸せそうだからいいんじゃねえか?  
 
 
でも、もしもお前がお嬢を泣かせたりなんかしたら喰い殺すけどナ」  
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