本当に今朝の先輩は何かおかしかった。
朝ごはんの準備をしていたら、いきなり抱きついてきて
俺のことが好きだと言ってくれたのは嬉しかったけど、その後どんなに
なだめても、しばらく泣きっぱなしで…。
昼間はなんとか普通にみんなと怨霊の情報集めで過ごしたけど、食事もあまり食べてなかった。
景時さんは狭いなんて言ってたけど鎌倉の梶原邸はとても広く、部屋数が多かったので
久しぶりにみんなそれぞれ個室をもらっていた。
でも、今夜は先輩があんまり不安になっているから、朔に一緒の部屋で寝てもらうように
頼もうとしたけど朔はあいにく風邪をひいて早い時間から休んでいた。
明日も早いからと、部屋まで送っていったけどちゃんと眠れているのだろうか。
でも布団に入っても今朝、台所で背中から抱きつかれた感触がまだ身体に残っている。
柔らかい胸が当たった場所、顔を押し付けられて温かい涙を感じた場所。
あの時は朝だし、台所に誰が入ってくるかわからない、そう思って辛うじてキスをしたい
衝動を押し留めたけど、あれが夜だったら…?人目のないところだったら…?
そんなことを考えてて、限りなく淫らな妄想が浮かんできて悶々としていると
部屋の襖の向こうに誰かが居る気配がした。
「誰か居るんですか?」
しばらく間が空いて、細い声がした。
「譲くん、まだ起きてるの?」
先輩の声だ。俺は布団から跳ね起きて、襖を開けた。
「どうしたんですか?」
「ごめん、起こしちゃった?」
先輩は上着も羽織らず、浴衣の寝巻き姿のままだ。
昼間のミニスカートのほうが露出度は高いけれど、ぴったりと身体の線がみえる
この姿は俺にとっては見慣れていない分、結構悩ましい。
この時空の鎌倉も温暖な土地と聞いたけど、ここ二、三日、秋にしては冷え込んでいるのに
俺が気づかなかったら、もしかして、ずっとこの冷たい廊下に居たのだろうか?
立ち話などしていたら、風邪を引かせてしまうだろう。
一瞬、ためらったけど部屋に入れた。
取りあえず部屋にあった綿入りの丹前を細い肩に着せ掛けたとき、
先輩が髪を持ち上げたので一瞬、白いうなじが目に入った。
艶かしさにドキリとしてしまっって、先輩の顔を正視できない。
「俺に何か?」
うつむいたまま、できるだけ事務的に聞いた。
「ごめん、なんでもないの。本当に生きてるか不安になっただけ…」
また、涙目になっている。
俺もこの時空に来てから自分が死んでしまう夢を何度も繰り返し見て、苦しんでいた。
毎回、細部が色々と違うが、一番怖かったのは俺が先輩を庇えなくて俺も先輩が
死んでしまう夢だった。
彼女は俺が死んでしまった時空を体験したという。
自分自身が先輩と一緒に現代からこの時空に飛ばされる経験をしながらも、
俄かには信じられないがそれは俺の見た夢とは比べ物にならない精神的
ダメージを彼女に与えてしまったのかもしれない。
「生きてるから、大丈夫ですよ」
「うん」
「さぁ、部屋まで送りますよ。明日も早いんですから休まないと」
俺の知っている歴史でも、この時空の人の噂でも、鎌倉殿は人使いがとても荒い。
今は連日、怨霊退治に追われているけど、この謎が解明されたらすぐに
平家の追撃のため西国へ向かわされるのは目に見えている。
精神的なダメージに加えて睡眠不足では先輩が参ってしまうだろう。
先輩は悲しそうな顔で小首をかしげた。
「…もう少し…同じ部屋に、いちゃ駄目?」
「えっ…」
「ねっ、譲くん。お願い」
子供の頃から、こんな風に先輩に頼まれたら俺が嫌だと言えるわけもないのを知っていて、
そんな目で俺を見つめる。まったく、ずるい人だ。
でも、先輩はむやみやたらと我がままを言う人じゃない。
本当に不安でたまらないんだろう。このまま部屋に帰してもきっと眠れないに違いない。
何か、もっと安心させる方法はないものだろうかと考えた。
「俺が生きてるのを確認できれば、良いんでしょう?」
彼女の手を取って、自分の手首を握らせた。
「こうやって、脈があれば生きているって、はっきり分りますよね」
「うん、分る」
ぱぁっと顔が明るくなって、薄暗い部屋の中に花が咲いたみたいだ。
なんて無邪気に可愛い笑顔で喜ぶんだろう。
「良かった…。生きてるんだね譲くん…」
先輩は俺の胸の中に飛び込んできた。
「あっ…」
俺はびっくりして思わず後ずさりしてしまった。
「ご…ごめんね」
「すっ…すみません」
はぁ…。今朝の告白でやっと心が通じ合えたと思って有頂天になったけど
この人は俺の気持ちを本当は理解できてないんだろうな。
こんな夜中に抱きつくなんて…。心臓が飛び出しそうだ。
「すみません。俺、これ以上は理性が持たないから帰ってください」
「どういう…こと?」
もしかしたら、今朝の告白は俺の願望が見せた白昼夢だったのかもしれない。
先輩にとっては俺はやっぱり幼馴染の弟みたいな、そんな存在なんだと思うと
悔しくて思わず、怒鳴ってしまった。
「本当に、分らないで言ってるんですか!あなたのこと、襲ってしまうからですよ!」
ああ…。こんなに怯えている人をますます追い詰めてどうするんだ、俺は。
まったく、自分の子供っぽさが嫌になった。
「わたし、どうかしてたね。不安でいっぱいで…。
そういうことにも頭が回らなくなって…。ごめん」
先輩は恥ずかしそうにうつむいた。
本当に彼女のことを思いやるなら、一晩中抱きしめて腕の中で寝かせてあげないと
いけないのに、俺はそこまでの包容力がない。
こうやって二人きりで近くにいるだけでどんどん、淫らな願望がこみ上げてきて、
自分を律するのがやっとだ。
兄貴なら…他の八葉なら…皆そうしてあげられるんじゃないだろうか…?
そんな劣等感にさいなまれ膝の上の拳を固く握り、うつむいてしまった。
先輩は俺の拳に手を乗せて、覗き込んで俺の目を見つめた。
大きくて綺麗な瞳、まっすぐな真剣な眼差し。目が合うだけでドキリとする。
「でも…、譲くんと結ばれることで運命が変えられるかもしれない」
「俺、ずっと先輩のこと抱きたくて、今だって気が狂いそうなくらいです。
だけど、そんな理由じゃ嫌です」
思いがけない言葉に俺は自分で何を言ってるか分からないくらい興奮して、早口になっていた。
「俺のこと、誰よりも好きだから一つになりたいって理由じゃないと嫌です」
子供みたいに喚いている俺を落ち着かせるように、先輩はゆっくりと言葉を区切りながら
やさしく微笑んだ。
「わたしね、前の時空で、譲くんがどんどん冷たくなっていったときにやっと分ったの。
毎日、朝、学校に行くとき迎えに来てくれるのが当たり前で、いつも一緒に居てくれたから
分らなかった。譲くんが居ない世界なんて考えられない」
「先輩…」
「譲くんは私にとって世界で一番大切な人だよ。だから…」
「ほんと…ですか?」
「うん」
頬を赤らめて頷いた先輩の姿を見て、俺は涙が出るほど嬉しくて、生きていて良かったと
本当に心から思った。
「でも俺、はじめてだから…。歯止めが利かなくてあなたのこと滅茶苦茶にしてしまうかもしれません」
「構わないよ。それとも、譲くんはわたしが誰か他の人に抱かれたほうがいいの?」
そんな悲しい未来も自分の心の中で何度も想像していた。
それを思い出しただけで胸が締め付けられるように苦しくなり、先輩を強く抱きしめて耳元で囁いた。
「そんなこと、絶対させません」
「い…痛いよ、譲くん…」
「すっ…すみません」
覚悟を決めたのは良いけれど、こういう場面になったら、こうしよう、ああしようと
何年も脳内でシミュレーションしてきたのはすっかりどこかへ吹き飛んで、
先輩に触れようと伸ばした手も震えている有様だ。
「ずっと、こうして触りたかったんです」
肩を抱きしめて、艶のある真っ直ぐで綺麗な髪を一房取って口付けると甘い香りが鼻腔をくすぐった。
頬を両手で挟んで、荒い息を抑えてできるだけ優しく、キスをした。
やわらかくてしっとりとした唇に触れると、体中の血が一点に集まるのを感じて、
何も考えられなくなり気がつくと先輩の身体を組み敷いていた。
襟元に手を入れて着物をはだけさせると、首から胸へすべるように唇を落とす。
先輩は、息を飲んでかすかに吐息を漏らした。
柔らかい胸に指を這わせて、頂を口に含むと先輩は体を反らせて軽い悲鳴を上げた。
「きゃっ」
五感すべてで、先輩を感じると刺激が強すぎる。
自分だけどんどん高まってしまいそうだったので、眼鏡を外して目を閉じた。
でも、白い肌が目に焼きついて頭の芯がとろけそうだ。
胸の頂を口に含んだまま、着物をどんどんはだけさせても先輩は控えめに吐息を漏らすだけだった。
だけど、さすがに下半身に伸ばした手が下着を引き剥がし、秘裂に指をかけると
身体を捻って逃れようとする。
「やっ…」
たぶん、嫌だと言おうとしたんだろうけど、先輩は顔を真っ赤にしながら拒絶の言葉を飲み込んだ。
閉じようとした太ももを押さえつけて、茂みの中で舌と唇と使ってその場所を確かめた後、
指を差し入れた。
中は熱くて、指一本が入るのがやっとなくらい締め付けられた。
ゆっくりと、静かに動かして潤いは増してきたけど、押し広げようとしても
きつさはあまり変わらなかった。
だけど、もう俺はこれ以上、我慢ができなくなってきている。
「いいですか?先輩」
「譲くん。わたしが痛がっても、途中で止めないでね」
ああ、あなたはこんなに欲に溺れた俺の姿を見ても、まだ子供の頃の臆病な
男の子だと思ってるんですね。
俺は夢の中で何度も何度もあなたのことを無理やり穢している、そんな男なんです。
この先はたとえ、あなたが泣き叫んで哀願しても俺はもう途中で止めるなんてできない。
「いっ…」
先輩は痛みで息もできないくらい苦しそうだった。
少しづつしか進めないもどかしさで、俺も全身から汗が吹き出た。
先輩は俺にしがみ付いてきて、背中に強く爪を立てていたけど、そんな痛みは
まったく気にならなかった。
「力を抜いて下さい。お願いだから」
「うん…」
泣き顔を必死にこらえて頷く先輩を見ても、ますます凶暴になる自分を抑えきれない。
温かく湿った締め付けの中に根元まで埋もれると、残酷な雄の本能が俺の全身を支配して、
狂ったように腰を激しく打ち付けていた。
どれくらい時間がたったのか、先輩が消えそうな声で俺の名前を呼んでいた。
「ゆ…ずる…くん」
「先輩、はぁっ…。お…れ…もう…」
熱い猛りを開放して、目の前が暗くなり思わず先輩の身体の上に倒れこんだ。
俺の腕の中で眠りについた先輩の寝顔を見ていると
長い睫に縁取られた瞼の目尻のところに薄っすらと涙の跡があるのに気づいた。
あの後、平身低頭で謝り続けた俺に先輩は優しく「大丈夫よ」って言ってくれたけど
本当に酷いことをしてしまった。
ただ自分の欲望をむき出しにして全く先輩のことを思いやる余裕がなかった、
さっきの自分は思い出すだけでもとても恥ずかしい。
だけど今朝の涙も、今の涙のことも俺はきっと一生忘れない。
「なんとしてでも、二人で生き延びて元の世界に帰りましょう」
眠ったままの先輩にそうささやいて、起こさないようにそっと頬にキスをした。
(終)