花散らしの雨が降る。傘を差しても雨が靴からコートの裾をぬらしていく。道路は桜色の絨毯になる。
金の髪をコートの裾に押し込んで彼は桜並木を歩いていく。
「桜並木か…神泉苑には負けるな」
桜は彼女を思い出させる。花断ちを習得しようと必死に刀を振るう姿。桜色の衣を翻して舞う姿。小さな白龍に御伽噺を聞かせる姿。朔と一緒に談笑する姿。
自分を助けてくれた人。焦がれて止まなかった憧れの人。護りたかった人。
何度その体を抱くことを夢見たか。夢の中では彼女は自分の言うままに体を開き、自分を招き寄せる。柔らかな感触と共に上り詰めて果てる。
運命が残酷であるほど、夢は苛烈になる。彼女をどこにも連れて行かないように縛り付けて抱く夢さえ見た。泣き叫ぶ顔を無視して抱いた。
そんな夢を見た翌日は決まって罪悪感にさいなまれた。
今なら分かる。彼女を死ぬ運命から救いたいと願っていたから。どこかに閉じ込めて、縛り付けて、あの場所に行かないようにしたかった。何度も彼女の死を見送った心の痛みがそうさせた。
「雨が冷たいな…早く戻ろう」
凍える指先は、冷たい雨は封じた記憶を思い出させる。指先から心まで冷えていくようで。足取りが速くなった。
ほんの半日はなれただけなのにこんなにお前が愛しい。お前を抱いてもいいだろうか?
「お帰りなさい。先生」
扉を開けた時のお前の笑顔がこんなに嬉しいことはなかった。これが私の夢ではないのだと、お前の笑顔が、声が、教えてくれる。
夢では、お前の世界の家屋がどうなっているかは知らなかった。私の想像をはるかに超えるこちらの世界。硬い灰色の箱をいくつも区切った小さな間取り。
あちらでは考えも突かない物ばかり。
「こんなに濡れてる…早くコートを脱いで服を着替えたほうがいいよ」
「ああ。着替えてシャワーを浴びてくる。少し待っていてくれるか?望美」
濡れたコートを玄関先にかけて、タオルで濡れた手足を拭く。
「うん、今日も野菜多めにしたから」
「ドレッシングが違うだけとは言わぬな?」
「ひどいっ…ちゃんと和風にしたから」
「望美。少し待ってくれ」
冷えた両手で望美の頬を包んで口付ける。頬は温かくて、ふわふわと気持ちがよかった。大きく見開かれた目がやがて閉じられる。
唇で触れ合うだけで満たされる。今に居られる。
甘い吐息。後ろに回された手。ああ、もっと触れたい。唇だけでなく、服の中に隠れた柔らかな体まで。
唇を離すと望美が赤くなって腕を放した。
「早くシャワーを浴びないと風邪引いちゃうよ…」
「お前も冷やしてしまったな。二人で入るか?」
望美が逃げ腰になった。耳まで真っ赤になる。
「先生のエッチっ。こんな時間から何言ってんの?」
パタパタと寝室に走りこむとかしゃんと内側から鍵を閉めてしまった。
「望美…何故寝室で夜でなくてはだめなのだ?」
シャワーを浴びて冷えた体を温める。熱い湯がふんだんにあるのは驚異的だ。短時間で指先からつま先まで熱くなる。もう寒さは感じない。
「先生、驚きすぎです」と呆れられたが、他になんと言えばよい?
苦笑しながら軽装に着替え、浴室を出ると、寝室に行く。幸いかぎは掛かってなかった。
「何かあったの?少しなら…いいよ?」
本当にお前には驚かされる。先ほどはあれほど拒んでおきながら、自分から切り出してくるとは。
「雨に濡れて冷たくなった指先が、あの日々を思い出させるのだ。おかしいだろう。
こうしてお前と共に在るのに、ほんの僅かなきっかけで過去に引き戻されてしまう…」
「先生…」
「何故だ?こうして幸せな日々を重ねたら忘れられると思ったのに…」
「無理に忘れなくていいよ。思い出したら又確かめて。私がちゃんとこうして側に居るって。ね。そうしたら安心できるでしょ?」
お前の笑顔は本当に綺麗だ…この世で一番綺麗だ。小さい時、感じたとおりに。
初めは触れるように、徐々に唇を吸い上げるように、キスが深くなる。しっかりと抱き合うだけでは足らなくなって二人でベッドに倒れこんだ。
唇は顔から首筋に、鎖骨の辺りへと移動する。甘い声が、白い肌が欲を煽る。香水を今日はつけてなくてよかった。お前の匂いがわからなくなる。長袖のセーターを下から押し上げて下着もついでにずらす。
むき出しになった白い胸はいつもよりきつそうだ。いつもより上を向いた先端に噛み付き、片方は手でもみこむ。
だが白い肌にはあちこちに傷跡が残る。数え上げるのが酷なほどに。お前はあの世界で何度傷を受けたのだろう。
「あんっもっとやさしくしてえ…せんせいっ」
首を振りながらも先端は硬くなって、指の間で転がる。声が高くなって体がずれあがる。
「まるで暴れ馬のようだな…そんなに良いのか?」
「意地悪しないでえ…」
刺激に時々声を変調させながら、涙ぐむ望美。それも心地よく見えてしまう。下のスカートも引き上げて、掌で太ももの付け根の近くをなで上げる。さわり心地が良くて、往復させると両足がばたついた。
「ああん…いいの…もっとっ」
「手加減できぬぞ…いいのか?」
下着の横から指をぐっと入れると、指が蜜で濡れた。遮るものがなくなり、もっと奥に誘い込むように蜜が流れる。下着をひき下ろすと、かすかに湿った音がした。
「はああっ…ああっ」
「熱い…それに良い匂いだ…もっと乱れてくれ」
華は一気に三本の指を飲み込んだ。ぐしゃぐしゃと指を動かすたび、壁がしがみつく。同時に三箇所を弄ばれ、望美の言葉は意味をなさない。
「駄目えっ…いっちゃう…ああんっ」
「いっていい…私だけしか見ない…のぞみっ」
刺激を強めると、望美は甲高い声を上げて達した。涙を流しながら、胎内の指を強く締め付ける。
指を抜き取ると、中途半端に脱がした服を全て剥いだ。達したばかりで敏感な体は些細な刺激にも反応して、ぴくぴくと震える。
急いでゴムをつけると、弛緩した両足を担ぎ上げる。腰を高く上げると、しっかりと華に狙いをつけた。
「いくぞ、望美」
一番深くまではいる体勢で律動を繰り返す。
「うあっ…あーっ…ああっ」
「のぞみっ…ああ…のぞみっ」
ただ欲に駆られて望美の奥まで抉る。奥まで入れ、前後に揺らす。ぐっと中が締るのをやり過ごしながら又入れる。繋がっているところが熱い。
部屋中に体がぶつかり合う音と、悲鳴と水音が響く。
望美の声が一段と高くなった。望美の中に捕らえられる。締め付けられて、一番強い波がきた。もう持ちそうにない。
「一緒にいこう…のぞみ…」
「ああっ…ああ…ああーっ」
そのまま二人で飲み込まれていく。時間も空間も何もかも溶けて消えていく。
「おねえちゃーん…うっうっ…お姉ちゃんっ」
小さい子供が泣いている。小さいころの私だ。全てを失い、火傷を負ってさ迷い歩く。
「お姉ちゃん…お姉ちゃん…居ないの?死んじゃったの?」
長い道を一人でとぼとぼ歩く。いつもの夢。
だが今日は違った。私の頭を誰かが撫でている。望美だ。なんと高く大きく見えるのだろう。
「お姉ちゃんなの?生きてたの?ほんとに?」
望美がひざを突いて笑いかける。私に向かって差し伸べられる手。
「もう大丈夫だよ。何も怖いことはないから。一緒に行こう。ね?」
「お姉ちゃん…うっ…うわあああーーーんっ」
思い切り抱きついて泣いた。後から後から涙がこぼれる。望美の腕の中は暖かかった。
目が覚めると、まだ望美は眠っている。ふと流れ落ちる涙に気づいた。夢の中では珍しく大声で泣いていたな。
幼い頃から、私は大声で泣かなかった。泣けなかった。鬼、天狗と呼ばれ、居場所がなかった。涙を振り払ってお前という光に向かって進むしかなかった。
「やっとお前にたどり着いた。長かったな。もう離しはしない。私の望美…」