眼が覚めて、真っ先に眼鏡を探すのが日課だ。でも今日は違うものが手に触れた。
側で寝息を立てている望美の髪。
昨日のやり取りを思い出して思わず赤面する。
「先輩からまさか誘われるなんて思いませんでした。しかも本気なんて…最後まで先輩が嫌なら止めるつもりでした」
異世界に来て先輩は変わった。ほんの一瞬離れただけなのに刀を使えるようになり、戦いに自ら進んで出て行った。まるで剣の達人のように、迷いがない。そんな先輩に追いつこうと弓の練習にも励んだ。兄さんがいない分、自分が先輩を護りたかった。
「でもやはり先輩も女性だったんですね。戦が嫌なのは当たり前だ」
それでも生まれたところが同じだから、先輩を一番理解できた。最近の先輩は疲れてると感じていた。こんな形ででるとは思わなかったけど。
「兄さんと夢であったのが一度だけでよかった。何度もあってたらほんとに兄さんに傾いただろうから」
ずっと、貴女が好きだった。あちらでも、こちらでも、何度も貴女を犯す夢を見た。自分が空恐ろしくなった。この異世界ではあなたは神子で僕は八葉の一人にすぎない。九郎も、景時も、僕より戦いの経験があって、あなたを護る力がある。それが嫌だった。
正直貴女が他の八葉に微笑みかける姿を見たくなかった。ことに恋愛に上手な二人が加わってからは気が気でなかった。ヒノエと弁慶。あの二人はどこか似ている。女性の扱いに慣れている点も、外見に似合わず理知的な面も。
「まさかこんなチャンスがくるとは思いませんでしたよ?先輩」
うっとりとした表情で眠っている望美の頬に口付ける。
「夢で逢うだけじゃ先輩を護ることはできませんよ。兄さん。実際に血を流して、声を出して、体を張って怨霊を倒さなけりゃ先輩の助けにはならない。もう兄さんのことは思い出になりつつあるんですよ」
そんな計算をしてしまう自分が恐ろしい。兄さんの身を案じていながら、同時に兄さんが行方不明なのを喜んでいる。
「こんな計算をするなんて…僕もこの世界に慣れてしまったんですね…先輩」
眼鏡をかけないと先輩の顔がよく見えない。でももう眼鏡がなくても先輩が分かる。指で、唇で、全身で、先輩の良いところを覚えこんだ。もう間違わない。閨は慣れるまで痛みが勝るのは仕方ない。でも先輩から誘ったんだから、俺が今度は誘う番。そうでしょう?
先輩の背中には沢山の赤い花が咲いてる。一つつけるたびに先輩が甘い声で啼く。だからもっとつけたくなる。
他の八葉に分からないように、このぐらいはいいでしょう?
「もし兄さんが現れても、もう怖くない…先輩はおれのものです」
あの夢ももう怖くありません。死ぬ夢を見るなら避けるようにとおばあちゃんが教えてくれた。そうですね。
弓の腕を上げて、先輩も俺も生延びてみせる。かならずみんなで元の世界に戻って見せる。
「そろそろ準備をしないと朝食が間に合いませんね。今日は先輩の好きなスクランブルエッグにしましょう。先輩が好きなものを知ってるのは俺だけですから」