■  
 
   
 
 岩肌に追い詰められた男の喉を固唾が通る音がいやに響く。  
 「ち、ちがうんだよ、俺、俺は悪くねぇ!!!あ、あ、あいつ、あいつが勝手に神子を攫ってきたんだ!  
  いいい、戦じゃよくあることじゃねえか、お前だって軍師ならわかるだろう!!」  
 上手く呂律も回らぬ口で既に物言わぬ姿のかつての仲間を指差し震える男はいっそ哀れに見えた。  
 「…言いたいことは、それだけですか」  
 「頼む、殺さないでくれ、し、死にたく」  
 それ以上男が言葉を発することはなかった。吹き出た血が作る血溜りに、鈍い音と共に首だけが転がった。  
 「弁慶様、敵は殺さず情報を得るのでは…」  
 源氏の陣から伴ってきた烏がやや躊躇いがちに声を掛けようとしたが、弁慶の表情を前にそのまま言葉を飲み込んだ様子で立ち尽した。  
 望美の身体を黒衣で包み抱き上げそのまま外へ歩き出す。一歩踏み出すたびに血が跳ねて、ぴしゃりと嫌な音がする。  
 腕の中の望美が乾いた涙の後に新たな水筋を作り、彼女の口が自分の名前を象ったように見えたがそれは都合のいい幻想だと思いたかった。  
 
 
 「困ったな。こんな汚れた僕の手じゃ君の涙も拭えない」  
 
 つぶやいたはずの声は震えていて、それが音をなしていたかは誰も知らない。  
 
 
 
   ■  
 
 
 
 風が動いた気がした。  
 目の前にあるのは見慣れた天井で、隣にいてくれると思った親友の姿はない。  
 随分と長い間目を閉じていた気もするし、瞬きを一度しただけのような気もする。  
 誰かがいる気がして不意に障子のほうへと目をしても、人の気配はしなかった。  
 
 「…弁慶さん?」  
 
 そう、確かに人の気配はしない。  
 だが彼がそこにいるという確信めいたものが望美の胸に波紋を広げる。  
 「弁慶さん、そこにいるんですか…?」  
 「…起こしてしまいましたか。もう熱は下がったようで安心しました。  
  もしもまだ下がらないようであればと思って薬湯をお持ちようかと思ったんですが、必要ないようでしたね。  
  ………では、僕はこれで。」  
 
 障子越しの何の変哲もない会話。軍師であり、薬師である弁慶が望美の体調を気遣うのは当然だ。  
 気配が遠のいていくのを感じて、やはりもう彼と以前のように傍で笑い、  
 ふとした拍子に指が触れ合うだけでも奥歯を噛み締めるような幸せを感じることはもう叶わないのだろうと思った。  
   
 だが、望美の肌は覚えている。  
 頬に触れられた、少し低めの体温。男性にしては甘い、菊のほのかな香り。  
 あれは、夢の残骸などではない。  
 
「――っ弁慶さん!まって…!」  
 
 床から夢中でおきあがり、縺れた足で障子にたどり着く。  
 常であれば数歩の距離が、何千里もの道に思えた。  
 「お願い弁慶さん、まって!」  
 必死の思いで叫べば、既に廊下の角を曲がろうとしていた振り向いた弁慶がひどく驚いた顔をした。  
 「泣いて、いるのですか…」  
 その言葉に初めて望美は自分が涙を流していることに気づく。  
 彼らしくもなく少し焦っているのか、いつもよりも少し大股で弁慶が望美の元に近づいた。  
 こんな時ですら弁慶は決して足音をたてない。  
 その習性は故意に忍ばせているのでなく、鳥が空を飛ぶが如く至極当然のものとして弁慶と共に在った。  
 それは彼特有のとても哀しい癖だと思考の片隅で望美は思った。  
   
 「望美さん…」  
 弁慶の手が望美の涙を拭おうとして、頬に触れる寸前で躊躇うようにまた離れる。  
 「…僕は君に触れてもいいのかな」  
 その声はいつも迷いなく、時には非情ともいえる軍師が発したものではなかった。  
 「弁慶さん、私…」  
 言いかけて詰まった言葉のその先を弁慶が瞳だけで促す。  
 「私、何度も呼んだんです。弁慶さん、助けてって。  
  誰か助けて、って思ったとき、弁慶さんしか思い浮かばなかった。  
  気持ち悪いって思うのに、触られたくないのに、身体はどんどん反応して。  
  熱くなって、頭の中が溶けて行きそうで、こんなの違う、嫌だ、って思うのに  
  いっぱい声、だして、もっともっと、って腰を捩じらせてたんです。  
  自分の身体が自分のものじゃないみたいで、下半身、もぎとってしまいたかった。  
  本当に怖かったんです、すごく怖かったんです。…こわかっ、た、の…!!」  
 
 
 一度吐き出してしまえば、涙が堰を切ったように止まらない。  
 瞬間、視界の半分が黒で覆われた。  
 それは、弁慶に抱きしめられたからだと望美が理解できたのは  
 残された半分の視界が彼の肩越しに見える景色だけが滲んだのと、  
 甘く誘うような菊の香りがよりいっそう近くに感じられたからだ。  
 
 「…僕はやはり咎人ですね」  
 「べんけいさ…」  
 「僕の手はどれだけ血に濡れたとしても、君の頬を涙で濡らすことだけはしたくなかったのに」  
 望美の目の前で揺れる琥珀色の瞳には、例えようのない後悔が浮かんでいた。それは絶望にも似ていたかもしれない。  
 「いや、そんなことを願うことすら僕には許されていなかったのかも知れないな。  
  君が傷ついた今もなお、僕は歩みを止めるつもりはないのだから………………だけど」  
  次の瞬間弁慶の唇が望美のそれに触れた。触れた、と言うのは正しくないかもしれない。  
 実際に触れているそれはあまりにも唐突で、奪うような強さを伴っていた。  
 歯列を割って入り込む弁慶の舌が望美を捕らえ、より深く侵入してくる。  
 驚きと恐れが合わさって体をこわばらせる望美に気がついたのか、ようやく弁慶の唇が離れ、望美は大きな溜息をついた。  
 「僕の一番の罪は、それでもこうして君に触れたいと思ってしまうことなのかもしれない」  
 弁慶の手のひらが望美の顎のラインをたどってその頬を覆う。  
 男性にしては華奢に見えるその手は実際に触れられてみると想像以上に固く、大きなものだった。  
 もう一度、今度は触れるだけの口吻けがおりてくる。  
 頬添えられた手の平の固さとは裏腹に柔らかな弁慶の唇の感触に望美は眩暈にも似た恍惚感を覚えた。  
 「ずっと、君にこうしてに触れたかった…」  
 肩口に顔をうずめた弁慶の吐息が熱い。  
 その熱さに煽られるように、望美は小さく唇を噛んで意を決した。  
 「べんけい、さん」  
 「何ですか?」  
 「今から、言うこと、私の気持ちです。  
  お願いです、聞いても軽蔑しないで。 私のこと、嫌いにならないで。  
  無理かもしれないけど、そんなの無理だってわかってるけど、  
  私、やっぱり弁慶さんに嫌われたくない。  
  それでも、言います。」  
 思わず着物のあわせをぎゅっと握り締め、目を伏せたまま声を絞り出した。  
   
 
 「抱いてください 。  
  私もずっと、弁慶さんに触れられたいって思ってました。  
  私の体はもう昔みたいに綺麗じゃないけど、でもずっと弁慶さんに触れて欲しかった。  
  だから、お願いです。  
 
  …………だいて、ください」  
 
その言葉に弁慶が瞬きを繰り返す。  
 「…まいったな。」  
 こぼれた弁慶の言葉に身を強張らせる。  
 無理な話だというのは百も承知のはずだった。  
 見知らぬ男達を受け入れている間にとんだ色狂いになったものだとそしられても仕方がない、と思っていたのだ。  
 「君はいつも僕の心をいとも簡単にかき乱す。  
  しかもそれにはちっとも気がつかない、本当にいけない人ですね。」  
 そういう弁慶の表情は、初めて唇を重ねた日の柔らかな笑顔だった。  
 「…け、軽蔑、しないんですか?私、全然知らない男の人を受け入れて。  
  喘いだんです、もっとしてって声に出して、何度も…」  
 「もう黙って」  
 弁慶の人差し指が望美の唇に押し当てられる。  
 「いけませんよ、望美さん。辛いことは全て僕に吐き出してしまえばいい。  
 それで君が楽になれるなら、僕はいくらでも受け止める。  
 でも、吐き出すことで余計に君が苦しむというのなら、僕は見過ごすわけには行きません。」  
 唇に押し当てられていた指が今度はつ、と眉間にあてられた。  
 
 「望美さん、眉間に皺が寄っていますよ」  
 
 ――― 弁慶さん、眉間に皺、寄ってますよ  
 
 それは望美が何の躊躇もなく弁慶触れられた頃に彼によくしていた仕草。  
 
 「いつもと立場が逆ですね」  
 
 
 突然、ふわりと体が浮いた。  
 弁慶が望美の体を横抱きにしているのだ、と気がついた瞬間羞恥に顔が染まる。  
 「べっ弁慶さん!!やだ、ちょ、おろしてください!!」  
 「おや、抱いてくださいとお願いしたのは君ですよ?  
  君の願い通りにしているのにそんな拒絶されるなんて心外だな」  
 「そういう意味でいったんじゃないですっ!」  
 「わかっていますよ、でも流石に廊下のままでするわけにもいかないでしょう?」  
 くすくすと笑うその声は優しく、だか確かに艶を含んでいて  
 これから彼が為そうとしていることが見え隠れした。  
 
 
   
 
 望美がその頬を極限まで染めたことは誰にも見咎められずに、音も立てずに障子が閉められた。  
   
 
 
 
 抱き上げられたときと同じように音も立てずに褥の上に下ろされる。  
 襟ぐりに手を掛けられ、白い肩が露になる。  
 緩くなったあわせから弁慶の手のひらが入りこみ、望美のふくらみを覆った。  
 「望美さんは、着痩せをするんですね」  
 手のひらの中のそのやわらかな感触を確かめながら弁慶が呟く。  
 「そ、そんなことないでっ…んっ」  
 そのまま親指で先端をいじられ思わず息をつめる。  
 思わず上げた声に顔を赤らめる。  
 「どうしましたか、素直に感じてくれていいんですよ?」  
 弁慶が喋るたびに吐息がその突起をくすぐる。  
 「弁慶さん、喋らないで……っ!」  
 それは柔らかではあるが望美の羞恥心をあおり、また体の底にくすぶる快楽の種を煽るには十分で、  
 望美は行き場のない熱をもてあまし始め、その腰を捩らせた。  
 弁慶の手の平が、舌が、望美のやわらかな体の曲線をなぞる。  
 ゆるい曲線を描く身体の青さに、そしてその肩の薄さに、こんな身体で陵辱に耐えたのか、と改めて弁慶は歯噛みした。  
 その手が、ある一点にたどり着いたとき、その動きをとめた。  
 望美の白い肌に巻かれた、白い布。  
 もう今でこそ血の赤は滲んではいないが、その下には福原の戦場で受けた傷が癒えぬまま残っている。  
 何を思ったか、弁慶は包帯に手をかけると、おもむろに外し始めた。  
 露になった傷跡は血が凝固し、すこしずつ癒え始めてはいるものの、その痛ましさに目を背けたくなる。  
 と、弁慶は突然その傷跡に唇を落とした。  
 「…君の傷跡を、一つ残らず癒すことが出来たらいいのに」  
 「弁慶さん?」  
 「僕は君の肌にも、心にも、癒えぬ傷を負わせてしまった」  
 
「そんなことないです、私は私の意志でこの戦いに参加したんです!!  
  私は…!!私は貴方にただ…!!!」  
 
 
 
 生きていてほしくて。  
 
 
 
 「…僕に?」  
 首をかしげる弁慶に、その先を続けることは望美にはどうしても出来なかった。  
 運命を上書きし、時空を跳躍してきたことは、絶対に誰にも言えない。  
 「弁慶に生きてほしい」――たったそれだけの理由の為に既に一度決した末路を捻じ曲げてきた。  
 欺瞞の塊の醜い気持ちを、弁慶にだけは知られたくなかった。  
 「いえ…何でもありません」  
 「望美さん?」  
 「いつか…。いつか、言える時が来るかもしれません。  
 全てが終わった時に。 その時が来るまで、待って貰えませんか?」  
 強い意思をともした瞳に、弁慶は目の前の少女こそやはり龍の愛し子なのだと確信した。  
 「…わかりました。待ちましょう。その時が来るまで」  
 小さな吐息と共に弁慶が微笑んだ。  
 「今は、僕に癒させてください。君の傷跡を…」  
 そういった弁慶の手が太ももの裏をなぞり、大きく足を開かせる。  
 次の瞬間、望美は文字通り息を飲んだ。  
 「やだ、弁慶さん!やめてッ!そんなところ汚いです!」   
 弁慶は望美の股に顔をうずめ、秘処にその舌を忍ばせた。  
 知識として、そういう行為が閨の中に含まれることは知ってはいたが、  
 それはあくまでも文字のことだけであって、実際に触れられる感触は初めてのものだ。  
 望美の抵抗の声には耳を全く貸さずに、弁慶の下は望美の秘割をなぞり、舌先で赤くなった肉芽をつつく。  
 その刺激に身体の奥から言いようのない熱がわきあがり、望美を翻弄した。  
 必死に弁慶の顔を背けさせようと抵抗しようとはするが、その指はもはや力を持たず、柔らかな弁慶の髪に絡まるのみだ。  
 「やだぁっ……!べんけ…ぃさん、お願い、やめてぇ……っ!」  
 あまりの羞恥に涙声になった望美にようやく弁慶は視線だけを望美に向けた。  
 「こうされることは、初めてですか?」  
 もう言葉もなく、ただ首を縦に振るばかりの望美に、  
 「よかった。君の体にはこんなにも『はじめて』が残っている。」  
 そう言って弁慶は笑みを漏らした。  
 
「…もう、いいかな。」  
 しとどに濡れた秘処からこぼれた雫をすくって弁慶がつぶやく。  
 その言葉の意味と、弁慶が次に起こすであろう行動を感じ取り、望美の身体が硬直する。  
 先ほどまでは、あんなに熱かった体の奥が一気に冷えていくのを感じた。  
 「い、いやっ!」  
 思わずあげた拒絶の声に弁慶の動きが止まる。  
 「ごめ…んなさい、でもやっぱり、こわ、い」  
 上手く息を吸うことも出来なければ吐くこともできない。  
 一つ呼吸をしようとするたびに、ひゅう、と音が漏れた。  
 血の気が引き、唇が震える。  
 「君が嫌なら、今日はここまでにしておきましょう。  
  無理に傷口をえぐる必要もないでしょう」  
 望美の様子に溜息の一つももらさず、髪を撫でる弁慶の手のひらの優しさに望美は涙がこぼれそうになる。  
 「ゆっくり休んでくださいね。…よい夢路を」  
 そういって衣へとかけようとした弁慶の手を思わず掴んだ。  
 「大丈夫です、ごめんなさい。  
  もう取り乱したりしません。大丈夫です」  
 「でも、君の手は震えているようですが?」  
 駄々をこねる小さな子どもを諭すような口調の弁慶に必死で首を振る。  
 「大丈夫です!今止めてしまったら、もう絶対出来ない。  
  だから…おねがい、やめないで」  
 そう言いながらも震えてしまう手を解き、体をいとえと言うことは簡単だ。  
 だがすがりつくような様子の望美に  
 「…全く、君には敵わないな。  
 体が辛ければ、いつでも言ってください。  
 …軍師が神子に無理をさせるわけには行きませんから」  
 そういって弁慶は溜息を一つ漏らした。  
 
 衣から手を離し、望美に真正面から向き合うと、ゆっくりと弁慶が覆いかぶさる。  
 来る、と思った次の瞬間、ず、と弁慶が胎内に入り込んでくるのがわかった。  
 指でもなく、舌でもない弁慶自身の熱い楔が。  
 力任せではなく、ゆっくりと望美の様子をうかがいながらの挿入。  
 その熱さに、もう泣くまいと思っていたのに自然と涙がこぼれる。  
 
 弁慶が、生きている。  
 一度目は人づてにその無残な最期を聞かされた。  
 二度目は微笑を浮かべて、触れることも叶わないまま望美を置いていってしまった。  
 
 微笑んでほしいと思った  
 触れてほしいと思った。  
 
 ―――生きてほしい、と願った。  
 
 その弁慶の一番熱い部分を、望美の一番奥に感じることが出来る。  
 この熱を感じたいが為に、望美は運命を上書きすることを選んだのだ。  
 誰にそしられても、運命を上書きすることで他の誰かが悲しむことになろうとも。  
 初めての時のような、無理矢理ひきずりだされるような快楽ではなく、じんとした甘い痺れが広がる。  
 
 ――初めての時。  
 瞬間、望美の脳裏に平氏の雑兵達の下卑た笑いが甦り、つま先がぴんと張り詰めた。  
 「ッ―!望美さん!!」  
 望美の微かな異変に気がついたのか、弁慶の手のひらが望美を掻き抱いた。  
 「落ち着いて、怖がらないで。  
  今、君を抱いているのは誰ですか?」  
 「べんけい、さん…」  
 「そう、僕です。君は何も怖がる必要はない。  
  僕は、ここにいますから」  
 鼓膜を震わせる弁慶の少し掠れた声がどこまでもいとおしい。  
 弁慶の熱を受け入れている部分だけでなく、望美を形成する全ての細胞が弁慶を求めている。  
   
 「いいですか、動きますよ」  
 小さく望美がうなずくのを確認して、弁慶はゆっくりと腰を動かした。  
 もともと華奢な望美の体は膣も狭いのであろう、簡単に最奥の突起に行き当たる。  
 弁慶の先端が望美の奥に当たる度、望美のから押し殺した息が漏れる。  
 決して声を漏らすまいと口をふさぎ、必死に律動に耐える望美の姿に弁慶はまた新たな情欲を感じた。  
 「の、ぞみさん、声をきかせてください」  
 その声が届いているのか、届いていないのか。  
 まるで声を漏らすことが罪であるかのように、望美は口元を押さえたまま必死で首を横に振る。  
 「お願いです、僕にも君の存在を感じさせてください。  
  この汚れた手の中に君という光を抱くことが出来たのだと」  
 「べんけ…さ…弁慶さ…ん…べんけいさん…!」  
 熱に浮かされたように望美が何度も弁慶の名を呼んだ。  
 強い揺さぶりをその身に受けながらその細い手を弁慶の首へとまわし幼子のようにすがりつく。  
 「き…きもちぃっ…で、す…んぁっ!…あ…あん…」  
 「そういうかわいいことばかり言うと、いじめたくなってしまいますよ?」  
 「え、あ、何っ…ぁあッあ!」  
 そういって望美の腰を高く持ち上げ、より大きく足を広げる。  
 二人が繋がる部分が望美にも見える体位に変わったことで更に深い部分にまで弁慶の熱が入り込んだ。  
 「ほら、見えますか?君の中に、僕が入っています。  
  今君を抱いているのは僕です。…もう、誰にも渡さない…ッ!」  
 「や、あ、べんっけ…さぁ…!おかしくなっちゃう、奥、あたって…!ぁんっ!あぁっ!」  
 望美の締め付けがきつくなり、弁慶がその顔をしかめる。  
 絶頂が来るのだと悟った瞬間、望美の意識が弾けた。  
 胎内で弁慶自身が脈打っているのがわかる。  
 その熱い迸りを余すことなく受け入れることだけを望美は願った。  
 弛緩した身体から弁慶の熱が引き出され、その喪失感に身震いする。  
 もとは確かに二人は別個のものであったけれど、融けあうことができたのではないかと思っていたのに。  
 やはり弁慶は望美とは別々のものであることを思い知らされた気がして無性に悲しくなった。  
 
 望美の服を調え、弁慶は自らの衣も身に着ける。  
 黒い法衣に隠された亜麻色の髪に感じるどうしようもない愛しさと共に  
 それをずっと隠し続けてきた彼の半生を思うと、自分の無力さを呪いたくなる。  
 
 
 どうして、彼が「鬼子」と呼ばれなければならなかったのか。  
 どうして、彼だけが自分を追い込み、罪を背負わなければいけないのか。  
 
 (――― どうして、神様は弁慶さんを見捨てるの?)  
 
 こんなに強くて優しい―――哀しい人を。  
   
   
 「弁慶さん」  
 
 掛けられた声に弁慶が振り返る。  
 「私、がんばりますから。  
 白龍の神子として、一生懸命頑張りますから。  
  …だから、戦、終わらせましょう?」  
 
 「ええ、がんばりましょう。  
 …必ず、平家を滅ぼしましょう」  
 
 一瞬虚を疲れたような顔をした弁慶が優しい笑みを浮かべたの最後に、望美は意識を手放した。  
 
 
 
 
  ■  
 
 
 
 
 「必ず平家を滅ぼしましょう、か。  
  …よく言ったものだ。」  
   
 
 望美の居室を後にして、自嘲の笑みがこぼれる。  
 本当は、勝敗など、どちらでもよかったはずなのだ。  
 源氏であろうと、平氏であろうと、勝者がどちらであるかなどは関係なかった――はずだった。  
 戦さえ、終わらせることができさえすれば。  
 だが今は、平家の滅亡を願う自分がいる。  
 清盛からすれば、雑兵など取るに足らない存在で、かの人の器の大きさから察すれば  
 雑兵たちが取った行動は平家の中でも断罪に阿多売るものであったかもしれない。  
 だが、今の弁慶にはそんなことはどうでも良かった。  
   
 望美を傷つけたものを擁していた存在を許せない。  
 この手で根絶やしにしたいとすら思う。  
   
 本来の目的であったはずの京の平穏を差し置いても尚、  
 望美が微笑んでいられるのであればそれでかまわない。  
 
 
 
 じっと手のひらの上のそこには今はないはずの血の色をを見つめ、弁慶はその場を後にした。  
 
 
 
 
 
 望美が哀しいと思った、ほんの僅かな足音も立てない癖はそのままに。  
 
 

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